2018 Volume 67 Issue 4 Pages 554-557
後天性血友病AはAPTT延長を契機に見出されることが多いが,今回我々は生理検査室からの一報により診断に至った症例を経験した。症例は80歳代男性,他院より粟粒結核で当院へ転院し治療中であった。広範な皮下出血が出現しエコー検査を行ったが異常は無く,生理検査技師より相談を受けた。血小板数は正常範囲であり,主治医に凝固検査の提出を依頼した結果,APTT 110.6秒,クロスミキシングテストでは遅延型インヒビターパターンを示し,さらに第VIII因子活性が1%以下で,第VIII因子インヒビターも検出されたため,後天性血友病Aと診断された。しかし今回皮下出血をきたす1ヶ月前の検査でAPTT延長を認めており,その時点で精査をしていればさらに早期に発見できた可能性があった。そこで凝固異常症を見落とさないために,異常値を検査システムの画面上目立つようにし,複数人の技師が確認できるよう,改善を行った。本症例は検査部からの働きかけで後天性血友病Aと診断され,致死的な出血を回避し寛解に至ることができた。今後も検査部内で連携を図り,臨床に貢献できるよう努めていきたい。
後天性血友病Aは凝固第VIII因子に対する自己抗体の出現により,第VIII因子活性の低下をきたす後天性出血性疾患である1)~5)。これまでは比較的稀な疾患と考えられてきたが,英国では年間100万人に対して1.48人の発症率と報告されており,近年わが国でも報告例が増加傾向にある6),7)。基礎疾患としては自己免疫疾患,悪性腫瘍,妊娠・分娩,薬剤等が知られているが,加齢もまた発症リスクの1つであり,高齢者に発症しうる出血性疾患として注意が必要である8)~10)。既往歴・家族歴の無い突然の出血症状やAPTT延長を契機に見出されることが多いが,今回我々は生理検査室から連絡を受け,後天性血友病Aの診断に至った症例を経験した。本症例をきっかけに凝固異常症を見逃さないために対策を講じ,検査室内の連携の重要性を再認識することができたので報告する。
症例:80歳代,男性。
既往歴:40年前に腎外傷による左腎摘出,粟粒結核,類天疱瘡,2型糖尿病。
現病歴:20XX年10月,他院より粟粒結核で当院呼吸器内科に転院となり,結核に対し抗結核薬,類天疱瘡に対しステロイドで治療が開始された。11月,40℃の発熱があり敗血症疑いで状態が悪化したが,抗菌薬変更などにより解熱した。12月,上腕に浮腫,疼痛を伴う広範な皮下出血を認め,血管損傷を疑いエコー検査を実施した。その後,エコー検査を行った生理検査技師から血液検査室に1本の電話があった。「上腕に広範な皮下出血がある人のエコー検査をしたが,血管に特に異常は無かった。通常下肢に浮腫を認めることはあるが,基礎疾患の無い人で上腕には起こりにくい。今までに見たことが無い異常な出血斑だった。血小板数は正常だが,出血の原因として何か考えられることはあるか?」という内容であった。患者には上腕のほかに,下肢・側腹部にも広範な皮下出血が認められた(Figure 1)。
皮下出血の状態(上腕,下肢,側腹部)
CBCでは貧血と好酸球数の上昇,生化学検査ではCRPの上昇を認めた(Table 1)。血小板数は正常範囲であったが,凝固検査の依頼はされていなかった。時系列で凝固検査結果を確認すると,1ヶ月前にAPTT 81.8秒と延長を認めていた。40℃の発熱があり敗血症疑いで状態が悪化していた時期であったが,ヘパリンや経口抗凝固薬の投与は無く,延長の原因は不明であった。それ以降は検査が行われていなかったため主治医に凝固検査の提出を依頼し,APTT 110.6秒と延長を認めた(Table 2)。追加検査として,患者血漿と健常者血漿を混合しAPTTを測定するクロスミキシングテストを行った11)~13)。結果,混和直後は下に凸,37℃2時間加温後は直線形となった。この波形から遅延型のインヒビターの存在が考えられ,後天性血友病の疑いがあると主治医に報告した(Figure 2)。
血液検査 | 生化学検査 | ||
---|---|---|---|
WBC | 13.3 × 109/L | T-Bil | 0.9 mg/dL |
St | 8% | AST | 21 U/L |
