2018 Volume 67 Issue 5 Pages 791-796
【目的】ティンパノメトリー(tympanometry; TM)は,鼓膜と中耳の状態を把握できる簡便な検査である。健常者のティンパノグラム(tympanogram: TG)はA型を示し,ピーク値は−100~+100 daPaの範囲とされるが,高度陽圧側にピーク値を示す場合は非常に少ない。我々は,北里大学病院臨床検査部でTMを実施し,A型で+51 dapa以上の高度陽圧を示した例を対象とし臨床的背景について精査したので報告する。【方法】北里大学病院臨床検査部でTMを実施した1,307例(2,614耳)のうちA型を示し,+51 dapa以上の高度陽圧を示した例を対象とし,その検査結果および臨床的背景について精査した。【結果】対象とした1,307例のうち,TGのピーク値が高度陽圧を示したのは12例で全体の0.9%であった。15耳のうち両側高度陽圧は6耳(3例)で右耳のみ高度陽圧が6耳(6例),左耳のみ高度陽圧が3耳(3例)であった。鼓膜所見に何らかの異常が認められたのは2耳(13.3%)のみであった。12例中4例については複数回の検査を実施していたが,複数回の高度陽圧を認めた例は無かった。【結語】今回の検討結果から,一般的には高度陽圧を示す場合は急性中耳炎などが多いとされているが,他の原因も多く存在する可能性があることが示唆された。
ティンパノメトリー検査(tympanometry; TM)は,外耳道に機械的な圧を負荷して鼓膜の可動性や中耳の状態を確認する検査1)であり,鼓膜や中耳の状態を把握する必要不可欠な検査である2)。このTMで得られるティンパノグラム(tympanogram; TG)ではコンプライアンスを示すピークの位置が記録され,ピークの有無とその位置によってA型,C型,B型に分類される3)。このTGのピークは中耳腔圧と機器で負荷された圧が等しくなる時に最大となり,健常者では−100~+100 daPaの範囲とされる4)。一方,耳管閉鎖の場合や滲出性中耳炎では,中耳腔圧が陰圧を示すC型やB型となる。日常検査では,A型の多くは0 daPa付近からやや陰圧側にピーク値を認めることが多く,高度陽圧側にピーク値を認める場合はごく稀である。TGのピーク値が高度陽圧を示す例については,沖津ら5)や阿瀬ら6)などの報告があり,急性中耳炎初期の場合や正常でも新生児において陽圧を示す場合があるとされるが,その臨床的意義については不明な部分が多い。今回,我々は北里大学病院臨床検査部で実施したTGにおいてA型を示し高度陽圧を呈した15耳(12例)について,検査結果および臨床的背景の検討を行った。
2014年7月1日から2016年10月5日の期間に,北里大学病院臨床検査部聴覚平衡機能検査室でTMを実施した1,307例(2,614耳)について,後ろ向き疫学検討を実施した。なお,研究内容については事前に北里大学医学部・病院倫理委員会,治療・臨床研究審査委員会の承認(承認番号:B16-260)を得た。
インピーダンスオージオメーターはRS-22(RION)を使用し,静かな隔離された検査室で実施した。TM測定は226Hzの刺激音を用い,加圧は+200 daPaより減圧する方向に自動挿引した。ピークが明らかでない場合には,必要に応じて手動により−400 daPa~−600 daPaまで減圧した。得られたすべてのTG結果から,physical volume test値(以下,PVT値),static compliance値(以下,S.C値)およびピーク値を集計した。ピーク値から求められるTG型の結果については,医師の判定を用いた。医師の判定でA型(Ad型とAs型を含む)と判断された結果に関しては,沖津ら5)の検討結果に基づき+51 daPa~+200 daPaの範囲にピーク値が出現した場合を高度陽圧,それ以外を通常圧と定義した。TMの精度を保証するため,乳幼児についてはおしゃぶり等の使用や啼泣状態および哺乳状態での検査は避け,外耳道閉鎖不全などが無い児を対象とした。また,TM実施時の医師による鼓膜所見,診断名,耳管機能検査の結果,および5歳以下の乳幼児を除き問診時の耳鳴り・耳閉感の有無などについて調査した。併せて,TMを実施した日の天候および大気圧と検査結果との関連性についても検討した。大気圧については,呼吸機能検査室で使用している呼吸機能検査装置FUDAC77N(フクダ産業)で測定した値を用いた。気圧の測定は8:30と12:00の2回計測し,TM検査を実施した時間に近い計測値を気圧の値とした。なお,有意差検定にはjs-STAR version 8.9.3jを用い,統計学的有意差はp < 0.05とした。
