2018 Volume 67 Issue 4 Pages 512-518
カリウム(K)は心臓の収縮や伝導系,神経や平滑筋の活動に関わる陽イオンで,生体のホメオスタシスにおいて重要な役割を果たしている。溶血検体では偽高値を生じるため,正確な血清K値を得るためには再採血が望ましい。しかし採血困難,採血時間の指定など再採血ができないケースも存在する。そのため溶血の強さとKの変動幅に一定の関連性が認められれば溶血の影響を考慮した本来の値を推察できると考え,本検討を行った。まず患者50名のヘパリン血検体を対象とし溶血再現試料(hemolysis reproduction reagent)を作製した。これを生理食塩水とプール血清と混ぜ,ヘモグロビン濃度が0,100,200,300,400,500 mg/dLの溶血試料を作製した。この溶血試料を対象にhemolysis index,血清K値の測定を行い,溶血の強さと血清K値の上昇幅および上昇率との関連性を調べた。これらの結果から2つの血清K補正式,Equation 4およびEquation 5を作成した。次に溶血により再採血が行われた患者40名の血清を対象に補正式の検証試験を行った。その結果,Equation 4では非溶血検体の血清K値と溶血検体の補正K値の平均誤差が約0.5 mmol/Lとなり,その性能は不十分であると考えられた。一方Equation 5では平均誤差が約0.3 mmol/Lとなり,Equation 5を利用することで溶血検体でも本来の血清K値が推測可能であると考えられた。
カリウム(K)は心臓の収縮や伝導系,神経や平滑筋の活動に関わる陽イオンで,生体のホメオスタシスにおいて重要な役割を果たしている1),2)。体内の総Kのおよそ98%は細胞内に存在しているため,細胞からのわずかなKの放出でさえも血清K値に影響を与える3)。臨床において正確な血清K値を得ることは重要であるが,実際には偽高値となる事例も多く存在している。血清K値の偽高値の原因の代表的なものとして採血時の溶血が挙げられる4),5)。これは赤血球中には血清中よりも高濃度にKが含まれているため,溶血により赤血球中から放出されたKが血清のK濃度に影響を与えるためである6)~8)。また溶血によるKの偽高値は低K血症の見落としにも繋がる9)~11)。そのため血清Kを測定する場合は非溶血検体を利用することが望ましい。しかし実際の現場では採血が困難な患者であったり,小児・乳幼児,採血時間が指定されているなど,再採血が困難な状況も存在する。また再採血は患者,スタッフの両者にとって負担が大きい作業であると思われる。そのため我々は,溶血検体でも本来の血清K値を推測可能な補正式を作成し,再採血の減少につなげることを目的として本研究を行った。
1)患者50名のヘパリン血検体を溶血再現試料(hemolysis reproduction reagent)の作製に使用した(Table 1)。
Age | WBC (×103/μL) |
RBC (×104/μL) |
Hb (g/dL) |
Ht (%) |
MCV (fL) |
MCH (pg) |
MCHC (%) |
Plt (×104/μL) |
K (mmol/L) |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Mean | 56.9 | 7.9 | 425.4 | 12.6 | 37.0 | 88.0 | 29.9 | 33.9 | 27.8 | 4.2 |
SD | 26.4 | 4.8 | 82.2 | 2.3 | 6.2 | 9.8 | 3.5 | 1.5 | 35.4 | 0.6 |
Max | 90 | 22.6 | 567 | 17.3 | 50.5 | 110.1 | 35.4 | 37.2 | 214.6 | 5.7 |
Min | 0 | 1.6 | 212 | 6.8 | 21.2 | 54.8 | 16.9 | 28.7 | 0.5 | 3.1 |
Median | 65 | 6.3 | 431 | 12.45 | 36.9 | 89.1 | 30.7 | 34.3 | 19.5 | 4.0 |
n = 50 male = 28 female = 22
2)溶血により再採血が行われた患者40名の血清を補正式の検証試験に使用した(Table 2)。
Age | WBC (×103/μL) |
RBC (×104/μL) |
Hb (g/dL) |
Ht (%) |
MCV (fL) |
MCH (pg) |
MCHC (%) |
Plt (×104/μL) |
K (mmol/L) |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Mean | 70.4 | 7.1 | 394 | 12.1 | 35.8 | 91.6 | 30.8 | 33.7 | 23.0 | 4.2 |
SD | 16.5 | 3.7 | 77 | 2.3 | 6.6 | 6.6 | 2.7 | 1.2 | 15.9 | 0.5 |
Max | 98 | 15.1 | 511 | 17.2 | 47.8 | 111.4 | 37.7 | 36.8 | 73.0 | 5.5 |
