2018 Volume 67 Issue 5 Pages 802-808
背景:乳癌腹膜転移は稀な病態である。体腔液細胞診において腫瘍の原発巣の推定には細胞診の形態像のみでなく,免疫染色を加えた検討が必要である。セルブロック(cell block; CB)標本の免疫染色が腹膜転移の診断に有用であった乳癌の2症例を報告する。症例1:40歳台女性。左乳腺浸潤性乳管癌にて乳房切除を施行。術後約2年10ヶ月後に腹水が出現した。腹水細胞診(ascites cytology; AC)では偏在性異型核を示す低分化型腺癌細胞が弧在性に認められた。CBの免疫染色では,異型細胞はgross cystic disease fluid protein 15(GCDFP15),GATA binding protein 3(GATA3),E-cadherinが陽性,ERα,PgRが陰性であり,浸潤性乳管癌の腹膜転移と診断した。症例2:50歳台女性。左乳腺浸潤性小葉癌にて乳房切除を施行。術後約1年7ヶ月で腹水が貯留した。ACでは中型の偏在性核,胞体内に細胞質内小腺腔を示す異型細胞が小集塊状に出現していた。CBの免疫染色では,異型細胞はERα,GATA3,carbohydrate antigen 15-3(CA15-3)が陽性であり浸潤性小葉癌の腹膜転移と診断した。結論:2症例の腹水細胞診において,乳癌腹膜転移の診断にはCBを利用した免疫染色が有用であった。
体腔への転移性腫瘍の診断において組織診断が不可能の場合は細胞診が最終診断となることが多い。体腔液細胞診では,細胞形態の評価のみでは組織型や原発臓器の推定が困難である場合,免疫染色による腫瘍細胞の免疫表現型検索が有用である。
今回,腹膜転移の原発巣の推定に腹水セルブロック(cell block; CB)法を用いた免疫染色が有用であった乳癌の2症例を報告する。
患者:40歳台女性。
既往歴:約5年前に右乳癌にて乳房切除(非浸潤性乳管癌,TisN0M0)の既往あり。
臨床経過:左乳癌にて乳房切除を施行された。術後診断は,浸潤性乳管癌(invasive ductal carcinoma; IDC),T3N3M0であった。術後化学療法として,5-fluorouracil + epirubicin + cyclophosphamide療法(FEC療法)の後,paclitaxel単剤療法,ホルモン療法としてtamoxifenによる治療が実施された。左乳癌術後約2年4ヶ月後に骨転移,後腹膜転移が出現し,尿管狭窄による水腎を生じた。後,paclitaxel,capecitabineによる化学療法に加え,denosumabによる治療が実施されたが,6ヶ月後に腹部膨満感が出現した。腹部CTで大量の腹水貯留を認め,腹水細胞診で乳癌腹膜転移と診断された。9ヶ月後には頭蓋内圧亢進症状が出現し,髄液細胞診にて乳癌髄膜転移と診断され,術後経過約3年7ヶ月で永眠された。
左乳房組織診所見:左ACE領域にかけて線維性間質を背景に,索状に浸潤性増殖を示す硬癌組織を認めた(Figure 1a)。高度のリンパ管侵襲像が認められた(Figure 1b)。リンパ管内腫瘍塞栓の腺癌細胞の胞体内にはalcian blue periodic acid-Schiff染色(AB-PAS染色)でPAS反応陽性の粘液を認めた(Figure 1c)。核グレード:グレード1,腫瘍径:35 × 55 mm(標本上の最大割面),組織学的波及度:f,郭清腋窩リンパ節15個中13個に腫瘍の転移が認められた。免疫染色では,ホルモン受容体はERα:J score 3a,PgR:J score 3aであり,Her2は0,Ki67陽性率は20%であった。以上より,乳癌T3N3M0と診断した。
Histological findings of the left mastectomy specimens
Neoplastic cells show a scirrhous infiltrating pattern (a) and lymphatic permeation (b). The cells have intracytoplasmic mucin (c).
a, b: Hematoxylin-Eosin (HE) staining, ×10. c: Alcianblue-PAS staining, ×20.