対象期間にTMを実施した1,307例について,最も多く検査が実施されていた年齢群は0~5歳で全体の11.9%(154例)を占めていた。次いで,61~65歳が9.3%(121例)であった。重複診断例および疑い例を含む主な診断結果は,感音性難聴の患者が全体の32.8%(602例)と最も多く,次いで伝音性難聴が19.3%(355例),顔面神経麻痺が18.9%(348例),鼻腔・咽頭・喉頭・頸部疾患が9.6%(177例),構音障害・言語遅滞が6.3%(115例),耳閉感・耳鳴り・耳痛が2.1%(39例),混合性難聴が1.7%(32例),その他が9.2%(169例)であった。
2. TMの型別集計結果対象とした1,307例(2,614耳)について,検出された左右耳別TG型別の結果をTable 1に示す。Ad型As型を含むA型を示した耳が最も多く全体で80.8%(2,113耳)を占めており,C型が12.5%(326耳),B型が5.7%(149耳),チューブ留置を含む鼓膜穿孔が1.0%(26耳)であった。型別の出現率に有意差は認められなかった。
A型 | Ad型 | As型 | B型 | C型 | 鼓膜穿孔 (Tube含) |
|
---|---|---|---|---|---|---|
右耳 | 947 | 100 | 23 | 73 | 149 | 15 |
A型総数 | 1,070 | ― | ― | ― | ||
左耳 | 913 | 88 | 42 | 76 | 177 | 11 |
A型総数 | 1,043 | ― | ― | ― |
対象とした1,307例(2,614耳)のうち,TGのピーク値が高度陽圧を示した例は15耳(12例)であり,TMを実施した患者全体の0.9%であった。高度陽圧を示した患者の臨床的背景およびTMの結果をTable 2に示す。15耳の内訳は,男性が5例,女性が7例,年齢の中央値は50.5歳であった。
患者 | 性別 | 年齢 | 背景 | 鼓膜所見 | 耳閉感 | 耳鳴り | 陽圧側 | Tympano右 | Tympano左 | 高度陽圧検出回数 | 耳管 機能 検査 |
|||||||
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右 | 左 | 型別 | PEAK | PVT | S.C | 型別 | PEAK | PVT | S.C | 検出 数/ 検査 数 |
||||||||
A | f | 67 | 両側慢性 中耳炎 経過観察 |
異常なし | 異常なし | 右側 | なし | 右側 | A | 95 | 1.11 | 1.31 | B | 21 | 0.96 | 0.06 | 1/1 | 未検査 |
B | f | 75 | 左右感音 難聴 |
異常なし | 異常なし | 左右 | 左右 | A | 56 | 1.27 | 1.20 | A | −60 | 1.21 | 2.24 | 1/1 | 未検査 | |
C | f | 20 | 左滲出性 中耳炎後 |
異常なし | 鼓膜 穿孔後 |
左側 | なし | A | 168 | 1.21 | 1.68 | A | −4 | 0.94 | 1.03 | 1/1 | 未検査 | |
D | m | 1 | 両側滲出性 中耳炎 |
異常なし | 異常なし | 不明 | 不明 | A | 56 | 0.68 | 0.45 | A | 22 | 0.71 | 0.55 | 1/8 | 未検査 | |
E | f | 63 | 右顔面 神経麻痺 (hunt) |
透過性 低下 |
異常なし | なし | なし | Ad | 76 | 1.14 | 2.49 | Ad | 5 | 1.93 | 6.13 | 1/3 | 未検査 | |
F | f | 8 | 滲出性 中耳炎 経過観察 |
異常なし | 左鼓膜 陥凹 |
なし | なし | A | 127 | 0.77 | 0.74 | C | −241 | 0.57 | 0.11 | 1/2 | 未検査 | |
G | f | 68 | 右感音 難聴 |
滲出液あり | 異常なし | なし | なし | 左側 | Ad | −13 | 0.84 | 3.71 | Ad | 51 | 1.50 | 2.85 | 1/1 | 未検査 |
H | m | 47 | 感音難聴 | 異常なし | 異常なし | なし | 左右 | A | −58 | 0.86 | 0.75 | A | 54 | 0.93 | 0.55 | 1/1 | 未検査 | |
I | f | 54 | 両側耳管 狭窄 |
異常なし | 異常なし | 左側 | なし | A | −9 | 0.93 | 0.53 | A | 56 | 0.97 | 0.71 | 1/1 | 両側狭窄 | |
J | m | 46 | 右真珠腫性 中耳炎 |
右側上 鼓室凹 |