Min | 13 | 12.0 | 246 | 7.6 | 24.1 | 76.2 | 24.3 | 31.0 | 1.4 | 3.3 |
Median | 72.5 | 6.2 | 410 | 12.4 | 36.3 | 91.9 | 30.9 | 33.7 | 19.4 | 4.2 |
n = 40 male = 27 female = 13
血清K値およびhemolysis indexの測定にBM6050(日本電子)を使用した。hemolysis indexはBMシリーズで測定可能な溶血の強さ(血清外観情報)であり,計算式は以下に示す標準のものを使用した。
hemolysis index = 131.40 ×(溶血測定吸光度 − 0.8987 × 混濁測定吸光度)
1)ヘパリン血に生理食塩水(0.9% NaCl)を加えて撹拌し,3,000 rpmで5分間遠心し,上清を破棄する。この際に上清と共に白血球層も除去する。この洗浄過程を3回繰り返す。
2)洗浄した血球に生理食塩水を加え,ヘモグロビン濃度を2,500 mg/dLに調整する。
3)−30℃で凍結し,完全に溶血させる。解凍したものを溶血再現試料とする。
2. 溶血試料の測定1)溶血再現試料,生理食塩水(saline),プール血清(pooled serum)をTable 3に示す分量で混和し,ヘモグロビン濃度を0,100,200,300,400,500 mg/dLに調整し溶血試料とする。対象者50名分の溶血再現試料に対し上記の希釈系列の溶血試料を作製する。
Hb levels (mg/dL) | 0 | 100 | 200 | 300 | 400 | 500 |
---|---|---|---|---|---|---|
Hemolysis reproduction reagent (μL) | 0 | 10 | 20 | 30 | 40 | 50 |
Saline (μL) | 50 | 40 | 30 | 20 | 10 | 0 |
Pooled serum (μL) | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 | 200 |
2)調整した各溶血試料の血清K値とhemolysis indexを測定する。
3. K補正式の作成1)hemolysis indexとヘモグロビン濃度の相関図から回帰式(Equation 1)を作成する。
2)hemolysis indexと血清K値の上昇幅の相関図から回帰式(Equation 2)を作成する。上昇幅は以下の式で求めた。
上昇幅(mmol/L)= 溶血試料のK値(mmol/L)− ヘモグロビン濃度が0 mg/dLの溶血試料のK値(mmol/L)
3)hemolysis indexと血清K値の上昇率の相関図から回帰式(Equation 3)を作成する。
上昇率は以下の式で求めた。
上昇率(%)=(K上昇幅(mmol/L × 100)/Hb濃度が0 mg/dLの溶血試料のK値(mmol/L)
4)Equation 2を利用し,以下の補正式(Equation 4)を作成する。
補正K値(mmol/L)= 溶血K値(mmol/L)− K上昇幅(mmol/L)
5)Equation 3を利用し,以下の補正式(Equaton 5)を作成する。
補正K値(mmol/L)=(溶血K値(mmol/L)× 100)/(100 + K上昇率(%))
4. 検証試験溶血により再採血が行われた患者40名の血清を使用し,溶血検体と非溶血検体の血清K値を測定する。2つの補正式を利用し溶血検体から算出した補正K値から非溶血検体のK値を引き,両者の差を補正K値の誤差とし補正式の性能を検証する。またhemolysis indexと補正K値の誤差の相関を調査する。
hemolysis index(x)とヘモグロビン濃度(y)の回帰式(Equation 1)はy = 39.487x − 1.6325, r = 0.99(Figure 1)となった。
Correlation between hemolysis index (x) and Hb levels (y)
hemolysis index(x)と血清K値の上昇幅(y)の回帰式(Equation 2)はy = 0.125x + 0.0027, r = 0.98(Figure 2)となった。
Correlation between hemolysis index (x) and increase in potassium levels (y)
hemolysis index(x)と血清K値の上昇率(y)の回帰式(Equation 3)はy = 3.623x + 0.0767, r = 0.98(Figure 3)となった。
Correlation between hemolysis index (x) and increase rate (y)
Table 1に示した50名の血清K値(x)とヘモグロビン濃度を500 mg/dLに調整した各溶血試料のK値の上昇幅(y)の回帰式はy = −0.0016x + 1.5956, r = 0.006となった。
