2018 Volume 67 Issue 5 Pages 675-680
膿胸を診断する上で,胸水の総蛋白やLDは滲出性胸水と漏出性胸水との鑑別に用いられている。しかし滲出性胸水には,膿胸の他に悪性腫瘍や肺炎随伴性胸水も含まれる。よって,膿胸を確定するためには,胸水の透明度や色調を観察する「主観的判断」に頼る要素が残る。今回我々は,胸水168検体を分析した結果から,膿胸の診断に有用な新たな指標を提唱する。pHは,膿胸群(6.82 ± 0.11)が,非膿胸群(7.48 ± 0.02)と比較して有意に低値を示した。糖は,膿胸群(32.2 ± 19.2 mg/dL)が,非膿胸群(123.7 ± 4.0 mg/dL)より有意に低値であった。総細胞数は,膿胸群(25.0 ± 10.0 × 103/μL)が非膿胸群(2.9 ± 1.2 × 103/μL)と比較して有意に高値であった。細胞分類の好中球の占める割合(好中球%)では,膿胸群(90.9 ± 1.9%)が非膿胸群(24.5 ± 2.2%)より有意に高値であった。そこで,短時間で測定可能である総細胞数と好中球%について,膿胸の補助診断における基準値設定ができないかと仮定し検討を行った。総細胞数を5.0 × 103/μL以上,好中球%を80%以上とした際に,感度が83.3%,特異度が95.5%と,良好な結果が得られた。胸水検体検査における総細胞数や好中球%の測定は,膿胸診断の補助として利用できる可能性が示唆された。
日常臨床から検査科へ提出される胸水検体は,採取医師による検査前診断に加え,報告データを診断基準に照らし合わせることで精緻な診断が下され,個々の患者における最良の治療へ結びついていく。胸水検査から膿胸を診断する上で,Light’sの基準1)(総蛋白やLD)は,滲出性胸水と漏出性胸水との鑑別に用いられている。
しかし,滲出性胸水にも様々な疾患,病態が存在し,また膿胸を確定するためには,透明度や色調などの主観的判断に頼る要素2)が残り,より客観的な指標をもちいた診断が望まれる。今回我々は,当院一般検査へ提出された胸水検体を用いて,膿胸の診断補助に有用な指標の検討を行ったので,ここに報告をする。
2009年1月から2010年11月に当院一般検査に提出された胸水検体168検体(患者数120名,男性65名,女性55名)を対象とした。なお治療開始後の検体は,治療の影響により総細胞数と分類に変化を伴うため重複検体を除外した。英国胸部疾患学会(British Thoracic Society; BTS)3)において,緊急性をもたらす胸水については,pH < 7.2,糖60 mg/dL以下とあるため,胸水を提出した医師の判断に従って膿胸群と非膿胸群に分類した際,pH及び糖を測定した。これらの検討事項より,医師の結果とBTSの基準とで,膿胸か否かの判断に相違が生じていないかを検討した。測定項目はpH,糖,総細胞数,細胞分類とし,検体採取にあたっては抗凝固剤を使用せず,採取後直ちに検査科へ提出するよう診療科と申し合わせを行った。①pHは採取した検体を2.5 ccの注射器に取り分け,血液ガス分析装置Rapidlab 860TM(Siemens, Munich, Germany)を使用して,直ちに測定した。②糖測定は,2,000 gで5分遠心後の上清検体を,自動分析装置JCA-BM9020(日本電子,東京,日本)を使用して測定をした。③総細胞数の算定は,用手法でサムソン希釈液(武藤化学株式会社,東京,日本)とFuchs-Rosenthal計算盤4)(フィンガルリンク株式会社,東京,日本)を用いて実施し,赤血球以外の細胞数をすべて算定した。④細胞分類は,尿沈渣用ポリスピッツに入れ,2,000 gの5分遠心で,集細胞を行った。塗抹標本を作製し,May-Grünwald Giemsa(MG染色)を施した。細胞数500カウントにより,好中球,リンパ球,その他の細胞に分類し,百分率(%)で表した。その他の細胞は,組織球,中皮細胞,好酸球,好塩基球,悪性細胞,悪性細胞と思われる細胞が含まれる。胸水を提出した医師の判断に従い,対象を膿胸群と非膿胸群に分類し,pHおよび糖,総細胞数,細胞分類の好中球の占める割合(好中球%)を比較した。2群間の比較にはWilcoxonの検定を用いた。平均値,標準偏差,標準誤差の算出や統計解析はJMP 7TM(SAS Institute Japan, Tokyo, Japan)を用いた。尚,本研究は当院の倫理委員会の承認を得て検討を行った。
