Japanese Journal of Medical Technology
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Characteristics of recurrent incidents in clinical laboratories
Aya ARIYOSHIToshiya MAKIAko FUTAMURAAtsumi KATOHideki KATONorihiro YUASA
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2019 Volume 68 Issue 1 Pages 7-12

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Abstract

正確で質の高い検査データを提供するため,検査室においてインシデント対策をはじめとするリスクマネジメントを行うことは重要である。インシデントが発生した際,同様のインシデントの再発を防ぐため対策が立てられるが,この対策が機能せず,同様のインシデントが再発することがある。本検討は,検査室において複数回発生した同様のインシデント(再発インシデント)の特徴や対策の問題点を明らかにすることを目的とした。2016年4月までの85ヶ月間に当院検査部で発生したインシデント212件のうち,再発インシデントは83件(39%)であり,その要因は「確認不足」が68%を占めた。単発インシデントの対策(99件)は「やめる」,「できないようにする」,「わかりやすくする,やりやすくする」といった検査環境への対策が多かったが,再発インシデントの対策(54件)は「認知・予測させる」,「できる能力をもたせる」,「自分で気づかせる」などの技師自身に行動を促す対策が多かった。再発インシデントを減らすため,「確認不足」が要因のインシデントに対する検査環境への対策を模索することが今後の課題である。

I  はじめに

医療安全は,2000年頃よりInstitute of Medicine Reportをはじめとしてその重要性が指摘され1),2),わが国でも厚生労働省に設置された医療安全推進室を中心として取り組まれるようになった3)。現在,多くの医療施設において医療安全向上のための努力がなされ,なかでもインシデントの収集と解析,対策の立案は重大なアクシデントを防ぐために重要である4)

臨床検査は医師が診断・治療を行う上で不可欠である。近年,その多くを医師に代わって臨床検査技師が担うようになり,診療における臨床検査部門の役割は大きい5)。正確かつ迅速に臨床検査データを臨床医に提供するために,臨床検査室においても医療安全に取り組み,総合的なリスクマネジメントを行うことが必要である6)

当院検査部ではインシデントが発生した場合,インシデント・アクシデントレポートを施設内の医療安全推進室に提出するだけでなく,検査部リスクマネジメント会議でその原因・対策を議論し,その内容をまとめた独自のレポート(「対策レポート」)を作成・集積し解析することで,同様のインシデントの再発防止を図ってきた。しかし,こうした対策が機能せず,同様のインシデントが再発することがある。この検討の目的は,当院検査部において複数回発生した同様のインシデント(再発インシデント)を抽出し,その特徴や対策の問題点を明らかにすることである。

II  対象および方法

当院は病床数852床,一日平均外来患者数約1,600名(平成26年)の第3次救急指定病院である。臨床検査技師は63名で,検査室は検査部・輸血部・病理部・細胞診分子病理診断部からなる。

本検討の対象は,2009年4月から2016年4月までの85ヶ月間に当院検査室で発生したインシデント288件のうち,看護部門など他の部門で対策が立てられたもの,患者からのクレーム,技師の関与しない状況下での患者の転倒,機器の故障やシステム設定エラーによるインシデントを除いた212件を対象とした。212件のインシデントを,1回のみ発生したインシデント(以下,単発インシデント)と複数回発生した同様のインシデント(以下,再発インシデント)に分類し,再発インシデントの特徴を検討した。加えて,単発インシデントの対策内容と再発インシデントで前回立てられた対策内容を比較検討した。「対策レポート」に対策が明記されていないもの,再発インシデントで最後に立てられた対策を除いて,単発インシデントで99件,再発インシデントで54件の対策の内容を評価した。対策の内容は,河野7)が提唱した戦術的エラー対策の4分類に基づいて6つのカテゴリーに分類した;I:作業そのものをやめる,II:環境へ介入しエラーを起きにくくする[IIa(できないようにする),IIb(わかりやすくする,やりやすくする)],III:技師へ働きかけてエラーを起きにくくする[IIIa(自分に対して),IIIb(自分と他者に対して)],IV:エラーの被害を最小限にする(Table 1)。

