2018 Volume 67 Issue 4 Pages 503-511
RAS遺伝子変異検査は大腸癌治療における分子標的薬の使用適否や治療法の選択上,極めて重要である。その遺伝子変異検査には体外診断用医薬品を用いるなど分析的妥当性が確認された検査法を用いることが推奨されているが,導入経費や運用コスト,検査所要時間等,改善すべき課題や問題が存在するのも事実である。今回,遺伝子解析装置i-densy IS-5320(アークレイ)を用いてRAS(KRAS/NRAS)変異測定系の構築を行いIVD試薬であるRASKET(MBL)と比較検討を行ったので報告する。当院21例の大腸癌を対象とし,遺伝子検査専用のパラフィン包埋ブロックを作製後,KRASエクソン2,3,4とNRASエクソン2,3変異検査を実施した。結果,RAS変異の有無ならびに変異領域すべてにおいてRASKETと一致した。変異頻度が低いマイナー変異においても良好な結果であった。マルチタイプ試薬を用いた本系の測定時間は120分以内と短時間であり,1個の試薬パックに集約化することで効率化を実現し,操作工程も簡素化が実践できた。加えてBRAF遺伝子変異検査が同時測定可能であることから大腸癌における抗EGFR抗体薬の無効予測因子の網羅率が向上した。分析的妥当性においてもIVD法と同様に遜色のない測定法であることが示唆され,院内遺伝子検査において十分に利用可能であり,有用性が高い測定系と考えられた。
原発性大腸癌における分子標的治療は,セツキシマブやパニツムマブなどの上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor; EGFR)に対する抗体薬が細胞増殖抑制を発揮することにより,大腸癌に対する治療有効性を示す。EGFRは170 kDaの膜貫通型糖タンパク質受容体チロシンキナーゼであり,大腸癌に高発現が認められる。しかし,EGFRシグナル伝達経路内のRAS,RAFに遺伝子変異を有するがん細胞では,それぞれの変異タンパク質がEGFRからの刺激の有無に関わらずMET-ERK経路を活性化することで,恒常的に細胞の増殖や生存を維持し続けることが明らかとなっている1)。RAS遺伝子はKRASが12番染色体,NRASが1番染色体,HRASが11番染色体に位置し,それぞれ4つのエクソンと3つのイントロンからなる。RAF遺伝子は7番染色体に位置し,18のエクソンからなる2)。したがって抗EGFR抗体薬の使用に際しては,その適否を判断することを目的にRAS(KRAS/NRAS)遺伝子変異検査を実施することが必須であり,ガイダンスにも明記されている2)。RAS遺伝子変異検査法には,PCR法を応用した変異を特異的に検出する各種方法(PCR-rSSO法やScorpion-ARMS法など)や腫瘍DNAから遺伝子領域を増幅し,直接塩基配列を明らかにするダイレクトシークエンス法などが利用されている。現在は分析的妥当性および臨床的有用性が証明され薬事承認された体外診断用医薬品(in-vitro diagnostics; IVD)を用いた検査法が存在し,実施が推奨されている。しかし,院内実施には高度な専門技術の習得や設備投資に伴う費用対効果の問題などより,各医療機関内での実施は伸び悩んでいると思われる。また,研究用試薬や自家調整試薬を用いた薬事未承認検査法も多く利用されているのも現実である。当院では,ガイダンスの変更に伴いRASの測定が求められるようになり外注への検討を余儀なくされた。しかし,検査所要時間(turn around time; TAT)が延長することから,一層,即時測定の要望が高くなり,再度院内実施を現実化するため,RAS測定系を構築することとなった。現在当院で用いているi-densy IS-5320(i-densy,アークレイ社)3)と複数測定を同時に行えるi-densy Pack Multitype UNIVERSAL(マルチタイプ試薬)を用いてRAS測定系を検討し,IVD試薬のひとつであるMEBGENTM RASKET(MBL)4)と比較検討を行った。加えてBRAF V600E遺伝子変異検査も大腸癌の予後推定や治療選択上,極めて重要であり推奨されていること2),5)やリフレックステスト2)の観点を鑑み,同時測定し検討した。対象サンプルは当院で大腸癌と診断されたホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed paraffin-embedded; FFPE)標本を用いた。各々から得られたサンプルDNAの濃度や変異の有無について調べ,当測定系のRAS遺伝子変異検査に対する分析的妥当性の検証を行ったので報告する。
2013年7月から2017年3月までに綾部市立病院消化器外科にて摘出手術が実施された原発性大腸癌のうち,FFPE標本を用いてi-densyにてKRAS(codon12/13)ならびにBRAF遺伝子変異検査が院内実施できた21例を対象とした。尚,本検討は当院倫理委員会の承認を得て行った(承認番号H29-005)。
