2018 Volume 67 Issue 5 Pages 747-754
2008年に岡山県内の主要医療機関によって結成された岡山県微生物同好会(CLUB細菌)では,2011~2015年の当同好会参加施設における,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin resistant Staphylococcus aureus; MRSA),多剤耐性緑膿菌(multiple drug-resistant Pseudomonas aeruginosa; MDRP)および基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended spectrum β-lactamases; ESBLs)産生菌の分離状況の推移を解析した。入院患者におけるMRSA,MDRPの患者分離率は,2011年のMRSA 10.99%,MDRP 0.55%に比べると2015年はMRSA 8.34%,MDRP 0.24%と減少傾向にあるが,依然,厚生労働省院内感染対策サーベイランス(Japan Nosocomial Infections Surveillance; JANIS)事業の全国平均MRSA 6.64%,MDRP 0.07%を上回った。外来患者のMRSA分離頻度は2011年の26.25%から2015年は28.69%と経年的に増加しており,市中でのMRSAの蔓延を疑った。ESBLs産生菌では,E. coliとK. pneumoniaeで入院・外来ともに著明な増加傾向を認め,様々な要因によるESBLs産生菌保菌者の増加が示唆された。今後も継続して調査を行い,地域での情報共有と連携の強化,院内感染防止対策に役立てていくことが重要である。
2016年に「薬剤耐性(antimicrobial resistance; AMR)アクションプラン」が厚生労働省により策定され,わが国における具体的な数値目標が掲げられた。薬剤耐性菌が世界的脅威となり,このまま対策を講じなければ2050年には薬剤耐性菌による死者はがんを超える1)とまで言われ,薬剤耐性菌への対策は急務となっている。
多種多様な薬剤耐性菌が出現している現在,各施設や地域での耐性菌分離状況を把握することは感染防止対策を行う上で大変有用である。2008年に岡山県内の主要医療機関で結成された岡山県微生物同好会(CLUB細菌)では,2011年から当同好会の参加施設における耐性菌の検出状況を調査してきた。前回までの調査に引き続き,2015年の岡山県内15 施設におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin resistant Staphylococcus aureus; MRSA),多剤耐性緑膿菌(multiple drug-resistant Pseudomonas aeruginosa; MDRP)および基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended spectrum β-lactamases; ESBLs)産生菌の分離状況について調査し,加えて2011~2015年の5年間における分離状況の推移を解析したので報告する。
2011年1月から2015年12月までの5年間に岡山県内の主要医療機関および検査センターに培養検査依頼のあった入院および外来患者789,365人を対象とした。
調査対象菌種は,Staphylococcus aureus,Pseudomonas aeruginosa,Escherichia coli,Klebsiella pneumoniae,Proteus mirabilis,Citrobacter koseriとし,以下の項目について検討した。
1. MRSAおよびMDRPの患者分離率患者分離率は,分離患者数を年間培養検査患者数で割って100をかけた。
2. MRSA,MDRPおよびESBLs産生菌の分離頻度分離頻度は,各薬剤耐性菌分離患者数を各菌種の分離患者総数で割って100をかけた。MDRPについては,メタロ-β-ラクタマーゼ(metallo-β-lactamase; MBL)産生菌の割合も集計した。
なお,MRSAとESBLs産生菌の判定基準および確認試験はCLSI M100-S19法に準拠した。C. koseriについては,CLSIのESBLs産生菌対象菌種に含まれていないが,調査開始当初,岡山県内でのESBLs産生C. koseriの検出率が高いのではないかと推測されていたことから今回の調査に加えた。MDRPについては,MBL産生菌はメルカプト化合物またはジピコリン酸による酵素阻害を確認した。なお,集計は各年毎に行い入院・外来を区別して365日以内の患者重複は除外した。
参加施設の病床数ごとの内訳をFigure 1に示す。5年間の総参加施設数は検査センター1施設を含む17施設で,500床以上の施設が8施設で約半数を占めていた。
病床数ごとの総参加施設内訳
5年間の年間培養検査患者数の推移をFigure 2に示す。各年によって参加施設数が異なるが,平均培養検体数は入院で63,972件,外来で93,900件,合計157,872件であった。
年間培養検査患者数の推移
( )内はその年の分離調査参加施設数を示す。
