Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of biventricular Takotsubo cardiomyopathy with hyperthyroidism as a basic disease
Emi KUROKIYoko TSUMORINozomi WATANABEMayumi SEIFumio HANAMUREReiko WATANABENaoteru HIRAYAMATakeshi MATSUO
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2018 Volume 67 Issue 4 Pages 598-604

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Abstract

たこつぼ心筋症は,一般的に予後良好の疾患である。発症経過は,急性冠症候群と類似しているが冠動脈には狭窄は認めず,その壁運動異常は冠動脈支配領域とは一致しない特徴的な形態を示す。今回我々は,発症時に左室心尖部に加え右室心尖部の無収縮が観察され,その回復期には,一過性の左室心尖部肥大の形態を呈したたこつぼ心筋症の1例を経験した。右室の壁運動異常を伴う場合,左心不全に加えて高度の右心不全を伴うため重症化しやすいと考えられる。この場合,心エコー図検査で右室の壁運動異常を初期の段階で捉えることができれば治療上有用であるが,注目していないと見逃されることもあり注意が必要と思われた。また,本症例は発症誘因として甲状腺機能亢進症の関与が示唆された。たこつぼ心筋症は何を契機に発症するのかはまだ不明な点も多いが,心臓は他の臓器と比較し甲状腺ホルモンの影響を受けやすいため,発症要因の1つとして甲状腺機能の関与も考慮し病因検索する必要があると考えられた。

I  はじめに

たこつぼ心筋症は高齢女性に好発し,急性冠症候群と類似した発症経過をたどるが,冠動脈に有意狭窄は認めない。その壁運動異常は特徴的で,左室心尖部の無収縮と心基部の過収縮を認め,いわゆる「たこつぼ」の形状を呈し冠動脈支配領域とは一致しない。加えて壁運動異常は可逆性であり数週間程度で自然軽快するため,一般的に予後のよい疾患とされている。たこつぼ心筋症に関する多くの症例報告がなされているが,最近になり上記のような典型的な症例とは異なり,非典型的な壁運動異常を呈する症例があることが報告されるようになってきた。

今回,当院において発症時,左室心尖部に加え右室心尖部の無収縮が観察され,その回復期には,一過性の左室心尖部肥大の形態を呈したたこつぼ心筋症の1例を経験した。本症例は未治療の甲状腺機能亢進症を有しており,これがたこつぼ心筋症発症に関与したと考えられた。甲状腺ホルモンとたこつぼ心筋症の関連についても若干の文献的考察を加え報告する。

II  症例報告

患者:80歳代,女性。

主訴:易疲労感,動悸,全身浮腫,呼吸苦。

既往歴:心房細動,僧帽弁閉鎖不全症。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:以前より心房細動,僧帽弁閉鎖不全症にて当科外来に定期通院中であった。時々胸痛を自覚することがあり,労作性狭心症を疑いニトログリセリンが処方され経過観察されていた。20XX年7月初旬,胸痛と呼吸苦を自覚し当科を受診した。心電図は心房細動で以前と著変なかった。胸部レントゲン写真では心胸郭比が59%と心拡大はあるが以前と比較して変化はなかった。8月初旬になり全身倦怠感,動悸,下腿浮腫が出現し,胸部レントゲン写真で胸水貯留も見られたため,心不全と診断され同日精査加療目的で入院となった。

入院時現症:身長150 cm,体重36.5 kg,血圧188/138 mmHg,心拍数90~130/分 不整,SpO2 89%(room air),心音 収縮期雑音(+),呼吸音 湿性ラ音(+),下腿浮腫(+)。

胸部レントゲン写真:心胸郭比62%と心拡大が進行し,両側胸水貯留を認めた(Figure 1)。

Figure 1 

胸部レントゲン写真

左:入院前 心胸郭比:59%,右:入院時 心胸郭比:62% 胸水貯留(+)

血液検査所見:胆道系酵素の上昇が見られたが,トロポニンT定性試験は陰性でCKの上昇は見られなかった。また甲状腺機能の亢進を認めた(Table 1)。

Table 1  血液検査所見
WBC 95.8 × 102/μL ​ALP 358 IU/L ↑ ​Cre 0.78 mg/dL
​RBC 432 × 104/μL ​AST 62 IU/L ↑ ​ALB 3.4 g/dL
​Hb 14.2 g/dL ​ALT 50 IU/L ↑ ​GLU 131 mg/dL ↑
​Ht 40.5% ​LD 340 IU/L ↑ ​CRP 1.28 mg/dL ↑
​PLT 13.2 × 10 4/μL ​γ-GT 82 IU/L ↑ ​TSH 0.01 μU/mL ↓
​CK 55 IU/L ​FT3 10.25 pg/mL ↑
​Na 143 mEq/L ​FT4 3.98 ng/mL ↑
​K 3.9 mEq/L
​Cl 103 mEq/L ​TroponinT (−)