2. 検体の取り扱いと測定方法摘出大腸癌組織を型どおり病理診断用に10%中性緩衝ホルマリン液にて48時間から72時間固定後,切り出し時に遺伝子検査専用のFFPEブロックを作製し検査に用いた。このブロックは病理診断用に作製した癌組織近傍を追加切り出し,周囲の脂肪組織や正常組織を取り除く,マニュアル・マクロダイセクションを行い腫瘍の割合を限りなく高め,固定時間を厳守し,病理診断用とは個別化した(Figure 1)。尚,遺伝子検査専用のFFPEブロックを作製できなかった症例については病理診断用のブロックを使用した。DNA抽出はFFPE切片4 μm × 2枚を用いてQIAamp® DNA FFPE Tissue Kit(QIAGEN)を使用した。DNA濃度は小型核酸測定装置QuantusTM Fluorometer(プロメガ)を用い,二本鎖DNAをQuantiFluor® ONE dsDNA System試薬(プロメガ)を用いて測定した。遺伝子変異検査は i-densyを用い実施した。結果の解析には遺伝子解析補助システムMEQNET iDia(アークレイ)を用いた6)。
大腸癌組織の切り出しと遺伝子専用パラフィン包埋ブロックの作製
腫瘍部分に余裕がある場合は,病理標本として切り出した近傍の癌組織を追加切り出しする。周囲の脂肪組織や正常組織を取り除く(マニュアル・マクロダイセクションを行い),限りなく腫瘍の割合を高め,固定時間を厳守した遺伝子検査専用のブロックを作製する。
最終的な検討項目はKRAS遺伝子エクソン2(codon12, codon13);KRAS(c12/13),KRAS遺伝子エクソン3(codon59, codon61);KRAS(c59/61),KRAS遺伝子エクソン4(codon117, codon146);KRAS(c117/146),NRAS遺伝子エクソン2(codon12, codon13);NRAS(c12/13),NRAS遺伝子エクソン3(codon59, codon61);NRAS(c59/61),BRAF遺伝子エクソン15(V600E);BRAF(V600E)である。マルチタイプ試薬は,最大4測定分の試薬が1パックに集約され,1パックにて最大12項目の遺伝子変異や多型を同時に測定可能となった(Figure 2)。今回,RASKETとの比較のため同一FFPEブロックを外部委託用に型どおり薄切し,変異の有無,変異のサブタイプを比較検討した。
i-densy Pack Multitype UNIVERSALの外観と(上)i-densy IS-5320の内部(下)
専用試薬パック(上),測定後のi-densy内部,試薬パックを4つセットできる(下)。
遺伝子変異検査に使用したi-densy IS-5320(アークレイ)はQP法を利用している。QP法はQuenching Probe(以下,QProbe)と呼ばれる,末端に蛍光色素が結合した20塩基程度のDNA鎖を使用した検出法であり,ターゲット配列に結合するように相補的なDNA配列で設計されている。ターゲット配列を含む領域を増幅した後,温度を下げるとQProbeが結合する。このときターゲット配列上のグアニンの作用で蛍光色素が消光する。徐々に温度を上げるとある温度でQProbeが急激に解離し,同時にグアニンから解離した蛍光色素が発光する。一方,ターゲット配列とQProbeにミスマッチがある場合は,QProbeとターゲット配列の結合力が弱くなるため,通常よりも低い温度でQProbeが解離して蛍光色素が発光する(Figure 3)。i-densyを用いてどの温度でQProbeが解離して蛍光量が増加したかをTm解析によって検出することで,ターゲット配列における遺伝子変異の有無を判定できる7)。今回使用したKRAS/NRASの測定系は野生型配列に対してパーフェクトマッチのプローブを使用しており,プローブ結合領域に変異が存在するとプローブとミスマッチとなり,低温側のピークとしてi-densyで検出できる。プローブ結合領域内の変異であれば網羅的に検出可能で,報告例の少ない2塩基変異なども検出できる可能性がある。
QP法とTm解析法を組み合わせた変異検出原理と測定結果の波形ピーク
検討した21例の詳細を示す(Table 1)。大腸癌の病理学的記載は大腸癌取扱い規約第8版8)に準じて記載した。野生型とKRAS(c12/13)変異を有するそれぞれ5例の結果はi-densyとRASKETにおいてすべて一致した。KRAS(c12/13)以外のマイナーRAS変異を有した6例については検出対象とするアミノ酸変異の種類を記載した。BRAF(V600E)変異を有した5例はRASKETにてRAS野生型と判定された。
Case | 年齢,性別 | 占居部位,組織型, 壁深達度(T) |
dsDNA濃度 (ng/μL) |
MDの有無 | 結果(i-densy) KRAS(c12/13)/BRAF |
