2018 Volume 67 Issue 5 Pages 668-674
背景―脳梗塞はアテローム血栓性脳梗塞,ラクナ梗塞,心原性脳塞栓症(cardioembolic stroke; CES)に大別される。中でもCESは最も重症であり,治療方法も異なるため早期の診断が重要である。CESの早期鑑別に心電図検査での心房細動の検出が有用であるが,搬入時の心電図検査で洞調律の患者もいる。本研究は搬入時の心電図検査で洞調律だった患者を対象にCESとその他の脳梗塞の早期鑑別が可能かを検討した。方法―2014年4月から2015年3月に搬入時の心電図検査で洞調律だった脳梗塞患者を対象とした。脳梗塞の病型はCESとnon-CES(アテローム血栓性脳梗塞とラクナ梗塞)に分けて検討した。心電図は搬入時のものを使用し,検討項目は自動計測値を用いた。結果―対象患者は125名で女性49名,男性76名,平均年齢は75.6歳だった。病型別ではCESが42名,non-CESが83名だった。搬入時の心電図検査と血液検査において,2群間に有意差を認めた項目はP duration(128.0 vs 114.0 ms, p = 0.001),QTc interval(438.0 vs 429.0 ms, p = 0.017),V1P positive potential(60.0 vs 40.0 μV, p = 0.006),BNP(182.0 vs 27.2 pg/mL, p < 0.001),D-dimer(1.59 vs 0.65 μg/mL, p = 0.001)だった。多変量解析の結果,P duration,V1P positive potential,BNPはCESを鑑別する独立した指標となった。ROC曲線解析で算出したcutoff値をもとに,心電図検査の指標とBNPがcutoff値以上であった場合CESの陽性的中率は95.0%,心電図検査の指標とBNPがcutoff未満であった場合の陰性的中率は93.2%と高い鑑別精度となった。結論―脳梗塞患者において心電図検査とBNPの組み合わせは,CESの早期鑑別に有用であることが示唆された。
脳梗塞は,脳内小動脈病変が原因のラクナ梗塞,頸部から頭蓋内の比較的大きな動脈のアテローム硬化が原因のアテローム血栓性脳梗塞,心疾患による心原性脳塞栓症(cardioembolic stroke; CES),および原因不明の脳梗塞などに大別される1)。なかでもCESは脳主幹動脈が塞栓され広範囲の梗塞巣を生じるため,脳梗塞のなかで最も重症である2)。また,CESと他の脳梗塞では治療方法が異なり,抗凝固療法はCESの再発リスクを低減させるため3)早期診断が重要である。CESの発症の原因は,心房細動,心筋梗塞,弁膜症,心筋症などがある4),5)。CESと他の脳梗塞を早期に鑑別する検査としては,血液検査のBNPやD-dimer6),7),心電図検査では心房細動の検出などが有用とされている8),9)。
一方で,臨床所見でCESを疑うが,搬入時に心房細動を認めないことも多いとされている10)。心房細動の検出には24時間ホルター心電図検査や長時間記録心電図検査が有用であるとの報告もあるが11),12),検出率が低いという報告もある13),14)。
今回CESとその他の脳梗塞の早期鑑別における心電図検査の有用性を検討したので報告する。
2014年4月から2015年3月に当院に脳梗塞疑いで搬送され,脳梗塞と確定診断がついた患者179名を対象とした。搬入時の標準12誘導心電図において,心房細動の患者48名,ペースメーカ調律1名,記録不良5名を除外し125名で検討した(Figure 1)。
Patient selection process
CES indicates cardioembolic stroke.
