2018 Volume 67 Issue 5 Pages 772-778
HBs抗原はB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus; HBV)の感染診断に有用な検査項目である。HBs抗原量は肝細胞癌の発生頻度や治療効果判定において有用であることが複数の研究者らによって報告され,HBs抗原量の把握はB型肝炎治療や持続感染者の経過観察において欠かせない指標となっている。しかし,当院ではHBs抗原量高値の患者は,手希釈による再検査が必須であり,自動希釈が適応できる他の項目と比して測定結果報告が遅くなることが多い。今回我々は,全自動化学発光免疫測定装置「ARCHITECT i 2000SR」(アボットジャパン株式会社)を用いて,HBs抗原測定試薬「アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用」(アボットジャパン株式会社)の基礎的検討を行った。基礎的検討の結果,「アーキテクト・HBsAg QT・アボット自動希釈専用」試薬の同時再現性は変動係数(CV)2.9~4.8%,日差再現性は6.1~7.7%,希釈直線性も良好な結果が得られた。また,HBs抗原量5,000 IU/mL未満における現行試薬との相関性も良好であった(n = 38,y = 1.05x + 83.51,相関係数:r = 0.984)。従って,自動希釈の導入により日常検査におけるHBs抗原測定の迅速化が期待できると考えられた。
1965年にBlumbergら1)によってAustralia抗原が発見され,その後HBs抗原と命名された。B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus; HBV)の持続感染者は世界で約4億人存在すると推定されている2)。本邦における感染率は約1%と推定されており,感染者は約150万人いると推測されている。これまで,国内のHBV感染者の大半は母子感染によるものであったが,1965年に開始された「B型肝炎母子感染防止事業」により,新たな母子感染例は年々減少してきた。その一方で近年,性感染症や薬物中毒者の間でB型急性肝炎が急増し,社会問題となっている3),4)。
現在においては,HBs抗原検査はHBV感染診断におけるスクリーニング検査として広く臨床応用されている。従来,HBs抗原の測定には定性法の試薬が汎用され,B型肝炎の診断目的だけに用いられてきた。しかし,近年では複数の定量試薬が開発され,予後や治療効果判定,患者経過観察時のHBV活動性の指標の一つとして,HBV-DNA量,HBe抗原量とともにHBs抗原量も広く臨床適応されるに至っている5)~7)。
2012年に台湾でTsengら8)によって行われた前向き研究では,HBe抗原陰性かつ低ウイルス量の症例において,肝細胞癌の発症はHBs抗原量に相関していると報告された。そのため,低ウイルス量であっても,HBs抗原1,000 IU/mL以上の場合は発癌リスクが高くなるため,HBs抗原を定期的に定量測定することが重要となっている7)。
当院では化学発光免疫測定法(chemiluminescent immunoassay; CLIA)を原理とした「アーキテクトHBsAgQT・アボット」(アボットジャパン株式会社)を用いてHBs抗原の測定を行っている。しかし,測定上限値である250 IU/mLを超える検体は手希釈を行い,最終濃度を報告する運用を取っているため,他の自動希釈が適応できる項目と比べ最終結果報告が遅くなる問題点があった。そこで今回我々は,HBV感染診断におけるHBs抗原定量検査の結果報告時間の短縮を目的とし,「アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬の基礎的性能評価と手希釈との相関と有用性について検討した。
2015年度当院検査部にHBs抗原検査の依頼のあった患者血清のうち,HBs抗原量が250 IU/mLを超える患者検体48例(相関47例,希釈直線性1例),HBs抗原量が250 IU/mL未満の患者検体21例(相関21例)を用いた。尚,本研究は名古屋大学大学院医学系研究科倫理審査委員会の承認を受け実施した(承認番号2010-1038)。
2. 測定機器および試薬測定試薬は「アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用」を使用し,全自動化学発光免疫測定装置ARCHITECT i 2000SRを用いて測定した。また,対照法として現行試薬の「アーキテクトHBsAgQT・アボット」を使用し,専用希釈液「ARCHITECT HBsAg QT用検体希釈液」(アボットジャパン株式会社)を用いた用手法測定を行った(Table 1)。
HBsAg QT | HBsAg QT自動希釈 | |
---|---|---|
内容 | ・抗HBsマウスモノクローナル抗体固相化磁性粒子 ・アクリジウム標識抗HBsヤギポリクローナル抗体 |