Seg | 44% | ALT | 9 U/L |
Eo | 37% | LD | 203 U/L |
Mo | 4% | CRP | 5.83 mg/dL |
Ly | 7% | Alb | 2.09 g/dL |
RBC | 2.19 × 1012/L | UN | 36.5 mg/dL |
Hb | 6.6 g/dL | Cr | 1.07 mg/dL |
MCV | 90.4 pg | Na | 133 mEq/L |
MCHC | 33.3% | K | 3.4 mEq/L |
MCH | 30.1 fL | Cl | 94 mEq/L |
Ht | 19.8% | ||
PLT | 313 × 109/L |
10月入院時 | 11月敗血症時 | 12月出血時 | |
---|---|---|---|
PT(秒) | 10.8 | 14.2 | 14.2 |
PT活性(%) | 112.0 | 71.0 | 71.0 |
APTT(秒) | 32.5 | 81.8 | 110.6 |
FDP(μg/mL) | 27 | 11 | 17 |
Dダイマー(μg/mL) | 20.9 | 6.0 | 7.0 |
クロスミキシングテスト結果
数日後の外注検査結果では,第VIII因子活性1%以下,第VIII因子インヒビターが検出され,後天性血友病Aと診断された(Table 3)。
測定値 | 基準値 | |
---|---|---|
第VIII因子活性 | < 1% | 60–150 |
第IX因子活性 | 61% | 70–130 |
フォンウィルブランド因子(vWF)活性 | 245% | 60–170 |
第VIII因子インヒビター | 15 BU/mL | 検出せず |
ループスアンチコアグラント(LA) | 1.02 | 1.3以下 |
凝固異常症を見逃さないために,検査システムの改善を行った。従来APTT延長の異常値設定は90秒以上であったが50秒以上に引き下げ,画面上でピンク色に目立つようにした。また,APTT延長例でヘパリンや経口抗凝固薬の投与が無い場合,ダブルチェックを行うことにした。さらに血液像目視カウンタにも凝固検査結果を表示し,凝固検査担当技師だけでなく他の技師が後から確認できるようにした(Figure 3)。
検査システムの改善
①APTTの異常値を画面でピンクになり目立つようにした。
②血液像目視カウンタにも凝固検査結果を表示した。
今回,検査部の働きかけで後天性血友病Aの発見ができ臨床に貢献することができたが,実は皮下出血をきたす1ヶ月前の検査でAPTT 81.8秒と延長を認めていた。敗血症や肝機能が悪化した状態であったとはいえ,その時に気づいて精査をしていればさらに早く発見できた可能性があった。その反省から当院における凝固検査の運用上の問題点を考えてみたところ,以下の3点が挙げられた。①軽度~中等度のAPTT延長は検査システム画面で目立ちにくく,気づきにくい。②凝固検査の結果は送信するとシステム画面から消え,他者が見ることは無くなる。③ローテーションで多くの技師が担当しており,経験年数の浅い技師も多い。
そこで誰もが異常値に気づけるよう,異常値を検査システムの画面上で目立つようにした。また,ダブルチェックの条件設定や,複数人の技師が凝固検査結果を確認できるよう検査システムを改善した。
また,生化学検査担当技師は本患者の血液が固まりにくく,なぜ固まらないのか疑問に思っていた,とのことであった。後から考えれば当然のことであるが,このような点からも凝固異常症を疑うきっかけになると改めて気づかされた症例であった。今回のように生理検査や生化学検査担当の技師が気づいた些細な情報を共有することで,後天性血友病の見逃しのリスク低減ができると考える。
今回,生理検査室からの情報を契機に診断に至った後天性血友病Aの症例を経験した。致死的な出血は回避し寛解に至ることができたが,さらに早期に診断できた可能性があり,当院の凝固検査の運用を見直すきっかけとなった。今後も検査部内で連携し,臨床に貢献できるよう努めていきたいと考える。
本症例は当院での倫理委員会の対象とならないため,倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。