2018 Volume 67 Issue 4 Pages 585-590
偽灰色血小板症候群(pseudo gray platelet syndrome; PGPS)は,エチレンジアミン4酢酸(ethylenediaminetetraacetic acid; EDTA)採血により,細胞外液のCa2+が除去されると血小板が凝集することなく内部の濃染顆粒とα顆粒の分泌がおこるin vitroの現象である。なお,出血傾向や遺伝子異常はなく血小板数も正常である。今回我々は,灰色血小板とその血小板塊を認め,見かけ上血小板減少を伴ったPGPS(PGPS with platelet clumping; PGPSPC)の1例を経験したので報告する。症例は肺炎で入院した90歳代男性。入院時採血においてEDTA採血で著明な血小板減少を認め,鏡検上では顆粒が乏しい灰色血小板とその血小板塊を認めたため,PGPSPCと診断した。我々の検索した限り,PGPSは本症例を含め14症例報告されており,約半数が本症例のように顆粒放出とclumpingを伴い,見かけ上の血小板減少を合併していた。今後,症例の蓄積とその機序の解明が必要と考えられた。
灰色血小板症候群(gray platelet syndrome; GPS)は先天性血小板機能異常症の一つで,血小板のα顆粒の減少もしくは欠損により血小板同士の凝集が低下する疾患である。血小板数は正常から低下するものまであり,軽度から中等度の出血症状が認められる。GPSは多彩であり遺伝子異常も単一ではないと言われているが,多くは常染色体劣性遺伝で3p21に位置するNeurobeachin-like 2(NBEAL2)の突然変異が原因でおこる。巨核球は正常であるが,α顆粒のパッケージング障害により血小板内の顆粒が低下する。そのため,GPSではα顆粒内に含まれている成長因子が骨髄内に継続的に放出され,骨髄の線維化や脾腫がおこる1)~5)。鏡検上,血小板はやや大型でアズール顆粒が乏しく灰色に見える。電子顕微鏡ではα顆粒の低下および暗調小管系の形態異常などが確認されている1)。他方,偽灰色血小板症候群(pseudo gray platelet syndrome; PGPS)はエチレンジアミン4酢酸(ethylenediaminetetraacetic acid; EDTA)採血で血小板の顆粒放出がおこり,鏡検上は灰色血小板となる現象である。GPSと類似しているがクエン酸Naやヘパリンなどの他の抗凝固剤採血では灰色血小板は認められず,出血傾向や遺伝子異常もなく血小板数も正常で,あくまでもin vitroで認められる6)。
今回我々は,灰色血小板とその血小板塊を認め,見かけ上血小板減少を伴ったPGPS(PGPS with platelet clumping; PGPSPC)の1例を経験したので報告する。本症例のようにclumpingを伴うPGPSの症例報告は散見されるが,統一された定義や名称がなく,本論文中ではPGPSPCと記載した。
患者:90歳代,男性。
既往歴:腎臓結石,高血圧,認知症,出血性疾患なし。
家族歴:出血性疾患なし。
現病歴:自宅にて嘔吐,発熱,意識障害があり,当院内科に救急搬送され誤嚥性肺炎の診断にて入院となった。
現症:体温38.2℃。肺音上右下肺にラ音を聴取。意識状態はJCS III-100。皮膚の出血斑なし。
初診時の血液検査結果を示す(Table 1)。血算測定はEDTA-3K採血管を用い,自動分析機はsysmex XE-5000を使用した。血小板数は121 × 103/μLと軽度減少していた。採血から測定までの時間は約30分であった。入院時の末梢血検査(採血から測定まで約2時間)において血小板数が29 × 103/μLと著明に減少し,平均血小板容積(mean platelet volume; MPV)は12.2 fLとやや高めであった。鏡検上,灰色血小板塊を認めた(Figure 1A)。同時に施行したクエン酸Na,およびヘパリン採血の2時間後の血小板数は,それぞれ105 × 103/μL,55 × 103/μLで,MPVは10.6 fL,11.3 fLであった。ヘパリン採血では血小板が一部clumpingしていたが,クエン酸Na,ヘパリン採血ともに灰色血小板は認めず正常の血小板のみを認めた(Figure 1B, C)。後日,EDTA採血を施行し,0.5時間ごとに3時間後まで血小板数を測定し,形態を確認した。採血から徐々に血小板数の低下が認められた(Figure 2)。血小板の形態は直後からアズール顆粒が少なく色素が薄いものが多かったが,経時的に顆粒は減り,染色性が乏しくなった。同時に血小板のclumpingも顕著になり,最終的には個々の血小板の認識ができなくなるほど一塊となり,染色性の欠けた灰色雲状血小板となった(Figure 1A, 3)。以上のこと,および出血傾向がないことから,PGPSPCと診断した。血小板の微細な形態と時間的変化を観察するために,EDTA採血直後と1.5時間後の検体にグルタールアルデヒド固定を行い電子顕微鏡(electron microscope; EM)で観察した。採血直後のEM画像では偽足様の表面突起を伴う不定形の血小板が散見され,α顆粒の減少,開放小管系(open canalicular system; OCS)の発達・増加が認められた(Figure 4)。採血1.5時間後では不定形の血小板が増加し,義足様の突起を有する血小板ではα顆粒がほとんど消失していた。OCSの発達・増加は直後のものとほぼ同等だった(Figure 5)。