Table 1  戦術的エラー対策に基づいた対策のカテゴリー分類(文献7)より一部改変)
エラー対策の4STEP/M 発想 対策
カテゴリー
対策の発想手順 対策の種類 具体例
I 危険を伴う
作業遭遇数の低減
(Minimum encounter)
エラー発生可能作業に
遭遇しないようにする
I やめる 環境へ 自動化/電子化/システムの変更
材料の変更/方法の変更
II 各作業における
エラー確率の低減
(Minimum probability)
エラーを誘発しない
環境にする
IIa できないようにする バーコードの導入/ソフトによる制限
IIb わかりやすくする 色分け/大きく表示
やりやすくする 作業しやすくする(取っ手,カゴ)
(技師が)エラーを誘発
されないようにする
IIIa
(自分に)
知覚能力をもたせる 技師へ 自己能力の把握/休息をとる
認知・予測させる 事例の共有/危険予知トレーニング
安全を優先させる 明確な判断基準の決定
できる能力を持たせる 正しい知識の教育
III 多重のエラー検出策
(Multiple detection)
エラーに気付く 自分で気づかせる 指差し確認/リチェック
エラー発生を検出する
仕組みにする
IIIb
(自分と
他者に)
検出する ダブルチェック/チェックリスト
IV 被害を最小と
するための備え
(Minimum damage)
エラー発生に備える IV 備える 環境へ 代替手段/救助体制

カテゴリー変数の比較にはFisherの直接確率法を用い,多重比較ではHolm法によって調整した。p < 0.05を統計学的に有意とし,解析には統計解析ソフトEZR(Ver. 1.35)を使用した8)

本研究は患者情報,検体等を使用していないため,倫理委員会から承認を免除された。

III  結果

対象インシデントのうち単発インシデントは129件(61%),再発インシデントは83件(39%)であった。インシデント件数の経年的変化をFigure 1に示す。「対策レポート」の作成を行い,積極的な対策を開始した2009年に比べ,2013年までインシデント件数は減少していたが,その後は増加傾向にあった。単発インシデントは全体として減少傾向であったが,再発インシデントは近年増加していた。

Figure 1 

インシデント件数の経年的変化

再発インシデントは26種類で,再発回数は2–9回(中央値2回,四分位範囲2–4回)であった(Table 2)。インシデントの要因と要因別のインシデント件数を単発インシデント・再発インシデントに分けてTable 3に示す。インシデントの要因は,単発インシデントでは「確認不足」,「伝達不足」,「機器の誤操作」の順に多く,再発インシデントでは「確認不足」,「知識不足」,「検体の紛失/破損」の順に多かった。「確認不足」が要因のインシデントは,生理検査室(心電図,超音波,脳波)や採血室においては患者確認および患者情報や電極・臓器の左右確認に関するものが多く,検体検査室(生化学,血清,血液,一般,細菌,輸血,病理,細胞診)においては検査結果の手入力に関連したものが多かった。再発インシデントでは「確認不足」が原因のインシデントが56件(68%)を占め,生理検査室で35件,検体検査室で16件,採血室で5件起きていた。検体検査室,生理検査室,採血室に分けてインシデントの要因を検討すると,生理検査室の再発インシデントは単発インシデントに比べて「確認不足」が要因である場合が有意に多かった(Table 4)。

