2018 Volume 67 Issue 4 Pages 563-568
2008年にクレアチニン(Cre)から算出した推算glomerular filtration rate: GFR(eGFRcre)が,2012年にはシスタチンC(Cys)から算出した推算GFR(eGFRcys)が公表され,推算GFRは臨床現場で簡便な腎機能の指標として活用されている。しかし,しばしばeGFRcreとeGFRcysが乖離する症例に遭遇する。そこで,今回eGFRcreとeGFRcysはどの程度一致するのか,また乖離症例にはどのような特徴があるのかを検証した。全症例(n = 226)での相関関係は回帰式y = 0.92x + 2.44,相関係数r = 0.868と良好な結果であったが,CKD重症度分類のGFR区分におけるeGFRcreとeGFRcysの一致率は55.8%と約半数であった。不一致例はeGFRcreと比較し,eGFRcysの区分が軽い症例と重い症例が同等に存在し,どちらか一方への偏りは認めなかった。さらにGFR区分が2段階以上異なる症例は8症例で全体の3.5%であった。eGFRcys/eGFRcre比の比較では,その比が最も1.00に近かった60歳代を基準とすると,若年では高く,高齢では低くなる傾向を認めた。また,eGFRcys/eGFRcre比は体表面積が大きいほど,血清アルブミンが高値なほど高くなる傾向を示し,高度蛋白尿では低値となった。腎機能評価においては,各推算式の特徴や乖離要因を把握した上で使用することが重要である。
腎機能の評価は慢性腎臓病(chronic kidney disase; CKD)の診断・治療時はもちろんのこと,腎排泄性薬剤の投与時や造影剤腎症発症リスクの評価などに必要である。一般的に腎機能の評価は糸球体濾過量(glomerular filtration rate; GFR)により行われており,その標準的な測定法はイヌリンクリアランスであるが,検査が煩雑なため,臨床の現場ではクレアチニン(creatinine; Cre)またはシスタチンC(cystatine; Cys)からGFRを算出する推算糸球体濾過量(eGFR)が用いられている。しかし,Creから算出した推算GFR(eGFRcre)とCysから算出した推算GFR(eGFRcys)は,必ずしも一致するわけではない1)。そこで,今回eGFRcreとeGFRcysの比較検討を行い,乖離例の特徴を抽出し,臨床現場への情報提供を目的に解析した。
対象は当院において2014年1月から2016年9月の間にCreとCysを同時に測定した患者226名(男性:117名,女性:109名,平均年齢:59.8歳)とした。Creは酵素法試薬(和光純薬)を用いLaboSPECT008(日立ハイテクノロジーズ)で,Cysは外注委託とし金コロイド凝集法(アルフレッサファーマ)で測定した。CreおよびCysを用いたeGFRはTable 1に示した推算式を,体表面積はDuBoisの式[体表面積 = 体重(kg)0.425 × 身長(cm)0.725 × 0.007184]を用いて求めた。また,有意差検定はMann–Whitney検定を用い,p < 0.01で有意差ありとした。なお,本研究は川崎医科大学・同附属病院倫理委員会の承認(承認番号:2739)を得て行った。
eGFRcre(mL/min/1.73 m2) |
---|
男性:194 × Cre−1.094 × 年齢−0.287 |
女性:194 × Cre−1.094 × 年齢−0.287 × 0.739 |
eGFRcys(mL/min/1.73 m2) |
男性:(104 × Cys−1.019 × 0.996年齢) − 8 |
女性:(104 × Cys−1.019 × 0.996年齢 × 0.929) − 8 |
eGFRcre(x)とeGFRcys(y)の相関性について確認したところ,回帰式はy = 0.92x + 2.44,相関係数はr = 0.868となった(Figure 1)。
eGFRcreとeGFRcysの相関