心電図所見:心拍数90~130/分の心房細動で,完全右脚ブロック。以前の心電図と比較してV2~V5誘導で深い陰性T波を認めた(Figure 2)。

Figure 2 

心電図

入院時(上):心房細動 HR 90~130/分 完全右脚ブロック

6ヶ月前(下)の心電図と比較するとV2~V5誘導で深い陰性T波を認めた。

胸部CT検査:以前と比較して心拡大の増悪と両側胸水を認めた。腫瘤性病変や炎症所見は認めなかった。

経過:心不全に対し酸素3 L/min,利尿剤の投与などの加療が開始された。甲状腺機能亢進症に対してはチアマゾール30 mg/日を,頻脈に対してはカルベジロール2.5 mg/日とベラパミル120 mg/日が開始された。

入院翌日,心拍数40~50/分の徐脈になり,血圧79/30 mmHgと低下したため心電図を記録したところ,I,II,aVL,aVF誘導で陰性T波,aVRで陽性T波,V3~V6に巨大陰性T波を認め,QTc 0.775秒と著明なQT延長が見られた(Figure 3)。血液検査ではCK 349 IU/Lと上昇していた。急性冠症候群を疑い施行した経胸壁心エコー図検査では,8ヶ月前と比較し左室拡大(左室拡張末期容積/BSA 25 mL/m2→42 mL/m2)を認め,左室駆出率(EF)は67%から41%へと低下していた。左室壁運動は中部から心尖部が低下し,特に心尖部は全周性に無収縮であった。左室心基部の壁運動は良好であったが,中隔基部は他の部位に比較してやや壁運動が低下していた。また右室の拡大と右室心尖部の無収縮を認めた(Figure 4)。右室拡大に伴い以前は軽度であった三尖弁逆流(TR)が中等度に増加し,下大静脈径(IVC)17/15 mmで拡大はないが呼吸性変動が低下していた。TRとIVCから推定される右室収縮期圧は46 mmHgで肺高血圧が認められた。僧帽弁逆流は中等度で著変なかった。心房細動のため参考であるが,左室流入速度波形E波63 cm/s,DcT 100 ms,組織ドプラ波E’波5.8 cm/s,E/E’ 10.9で以前と著変なかった。少量の心膜液と両側胸水貯留を認めた。

Figure 3 

心電図

入院翌日I,II,aVR誘導で陰性T波,V3~V6に巨大陰性T波が出現し著明なQT延長を認める。

Figure 4 

入院翌日の経胸壁心エコー図

A:心尖部長軸像 左室中部~心尖部にかけて壁運動が低下し,特に心尖部では全周性に無収縮であった。

B:右室の拡大と右室心尖部の無収縮を認めた。

壁運動異常領域は広範囲でたこつぼ心筋症が疑われたが,多枝病変による急性冠症候群も否定できなかった。そのため冠動脈造影検査が施行されたが,左右冠動脈とも有意狭窄は認めなかった(Figure 5)。以上より心電図や壁運動異常の原因として右室壁運動異常を伴うたこつぼ心筋症と診断された。心不全加療が継続され,その後は比較的速やかに心不全は軽快した。

Figure 5 

冠動脈造影

左右冠動脈に有意狭窄は認めなかった。

約1ヶ月後の心電図は,aVRでT波は平坦化,QT延長と陰性T波は改善傾向を示し(Figure 6),経胸壁心エコー図検査では,左室・右室ともに壁運動異常は消失しEF 61%に改善し(Figure 7A),TRの減少と推定右室収縮圧26 mmHgと改善がみられた。左室流入速度波形E波58 cm/s,DcT 129 ms,組織ドプラ波E’波4.3 cm/s,E/E’ 13.5で著変は認めなかった。しかし,左室心尖部の壁肥厚を認め左室収縮期には内腔がスペード型を呈するなど,左室心尖部肥大型心筋症(APH)様の形態を呈していた。更に2ヶ月後の検査ではAPH様所見は改善しEF 64%と壁運動も良好であった(Figure 7B)。心電図は依然陰性T波が残存しているが,QT延長は消失していた(Figure 8)。

