2018 Volume 67 Issue 5 Pages 817-821
骨髄肉腫(myeloid sarcoma; MS)は,分化を伴うまたは伴わない骨髄芽球で構成される髄外腫瘤のことである。今回我々は,尿沈渣で通常みられる血球類や上皮細胞類とは異なる細胞を認め,異型細胞として報告した。スクリーニング検査である尿沈渣では細胞を同定することはできなかったが,他の検査情報より,異型細胞と報告した細胞を未熟単球と裏付けることができた。その後,患者はMSと診断された。尿沈渣中に未熟単球を認めることは稀であるが,見落とすことなく臨床に情報提供できた症例であった。
骨髄肉腫(myeloid sarcoma; MS)は,分化を伴うまたは伴わない骨髄芽球で構成される髄外腫瘤のことであり,緑色腫(chloroma)や顆粒球肉腫(granulocytic sarcoma)などと呼ばれることもある。急性骨髄性白血病に先行または同時期に発症することや,骨髄増殖性腫瘍の急性転化として発症することが知られている。発症年齢は生後1ヵ月から89歳までと幅広く,皮膚,リンパ節,消化管,骨,軟部組織,睾丸にしばしば腫瘤を形成するが,10%以下の症例はその他の組織にも腫瘤形成する1)。今回我々は,尿沈渣中に未熟単球を認め,その後MSと診断された症例を経験したので報告する。
患者:40歳,女性。
主訴:腹痛。
家族歴:特記事項なし。
既往歴:尿管結石,急性胆嚢炎,月経困難症。
現病歴:2016年10月下旬,下腹部痛と骨盤上部の疼痛を自覚し,近医を受診した。腹部CT検査にて腸間膜の炎症所見を認め,整腸剤・抗生剤を処方され経過観察となった。その後,右殿部・大腿部まで疼痛が拡大したため,当院救急科に紹介となった。
救急受診時:血液および尿検査の結果をTable 1に示す。LD 789 U/L,WBC 9.4 × 103/μLと上昇を認め,体幹部造影CT検査で腹水貯留,腹膜肥厚,大網周辺に炎症所見を認めた。その後,子宮頸部頸管擦過,超音波検査などを行ったが,婦人科疾患は否定的であった。
生化学 | 血液 | ||
---|---|---|---|
CRP | 0.51 mg/dL | RBC | 4.64 × 106/μL |
TP | 6.5 g/dL | Hb | 14.3 g/dL |
ALB | 3.6 g/dL | PLT | 329 × 103/μL |
TB | 0.3 mg/dL | WBC | 9.4 × 103/μL |
AST | 21 U/L | Neutro | 65.3% |
ALT | 13 U/L | Eos | 4.0% |
LD | 789 U/L | Baso | 0.2% |
CRE | 0.59 mg/dL | Lymph | 23.2% |
UN | 5 mg/dL | Mono | 7.3% |
Na | 142 mmol/L | フィブリノーゲン | 574.0 mg/dL |
K | 4.4 mmol/L | Dダイマー | 2.0 μg/mL |
Cl | 106 mmol/L |
尿定性 | 尿沈渣 | ||
---|---|---|---|
蛋白 | (±) | 赤血球 | 1–4/HPF |
潜血反応 | (1+) | 白血球 | < 1/HPF |
白血球反応 | (−) | 扁平上皮細胞 | 5–9/HPF |
翌日外来受診時:前日同様,血液検査で炎症反応上昇を認めた。尿検査の結果をTable 2に示す。尿沈渣中には,通常みられる血球類や上皮細胞類とは異なる細胞を認め(Figure 1, 2, 3),異型細胞と報告した。骨盤部造影MRI検査で腹膜肥厚,右卵巣腫瘤を認めた。
尿定性 | 尿沈渣 | ||
---|---|---|---|
蛋白 | (2+) | 赤血球 | 5–9/HPF |
潜血反応 | (2+) | 白血球 | < 1/HPF |
白血球反応 | (−) | 扁平上皮細胞 | 30–49/HPF |
異型細胞 | + |
尿沈渣中に多数認めた細胞(10× S染色)
尿沈渣中に孤立散在性に認めた細胞(40× S染色)
尿沈渣中に集塊で認めた細胞(40× S染色)
入院時:腹水の細胞表面マーカー分析では,CD4 88%,CD56 79%,CD13 92%,CD14 37%,CD33 99%,CD34(−)であった。骨髄検査では異常細胞を認めなかった。また,大網組織診で少量の好酸性胞体を有する核網の粗い円形細胞の増殖を認めた。免疫染色はCD33(++),Lysozyme(++),CD68(++)であった。
外来受診時(子宮頸部頸管擦過翌日),異型細胞と報告した細胞は,小型でN/C比が大きく,孤立散在性(Figure 2)や集塊(Figure 3)を形成して多数出現していた。集塊には結合性がなく,非上皮性の細胞を疑ったが,中には一見上皮様の集塊も認めた(Figure 4)。細胞は通常の白血球より大きく,細胞質は赤紫色であった。核は円形のもの(Figure 5A)が大半を占めるが,偏在したもの,切れ込みやくびれを呈しているもの(Figure 5B)も認めた。また,細胞の中には核小体著明な細胞(Figure 5C),脂肪顆粒を貪食した細胞(Figure 5D)も認めた。
尿沈渣中に認めた上皮様の集塊(40× S染色)
尿沈渣中に認めた細胞の特徴(40× S染色)
A:円形の核をもつ細胞
B:くびれを呈した核をもつ細胞
C:核小体著明な細胞
D:脂肪を貪食した細胞
核形不整な異常細胞を多数認めた(Figure 6)。