Table 2  再発インシデントの内容と要因
No. 内容 部署 要因 回数
1 超音波検査で異なる患者情報で検査を行った 超音波 確認不足 9
2 スキャナー文書を異なる患者カルテに取り込んだ 生理検査 確認不足 8
3 迅速検査結果を誤って入力した 一般 確認不足 5
4 検体の処理方法を間違えた 当直 知識不足 5
5 心電図の電極を付け間違えた 心電図 確認不足 4
6 超音波検査報告書で左右の記載を間違えた 超音波 確認不足 4
7 採血時に採血管や採血量を間違えた 採血室 知識不足 4
8 検体を紛失し,検査ができなかった 血液 検体紛失 4
9 別患者の情報で超音波検査報告書を作成した 超音波 確認不足 3
10 患者を取り違えて心電図検査を行った 心電図 確認不足 3
11 患者を取り違えて採血した 採血室 確認不足 3
12 気送管内に検体を取り残した 検体検査 確認不足 3
13 心電図検査結果の保存を忘れた 心電図 確認不足 2
14 聴力検査の結果の記入を忘れた 心電図 確認不足 2
15 採血時に手貼りラベルが無いことに気付かず,採血し忘れた 採血室 確認不足 2
16 RSウイルス迅速抗原検査の検体でインフルエンザ検査を実施した 一般 確認不足 2
17 髄液検体の保存方法を間違えた 生化学 確認不足 2
18 菌名の誤入力 細菌 確認不足 2
19 梅毒検査(RPR定性法)で偽陽性だった検体を再検せず,陽性と報告した 血清 確認不足 2
20 血液型検査結果の誤入力 輸血 確認不足 2
21 出庫日の異なる血液製剤を出庫した 輸血 確認不足 2
22 遠心分離中に検体が破損した 生化学 検体破損 2
23 外注検査検体の集配が忘れられた 生化学 伝達不足 2
24 採血終了後,入院説明を受けていない患者をそのまま帰宅させた 採血室 伝達不足 2
25 キーボードの誤操作で検査結果を書き変え,誤った検査結果を報告した 生化学 機器誤操作 2
26 経皮的ラジオ波焼灼療法に使用する穿刺ガイドを紛失した 超音波 備品管理不足 2
Table 3  単発インシデント・再発インシデントの発生要因
要因 単発インシデント(n = 129) 再発インシデント(n = 83)
確認不足 55​(42%) 56​(68%)
伝達不足 16​(12%) 4​(5%)
機器の誤操作 11​(9%) 2​(2%)
機器の整備不足 9​(7%)
検体の紛失/破損 6​(5%) 6​(7%)
手順の誤り 6​(5%)
検体・製剤の置き忘れ 5​(4%) 3​(4%)
備品の管理不足 4​(3%) 2​(2%)
知識不足 4​(3%) 10​(12%)
その他 13​
Table 4  部署別の単発・再発インシデント数とその要因
部署 インシデント種別 確認不足 その他 p
検体検査 単発インシデント 32 45 0.6860
再発インシデント 16 19
生理検査 単発インシデント 12 15 < 0.0001
再発インシデント 35 2
採血 単発インシデント 11 14 1.0000
再発インシデント 5 6

単発インシデントに立てられた対策99件と,再発インシデントで前回立てられた対策54件を比較すると,再発インシデントではIIIa(確認方法を見直す,事例を共有するなど)の対策が多く,I(やめる),IIa(できないようにする),IIb(わかりやすくする,やりやすくする)の対策が少なかった(Table 5)。つまり,I,IIa,IIbのような検査環境への対策はインシデントが単発に終わることと関連し,IIIaのような技師自身に行動を促す対策はインシデントが再発することと関連していた。

Table 5  インシデントへの対策内容(p < 0.0001)
対策カテゴリー 単発インシデント
(対策数:99)
再発インシデント
(対策数:54)
I 7​(7%) 0​
IIa 10​(10%) 1​(2%)
IIb 31​(31%) 4​(8%)
IIIa 31​(31%) 45​(83%)
IIIb 12​(12%) 4​(7%)
IV 8​(8%) 0​

IIIa vs. I, p = 0.036, IIIa vs. IIa, p = 0.032, IIIa vs. IIb, p < 0.0001, IIIa vs. IV, p = 0.020

IV  考察

本検討では,検査室におけるインシデントの約4割が同様のインシデントの再発であり,再発したインシデントの要因は「確認不足」が約7割を占めた。「やめる」,「できないようにする」,「わかりやすくする,やりやすくする」といった検査環境への対策はインシデントが単発に終わることと関連し,「認知・予測させる」,「できる能力を持たせる」,「自分で気づかせる」といった技師自身に行動を促す対策はインシデントの再発と関連していた。