各病型は,血液検査,心電図検査,各種超音波検査,MRI,CTなどの結果を総合的に判断し,TOAST(SSS-TOAST)分類5)に基づき脳血管内科専門医によって診断された。本研究ではlarge-artery atherosclerosis(アテローム血栓性脳梗塞)とsmall-vessel occlusion(ラクナ梗塞)を非心原性脳塞栓症(non-CES)とし,CESとnon-CESで比較した。
3. 心電図検査標準12誘導心電図検査は搬入時に記録したものを採用した。記録機器は日本光電社製ECG-1560を使用した。感度10 mm/mV,紙送り速度25 mm/sec,高周波フィルタ100 Hz,サンプリング周波数500 Hzの条件で記録し,日本光電社製心電図解析プログラムECAPS12Cにより自動計測された計測値を用いて検討した。
4. 検討項目搬入時の標準12誘導心電図検査の計測値,P duration(ms),QRS duration(ms),PR interval(ms),QTc interval(ms),V1P positive potential(μV),V1P negative potential(μV),V1S potential(mV),V5R potential(mV),V5T potential(μV)を用いた。血液検査はBNP(pg/mL)とD-dimer(μg/mL)を検討項目とした。
5. 統計学的解析統計解析には統計ソフト「EZR(ver 1.33)15)」を使用した。2群間の比較にはFisherの正確検定とMann-Whitney U検定を,最適cutoff値の算出にはReceiver Operating Characteristic(ROC)曲線解析を,多変量解析にはロジスティック回帰分析を用いた。危険率5%未満を統計学的有意差とした。
なお本研究は鹿児島医療センター倫理審査委員会の承認(No. 29–40)を得て行った。
対象患者の患者背景と各検査項目の平均値をTable 1に示す。対象患者の平均年齢は75.6 ± 12.2歳,女性49名,男性76名だった。脳梗塞病型はCES患者が42名,non-CES患者が83名だった。
n = 125 | Mean ± SD | |
---|---|---|
Patient | Age (yr) | 75.6 ± 12.2 |
Gender (F/M) | 49/76 | |
Risk factor | Hypertension | 66.4% (83) |
Hyperlipidemia | 33.6% (42) | |
Diabetes mellitus | 30.4% (38) | |
Chronic kidney disease | 4.8% (6) | |
History | Paroxysmal atrial fibrillation | 24.8% (31) |
Herat failure | 12.8% (16) | |
Old myocardial infarction | 14.4% (18) | |
Cardiomyopathy | 1.6% (2) | |
Mitral regurgitation | 2.4% (3) | |
ECG | P duration (ms) | 117.9 ± 21.5 |
QRS duration (ms) | 96.6 ± 20.0 | |
PR interval (ms) | 183.5 ± 35.9 | |
QTc interval (ms) | 431.5 ± 26.4 | |
V1P positive potential (μV) | 55.3 ± 6.1 | |
V1P negative potential (μV) | 65.5 ± 3.4 | |
V1S potential (mV) | 0.83 ± 0.58 | |
V5R potential (mV) | 1.71 ± 0.70 | |
V5T potential (μV) | 259.9 ± 263.3 | |
Labo data | BNP (pg/mL) | 166.7 ± 512.9 |
D-dimer (μg/mL) | 3.86 ± 22.50 |
Value are mean ± SD.
CES群とnon-CES群で有意差を認めた項目(中央値)は,年齢(82.0 vs 75.0歳,p = 0.013),P duration(128.0 vs 114.0 ms, p = 0.001),QTc interval(438.0 vs 429.0 ms, p = 0.017),V1P positive potential(60.0 vs 40.0 μV, p = 0.006),BNP(182.0 vs 27.2 pg/mL, p < 0.001),D-dimer(1.59 vs 0.65 μg/mL, p = 0.001)であった(Table 2)。
CES (n = 42) | non-CES (n = 83) | p-value | ||
---|---|---|---|---|
Patiant | Age (yr) | 82.0 (73.0–87.0) | 75.0 (67.0–82.0) | 0.013 |
Gender (F/M) | 21/21 | 28/55 | 0.085 | |
Risk factor | Hypertension (%) | 27 (64.3) | 56 (67.5) | 0.841 |
Hyperlipidemia (%) | 8 (19.0) | 34 (41.0) | 0.016 | |
Diabetes mellitus (%) | 5 (11.9) | 33 (39.8) | 0.002 | |
Chronic kidney disease (%) | 2 (4.9) | 4 (4.8) | 1.000 | |
History | Paroxysmal atrial fibrillation (%) | 29 (69.0) | 2 (2.4) | < 0.001 |
Herat failure (%) | 11 (26.8) | 5 (6.0) | 0.003 | |
Cardiomyopathy (%) | 2 (4.9) | 0 (0.0) | 0.108 | |
Old myocardial infarction (%) | 9 (22.5) | 9 (10.8) | 0.105 | |
Mitral regurgitation (%) | 2 (4.9) | 1 (1.2) | 0.254 | |
ECG | P duration (ms) | 128.0 (114.5–137.0) | 114.0 (103.0–122.0) | 0.001 |