・抗HBsマウスモノクローナル抗体固相化磁性粒子 ・アクリジウム標識抗HBsヤギポリクローナル抗体 ・ARCHITECT HBsAg QT 自動希釈専用 アッセイ希釈液 |
検体量(μL) | 75 | 10 |
測定範囲(IU/mL) | 0.00~250 | 175~124,925* |
希釈液 | ARCHITECT HBsAg QT用検体希釈液 | ARCHITECT HBsAg QT 自動希釈専用 アッセイ希釈液 |
* 希釈モードを使用しない場合は0.00~250まで測定可能。
測定原理は,CLIA法による2ステップサンドイッチ法であり測定手順は以下の通りである。1)血清または血漿をHBsAg QT自動希釈専用アッセイ希釈液で500倍希釈を行う。2)第1ステップとして,試料と磁性粒子に固相化された抗HBsマウスモノクローナル抗体を反応させる。3)洗浄後,第2ステップでアクリジニウム標識抗HBsヤギポリクローナル抗体を加えると,免疫複合体が形成される。4)さらに洗浄後,酸化剤および酸化補助剤を添加することで生じる化学発光強度から,検体中のHBs抗原量を求める。
4. 解析方法各種解析には定量測定法のバリデーション算出用プログラムを用いた(一般社団法人臨床化学会)。
当院における2015年度のHBs抗原測定依頼件数は,21,494件だった。そのうち用手法による手希釈を行い,最終濃度を算出した件数は1,269件(5.90%),定量値の分布幅は264.6~288,736.9 IU/mLであった。「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬の測定上限は124,925 IU/mLであり,自動希釈による手希釈のカバー率は1,264/1,269(99.61%)であった(Figure 1)。
2015年度の当院におけるHBs抗原希釈検体の濃度分布
2015年度における当院でのHBs抗原希釈測定件数。
濃度の異なる3濃度の患者プール血清を用いて再現性の検討を行った。連続20回測定した同時再現性の変動係数(CV)は2.9~4.8%(Table 2),連続20日間測定した日差再現性のCVは6.1~7.7%(Table 3)と良好な結果が得られた。
患者プール血清 | |||
---|---|---|---|
低値 | 中間値 | 高値 | |
平均値(IU/mL) | 768.17 | 4,379.80 | 12,888.66 |
SD(IU/mL) | 22.59 | 211.82 | 465.80 |
最小値(IU/mL) | 717.96 | 3,924.60 | 12,138.30 |
最大値(IU/mL) | 806.91 | 4,859.14 | 14,217.73 |
CV(%) | 2.9 | 4.8 | 3.6 |
患者プール血清 | |||
---|---|---|---|
低値 | 中間値 | 高値 | |
平均値(IU/mL) | 699.66 | 4,403.35 | 11,896.17 |
SD(IU/mL) | 42.61 | 272.35 | 910.32 |
最大値(IU/mL) | 605.17 | 3,739.51 | 10,514.56 |
最小値(IU/mL) | 779.71 | 4,755.08 | 13,175.56 |
CV(%) | 6.1 | 6.2 | 7.7 |
高濃度血清(120,000 IU/mL)をARCHITECT HBsAg QT用検体希釈液で2n段階希釈を行い,直線性を評価した。その結果,原点を通る良好な直線性が確認できた(Figure 2)。
HBs抗原高濃度検体を用いた希釈直線性の結果
HBs抗原濃度高値検体(120,000 IU/mL)をARCHITECT HBsAgQT用検体希釈液で2n段階希釈を行い,HBsAgQT自動希釈で測定した。
HBs抗原量が250 IU/mL以上の患者検体47例を用いて手希釈と自動希釈との相関性を検討した。その結果,全体では回帰式y = 0.85x + 394.77,相関係数r = 0.993であった(Figure 3)。また,5,000 IU/mL未満の38例では,y = 1.05x + 83.51,相関係数r = 0.984と良好な相関性を示した(Figure 4)。次に,HBs抗原量が250 IU/mL未満の患者検体21例を用いて現行試薬と「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」で希釈モードを使用せずに測定し相関を検討した。その結果,回帰式y = 1.02x − 1.42,相関係数r = 0.996であり,250 IU/mL未満の場合でも良好な相関性を示した(Figure 5)。
HBsAgQTとHBsAgQT 自動希釈で測定したHBs抗原濃度の相関
患者検体47件を用いて,アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用とアーキテクトHBsAg QT・アボットでHBs抗原濃度を測定した。
5,000 IU/mL未満におけるHBsAgQTとHBsAgQT 自動希釈で測定したHBs抗原濃度の相関