細胞診所見
1)腹水細胞診:炎症性細胞浸潤を認め,孤立散在性に核偏在性の異型細胞が多数出現していた(Figure 2a)。これらの異型細胞のクロマチン構造は顆粒状で,好酸性核小体を示す形状不整核と豊富な胞体内粘液(PAS反応陽性)を認め(Figure 2b),細胞学的に低分化型腺癌を推定した。更に,腹水の沈査成分を20%ホルマリンにて1日固定し,アルギン酸ナトリウムと塩化カルシウムを利用した方法でCBを作成した。CB標本での免疫染色では,腺癌細胞はGCDFP15(Figure 2d),GATA3(Figure 2e),E-cadherin(Figure 2f)が陽性,Her2は2+であり,FISH法で陰性であった。他,ERα,PgR,carletininは陰性であった。以上より,判定:悪性,左乳癌(IDC)の腹膜転移と診断した。
Ascites cytology findings
Isolated round- to oval-shaped neoplastic cells have eccentrically located nuclei (a) and intracytoplasmic mucin (b), consistent with poorly differentiated adenocarcinoma. The neoplastic cells are positive for GCDFP15 (d), GATA3 (e) and E-cadherin (f).
a: Papanicolaou staining, ×40. b: Alcianblue-PAS staining, ×40. c: HE staining, ×20. d: GCDFP15, e: GATA3 and f: E-cadherin immunocytochemical staining, ×20.
2)髄液細胞診:清浄な標本背景に,腹水細胞診と同様の形態を示す異型細胞が認められた(Figure 3a)。パパニコロウ染色(Papanicolaou染色;Pap染色)標本を脱色して施行した免疫染色では,異型細胞はGCDFP15(Figure 3b),GATA3(Figure 3c)が陽性であった。判定:悪性,左乳癌(IDC)の髄膜転移と診断した。
Cerebrospinal fluid cytology findings
Adenocarcinoma cells are positive for GCDFP15 (b) and GATA3 (c).
a: Papanicolaou staining, ×100. b: GCDFP15 and c: GATA3 immunocytochemical staining, ×40.
患者:50歳台女性。
既往歴:特記すべき事項なし。
臨床経過:左乳癌にて乳房切除を施行された。術後診断は,浸潤性小葉癌(invasive lobular carcinoma; ILC),T3N3M0であった。術後化学療法としてFEC療法の後,paclitaxel単剤療法,ホルモン療法としてletrozoleによる治療が実施された。術後約1年4ヶ月後に骨転移,肝転移を認めた。上部消化管内視鏡検査では胃体中部小弯に小型のびらん性病変が観察され,原発性腫瘍は否定的であったが,乳癌の転移の除外目的に生検が施行され,ILCの転移と診断された。Bevacizumab,paclitaxelによる化学療法とdenosumabによる治療が実施された。約3ヶ月後に腹水が貯留し,腹水細胞診で乳癌腹膜転移と診断された。その7ヶ月後の術後2年2ヶ月で永眠された。
組織診所見
1)左乳房:左BD領域~CD領域にかけて多中心性に,索状配列を示し浸潤性に増殖する異型細胞を認め(Figure 4a),E-cadherinが陰性(Figure 4b)でありILCと診断した。核グレード:グレード1,腫瘍径:100 × 70 mm(標本上の最大割面),組織学的波及度:f,p,郭清腋窩リンパ節12個中全てに腫瘍の転移が認められた。免疫染色では,ホルモン受容体はERα:J score 3b,PgR:J score 3bであり,Her2は2+,FISH法で陰性,Ki67陽性率は15%であった。以上より,乳癌T3N3N0と診断した。
Histological findings of the left mastectomy specimens
Neoplastic cells without expression of E-cadherin (b) grow in a single-file pattern (a), consistent with infiltrating lobular carcinoma.
a: HE staining, ×20. b: E-cadherin immunohistochemical staining, ×20.