QRS duration (ms) | 96.0 (86.5–102.0) | 90.0 (84.0–99.0) | 0.164 | |
PR inteval (ms) | 185.0 (162.0–207.5) | 176.0 (157.0–197.0) | 0.134 | |
QTc interval (ms) | 438.0 (418.5–464.0) | 429.0 (415.0–440.5) | 0.017 | |
V1P positive potential (μV) | 60.0 (30.0–100.0) | 40.0 (20.0–50.0) | 0.006 | |
V1P negative potential (μV) | 70.0 (50.0–90.0) | 60.0 (40.0–70.0) | 0.073 | |
V1S potential (mV) | 0.72 (0.42–0.92) | 0.74 (0.52–1.09) | 0.365 | |
V5R potential (mV) | 1.73 (1.12–2.25) | 1.71 (1.28–2.04) | 0.796 | |
V5T potential (μV) | 215.0 (105.0–450.0) | 250.0 (145.0–405.0) | 0.797 | |
Labo data | BNP (pg/mL) | 182.0 (69.4–394.8) | 27.2 (16.9–64.5) | < 0.001 |
D-dimer (μg/mL) | 1.59 (0.71–3.33) | 0.65 (0.41–1.39) | 0.001 |
Value are median (25th–75th).
ROC曲線解析により,CESを検出する最適cutoff値(曲線下面積;AUC)を算出した(Figure 2, Table 3)。各項目のcutoff値は,P duration 128.0 ms(AUC 0.695),QTc interval 448.0 ms(AUC 0.627),V1P positive potential 60.0 μV(AUC 0.669),BNP 141.2 pg/mL(AUC 0.841),D-dimer 1.19 μg/mL(AUC 0.697)であった。
ROC curve analysis in patients with CES versus non-CES
Cutoff value | AUC (95%Cl) | Sensitivity (%) | Specificity (%) | |
---|---|---|---|---|
P duration (ms) | 128.0 | 0.695 (0.586–0.804) | 52.6 | 85.5 |
QTc interval (ms) | 448.0 | 0.627 (0.514–0.739) | 38.1 | 88.0 |
V1P positive potential (μV) | 60.0 | 0.669 (0.548–0.789) | 54.3 | 84.7 |
BNP (pg/mL) | 141.2 | 0.841 (0.757–0.926) | 65.9 | 94.7 |
D-dimer (μg/mL) | 1.19 | 0.697 (0.590–0.791) | 61.9 | 72.5 |
ROC曲線解析により算出した最適cutoff値をもとに多変量解析を行った(Table 4)。各項目のオッズ比(95%Cl)は,P duration 6.08(1.60–23.00 , p = 0.0079),V1P positive potential 4.81(1.25–18.50 , p = 0.0225),BNP 18.30(4.14–80.60, p < 0.001)となり,QTc interval とD-dimerはstepwise法で除外された。
Univariate analysis | Multivariate analysis | ||
---|---|---|---|
p-value | Odds ratio (95%Cl) | p-value | |
P duration | 0.001 | 6.08 (1.60–23.00) | 0.0079 |
QTc interval | 0.017 | ||
V1P positive potential | 0.006 | 4.81 (1.25–18.50) | 0.0225 |
BNP | < 0.001 | 18.30 (4.14–80.60) | < 0.001 |
D-dimer | < 0.001 |
P durationまたはV1P positive potentialがcutoff値以上であった場合をECG value(+),両項目ともcutoff値未満であった場合をECG value(−)とし,CESとnon-CESの鑑別精度(陽性的中率,陰性的中率)を検討した。ECG value(+)であった対象患者40名のうち28名がCESであり,陽性的中率は70.0%であった。ECG value(−)であった対象患者49名のうち43名がnon-CESであり,陰性的中率は87.8%であった。さらにBNPを組み合わせ,ECG value(+)とBNP ≥ 141.2 pg/mLであった対象患者20名のうち19名がCESであり,陽性的中率は95.0%であった。ECG value(−)とBNP < 141.2 pg/mLであった対象患者44名のうち41名がnon-CESであり,陰性的中率は93.2%であった(Table 5)。
ECG value*1 |
CES (n) |
non-CES (n) |
Discriminative accuracy (%) |
BNP cutoff*2 |
CES (n) |
non-CES (n) |
Discriminative accuracy (%) |
---|---|---|---|---|---|---|---|
+ | 28 | 12 | (for CES) 70.0 |
+ | 19 | 1 | (for CES) 95.0 |
− | 9 | 11 | (for non-CES) 55.0 | ||||
− | 6 | 43 | (for non-CES) 87.8 |
+ | 3 | 2 | (for CES) 60.0 |
− | 3 | 41 | (for non-CES) 93.2 |
*1 EGG value contains P duration and V1P positive potential (cutoff value are 128 ms, 60 μV, respectively).