CKD診療ガイドライン2012の重症度分類(Table 2)のGFR区分に基づき,eGFRcreとeGFRcysを分類した結果,一致率は55.8%であった(Table 3)。また,eGFRcreでの区分を基準とした場合,各区分での一致率はG1:55.2%,G2:58.1%,G3a:33.3%,G3b:47.2%,G4:75.0%,G5:77.1%であった。不一致症例については,eGFRcreよりeGFRcysの区分の方が軽い症例は22.1%,逆の症例が22.1%であった。さらにGFR区分が2段階以上異なる症例は8症例で全体の3.5%であり,その症例についてはTable 4に示した。
GFR区分 | GFR測定値 | |
---|---|---|
(mL/min/1.73 m2) | ||
G1 | 正常または高値 | ≥ 90 |
G2 | 正常または軽度低下 | 60~89 |
G3a | 軽度~中等度低下 | 45~59 |
G3b | 中等度~高度低下 | 30~44 |
G4 | 高度低下 | 15~29 |
G5 | 末期腎不全(ESKD) | < 15 |
『CKD診療ガイドライン2012』より
eGFRcre | 合計 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
G1 | G2 | G3a | G3b | G4 | G5 | |||
eGFRcys | G1 | 16 | 8 | 1 | 25 | |||
G2 | 13 | 25 | 20 | 1 | 1 | 60 | ||
G3a | 8 | 17 | 8 | 33 | ||||
G3b | 2 | 10 | 17 | 3 | 32 | |||
G4 | 3 | 10 | 24 | 8 | 45 | |||
G5 | 4 | 27 | 31 | |||||
合計 | 29 | 43 | 51 | 36 | 32 | 35 | 226 |
グレーのシャドーが分類一致
年齢 | 性別 | eGFRcre | eGFRcys | 疾患 | 備考 | |
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eGFRcreと比較しeGFRcysのGFR区分が重い症例 | ||||||
症例1 | 70代 | 男性 | G2(63.3) | G3b(33.1) | 腎硬化症 | 筋力低下・介助必要 |
症例2 | 70代 | 女性 | G2(62.3) | G3b(37.8) | ネフローゼ症候群 | 筋力低下・一部介助必要 |
症例3 | 90代 | 女性 | G3a(57.3) | G4(21.7) | 腹部大動脈瘤破裂術後 | 筋力低下・介助必要 |
症例4 | 40代 | 女性 | G3a(51.1) | G4(22.5) | SLE(18歳時に発症) | 筋力低下・一部介助必要 |
症例5 | 90代 | 男性 | G3a(49.1) | G4(23.2) | 膜性腎症 | 筋力低下・介助必要 |
eGFRcreと比較しeGFRcysのGFR区分が軽い症例 | ||||||
症例6 | 30代 | 男性 | G3a(55.7) | G1(96.6) | Cre値上昇・精査目的 | 腎生検は正常組織像 |
症例7 | 80代 | 男性 | G3b(38.9) | G2(61.5) | 2型糖尿病・腎硬化症 | 超音波検査で慢性腎臓病の像 |
症例8 | 30代 | 女性 | G4(25.5) | G2(65.1) | 甲状腺疾患・薬剤性の間質性腎炎 | 急激に腎機能低下(2日前のGFRcre: 121.1) |
性別,年齢,体表面積,栄養状態の指標として血清アルブミン(ALB)およびCKD診断時に考慮する尿所見として尿定性検査の蛋白と潜血をそれぞれ群分けし,各群におけるeGFRcys/eGFRcre比の比較を行った。群分け方法は,年齢が年代別,体表面積(m2)は1.43未満,1.43~1.62,1.63~1.82,1.83以上,ALB(g/dL)は2.1未満,2.1~3.0,3.1~4.0,4.1以上,尿検査は定性結果別とした。
eGFRcys/eGFRcre比は,性別では有意差を認めず,年齢で60歳代が最も平均値が1.00に近く,60歳代に比較し50歳未満で有意に高値,80歳代以上で有意に低値であった(Figure 2)。また,体表面積では1.43~1.62 m2で最も平均値が1.00に近く,体表面積が大きくなるほど高値となる傾向を認めた。ALBでは基準範囲内(4.1~5.0 g/dL)でのeGFRcys/eGFRcre比の平均値は1.12となり,4.0 g/dL以下の群と比較し,有意に高値となった(Figure 3)。尿検査では蛋白の定性結果が(−)の群と比較し,(3+)の群でeGFRcys/eGFRcre比は有意に低値であり,潜血ではいずれの群も有意差を認めなかった(Figure 4)。