項目 | 結果 | 項目 | 結果 |
---|---|---|---|
TP(g/dL) | 7.9 | WBC(×103/μL) | 13.1 |
ALB(g/dL) | 4.0 | RBC(×106/μL) | 5.10 |
T-Bil(mg/dL) | 0.6 | Hb(g/dL) | 15.0 |
ALP(U/L) | 271 | Ht(%) | 41.9 |
AST(U/L) | 23 | MCV(fL) | 82.2 |
ALT(U/L) | 15 | MCH(pg) | 29.4 |
BUN(mg/dL) | 17.2 | MCHC(g/dL) | 35.8 |
Cre(mg/dL) | 0.8 | PLT(×103/μL) | 121 |
Na(mEq/L) | 136 | PT-INR | 0.98 |
K(mEq/L) | 4.7 | APTT(sec) | 33.0 |
Cl(mEq/L) | 97 | Fib(mg/dL) | 544 |
CRP(mg/dL) | 1.78 |
採血2時間後の採血管別血小板像(MG染色 ×1,000)
A;EDTA➡凝集した血小板像 B;クエン酸Na C;ヘパリン
EDTA採血における経時的血小板数
EDTA採血における血小板像経時的変化(MG染色 ×1,000)
A;採血後10分 B;採血後0.5時間 C;採血後1.5時間
血小板EM画像 採血直後
A;×4,000 B;×20,000
血小板EM画像 採血1.5時間後
A;×5,000 B;×20,000
また,この現象は入院中の約1カ月間は持続されたが,肺炎が治癒したため,他院に転院となり,その後の詳細は不明である。
1988年,Cockbillら6)は“PGPS”という概念を初めて報告した。彼らの定義によれば,「EDTA採血により,細胞外液のCa2+が除去されると血小板が凝集することなく内部の濃染顆粒とα顆粒の分泌がおこる現象であり,血小板数は正常である」としている。本症例ではEM上,顆粒の分泌を示すα顆粒の減少が確認されているが,α顆粒は血小板内に約50個程度存在するのに対し,濃染顆粒は血小板内に数個と非常に少ないためEMのみでの濃染顆粒の減少の証明には限界があると思われた。しかし,Mantら7)は濃染顆粒内に含まれているADP・ATPの放出を測定し,Cockbillら6)はα顆粒に含まれているβ-TG,濃染顆粒に含まれているセロトニンを測定することによりどちらの顆粒の放出も証明している。
今回我々の症例では,血小板の顆粒放出と見かけ上の血小板減少が同時に発生しており,Cockbillら6)のPGPSの定義とは異なる。そこでCockbillら6)以前に発表された文献を含め,医学中央雑誌・PubMedで我々が検索し得たPGPSと思われる報告を一覧に示した(Table 2)。把握したPGPSは今回の症例を含めて14例あり6)~15),その中でも約半数が血小板のclumpingを伴っていた。Mantら7)はEDTA採血にて血小板の顆粒放出のみ認める例と顆粒放出とclumpingの両方を認める例を提示している。また,正常人コントロールの全血と上記2例のEDTA添加乏血小板血漿を混和し,それぞれ正常人コントロールの血小板に顆粒放出がおこることを確認している。このことより,Mantらは顆粒放出の原因因子が患者血漿中に存在すると考え,様々な検討を行っている。その結果,顆粒放出の原因因子の特定には至らなかったが,IgG,IgM,フィブリノゲン,アルブミン以外の血漿因子と報告している。また,同様の検討でCockbillら6)は顆粒放出の原因因子はIgG1,IgG2,IgG4ではないかと推定している。しかし,現在までその原因因子は同定されていない。上述の正常人コントロールの血小板が顆粒放出以外にclumpingを認めたかについての記載はなく,clumping合併の有無を含めPGPSの病態はまだ明らかではない。
著者 | 執筆年 | 年齢/性別 | 症状/合併症 | 血小板数 | clumping | 顆粒放出 | 診断 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
EDTA | クエン酸Na /ヘパリン |
||||||||
1 | Gowland, et al. | 1969 | 70/F | 悪性リンパ腫 | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC |
2 | Stavem P, et al. | 1973 | ?/F | 健常者,症状なし | 正常 | − | + | −/− | PGPS |