腹水中に認めた細胞(40× MG染色)
核腫大,核形不整を示す小型の異型細胞を多数認めた。
いずれの細胞形態も類似しており,同種類の細胞と思われた。
腹水の細胞表面マーカー分析および大網生検の免疫染色の結果,CD33陽性の造血系異常細胞を認めたため,MSと診断された。
MSと診断されてから10日後に施行したPET-CT検査で腹膜,右卵巣,前縦隔,中縦隔などにMSの浸潤を認めた。その後化学療法を行い,1ヵ月後のPET-CT検査で病変消失を確認し,完全寛解が得られた。しかし,再発の可能性が極めて高かったため,2ヵ月後に同種幹細胞移植(臍帯血移植)を行い,生着確認するも,移植後50日頃,左肩疼痛が出現し,PET-CT検査にて異常集積を認めた。髄液検査で空胞を伴った単球様の腫瘍細胞が散見され,CD33陽性異常細胞を91%認めたことから,白血化および中枢神経浸潤を伴う再発と診断された。その後次第に病態は悪化し,MSと診断されてから約8ヵ月後に永眠した。
今回,子宮頸部頸管擦過翌日の尿沈渣中に,通常みられる血球類や上皮細胞類とは異なるN/C比の大きな細胞を多数認めた。これらの細胞は,孤立散在性または集塊を形成して出現していた。N/C比が大きく,白血球大の小型の細胞であったことから,悪性リンパ腫細胞,小細胞がん細胞などを疑ったが,これらの悪性細胞と判断するにはクロマチン増量の所見に乏しかった2),3)。また,集塊(Figure 3)には上皮様の結合を認めなかったことから,反応性を含め上皮細胞類の可能性は低いと思われた。さらに,集塊(Figure 3)は群がって出現していたことから,血球類の中でも孤立散在性で出現するリンパ球系の細胞は否定された3)。細胞形態をよく観察すると,核が偏在したもの,切れ込みやくびれを呈したものを認めたこと,細胞質が赤紫色であったこと,脂肪顆粒を貪食した細胞を認めたことから,単球系の細胞が疑われた3)。しかし,日常的にみられる単球よりやや大きく,核は円形のものが大半を占めていたこと,明瞭な核小体を認めたことから,悪性を疑い,臨床側と相談の結果「異型細胞」として報告した。
今回,我々が「異型細胞」と報告した細胞は,腹水中に認めた細胞像や生検組織との比較から,髄外腫瘤より産生された未熟単球であると思われた。また,一見上皮様の集塊を形成していた細胞(Figure 4)は,細胞境界を認めないことから,新鮮な単球が偽足を出して融合していたものと思われた4)。未熟単球を尿沈渣中に認めることは稀で,尿沈渣像のみから細胞を同定することは困難であったが,腹水検査を実施した血液検査室と細胞形態についての意見交換を行ったこと,病理診断結果と照らし合わせたことで,未熟単球であったと裏付けられた。本症例は,白血病の既往がなく腹痛が主訴であった。そのため,スクリーニング検査である尿沈渣検査で,悪性を疑う細胞を検出し報告したことで,早い段階での診断につながったといえる。
尿沈渣検査の鏡検は原則として無染色標本にて実施するが,当院は施設の都合上,Sternheimer染色(S染色)のみで行っている。S染色は核と細胞質を明瞭に染め分けることができ,異型細胞の検出には有益であるが,染色をすることで細胞が本来有する情報を見逃してしまうことがある5)。今回,無染色標本も鏡検していれば,単球本来の細胞質の灰白色調,辺縁構造不明瞭などの情報を得ることができ,臨床により有用な情報を提供できたかもしれない。
また今回の症例では,白血球が多数出現していたにも関わらず,尿定性白血球反応は(−)であった。その理由は,尿白血球試験紙法は好中球のエステラーゼに特異的に反応するが,単球エステラーゼとは反応が弱く6),未熟な単球に反応しなかったと考える。
尿中への未熟単球の出現は,子宮頸部頸管擦過翌日のみであったこと,後に施行したPET-CT検査で腹膜,右卵巣,前縦隔,中縦隔などに集積を認めたが,尿路系に明らかな浸潤を認めなかったことから,子宮頸部頸管擦過の刺激によるコンタミと推測された。また,出現機序の断定はできないが,腹水が多量に貯留していたこと,子宮に癌を認めなかったことから,Figure 7に示したように,腹水中の未熟単球(腹膜もしくは卵巣由来)が腹腔内に直接開いている卵管采から子宮腔に入り,尿中に出現したと考えた。本症例は子宮頸部頸管擦過を契機に,腹水中の細胞が出現した稀な症例であったが,女性の場合,自然尿中への扁平上皮細胞の混入の他,子宮頸がん細胞や子宮体がん細胞など,尿路系以外の悪性細胞が出現する可能性もあり7),そのことも念頭において鏡検する必要がある。
尿沈渣中への未熟単球の出現機序
いずれにしても,N/C比の大きな細胞を検出した場合は,非上皮性の細胞か上皮性の細胞か,良性細胞か悪性細胞かを見極めることが大切であり,そのためには日頃から細胞の形態学的特徴を十分に理解して検査することが重要である。
今回,尿中に未熟単球を認めたMSの症例を報告した。未熟単球を尿沈渣像のみから同定することは困難であったが,臨床背景や他の検査情報を収集することで異型細胞と報告した細胞が未熟単球であったと裏付けることができた。また,正常な細胞の形態学的特徴を確実に認識することで,通常とは異なる細胞にも気付くことができ,臨床に有用な情報を提供できると感じた。
本論文の要旨は第47回岡山県医学検査学会において発表した内容にさらに考察を加えた。
稿を終えるにあたり,ご指導いただきました倉敷中央病院血液内科 髙谷亮介医師に深謝申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。