結果(RASKET) | 結果(本測定系) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 58, F | S, tub1>tub2>por2, T3 | 34 | あり | WT/WT | WT | WT |
2 | 68, F | Rb, tub2>tub1>por2>muc, T3 | 113 | あり | WT/WT | WT | WT |
3 | 83, M | S, tub2>tub1>por2, T3 | 13 | あり | WT/WT | WT | WT |
4 | 82, F | S, tub1, T3 | 81 | あり | WT/WT | WT | WT |
5 | 67, F | RS-Ra, tub1>>por2, T3 | 17 | あり | WT/WT | WT | WT |
6 | 89, F | S, tub1>>por2, T3 | 75 | あり | codon12/13/WT | KRAS codon13-G13D | KRAS codon12/13 |
7 | 96, F | RS, tub1>tub2, T4a | 26 | あり | codon12/13/WT | KRAS codon12-G12D | KRAS codon12/13 |
8 | 58, M | C, tub1>tub2>>muc, T3 | 95 | あり | codon12/13/WT | KRAS codon12-G12D | KRAS codon12/13 |
9 | 84, M | A, tub2>tub1>por2, T3 | 22 | あり | codon12/13/WT | KRAS codon12-G12D | KRAS codon12/13 |
10 | 73, F | S, tub2>muc>por2>pap, T3 | 26 | あり | codon12/13/WT | KRAS codon12-G12C | KRAS codon12/13 |
11 | 76, F | C, tub1>>tub2, T3 | 101 | あり | WT/WT | NRAS codon12-G12D | NRAS codon12/13 |
12 | 72, M | RS-Ra, tub1>>tub2>por2, T3 | 63 | あり | WT/WT | KRAS codon117-K117N | KRAS codon117 |
13 | 64, F | S, tub1>>por2, T3 | 57 | あり | WT/WT | KRAS codon59-A59T | KRAS codon59/61 |
14 | 71, F | Ra, tub1>tub2>muc, T1b | 46 | なし | WT/WT | NRAS codon12-G12S | NRAS codon12/13 |
15 | 82, M | RS, tub1>>tub2>por2, T4a | 64 | あり | WT/WT | KRAS codon146-A146P | KRAS codon146 |
16 | 61, F | S, tub1>>tub2, T3 | 11 | なし | WT/WT | NRAS codon12-G12D | NRAS codon12/13 |
17 | 80, F | C, tub2>tub2>por2, T3 | 78 | あり | WT/V600E | WT | BRAF V600E |
18 | 59, M | A, tub1>muc>pap, T3 | 54 | あり | WT/V600E | WT | BRAF V600E |
19 | 89, F | T, por1>>por2>tub2, T3 | 58 | あり | WT/V600E | WT | BRAF V600E |
20 | 71, M | S, muc>>tub2>tub1, T4b | 85 | あり | WT/V600E | WT | BRAF V600E |
21 | 57, M | A, tub2>tub1>muc, T3 | 77 | あり | WT/V600E | WT | BRAF V600E |
M:male,F:female,C:盲腸,A:上行直腸,T:横行結腸,S:S状結腸,RS:直腸S状部,Ra:上部直腸,Rb:下部直腸,tub1:高分化管状腺癌,tub2:中分化管状腺癌,por1:充実型低分化腺癌,por2:非充実型低分化腺癌,muc:粘液癌,pap:乳頭腺癌,T1b:癌が粘膜下層までにとどまり,浸潤距離が1,000 μm以上であるが固有筋層に及んでいない,T3:漿膜を有する部位では癌が漿膜下層までにとどまる。漿膜を有しない部位では,癌が外膜までにとどまる,T4a:癌が漿膜表面に露出している,T4b:癌が直接他臓器に浸潤している,MD:マニュアル・マクロダイセクション,WT:wild type.