異常なし | なし | なし | 両側 | A | 102 | 1.15 | 0.35 | A | 91 | 1.06 | 1.22 | 1/1 | 未検査 |
K | m | 2 | 新生児 スクリー ニング refer(左) |
異常なし | 異常なし | 不明 | 不明 | A | 105 | 1.03 | 0.40 | A | 108 | 0.91 | 0.47 | 1/1 | 未検査 | |
L | m | 75 | 両側感音 難聴 |
異常なし | 異常なし | なし | 左右 | A | 58 | 1.59 | 0.84 | A | 69 | 0.93 | 1.13 | 1/2 | 未検査 |
15耳(12例)のうち両側で高度陽圧を示した例は6耳(3例),右耳のみ高度陽圧が6耳(6例),左耳のみ高度陽圧が3耳(3例)であった。高度陽圧を示した15耳のうち高度陽圧側の鼓膜に異常所見が認められた例は1耳(6.7%)のみで,高度陽圧側でない鼓膜のみに異常所見が認められた例が3耳(20.0%),両側高度陽圧で右鼓膜のみに異常所見が見られた例が1耳(6.7%)であった。また,12例中4例については複数回のTMを実施したが,同一患者で複数回の高度陽圧を認めた例は無かった。
高度陽圧を示した患者12例中において,把握が困難な幼児2例を除き耳閉感を認めたのは10例中4例(40.0%),耳鳴りを認めたのは10例中3例(30.0%)であった。高度陽圧を示した15耳中で高度陽圧側と同側耳でのみ耳閉感を認めた例は2例(患者AとI)(13.3%)であり,高度陽圧となった耳側と反対耳でのみ耳閉感を認めた例は1例(患者C)(6.7%)であった。同側耳でのみ耳鳴りを認めた例は1例(患者L)(6.7%)であった。なお,患者Bに関しては高度陽圧側が右耳であったが,両側で耳閉感と耳鳴りを認めていた。
4. 耳鳴りおよび耳閉感との関連性5歳以下の乳幼児を除外した総数1,153例を対象として,TM所見と耳鳴り,耳閉感との関連性についてTable 3に示した。耳鳴りを有した場合,高度陽圧と非高度陽圧との比較では出現に有意差は認められなかった(オッズ比0.92(95%CI: 0.00~3.40)p = 0.64)が,耳閉感がある場合に高度陽圧が有意に出現しやすい(オッズ比4.19(95%CI: 1.43~∞)p = 0.04)ことがわかった。
耳鳴り | 耳閉感 | |||
---|---|---|---|---|
あり | なし | あり | なし | |
高度陽圧群 | 2 | 8 | 4 | 6 |
非高度陽圧群 | 244 | 899 | 157 | 986 |
合計 | 246 | 907 | 161 | 992 |
高度陽圧を示した検査時の気圧についてTable 4に示した。気圧差が陽圧であった日に検査を実施していた例は12例中7例(58.3%)であり,陰圧であった例は4例(41.7%)であった。天候については晴天が12例中5例(41.7%)と最も多く,気圧が低くなると考えられる雨天に検査を実施していた例は12例中2例(16.7%)のみであった。また,検査前日と検査日の気圧差が陽圧であった例は12例中6例(50.0%)であった。
患者 | 検査日 | 天候 | 平均気圧(当日) hPa(A) |
平均気圧(前日) hPa(B) |
平均気圧(月) hPa(C) |
気圧差(月) hPa(A − C) |
気圧差(前日) hPa(A − B) |
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A | 2014/7/9 | 曇 | 994.0 | 993.0 | 990.2 | +3.8 | +1.0 |
B | 2014/9/24 | 曇 | 1,001.0 | 999.5 | 993.8 | +7.2 | +1.5 |
C | 2014/11/7 | 晴 | 999.0 | 998.0 | 999.1 | −0.1 | +1.0 |
D | 2015/5/13 | 晴 | 984.0 | 995.5 | 992.8 | −8.8 | −11.5 |
E | 2015/6/29 | 晴 | 993.0 | 989.5 | 991.1 | +1.9 | +3.5 |
F | 2016/3/23 | 曇 | 1,008.5 | 1,010.5 | 1,011.3 | −2.8 | −2.0 |
G | 2016/2/4 | 晴 | 1,015.0 | 1,013.5 | 1,013.8 | +1.2 | +1.5 |
H | 2016/7/2 | 曇 | 1,005.5 | 1,008.0 | 1,004.5 | +1.0 | −2.5 |
I | 2014/12/11 | 雨 | 992.5 | 1,009.5 | 994.8 | −2.3 | −17.0 |