5. 補正式の作成Equation 2およびEquation 3を利用し以下の補正式を作成した。
Equation 4:y = A −(0.125x + 0.0027)
Equation 5:y =A × 100 /(100 +(3.623x + 0.0767))
x:hemolysis index,y:補正K値(mmol/L),A:溶血検体のK値(mmol/L)
6. 検証試験の結果Equation 4を利用した場合,補正K値の平均誤差は約0.5 mmol/Lとなり,Equation 5を利用した場合では約0.3 mmol/Lとなった(Figure 4, Table 4)。またhemolysis index(x)と補正K値の誤差(y)の回帰式はEquation 4ではy = 0.037x + 0.290,r = 0.37となり,Equation 5ではy = −0.005x + 0.3171,r = 0.06となった。
Differences in potassium levels of non-hemolyzed samples (x) and compensated potassium levels (y)
Equation 4 | Equation 5 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
n | 40 | Max | 1.72 | n | 40 | Max | 1.10 |
Mean | 0.53 | Min | −0.19 | Mean | 0.28 | Min | −0.30 |
SD | 0.42 | Median | 0.49 | SD | 0.34 | Median | 0.23 |
検証試験の対象40名中に低K血症(K値3.5 mmol/L 未満)が3例含まれていたが,溶血K値は全例で3.5 mmol/Lを上回り,Equation 4を用いた補正K値は2例で3.5 mmol/Lを上回った。Equation 5を用いた場合でもEquation 4と同じ2例で3.5 mmol/Lを上回った。また対象者40名の非溶血検体では基準範囲であるものの溶血K値が5.5 mmol/Lを上回り高K血症を示したものが19例あり,Equation 4を用いた場合では4例が5.5 mmol/Lを上回った。一方Equation 5を用いた場合では5.5 mmol/Lを上回ったものは存在しなかった。
Figure 1およびEquation 1が示すとおりhemolysis indexとヘモグロビン濃度には良好な相関が認められ,hemolysis indexは溶血の強さを表すことが確認された。またFigure 2,Figure 3,Equation 2,Equation 3が示すとおり,hemolysis indexと血清K値の増加には良好な相関が認められ,溶血が強くなれば血清K値が一定の割合で増加することが確認された。
Equation 2はhemolysis indexから血清K値の上昇幅を求めることができる。これを利用し,溶血検体の血清K値からEquation 2で求めた血清K値の上昇幅を引くことで補正を行う補正式がEquation 4である。検証試験においてEquation 4は誤差が平均で0.53 mmol/L,最大1.72 mmol/Lとなった。
日臨技が推奨するJCCLS共有基準範囲ではKは3.6–4.8 mmol/Lとされている12)。また血清K値が3.5 mmol/L未満で低K血症,5.5 mmol/L以上で高K血症とされている13)。そのためEquation 4で生じる誤差は低K血症の見落としや高K血症の誤判定につながる可能性が高いと考えられる。またKの個体内生理的変動幅が5.2%という報告があり14),共用基準範囲を用いて計算すると生理的変動幅はおよそ0.19~0.24 mmol/Lとなる。Equation 4で生じる誤差の平均は生理的変動幅の2倍を超えており,このことからもEquation 4の性能は不十分であると考えられた。
一方でEquation 3はhemolysis indexから血清K値の上昇率を求めることができる。これを利用し,溶血検体の血清K値を上昇率で除することで補正を行う補正式がEquation 5である。検証試験においてEquation 5は誤差が平均で0.28 mmol/L,最大1.10 mmol/Lとなり,Equation 4よりも良い性能を示した。検証試験の対象者に含まれる3例の低K血症の内2例でEquation 4を用いた補正K値,Equation 5を用いた補正K値のどちらも3.5 mmol/Lを上回り低K血症の見落としが生じた。また非溶血検体では基準範囲であるものの溶血K値が5.5 mmol/Lを上回り高K血症を示した19例のうちEquation 4を用いた場合では4例が5.5 mmol/Lを上回り高K血症の誤判定となった一方,Equation 5を用いた場合では5.5 mmol/Lを上回ったものは存在しなかった。このことからもEquation 4よりもEquation 5が優れていると考えられた。またEquation 5で生じる誤差の平均は生理的変動幅と近い値を示している。大きな誤差を生じる症例もあるものの,Equation 5を利用することで溶血検体でも本来の血清K値を推測することが可能と考えられた。また本件検討で用いた方法では血清K値とhemolysis indexが同時に測定可能で,例えば検査システムに計算式を登録することで補正K値も同時報告が可能であるため,非常に簡便な方法であるといえる。またTable 1に示した50名の血清K値と各溶血試料のK値の上昇幅に相関が認められないため,本検討で作成した血清K補正式は患者の本来の血清K値に影響されることなく使用可能であると考えられる。