本検討においてインシデント件数の経年的変化を見ると,インシデント件数は2013年までは減少したが,その後は増加傾向にあった。これは,当院検査室において医療安全への取り組みが少しずつ浸透し,インシデントの報告件数が増加したことも一因である。しかし,単発インシデントは減少傾向にあるものの再発インシデントは増加しており,同様のインシデントの再発を防げていないのが現状である。

藤原ら9),垣花ら10)は検査室や放射線診療部門のインシデントの約6割は「確認不足」が原因であると報告している。本検討でも全インシデントのうち「確認不足」が原因のインシデントは52%を占めていた。さらに再発インシデントに限って検討すると,「確認不足」が原因のものは68%を占めていた。このことは,「確認不足」が原因となったインシデントへの対策はしばしば不十分となりやすいことを示唆している。

「確認不足」を含むヒューマンエラーの再発防止策として,「注意」や「確認」を促す対策は広く行われている。中でもダブルチェックは多くの医療施設で取り入れられているが,その方法によってはエラーの検出に有効でないことが指摘されている11)。嶋崎ら12)は,検査室におけるインシデントに対してダブルチェックなどの「確認」や「注意」といった対策が50.5%を占めていたと報告し,ダブルチェックについて,二人でチェックすることで責任感を半減してはならないと述べている。Kelloggら13)は,医療安全において最も多い対策としてトレーニング(教育),手順の変更,方法の強化を挙げ,このうち作業者へのトレーニングや教育は再発を防ぐ効果が低いと述べている。本検討でも明らかになったように,インシデントに対して可能な限りシステムの変更など検査環境への対策を行うべきである14)。しかし,「確認不足」によるインシデントの再発が多かった生理検査室では,患者確認,電極または臓器の左右確認など技師の注意力に頼る作業の割合が高く,こうした確認作業に対しては,システムの導入や変更を行うことが困難である場合が多い。

本検討における再発インシデントの中には,新たな対策を立てた後,現在まで再発していないインシデントが2例あった。1例は,検査結果報告書をスキャナーで取り込む際に別の患者カルテに送信したインシデントで,8件発生していた。これは,技師が送信先の患者番号を手入力するのをやめ,報告書をバーコード運用にしたことで以後再発していない。もう1例は,外注検査の集配が忘れられて検査ができなかったインシデントで,2件発生していた。これに対しては該当検査を中止し,集配が毎日行われる別施設の外注検査に変更したことで以後再発していない。このように,インシデントの発生する作業を「やめる」あるいは「できないようにする」ことは再発を防ぐために極めて有用である。しかし,このような対策がとれる状況は極めて限られており,再発インシデント26種類のうち,未だに技師自身へ行動を促す対策が立てられているものが11種類(42%)ある。

本検討にはいくつかの限界がある。第1に,単一施設の検査室で起きたインシデントを対象としているため,他施設の検査室に一般化できない可能性がある。施設によってインシデントの報告方法や分析方法が異なるためである15)。第2に,本検討では経験年数など検査技師の背景について検討を行っていない。インシデントの発生には医療者の背景によって違いがあることが報告されている16)~18)。当院検査部では経験年数1~10年の技師が約半数を占めており,このことがインシデントの要因に影響した可能性がある。一方,本検討は7年以上にわたる多数のインシデントを集計し,要因・対策を詳細に検討しており,こうした報告が検査部門からなされることはこれまできわめて少なかった。今後はこうした検討が多施設・多数例で行われ,より標準化された,一般化されやすい対策が明らかになることを期待す‍る。

V  結語

検査室においては「確認不足」に起因するインシデントが多く,再発しやすい。「確認不足」が原因のインシデントに対する検査環境への対策を模索することが,再発インシデントを減らすための課題であ‍る。

 

本論文の要旨は,医療の質・安全学会第11回学術集会で発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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