2)胃生検:N/C比の亢進した核偏在性の異型細胞の増生を粘膜固有層に認めた(Figure 5a, b)。異型細胞には細胞質内小腺腔が観察された。免疫染色では,異型細胞はERα(Figure 5c)とGATA3(Figure 5d)が陽性,GCDFP15とE-cadherinが陰性であり,ILCの胃転移と診断した。
Stomach biopsy findings
Neoplastic cells showing high nuclear-cytoplasmic ratio and intracytoplasmic lumina (a, inset) proliferate in lamina propria of the stomach tissue (a, b). The cells are positive for estrogen receptor α (ERα) (c) and GATA 3 (d).
a: HE staining, ×10. a inset: HE staining, ×100. b: HE staining, ×20. c: ERα and d: GATA3 immunohistochemical staining, ×20.
腹水細胞診所見:背景には単核細胞浸潤を認め,中心~偏在性の核を有した,N/C比の亢進した中型の異型細胞が結合性の低下した小集塊を形成して出現し,核分裂像が観察された(Figure 6a)。これらの異型細胞のクロマチン構造は細顆粒状を呈し,核小体は小型で,胞体には細胞質内小腺腔が認められた(Figure 6b)。腹水の沈査成分を10%中性緩衝ホルマリンで1日固定し,症例1と同様の手技でCBを作成して免疫染色を実施したところ,異型細胞はERα(Figure 6d),GATA3(Figure 6e),CA15-3が陽性,Her2は2+,DISH法で陰性であった。また,PgR,GCDFP15,E-cadherin,carletininは陰性であった。判定:悪性,左乳癌(ILC)の腹膜転移と診断した。
Ascites cytology findings
Round to oval shaped neoplastic cells forming loosely cohesive groups show eccentrically located nuclei (a) and intracytoplasmic lumina (b). Note a mitotic figure (a, arrow). The neoplastic cells are positive for ERα (d) and GATA3 (e).
a: Papanicolaou staining, ×40. b: Papanicolaou staining, ×100. c: HE staining, ×10. d: ERα, and e: GATA3 immunocytochemical staining, ×10.
本稿では,腹膜転移を示した乳癌の2症例につき,臨床経過,組織像,細胞像およびその診断の確定へのCBを用いた免疫染色の有用性を報告した。
Bertozziらの報告1)では,乳癌遠隔転移症例では(N = 289),骨(67.8%),肝臓(47.8%)および,肺転移(42.6%)の割合が高く,腹膜転移の頻度は7.6%であり,さらに乳癌全体(N = 3,096)の腹膜転移頻度は0.7%と報告されており,稀な病態と考えられる。また,乳癌腹膜転移の臨床病理学的特徴としては,1)他の臓器への転移よりも遅れて発症し,しばしば晩期再発形式をとる,2)致死率が高い,3)組織型の頻度は浸潤性乳管癌(50%),浸潤性小葉癌(36.4%)と報告されている1)。今回の報告症例では,1)症例1,2ともに腹膜転移に先行して他臓器への遠隔転移が認められ,症例1では骨,後腹膜転移,症例2では骨,肝,胃への転移が腹膜転移に先行して認められた。2)腹膜転移の確定診断から症例1,2ともに1年以内に癌死した。この点からも腹水細胞診の診断は患者予後に直結するものと考えられ,正確な診断が重要である。3)組織型は症例1ではIDC,症例2ではILCであった。
