2019 Volume 68 Issue 1 Pages 173-179
症例は74歳,男性。健診で癌胎児性抗原(CEA)の高値を指摘され当院へ紹介受診となり,陽電子放射断層撮影・コンピュータ断層撮影(PET-CT)で下咽頭と甲状腺右葉に集積が認められたため耳鼻咽喉・頭頸部外科へ紹介された。組織診により下咽頭がんと診断されたが甲状腺の腫瘍は確定診断困難であった。その後,下咽頭がん治療中に発熱(第1病日とする)があり,翌日の血液検査にてC反応性蛋白(CRP):19.17 mg/dL,白血球数:8,800/μL,プロカルシトニン:47.90 ng/dLと高値を認めた。第5病日に血液培養に発育がみられず陰性と判定された。第13病日にはCRP,白血球数ともに低下し患者の容体は良好であったが,プロカルシトニンのみが高値を示し続けたことから甲状腺髄様がんが疑われた。血液検査にてカルシトニンが高値,123I-メタヨードベンジルグアニジンを用いたシンチグラムでは甲状腺右葉の集積がわずかに亢進しており,甲状腺髄様がんに矛盾しない所見が得られた。以上の検査結果より甲状腺髄様がんの疑いが強かったため,甲状腺全摘および右頸部郭清術が施行された。甲状腺全摘出後プロカルシトニンは速やかに低下し,手術2日後に基準値以下となった。摘出された甲状腺は病理検査所見により甲状腺髄様がんと診断された。本症例では甲状腺髄様がん細胞によってプロカルシトニンが産生され血中へ流出していたと推測された。
プロカルシトニン(procalcitonin; PCT)はアミノ酸116個よりなる分子量約13 kDaのペプチドであり1),カルシトニンの前駆体として甲状腺C細胞で合成される2)。その後,カルシトニン,カタカルシン,N末端の3領域に分解されるため,正常状態ではPCTが血中に放出されることはないと考えられている3)。しかし,細菌性敗血症をはじめとする重症感染症において血中PCTが上昇することが知られており,敗血症の鑑別診断および重症度判定に広く利用されている4)。重症感染症時に血中PCTが上昇する機序は,菌体や毒素などの作用により,TNF-αなどの炎症性サイトカインが産生され,その刺激を受けて全身の臓器で産生され血中へ分泌されるためとされているが,未だ完全には解明されていない5),6)。
甲状腺髄様がん(medullary thyroid carcinoma; MTC)は甲状腺がんの約1.3%を占め,PCTやカルシトニンを産生するC細胞由来の腫瘍である7)。MTCの血液検査所見として主にカルシトニンと癌胎児性抗原(carcinoembryonic antigen; CEA)の上昇が挙げられる。
今回,血中PCTが高値を示したにもかかわらず,臨床症状や検査値から敗血症が否定的であったことがMTCを疑うきっかけとなった症例を経験したので報告する。
患者:74歳,男性。
主訴:貧血,CEA高値。
生活歴:アルコール摂取2合/日,喫煙なし。
既往歴:高コレステロール血症,高尿酸血症,糖尿病。
現病歴および経過:健診で貧血とCEA高値(27.0 ng/mL)を指摘され,2014年6月に精査目的で当院消化器内科へ紹介となった。初診時の血液検査所見をTable 1に示す。陽電子放射断層撮影・コンピュータ断層撮影(positron emission tomography-computed tomography; PET-CT)を行ったところ,下咽頭と甲状腺右葉に集積が認められ,甲状腺腫瘍および下咽頭がん疑いで当院耳鼻咽喉・頭頸部外科へ紹介となった。下咽頭の生検では扁平上皮がんを認め,下咽頭がんと診断された。また,超音波検査では甲状腺右葉に辺縁低エコーで境界がやや不明瞭な内部微細石灰化を伴う等エコー腫瘤を認めた(Figure 1)。甲状腺右葉の腫瘍に対して穿刺吸引細胞診(fine needle aspiration; FNA)を行ったところ,細胞増殖性の強い病変が疑われたが乳頭がんの所見は認められず,確定診断困難であったため,まず下咽頭がんの治療を優先することとなった。下咽頭がんに対し,放射線治療および化学療法を6コース実施する予定で治療開始された。しかし,化学療法2コース目に発熱(発熱のあった日を第1病日とする)があり,血液培養2セットが提出された。翌日の血液検査は白血球数(white blood cell count; WBC):8,800/μL(基準値:4,000~9,400/μL),C反応性蛋白(C-reactive protein; CRP):19.17 mg/dL(基準値:0.30 mg/dL未満),PCT:47.90 ng/mL(基準値:0.5 ng/mL未満)であり,CRPとPCTの上昇を認めた(Table 2)。コンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)では気管支炎を認めるのみであった。このことから下咽頭がんに対する治療を中断し,敗血症疑いで抗生剤投与開始となった。