相関で用いた患者検体のうち38件を用いて,アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用とアーキテクトHBsAg QT・アボットでHBs抗原濃度を測定した。
250 IU/mL未満におけるHBsAgQTとHBsAgQT 自動希釈で測定したHBs抗原濃度の相関
HBs抗原値が250 mIU/mL未満の検体21件を用いて,アーキテクトHBsAg QT・アボット 自動希釈専用とアーキテクトHBsAg QT・アボットでHBs抗原濃度を測定した。
B型慢性肝炎治療の進歩とHBV持続感染者における肝細胞癌対策に関する研究の進歩に伴い,HBVマーカーとして汎用されてきたHBs抗原検査は,その抗原量を評価することにより肝細胞癌リスク評価やB型肝炎の治療効果,核酸アナログ治療中止指針,経過観察の指標として広く臨床応用されはじめている5)~7)。Tsengら8)は抗ウイルス治療歴のないHBV持続感染者における自然経過での肝細胞癌発癌頻度について前向きに調査し,HBe抗原陰性かつHBV-DNA 2,000 IU/mL未満の低ウイルス量の症例では,HBs抗原量が1,000 IU/mL以上の症例は1,000 IU/mL未満の症例よりも13倍程度肝細胞癌の発生頻度が高かったことを報告している。また,Lauら9)はHBe抗原陽性慢性肝炎患者におけるペグインターフェロン治療症例で治療開始後12週目のHBs抗原量が20,000 IU/mL以上の症例群では著効例が16%であったのに対して,同12週目のHBs抗原量が1,500 IU/mL未満の症例群では著効例が57%であったと報告している。さらに,田中ら10)は核酸アナログ剤による治療症例における同剤中止指針として,HBs抗原量が1.9 log IU/mL(80 IU/mL)および2.9 log/IU/mL(800 IU/mL)よりも多いか少ないかについて,HBVコア関連抗原量と組み合わせることにより,核酸アナログ剤中止後の再燃リスクを評価する指標としての有用性を示している。このようにHBs抗原量は肝細胞癌の発生頻度や治療効果判定において有用であることが広く知られるようになり,HBs抗原量の把握はB型肝炎治療や持続感染者の経過観察において欠かせない指標となっている。このような肝臓病専門医におけるHBs抗原量測定の新たなニーズにより終濃度まで迅速かつ正確に測定することは重要な意味を持っている。
今回我々は,「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬の基礎的検討を行った。同時再現性,日差再現性及び希釈直線性は良好な結果となった(Table 2, 3, Figure 2)。現行法と「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬で測定したHBs抗原濃度の相関性の検討において,相関性は良好ではあったが(r = 0.993),「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬で測定したHBs抗原濃度では,現行法で測定したHBs抗原濃度と比較して低値傾向になることが認められた(y = 0.85x + 394.77)(Figure 3)。この要因として,5,000 IU/mL以上での手希釈による希釈誤差が考えられた。そこで,5,000 IU/mL未満での現行法と「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬で測定したHBs抗原濃度の相関性を再度評価した。その結果私達の仮説通り,5,000 IU/mL未満では,極めて良好な相関性を確認することができた(y = 1.05x − 83.51, r = 0.984)(Figure 4)。「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈専用」試薬では,固定の希釈倍率(500倍)で希釈を行っているのに対し,用手法による手希釈では5n希釈を行っている。5,000 IU/mL未満での検討結果から,希釈倍率が高くなるにつれて希釈誤差が生じやすいことが示唆された。
当院における2015年度のHBs抗原測定件数は24,494件であり,そのうち手希釈による最終濃度報告は1,269件(5.90%)であった(Figure 1)。自動希釈による手希釈のカバー率は1,264/1,269(99.61%)となり自動希釈の導入により,日常検査におけるHBs抗原測定の希釈誤差による測定値の正確性の向上と迅速化が期待できると考えられる。
「アーキテクト・HBsAg QT・アボット 自動希釈」試薬の基本的性能は良好で,手希釈との相関において良好な結果となった。測定上限は124,925 IU/mLであり,自動希釈により日常検査で手希釈を行っている99.61%を自動測定することが可能となる。これにより手希釈での測定数が減ることでHBs抗原測定の迅速化が期待できる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。