性別・年齢からみたeGFRcys/eGFRcre比の比較
体表面積・ALBからみたeGFRcys/eGFRcre比の比較
尿蛋白・尿潜血からみたeGFRcys/eGFRcre比の比較
2008年にeGFRcreが,2012年にはeGFRcysが公表され,eGFRは臨床現場において簡便な腎機能の指標として活用されているが,しばしばeGFRcreとeGFRcysが乖離する症例に遭遇する。そこで,今回eGFRcreとeGFRcysはどの程度一致するのか,また乖離症例にはどのような特徴があるのかを検証した。
全症例での相関係数はr = 0.868と荒川ら2)の報告(相関係数r = 0.881)とほぼ同程度であり良好な結果となった。しかし,CKD重症度分類のGFR区分におけるeGFRcreとeGFRcysの一致率を確認したところ,一致率は55.8%と約半数に留まった。特に腎臓専門医への紹介,治療介入のタイミング,末期腎不全のリスクなどにおいて重要な区分となるG3a(GFR: 45~59 mL/min/1.73 m2),G3b(GFR: 30~44 mL/min/1.73 m2)3)での一致率が低い結果となった。不一致例はeGFRcreと比較し,eGFRcysの区分が軽い症例と重い症例が同等に存在し,どちらか一方への偏りは認めなかった。また,GFR区分が2段階以上異なる症例について確認すると,eGFRcreと比較し,eGFRcysの区分が重い症例は5症例,軽い症例が3症例であった。eGFRcreはCre産生が筋肉量の影響を受けるため,筋肉量が極端に少ない場合に過大評価となることは周知のとおりである4)。eGFRcreと比較し,eGFRcysの重症度が重い症例は高齢者に多く,いずれも筋力の低下に伴い日常生活において介助が必要な症例であり,筋肉量低下によるeGFRcreの過大評価と考えられた。逆にeGFRcreと比較し,eGFRcysの重症度が軽い症例では,症例6は腎生検が正常組織像であることからeGFRcreの過小評価と考えられた。eGFRcreが偽低値となる要因として,筋肉量が多い症例,肉類の摂取後や尿細管分泌を抑制する薬剤の服用例などが考えられるが,症例6についてはいずれの要因にも該当しなかった。症例7は約20年前より糖尿病を指摘され,これまでに14回の教育入院が行われている。今回,15回目の教育入院で超音波検査を施行したところ,両腎ともサイズが小さく,皮質の菲薄化や輝度の上昇があり,嚢胞が散見された。また半年後の超音波検査,臨床症状は特に変化は認めなかったが,eGFRcreとeGFRcysはそれぞれ35.9 mL/min/1.73 m2(G3a)と45.1 mL/min/1.73 m2(G3b)と乖離が小さくなっていた。したがって,症例7はeGFRcysが過大評価であった可能性が示唆された。症例8はeGFRcysが甲状腺機能障害や妊婦で影響を受けること5),6)などが以前より報告されていることから,甲状腺疾患治療によりCysの産生に影響があったことが推測された。しかし,eGFRcreと比較しeGFRcysの重症度が軽い症例については,いずれも明確な乖離原因は不明であった。
eGFRcys/eGFRcre比の比較では,その比が最も1.00に近かった60歳代を基準とすると,若年では高く,高齢では低くなる傾向を認めた。また,eGFRcys/eGFRcre比は体表面積が大きいほど,ALB値が高値なほど高くなる傾向を示し,高度蛋白尿では低値となった。したがって,年齢が若く体格・栄養状態が良い症例はeGFRcysの方が高値に,高齢で小柄,また栄養状態が悪く,蛋白尿がある症例はeGFRcreの方が高値となりやすいことが確認された。臨床現場でeGFRcreとeGFRcysの乖離症例に遭遇した場合,上記の要因を情報提供し,より正しい腎機能評価を行うことが重要である。
eGFRcreとeGFRcysの相関性は良好であったが,CKD重症度分類でのGFR区分の一致率は約半数であった。腎機能評価においては,各推算式の特徴や乖離要因を把握した上で使用することが重要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。