3 | Mant MJ, et al. | 1975 | 42/M | 一過性の直腸出血 | 正常 | − | + | −/− | PGPS |
16/F | 軽度の鼻出血など | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC | |||
1/M | 鉄欠乏性貧血 | 正常 | − | + | PGPS | ||||
4 | Cockbill SR, et al. | 1988 | 25/F | 軽度のあざ/出血 | 正常 | − | + | −/− | PGPS |
5 | Mues G, et al. | 2001 | 65/M | アルコール依存症/息切れ/貧血 | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC |
6 | Toyota S, et al. | 2002 | 72/M | 急性心筋梗塞 | 低値 | − | + | −/− | PGPS |
7 | 梶浦 容子,他 | 2004 | 57/M | 上咽頭腫瘍 | 正常 | − | + | −/− | PGPS |
8 | Lesesve JF, et al. | 2005 | 73/F | 急性心筋梗塞 | 正常 | + | + | −/− | PGPSPC |
9 | Agarwal S | 2013 | 1/F | 全身の発疹 | 正常 | − | + | −/− | PGPS |
45/M | 急性心筋梗塞 | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC | |||
10 | Yoo J, et al. | 2015 | 46/F | 健常者,健診受診者 | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC |
11 | this case | 2018 | 95/M | 肺炎 | 見かけ上低値 | + | + | −/− | PGPSPC |
先に述べたようにPGPSの過去の症例では,半数に血小板のclumpingが認められている。一方,EDTAがin vitroで偽凝集をおこし,見かけ上の血小板減少を引きおこす現象はEDTA依存性偽性血小板減少症(EDTA-dependent pseudothrombocytopinia; EDTA-PTCP)として知られている16)。EDTA-PTCPは,EDTAがCa2+をキレートすることにより血小板表面膜蛋白のGP IIb/IIIa複合体が解離し,潜在抗原を表出し17),患者血清中の免疫グロブリンが凝集素となり血小板偽凝集を引き起こすと考えられている。免疫グロブリンには主にIgG,IgM,IgAなどが確認されている18)が,抗血小板抗体産生のメカニズムは明らかではない。発生頻度は0.1–0.2%で健常者にも出現するが,様々な疾患に合併することが知られており,免疫不全19),悪性腫瘍20)で多いとされている。抗体産生期間はウィルス感染に一致した一過性のものから,数十年持続するものまで様々である。Cockbillら6)はEDTA-PTCPを完全に阻害する作用を持つGP IIb/IIIaのモノクローナル抗体(M148)を,PGPS患者検体に添加してもEDTAが誘発する顆粒放出が阻害されなかったことより,顆粒放出とEDTA-PTCPをおこす因子は異なると推定している。
また,西郷ら21)はEDTA-PTCPにおいて,α顆粒より放出されるPF4やβ-TGを測定した。正常検体では時間と共に放出されるのに対し,EDTA-PTCP例では全く放出が認められないことから,EDTA-PTCPは顆粒放出を伴わない偽凝集であり,EDTA-PTCPではむしろ顆粒放出がおこりにくいと報告している。以上より,PGPS/PGPSPCとEDTA-PTCPとは異なる現象と推察された。
今回の症例は見かけ上の血小板減少を契機に鏡検上灰色血小板を確認し,PGPSPCの診断に至ったが,PGPSには血小板のclumpingが認められない例が半数近くあることからPGPSは見逃されている可能性が高いと推定される。今回も初診時での採血では血小板数は121 × 103/μLとやや少なめではあったが,血小板のclumping・形態異常を目視にて確認はしていない。PGPSではMPVが正常より大きめと報告されており11),13),14),我々の症例でもMPVは12.2 fLとやや大きめではあったが,PGPSを見いだすほどの特異性はないと思われた。今後は,症例の蓄積のためにも,血小板減少症例の鏡検はPGPSの可能性を想定し,血小板のclumpingのみならず形態や染色性も確認することが必要であると考えられた。
今回,我々はPGPSPCの症例を経験したので本症例と過去の文献のレビューを報告した。PGPSは症例数が少なくclumping合併の有無を含めその病態について不明な点も多く,症例の蓄積と詳細な検討が必要と考えられた。
本症例は当院での倫理委員会の対象とならないため倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。