測定 4項目は①KRAS(c59/61)/BRAF(V600E),②NRAS(c59/61),③KRAS(c12/13)/NRAS(c12/13),④KRAS(c117/146)とした。iDiaを用いた解析結果の詳細を示す(Table 2)。測定結果はRASKETの測定結果とすべて一致した。
3. 試薬反応性i-densyにおける測定系の内部精度管理指標として試薬反応性を用いている。蛍光変化量の最大値と蛍光量の最大値から算出しており,PCRの増幅効率の指標として利用している。最適な試薬反応性の値は項目によって異なるが,3.0以上あれば良好としている。今回,全ての測定結果について良好な試薬反応性数値を示した(Table 2)。
KRAS及びNRAS遺伝子変異を検出するマルチプレックス診断薬であるMEBGENTM RASKETと遺伝子解析装置i-densy専用試薬であるマルチタイプ試薬を用いた測定系と比較検討した結果,変異の有無,変異領域はすべて一致した。このことから,当院における検体取扱い処理工程や本測定系の検出感度が良好であることが明らかとなった。i-densyを用いた従来のKRAS遺伝子変異検査ではKRAS(c12/13)の情報しか得られず,大腸がん患者におけるRAS遺伝子変異測定に関するガイダンスの推奨内容を満たしていなかった。しかし,本測定系の構築によりRASKETが対象とする48種類のアミノ酸変異のおよそ99.1%を網羅することが可能となった。
大腸癌でのRAS遺伝子変異の発生頻度は,COSMIC(Catalogue Of Somatic Mutations In Cancer)データベース9)(2017.3.30時点)によればKRAS遺伝子が32.87%,NRAS遺伝子が4.09%と報告されており,中でもKRAS(codon12/13)変異が32.39%と最も多くを占める。RASKETに対して本法はNRAS 遺伝子エクソン4の K117N,A146T,A146P,A146Vの変異が測定対象外となっている。しかしながら,RASKETの基礎的検討10)においてNRAS遺伝子エクソン4の変異は1例も報告されておらず,更にフェーズIIIの各種基礎的検討11),12)においても変異例の報告がなかったことから,実際の変異頻度は極めて低いと考えられる。ガイダンス2)においては全大腸がんの0.3%未満と極めて稀であると記載されている。したがって本法におけるRAS変異の網羅率はほぼ100%であることが示唆された。
RASKETの測定感度は概ね5~10%とされている。本測定系の感度は概ねRASKETと同様であるが,一部では20%程度を示すものが存在する。よって検体品質の適正化に努めるとともに,少なくとも腫瘍組織の比率が10%以上の標本を使用することが重要となる。これら検体の取り扱いに関する操作上の注意点や具体的な作業内容,そして根拠となる基礎データなどはゲノム研究用13),あるいはゲノム診療用病理組織検体取扱い規程14)が大いに参考になる。検体採取から固定,組織の分画やDNA抽出といった測定前プロセスにおける作業要因が測定精度に大きく影響することから,当院では品質管理された遺伝子検査専用のFFPEブロックを作製し,対応しているのが現状である。
これまでの試薬は1パックあたり最大で3変異の測定が可能であった。今回使用したマルチタイプ試薬は従来の試薬4パック分が1パックに集約されており,プライマープローブミックス添加ウェルが4つに増加していることで最大12変異の測定が可能である。この改良点により複数のパックが不要となった。コストについては,従来試薬の半分程度で済むことからコストパフォーマンスは極めて高い。試薬の有効期間は製造から1年間と両者で変わりはない。更に本測定系は,特定遺伝子の多変異の同時測定や複数の疾患関連遺伝子変異の同時測定など幅広いニーズに応えることが可能であることが示唆される。加えて従来同様に検体前の処理から遺伝子解析までをオールインワンの簡単操作で実施可能であることも特長のひとつと考えられる。検体とプライマープローブ溶液をセット後,70分から120分の短時間で正確に,遺伝子変異検査を院内において実施可能であり,実臨床に大きく貢献できることが期待される。
大腸癌における分子標的治療に対するRAS遺伝子変異検査の重要性が高まる中,BRAF遺伝子変異検査においても同時測定が可能である点も本測定系の特色としてあげられる。BRAF遺伝子変異はエクソン15領域のコドン600のバリンがグルタミン酸となるV600E変異が多いとされる。本邦での大腸がんにおけるBRAF V600E遺伝子変異の頻度は5%程度と報告されている15)。大腸癌におけるRAS遺伝子変異とBRAF V600E遺伝子変異とは相互排他的な関係にある。またBRAF V600E遺伝子変異陽性例はBRAF遺伝子野生型に比して予後不良であるとされ,化学療法の実施や治療レジメンの選択が重要となる2)。加えて,一般的に進行が速く,早急な化学療法開始を必要とする症例も少なくないため,より迅速な結果報告が要求される。このためガイダンス2)においてもリフレックステストが推奨されている。本測定系はRASとBRAF遺伝子変異を同時に測定可能であることから,今回対比させたRASKETよりも大腸癌における遺伝子変異の網羅率は高いと言える。
RAS遺伝子変異検査のマルチタイプ試薬の構築を検討し,RASKET法との比較検討を行った結果,極めて良好な相関性を示した。検出感度においても,検体処理工程を踏まえた検体の品質管理を実践することによりIVD法と遜色のない正確な測定法であることが示唆された。加えて,測定時間が最大120分と短時間で解析可能である点や操作が簡便である点などからも,本法は日常的な院内遺伝子検査の実践において有用性の高い検査法であると考えられる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。