Figure 6 

心電図

1ヶ月後 aVRでT波は平坦化,陰性T波とQT延長は残存しているが改善傾向を認める。

Figure 7 

経胸壁心エコー図

A:1ヶ月後 左室・右室ともに壁運動異常は消失していたが,左室心尖部の壁肥厚を認め左室心尖部肥大型心筋症(APH)様の形態を呈していた。

B:3ヶ月後 APH様の所見は消失していた。

Figure 8 

心電図

2ヶ月後 陰性T波は残存しているがQT延長は改善している。

III  考察

1. 壁運動異常について

たこつぼ心筋症は,1990年に佐藤らにより我が国ではじめて報告され1),発症時の胸痛や心電図所見は急性冠症候群と類似している。しかし,冠動脈病変を認めない左室心尖部を中心とした一過性の心筋障害で左室造影や心エコー図検査で特異な収縮形態を示す。急性冠症候群とは異なり,壁運動異常は可逆性であり数週間程度で収縮能は自然軽快するため,一般的に予後の良い疾患であるが,最近左室だけでなく右室にも壁運動異常を認める症例があることが報告されるようになってきた2),3)。その割合は文献により多少差があるが20~30%とされている3),4)。この割合は比較的多いように思われるが,これまで見逃されてきた可能性が高いと考えらえる。発生機序として右室を含めた心室内のカテコラミン受容体分布の不均一性などの報告もあるが詳細は不明である5)~7)。右室にも壁運動異常を伴う症例は,左室のみに壁運動異常が認められる症例に比べより重症化しやすいとの報告があり5),これは左心不全に加えて高度の右心不全を伴うことが一因と考えられる。本症例も心エコー図検査で右室拡大と右室心尖部の壁運動異常,TRの増加が見られ,肺高血圧やIVCの呼吸性変動の低下などの右心不全所見を伴っており,入院経過中に血圧の低下やSpO2の低下など状態の悪化が見られた。本症例のように心エコー図検査で右室の壁運動異常を初期の段階で捉えることができれば,経過予測に寄与することができ,治療上有用であると思われる。また,本症例は収縮能の回復過程において一過性のAPH様の形態を示した。近年,たこつぼ心筋症の回復期に一過性にAPH様形態を呈したとする症例報告が多くみられ,心臓MRIを用いて検討したいくつかの報告では,回復過程で起きる一過性の心筋の浮腫の可能性が示唆されている8)~10)。心エコー図検査で経過観察を続けることにより,比較的容易に上記心筋形態の変化を確認することが可能と思われる。

2. 心電図について

泉ら11)の報告で,たこつぼ心筋症に特徴的な心電図所見として広範囲な前胸部誘導の陰性T波に加え,aVRの陽性T波とI,II誘導での陰性T波の出現とある。本症例は入院時心電図(Figure 2)ではII,V2~V5で陰性T波を認めるがI,aVRでは平坦T波であった。しかし,徐脈と血圧低下を認めた入院翌日に記録された心電図(Figure 3A)では,I,II,V3~V6で陰性T波,aVRで陽性T波となっており,たこつぼ心筋症に特徴的とされる心電図変化11),12)がみられた。そのためこの時がたこつぼ心筋症の発症時期ではないかと考えられた。しかし,入院時に心エコー図検査を行っていないため,入院時に壁運動異常が存在していたかは不明である。また,右室の壁運動異常が合併したたこつぼ心筋症の心電図変化に関する報告は少なく,今後の症例を積み重ねた検討が期待される。

3. 成因について

たこつぼ心筋症の発症には,心因的・身体的なストレスを要因としたカテコラミンの関与が発症機序の1つとして推察されている13)~15)。心筋細胞は甲状腺ホルモン受容体が多く存在するため,甲状腺ホルモンがこの受容体を介し作用したり,あるいは直接心筋細胞膜に作用を及ぼすため,心臓はほかの臓器と比べると甲状腺ホルモンの影響を受けやすいとされている。甲状腺機能亢進が拡張型心筋症やたこつぼ心筋症を誘発するという報告16)や甲状腺ホルモンの関与により心筋のβ-アドレナリン受容体が増加し,カテコラミンに対する感受性や交感神経に対する感受性が高まるという報告もなされている17)。本症例は入院時の血液検査で未治療の甲状腺機能亢進を認めた。本症例のような頻拍性の心房細動症例の場合,甲状腺機能亢進症の関与した心不全の発症は考えやすいが多くの場合は高心拍出性心不全となる。そのため当初は,本症例の誘発要因として甲状腺機能亢進の関与を考慮していなかったが,誘因となる明らかな心因的・身体的ストレスの存在は特定されなかったことから甲状腺機能亢進症の関与が示唆された。

たこつぼ心筋症は多彩な形態をとり,複数の要因が含まれることも多い。発生の機序を解明するためにも個々の症例で病因・病態を検討することが必要と思われる。

IV  結語

甲状腺機能亢進症が基礎疾患となり発症したと思われる両心室型たこつぼ心筋症の1例を経験した。何を契機にたこつぼ心筋症が発症するかはまだ不明な点も多いが,発症要因の1つとして甲状腺機能の関与も考慮し病因検索する必要があると考えられた。また,本症例は発症から回復するまでを心エコー図検査で経過観察することで特徴的な形態変化の推移を捉えることが可能であった。特に初期の右心室の壁運動異常の有無は,注目していないと見逃されることもあり注意が必要と思われた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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