今回の168検体について,膿胸群と非膿胸群のpHおよび糖,総細胞数,好中球%を比較した。結果,pHは,膿胸群(6.82 ± 0.11)が,非膿胸群(7.48 ± 0.02)と比較して有意に低値を示した。膿胸群と非膿胸群のpH比較をFigure 1に示した。
Comparison of pH levels between pyothorax group and non-pyothorax group
糖は,膿胸群(32.2 ± 19.2 mg/dL)が,非膿胸群(123.7 ± 4.0 mg/dL)より有意に低値であった。膿胸群と非膿胸群の糖比較をFigure 2に示した。総細胞数の比較を対数グラフFigure 3に示した。総細胞数は,膿胸群(25.0 ± 10.0 × 103/μL)が非膿胸群(2.9 ± 1.2 × 103/μL)と比較して有意に高値となっていた。細胞分類より,好中球%を求めた。比較をFigure 4に示した。好中球%では,膿胸群(90.9 ± 1.9%)が非膿胸群(24.5 ± 2.2%)より有意に高値であった。以上のことから,臨床診断で判別した膿胸症例と非膿胸症例において,Table 1に示したとおり,pHおよび糖,総細胞数,好中球%の測定値には有意差が存在した。
Comparison of glucose levels between pyothorax group and non-pyothorax group
Comparison of the total cell counts between the pyothorax group and non-pyothorax group
Comparison of neutrophil proportion in cell classification of pyothorax group and non-pyothorax group
pyothorax | Non-pyothorax | ||
---|---|---|---|
pH levels | mean | 6.82 ± 0.11 | 7.48 ± 0.02 |
Glucose levels | mean (mg/dL) | 32.2 ± 19.2 | 123.7 ± 4.0 |
Total cell counts | mean (/μL) | 25.0 ± 10.0 × 103 | 2.9 ± 1.2 × 103 |
Neutrophil (%) | mean (%) | 90.9 ± 1.9 | 24.5 ± 2.2 |
胸水検体検査の一般検査における総細胞数や好中球%の測定は短時間で可能である。上記の検討の結果,胸水中の総細胞数と好中球%で,客観的に膿胸の診断に有用であると考えられた。よって,膿胸を迅速に確定するためには,それらの感度・特異度を定めておくことが有用であると考え,感度・特異度の算出を試みた。臨床診断の判断を用い膿胸の定義として,ROC曲線を作製し,細胞数をFigure 5に示し,AUCは0.976であった。好中球%はFigure 6に示し,AUCは0.929であった。割り出したカットオフ値は,総細胞数:5.18 × 103/μLかつ好中球%:74%であった。そのカットオフ値をもとに感度・特異度を算出した結果,感度=91.7%,特異度=94.2%という結果を得た。
receiver operating characteristic curve of total cell counts
receiver operating characteristic curve of neutrophil proportion
肺感染症に伴う合併症を原因5)として,世界レベルで膿胸は増加傾向にあり6),膿胸の死亡率も増えている7)。胸水は,循環障害などから出現する漏出性(非炎症性)胸水と,細菌感染や腫瘍が原因の炎症から貯留する滲出性胸水に分類できる。それら多岐にわたる病態の胸水検査を,ドレナージ処置や抗菌薬治療へと結びつけるため,判別や診断は重要となる。膿胸の定義は,肉眼的観察から外観の色調や混濁で判断を重視するようなものがある8)。しかし膿胸は,白血球中のリンパ球増加やリンパ腫また脂質に富んだ乳び検体でも白濁が認められる場合があるため,その違いによる肉眼的鑑別は困難をきたす。そのため,検査数値を用いた,より客観的な指標を追及することは重要と思われる。検討結果から,膿胸群と非膿胸群ではpH,糖に有意差がみられ,我々の検討した総細胞数と好中球%も有意差を認めた。これは従来通り意義を表すものであり,BTS3)の結果にも合致したことから,pH,糖を用いた膿胸と非膿胸の判別は良いと思われた。結果的に本検討のpHは,膿胸群でより低値であり,糖も膿胸群でより低い結果となった。以上のことから,総細胞数と細胞分類を,膿胸と非膿胸の判別に使用できると確認できた。次に臨床で扱い易く暗記しやすい値について追加検討した。総細胞数:5.0 × 103/μLかつ好中球%:80.0%として感度・特異度を算出したところ,感度=83.3%,特異度=95.5%という良好な結果を得た。