2015年における対象菌種別の分離数の内訳および5年間の平均内訳は,それぞれS. aureus 18,599株,18,626株,P. aeruginosa 6,186株,6,336株,E. coli 18,117株,16,038株,K. pneumoniae 5,789株,5,646株,P. mirabilis 1,646株,1,824株,C. koseri 801株,875株であった。
1. MRSAおよびMDRPの患者分離率MRSAとMDRPにおける患者分離率の各施設の分布および平均患者分離率の推移をFigure 3に示した。2015年のMRSAの施設分布は,入院1.96~23.21%,外来1.03~5.31%,全体1.37~16.46%であった。MDRPは,入院0.00~0.80%,外来0.00~0.12%,全体0.00~0.46%であった。5年間の平均患者分離率の推移は,MRSAで入院10.99%,8.22%,7.16%,10.13%,8.34%,外来3.13%,2.74%,2.64%,3.35%,3.12%であった。MDRPでは,入院0.55%,0.58%,0.24%,0.31%,0.24%,外来0.05%,0.04%,0.02%,0.04%,0.03%であった。
MRSAおよびMDRPの患者分離率
左図は各年の施設分布,右図は平均患者分離率の経年推移を示す。
MRSAとMDRPにおける分離頻度の各施設の分布および平均分離頻度の推移をFigure 4に示した。2015年のMRSAの施設分布は,入院33.72~80.84%,外来7.41~41.81%,全体22.93~66.01%であった。MDRPは,入院0.00~7.28%,外来0.00~4.12%,全体0.00~6.05%であった。5年間の平均分離頻度の推移は,MRSAで入院59.07%,56.64%,57.53%,54.92%,53.51%,外来26.25%,27.94%,29.31%,29.57%,28.69%であった。MDRPでは,入院5.87%,8.58%,3.92%,3.54%,3.23%,外来2.43%,2.19%,1.31%,1.77%,1.62%であった。またMDRPに占めるMBL産生菌の割合の推移は,入院73.75%,68.90%,72.83%,70.25%,61.81%,外来82.61%,70.73%,65.22%,65.63%,57.14%であった。
MRSAおよびMDRPの分離頻度
ESBLs産生菌の各施設の分布と平均分離頻度の推移をFigure 5に示した。2015年におけるESBLs産生菌の施設分布は,E.coliは入院9.90~55.84%,外来4.11~33.33%,全体7.83~50.74%,K. pneumoniaeは入院3.70~60.42%,外来0.00~9.78%,全体2.78~59.18%,P. mirabilisは入院0.00~50.00%,外来0.00~10.00%,全体0.00~50.00%,C. koseriは入院0.00~46.15%,外来0.00~28.57%,全体0.00~35.71%であった。5年間の平均分離頻度の推移は,E. coliは入院21.63%,23.86%,24.17%,27.86%,28.47%,外来9.18%,10.24%,10.14%,13.07%,13.49%,K. pneumoniaeは,入院8.01%,9.31%,9.44%,10.88%,11.83%,外来2.03%,3.11%,2.73%,3.15%,4.71%,P. mirabilisは入院16.52%,17.42%,18.91%,16.36%,18.70%,外来7.08%,7.14%,6.31%,6.63%,4.55%,C. koseriでは,入院23.63%,30.48%,34.99%,31.53%,25.60%,外来8.43%,13.01%,14.00%,9.14%,9.30%であった。
ESBLs産生菌の分離頻度
岡山県微生物同好会(CLUB細菌)では,2011年よりMRSA,MDRP,ESBLs産生菌の検出状況を調査してきた2)~5)。各年により参加施設数が若干異なるものの,岡山県内の主要医療機関に加え検査センターも参加していることから,大・中規模の医療機関から外来が中心の小規模医療機関まで調査を行うことができた。2015年の参加施設は15施設で,前年よりも1施設減少したが,培養検体数は昨年の135,992件から9,457件増加し145,449件であった。入院・外来の患者比率は各医療機関の特性により異なり,共通した特徴は見られなかった。
MRSAおよびMDRP患者分離率については,調査を開始した2011年は入院ではMRSA 10.99%,MDRP 0.55%で,厚生労働省院内感染サーベイランス事業(JANIS)の全国平均MRSA 8.77%,MDRP 0.18%を大幅に上回っていた6)。その後減少し2013年にはMRSA 7.16%,MDRP 0.24%となりそのまま漸減傾向になるかと思われたが,2014年にはMRSAが再び10.13%にまで増加するなど不安定な推移を示した。これは,若木ら5)による調査に示されたように1施設の患者数の著減とMRSA検出率の増加が少なからず影響しているものと考えられる。2015年にはMRSA 8.34%,MDRP 0.24%を示し,調査当初より減少しているものの依然JANISの全国平均に比べると高い分離率を示している。P. aeruginosaは様々な耐性機構を獲得しやすく,MDRPに先行して2剤耐性緑膿菌が分離されることが知られている。広域抗菌薬使用などの要因により最短5日で2剤耐性からMDRPに耐性化した7)というデータもあることから,MDRPだけでなく2剤耐性緑膿菌の監視も重要になってきている。