症例1,2ともに腹水細胞診の細胞像のみでは乳癌の転移との診断には客観性に乏しかった。乳癌の胸水,腹水中の転移診断に際しては,ERα,mammaglobin,GCDFP15,GATA3の免疫染色が有用と報告されている(Table 1)2)~5)。ERαについては,感度は59.5%と,mammaglobin(感度34.1%)やGCDFP15(感度14.5%)に比べて高感度と報告されているが2),3),5),ERαは卵巣や子宮での漿液性腺癌や類内膜腺癌でも陽性を示す3),4)。さらに,今回の症例1のように,乳房原発巣がERα陽性であっても,約26%の頻度で体腔液中の乳癌細胞のERαが陰性化し,特に内分泌療法を実施されている症例でERαが陰性化しやすいと報告されている2)。このように,体腔液細胞診に限らず,乳癌の他臓器への転移診断に際して,ERαの染色性は必ずしも原発巣と転移巣では一致しないことがある点を理解しておく必要がある6)。また,mammaglobinは,子宮体癌,汗腺癌,唾液腺癌に陽性,GCDFP15は汗腺癌,唾液腺癌にも陽性を示す4)。GATA3は体腔液中の乳癌転移症例の陽性率が94.3%と感度が最も高いマーカーであるが,特異性は低く,悪性腫瘍症例では皮膚の扁平上皮癌や基底細胞癌,悪性中皮腫,唾液腺癌,尿路上皮癌など,多くの腫瘍で陽性となる7)。またGATA3は汗腺や乳腺,尿路上皮などの正常組織においても陽性であり,特に体腔液細胞診に際しては反応性中皮細胞にもGATA3が陽性である点に注意が必要である7)。胸水,腹水中の転移性乳癌の診断に際しては,GATA3の他,ERα,mammaglobin,GCDFP15および,carletininを同時に検索し,総合判断することが重要である。
ERα | Mammaglobin | GCDFP15 | GATA3 | |
---|---|---|---|---|
Schrijver W et al. (N = 69) | 43.50% | N.A.* | N.A.* | N.A.* |
Lee BH et al. (N = 29) | 72.40% | N.A.* | 13.80% | N.A.* |
Shield PW et al. (N = 30) | N.A.* | 57.00% | 33.00% | 90.00% |
Lew M et al. (N = 58) | 63.80% | 22.40% | 5.20% | 96.60% |
Total (N) | 59.5% (148) | 34.1% (88) | 14.5% (117) | 94.3% (88) |
* Not available
症例1では,腹水細胞診と左乳房の原発巣において腺癌細胞の胞体内にPAS反応陽性粘液が認められた。細胞形態の点では腹水細胞診では腺癌細胞は孤立散在性に観察され,一方,原発巣では孤立散在性の腺癌細胞は認められなかったが,これは経過中に腫瘍の分化度が低下したためと考えられる。腹水CBでの腺癌細胞の免疫染色では,GCDFP15とGATA3および,E-cadherinが陽性であった点は左乳癌IDCの転移を支持するものである。
症例2の腹水細胞診では,乳癌の転移と診断された胃生検組織に認めるものと同様の形態を示す異型細胞が観察され,細胞形態から左乳癌ILCの転移と考えられた。鑑別診断として胃原発の低分化型腺癌が挙げられる。胃生検と腹水CBの免疫染色ではERα,GATA3が陽性,E-cadherinが陰性であり,免疫染色結果からもILCの転移として矛盾しない結果であった。しかしながら,胃の腺癌においてもERα8),9)とGATA3は陽性となり7),10),その陽性頻度は,ERαは6.0%8),12.0%9),GATA3については,2.0%10),4.5%7)と報告されている。本例のように,ILCにおいてGCDFP15が陰性の場合,胃癌の腹膜転移とILCの腹膜転移の鑑別には臨床所見を加味した総合判断が必要と考える。本例の上部消化管内視鏡所見では小型のびらん性病変を認めたのみで,臨床経過から胃癌の腹膜播種は否定的であったこともILCの腹膜転移と診断する上で重要な点と考える。ILCでは,本例のように消化管や腹膜への転移リスクが高いことを念頭に置きながら鑑別診断を進めることが肝要である11)。
乳癌症例において,腹膜転移の頻度は低いものの,予後不良の病態であることから,正確な診断が求められる。本報告例では,乳癌の腹膜転移の診断に腹水細胞診に加え,腹水のCBを用いた免疫染色が有用であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。