今回,我々は,胸水中の総細胞数と好中球%に着目し,それらを測定することにより,客観的に膿胸の診断が得られるのではないかと仮定した。その仮定(総細胞数と好中球%が有用)を検証すべく,それらにおける感度・特異度を算出した。その結果,総細胞数においても,好中球%においても,感度・特異度が高く,膿胸の診断に有用であると考えられた。総細胞数と好中球%による膿胸の診断が可能であれば,これまでのような外観による診断8),9)に頼らず,より客観的に診断が得られその指標が使用可能であることは有意義である。今後同様の研究が,より大規模に行われて,総細胞数と好中球%による客観的な膿胸の診断が有用かどうか検討されることが望ましい。
白血球(過去の報告との比較)について,Weeseら10)とVianna11)は膿胸における白血球数をそれぞれ0.5 × 103/μL10)と15.0 × 103/μL11)と報告しているが,差が大きく,参考にできないものであった。また,細胞数の算定において,機械法や用手法で算定する場合,どの細胞を算定しているかが明確にされていない。白血球を測定しているのか,組織球や中皮細胞・悪性細胞を含めた細胞数か不明である。今回我々は,用手法にて算定を行ったが,赤血球以外の総細胞数と表記し,分類については3分類法を用いたため,算定すると種類が明確である。今回の結果によると,白血球以外に中皮細胞と悪性細胞を含めた総細胞数5.0 × 103/μLというカットオフ値が新しい基準と同じように算出された。総細胞数のカットオフ値5.0 × 103/μLと好中球%のカットオフ値80%から算出した好中球数は,4.0 × 103/μLとなる。細胞数が高い場合,結核はリンパ球が優位12)となるが,膿胸は急性炎症であり,腹水の特発性細菌性腹膜炎の診断基準と同じように,好中球が高値を示すため,好中球数を指標にすることが診断の補助に有用と思われた。
American College of Chest Physiciansでは,pH < 7.2をドレナージの適応としている13)。今回の我々の結果では,膿胸群はpH 6.82 ± 0.11,非膿胸群はpH 7.48 ± 0.02,という結果になった。ドレナージ治療は膿胸以外でも必要となる14)。今回pH < 7.2は,膿胸を目的としたドレナージ適応であるか,今後他の病態や細胞数・細胞分画と照らし合わせてみたい。糖については,膿胸群と非膿胸群とで有意差がみられたが,胸水採取時における血糖を測定していないため,血糖と胸水中の糖の比にどのような変化がみられるかは確認していない。また悪性腫瘍の場合も同様に糖が60 mg/dL以下との報告15)もあることから,筆者としては,総細胞数と分類で膿胸の診断に代用できる検査項目であり,総細胞数と好中球%で結果が提出されれば,糖が必要か疑問に残る。しかし膿胸で病原菌や好中球の嫌気性解糖作用がみられる糖低値確認には,簡易型血糖測定器使用が,緊急時膿胸の推定に役立つと思われる。
蛋白質濃度・LDについて,Weeseら10)とVianna11)は総蛋白にも言及しており,膿胸の診断基準として2.5 g/dL以上10)や3.0 g/dL11)と記載している。
他にも胸水中のLDを参考して,膿胸ではLDが高値となるのに対して,肺炎随伴性胸水はLDが低値とする報告もある16)。これらの総蛋白やLDは測定機械を持たない施設では判定不可能である。一方で,総細胞数と好中球%は用手法で測定可能であるので,測定機械を持たない場合にも,膿胸の診断が可能となり得る。
今回の検討において,胸水の総細胞数と細胞分類を膿胸診断に用いる有用性が示唆された。胸水による膿胸の鑑別において,総細胞数と細胞分類は,分析装置を持たない施設でも,用手法により簡便に実施可能である。また,数値による表示が可能であるため,より客観的な診断に結び付けられることができる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。