外来のMRSAおよびMDRP患者分離率に関しては,5年間を通して横ばい状態で明らかな変化は見られなかった。
MRSAおよびMDRP分離頻度については,2015年の入院ではMRSAは53.51%で減少傾向を示しており,MDRPにおいては3.23%で2012年の大幅な増加以降は減少傾向を示している。このことから手指衛生をはじめとした感染防止対策の徹底が継続されていることが示唆された。また,2012年の診療報酬改定の際に新設された感染防止対策加算に伴い,医療機関が連携し地域全体で評価し合うことで感染防止対策の改善がなされていることが推察される。対して,外来のMRSAでは28.69%と前年と比べると微減しているものの5年を通して見ると増加傾向にあり,市中でのMRSAの蔓延が示唆された。市中で感染を起こす市中感染型MRSA(community-acquired MRSA; CA-MRSA)は,一般的に院内感染型MRSA(hospital-acquired MRSA; HA-MRSA)に比べ薬剤耐性度は低いものの皮膚などを介して感染し,小児などからも多く分離され肺炎になると重症化する傾向があるといわれる。また,これまで海外で多いとされていた白血球破壊毒素の一種であるPanton-Valentineロイコシジン(Panton-Valentine leucocidin; PVL)をもつCA-MRSAが国内でも増加傾向にあり注意が必要である8)。引き続き,入院時のスクリーニング検査による保菌者の管理を行っていく必要があると考える。
MDRPにおけるMBL産生株の分離頻度については,2015年は入院61.81%,外来57.14%で,経年変化を見ると減少傾向にあるが,分離株数が少なく施設間差も大きいため一部の施設での分離株数の影響を強く受けている可能性がある。
ESBLs産生菌の分離頻度については,2015年はE. coliで入院28.47%,外来13.49%,K. pneumoniaeで入院 11.83%,外来 4.71%であった。いずれの菌種も2011年から増加傾向にあり,院内だけでなく市中での保菌者も増加し,特にESBLs産生E.coliの常在菌化が進んでいることが示唆された。JANISのデータ6)においても第3世代セファロスポリン耐性のK. pneumoniaeおよびE. coliは年々増加傾向にあることから,全国的に見てもESBLs産生菌が増加していることが分かる。入院での施設分布では施設間差が大きく,長期療養患者の多い医療機関で分離頻度が高くなっているのではないかと推察された。ESBLs産生菌保菌の危険因子として長期臥床や尿路カテーテル留置,抗菌薬投与,非衛生地域への渡航歴,食用鶏の汚染などがあるが9),食用鶏の汚染に関しての調査で食用鶏腸管内容物の65.1%,市販の鶏肉の68.0%でESBLs産生E. coliが検出されたという報告10)があり,ヒトに対する抗菌薬の適正使用のみならず家畜や食品の管理など多面的な対策が必要だということが分かる。
ESBLs産生P. mirabilisの分離頻度については,2015年は入院18.70%,外来4.55%を示した。5年間を通しては入院で増加傾向にあったが,前述のESBLs産生E. coliとK. pneumoniaeに比べ施設間差が大きく,ESBLs産生P. mirabilis分離株数が0株である施設が数施設あり,外来では減少傾向にあることから,地域的な蔓延はあまりしておらず一部医療機関内で分離されているものがデータに反映されたと考えられる。
ESBLs産生C. koseriの2015年の分離頻度は,入院25.60%,外来9.30%で,2011年から2013年は増加していたがその後は減少している。一時的に地域で流行した可能性も考えられるが,施設間差が大きく元々の分離株数も少ないことからデータにばらつきが見られた。引き続き調査を行い監視していく必要があると考える。
今回我々が調査を続けてきた耐性菌以外にもカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(carbapenem-resistant enterobacteriaceae; CRE)やバンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant Enterococcus; VRE)など新たな耐性菌が話題となり,各地でのアウトブレイクが問題になっている。当院でも海外渡航歴のある外来患者からNDM型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の検出を経験し11),身近にも脅威が迫っていることを痛感した。
我々はAMRアクションプランにおいて掲げられた数値目標に少しでも近づけ,また新たな耐性菌を生まないようにするために今後も耐性菌検出状況の調査を継続して行い微生物検査技師として臨床への情報提供とICT活動の活発化,地域での連携強化に努める必要がある。
本報告は,川崎医科大学・同附属病院倫理委員会の承認(No. 2468)を得て,第49回日本臨床検査技師会中四国支部医学検査学会にて発表した。
本報告にあたり,調査へのご参加とご指導いただきました岡山県内医療機関の関係者の皆様に深謝申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。