J | 2015/1/15 | 曇 | 997.5 | 1,010.0 | 997.2 | +0.3 | −12.5 |
K | 2015/1/28 | 晴 | 997.5 | 990.0 | 997.2 | +0.3 | +7.5 |
L | 2016/4/4 | 雨 | 1,000.0 | 1,020.0 | 1,007.5 | −7.5 | −20.0 |
TGにおいて高度陽圧側にピークを認める例は非常に稀とされる5),6)。TGのピーク値が陽圧を示す場合は,何らかの原因により中耳圧が大気圧と比較して陽圧を示していることが考えられる。通常,中耳圧が大気圧と比べ陽圧となった場合は,耳管の圧調節機能によって中耳圧と大気圧が等しい圧に調整される4)。TGが陽圧を示したままの場合は耳管機能に何らかの機能不全が存在するか,検査時に中耳圧を上昇させる要因が存在したと考えられる。大気圧と症例との関係性については,特にメニエール病などで気象との関連が多く報告されている7),8)。今回の検討では,高度陽圧を認めた症例における検査時の大気圧が,その月の平均気圧より陽圧を示した例が12例中7例(58.3%)に認められた。大気圧が通常より陽圧を示す環境では,鼓膜が中耳側に押圧されると予測できることから,TGの結果は陽圧化すると考えられる。しかし,大気圧は左右耳に等しく負荷されること,診察も含めた病院内の環境に曝露された時間が数時間に及ぶことなどから,耳管機能障害の場合を除いて耳管での圧調節機能が働き中耳の陽圧状態は緩和されたと考えられる。今回の検討では,耳管機能不全を疑われ音響耳管法による耳管機能検査が実施された例は1例のみであり,耳管機能との関連性は不明確であった。一方,平均気圧差は陽圧の場合で最大+72 daPaの陽圧状態であったことから,+51 daPa以上の変化を内耳に与える可能性も考えられた。しかし,気圧が陰圧の状態でも高度陽圧を示した例もあり,今後は耳管機能と併せて精査を行う必要性があると考えられた。
TGが高度陽圧となる原因として,沖津ら5)は急性中耳炎などの急性炎症により耳管から中耳腔の粘膜に生じた急激な腫張により耳管閉塞が起きること,多量の滲出液の発生によりair spaceが狭くなることなどの要因があるとしている。また,TGが高度陽圧を示した場合は,同時に鼓膜に発赤などの所見が確認されたと報告している。しかし,今回の我々の検討では,急性炎症例と高度陽圧との関連性は認められなかった。本要因の一つとして,高度陽圧を示した例が急性中耳炎を好発する幼児層ではなく,比較的高齢者に認められたことが考えられた。また,阿瀬ら5)によると,乳幼児期においては睡眠直後や検査時の息止めなどにより陽圧となる場合があることから,乳幼児についてはこれらの事象の有無についての関連性も今後調査する予定である。
高度陽圧を示す原因が治癒していない段階でTMを再度実施した場合,繰り返して高度陽圧を示すことが考えられる。しかし,今回の検討では集計期間中に複数回のTMを実施した場合において,繰り返し陽圧を示す例は認められなかった。高度陽圧を示した例に関しては,検査技師がその場で再検査を実施して検査結果が変化しないことを確認しており,検査時の再現性は良好と考えられる。検査時のみに高度陽圧を示す例としては,耳管通気直後,鼻かみ直後などが考えられる9)。今回の15耳(12例)については,診察時に耳管通気を実施した例は無かった。一方,検査直前に鼻かみ行為を行った患者はいなかったものの,検査当日に鼻かみを行ったかの確認については実施しておらず関連性は不明である。今後,高度陽圧を示した場合には鼻かみ行為の有無を確認することが必要であり,同時に検査前に嚥下動作を実施させ耳管による圧調節を誘発した後に再検査を行うことが望ましいと考えられた。
今回の検討では,5歳以下の乳幼児を除外した症例において,高度陽圧患者と耳閉感の出現に関連性があることが示唆された。大谷ら10)によると耳閉感を認める例は外リンパ漏(62%),耳管狭窄・滲出性中耳炎(39%),メニエール病(36%),突発性難聴(30%)など多岐に渡り,高度陽圧との関連性が疑われる耳管狭窄・滲出性中耳炎も多く含まれる。
以上より,一般的に高度陽圧を示す例は急性中耳炎などの急性炎症時に多いとされているが,今回の検討結果では他の原因も多く散見されており,今後は症例数を増やしてTM所見と耳閉感との関連性を検討する必要性があると考えられた。
本検討を実施するにあたり,ご協力頂いた北里大学病院臨床検査部,北里大学病院臨床検査部呼吸機能検査室,北里大学医療衛生学部に深謝いたします。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。