しかしFigure 4からもわかるとおり誤差の幅は大きくないものの,多くの症例で正の誤差を生じている。また一部の症例では大きな誤差を生じている。このような誤差を生じる原因として筋肉や細胞からのKの放出が考えられる15)~17)。採血時のクレンチングにより前腕の筋肉からKが放出され血清K値の偽高値につながることが報告されている18),19)。採血時の10回のクレンチングにより血清K値は平均で0.62 mmol/L上昇したという報告もある20)など,採血手技による影響は大きいと考えられる。採血時の溶血は採血が困難な患者で多いと考えられ,そのような場合には採血時にクレンチングなどを行うことが多いと推測される。そのため溶血検体は溶血以外の影響による血清K値の偽高値を生じやすいのではないかと考えられた。
またFigure 1からヘモグロビン濃度が400 mg/dLを超えるとhemolysis indexのバラツキが大きくなることが見て取れる。溶血再現試料の調整の際に血球成分のサンプリングを行ったが,血球の粘度が高いためサンプリング量にバラツキが生じたことが原因の一つとして考えられた。溶血の強度が強い場合のhemolysis indexの信頼性については追加検討が必要だと考えられた。この様なhemolysis indexのバラツキも補正式に誤差が生じる一因と推測されるが,今回の検討では結果5で示したとおり,どちらの補正式を利用してもhemolysis indexと補正K値の誤差の間には相関関係は認められなかった。これはhemolysis indexのバラツキよりもクレンチングなどによる誤差が大きいためと考えられた。
また血液が凝固する際に血小板や白血球からKが放出されるため,これらの血球が非常に多い場合にも血清K値の偽高値が起きることが報告されている21)。Table 1に示すように,今回の検討ではhemolysis reproduction reagentの作成の対象者の中に白血球数が22.6(×103/μL)の患者や血小板数が214.6(×104/μL)の患者が含まれているが,洗浄作業により白血球や血小板は取り除かれるため,hemolysis reproduction reagentへの影響は無いと考えられた。また検証試験の対象者にも白血球や血小板が高い患者が含まれている(Table 2)が,白血球や血小板からのKの放出は溶血の有無に関わらず生じるため,今回の検討結果への影響は無いと考えられた。
本検討と同様に血清外観情報を用いたK補正の試みは米久保ら22)や水谷ら23)による報告がある。両既報共に溶血の強さとK上昇幅の相関関係を利用して補正する方法を採用しており,本検討のEquation 4と同様の原理である。非溶血検体のK値(x)と補正K値(y)との相関は米久保らの報告ではy = 1.0045x + 0.1186,r = 0.981,水谷らの報告ではy = 1.05x − 0.11,r = 0.87と両者とも本検討のEquation 4よりも良好な成績を示している。この原因として両既報の検証試験では主に採血後に人工的に溶血させた検体を利用しており,クレンチングなど溶血以外の影響が少ないことが考えられた。そのため溶血の影響のみでK値が上昇している場合はEquation 4も十分な性能を示すのではないかと推測された。しかし実際の運用には溶血検体のK値の上昇には溶血以外の影響を考慮する必要があるため,より性能の良いEquation 5の使用が望ましいと考えられる。このEquation 5は本検討が既報よりも改善された点であると言える。
また注意点としてこの補正式は採血に伴う溶血にのみ使用可能であるという点がある。例えば体内で溶血して血清が赤く着色している場合,補正式を利用することで血清K値が偽低値となってしまうため注意が必要である。そのため補正K値は誤差を生じる可能性があることを念頭に置き,実際の運用に当たっては臨床側へ補正K値は誤差を生じる可能性がある点について注意喚起が必要と考えられる。
今回の検討で我々は溶血検体における血清K補正式Equation 5を作成した。補正式の限界について理解した上で運用を行うことで,溶血検体でも本来の血清K値を推測することが可能であると考えられた。この検討の成果を用いて,溶血による再採血の件数の減少に貢献したい。
本研究は佐久医療センター倫理審査委員会の承認を得て行われた(承認番号:R201412-10)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。