*2 BNP cutoff value is 141.2 pg/mL.
本研究で以下のことがわかった。①non-CES群と比較しCES群では,QTc intervalとP durationが延長し,V1P positive potentialは高電位であった。さらにCES群ではBNPとD-dimerが有意に高値であった。②多変量解析の結果P durationとV1P positive potential,BNPはCESを早期鑑別する独立した指標であった。③CES鑑別において,ECG value単独での陽性的中率は70.0%,陰性的中率は87.8%であった。BNPを組み合わせると,陽性的中率は95.0%,陰性的中率は93.2%であった。
CESは他の脳梗塞と比較し広範囲の梗塞巣を生じるため,重症で予後が悪く,再発率や死亡率も高いと言われている2)。他の脳梗塞と治療方法も異なることから早期診断が肝要である3)。CESの早期鑑別には心電図検査による心房細動の検出が重要であるが8),9)洞調律のCES患者もおり診断に苦慮することがある10)。またホルター心電図検査での発作性心房細動の検出率も低い13),14)と言われている。
P durationは心房の伝導時間を示す指標であり,この延長は心房負荷や,それに伴う心房の拡大を示唆するとされている16)。左房の拡大は心房細動の発生と強く関連しているとされており17),左房径とCESの関連も報告されている18),19)。このことからP durationとCESが関連したと考えられる。
今回の研究でCES群はV1P positive potentialの電位が高かった。この指標は右房の電気的興奮の程度を示すとされている。一方で左房収縮機能障害やCESと関連があるとの報告があり20),本研究結果と相違ないものだった。
BNPは心臓機能障害の指標として広く用いられ,心不全の評価に有用である21),22)。さらに不整脈疾患では,BNPの上昇は心房細動の発生や再発に関与すると報告されていることから6),23),24),CESの早期鑑別マーカーとしても有益であるとされている6),7)。これらのことから,本研究でもCESとBNPが関連したと考えられる。
ROC曲線解析により算出したcutoff値をもとにCESとnon-CESの各鑑別精度を検討した結果,心電図検査単独で陽性的中率70.0%,陰性的中率87.8%だった。さらにBNPを組み合わせると,陽性的中率95.0%,陰性的中率93.2%と高い精度でCESを鑑別できた(Figure 3)。CESの早期鑑別に関しては各指標単独での有用性はいくつか報告があるが6),7),21),これらを組み合わせてCESの早期鑑別を検討した報告は少ない。今回の研究で,CESの早期鑑別において心電図検査とBNPを組み合わせた指標は,高い精度であることが明らかとなった。
Discriminative flow chart for CES and non-CES using ECG value and BNP level
心電図検査は短時間に安価で容易に施行できることから,緊急検査の中でも第一の検査として重宝されている。さらに,近年多くの心電図検査機器は自動計測機能が搭載されていることで,心電図所見のみでなく詳細な計測値を確認することができる。また,血漿中BNPは心臓疾患の評価に広く用いられており緊急検査としての有用性も高い。これらの比較的短時間で得られる検査値を組み合せることで,CESの早期鑑別が可能であることが示唆された。
心電図検査P duration,V1P positive potentialと血液検査BNPの組み合わせは,CESの早期鑑別に有用であることが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。