Biochemistry | CBC | ||||
---|---|---|---|---|---|
ALB | 3.8 g/dL | Na | 142 mEq/L | WBC | 6,300/μL |
T-BIL | 0.6 mg/dL | K | 4.6 mEq/L | RBC | 4.31 × 106/μL |
BUN | 11.3 mg/dL | Cl | 104 mEq/L | Hgb | 12.4 g/dL |
CRE | 0.70 mg/dL | Fe | 49 μg/dL | Hct | 37.6% |
UA | 4.7 mg/dL | Fer | 607.8 ng/dL | MCV | 87.2 fL |
AST | 19 IU/L | LDL | 79 mg/dL | MCH | 28.8 pg |
ALT | 14 IU/L | TG | 85 mg/dL | MCHC | 33.0% |
ALP | 195 IU/L | CEA | 20.2 ng/mL | PLT | 206×103/μL |
ChE | 296 IU/L | CA19-9 | 23 U/mL | ||
AMY | 87 IU/L | GLU | 134 mg/dL | ||
γ-GTP | 61 IU/L | HbA1c | 7.1% (NGSP) | ||
CRP | 2.10 mg/dL |
Ultrasound images of the thyroid gland
Biochemistry | CBC | ||
---|---|---|---|
TP | 6.3 g/dL | WBC | 8,800/μL |
ALB | 3.5 g/dL | RBC | 4.31 × 106/μL |
T-BIL | 0.6 mg/dL | Hgb | 12.5 g/dL |
BUN | 26.3 mg/dL | Hct | 37.5% |
CRE | 1.10 mg/dL | MCV | 87.0 fL |
AST | 21 IU/L | MCH | 29.0 pg |
ALT | 28 IU/L | MCHC | 33.3% |
LDH | 210 IU/L | PLT | 109 × 103/μL |
ALP | 152 IU/L | ||
ChE | 242 IU/L | Aditional Examination | |
Na | 133 mEq/L | PCT | 47.90 ng/mL |
K | 4.8 mEq/L | β-D Glucan | < 6.0 pg/mL |
Cl | 94 mEq/L | Candida Antigen |
(−) |
Ca | 8.9 mg/dL | ||
CRP | 19.17 mg/dL | Aspergillus Antigen |
(−) |
GLU | 201 mg/dL |
第2病日以降におけるWBC,CRP,PCTの経過をFigure 2に示す。第4病日に体温36.5℃と解熱,倦怠感が改善し,CTにて気管支炎の軽快が確認された。第5病日には血液培養に発育はみられず陰性と判定された。第13病日にはWBC:3,600/μL,CRP:0.54 mg/dLと炎症が改善し,患者の容体が良好であったにもかかわらず,PCTのみが高値を示し続けた。
The transition of PCT, CRP and WBC levels after attack of fever during chemotherapy
1st day means the day that patient developed fever.
このことからMTCを疑い,確定診断のために種々の検査を行った。血液検査にてCEA:34.8 ng/mL(基準値:5.0 ng/mL未満),カルシトニン:1,736 pg/mL(男性の基準値:9.52 pg/mL以下)であった。また,甲状腺右葉の腫瘍に対して再度FNAを実施した結果,MTCと確定できる有意な細胞所見は認めなかったが否定はできなかった。123I-メタヨードベンジルグアニジン(123I-metaiodobenzylguanidine; 123I-MIBG)シンチグラフィーを行ったところ,甲状腺左葉と比較して右葉の集積がわずかに亢進しており,MTCに矛盾しない所見が得られた。以上よりMTCの疑いが強かったため,下咽頭がんの治療終了後に甲状腺全摘術および右頸部郭清術が施行された。
甲状腺全摘前後のCRPと PCTの変化をFigure 3に示す。甲状腺全摘後,PCTは速やかに低下し,手術2日後には基準値以下に低下した。摘出された甲状腺を切り出して(Figure 4a:矢印)包埋,薄切し,ヘマトキシリン・エオシン(Hematoxylin-Eosin)染色を行ったところアミロイドが広範にみられた(Figure 4b, c)。また,カルシトニン染色(immunostaining of calcitonin)ではカルシトニンの存在が確認され(Figure 4d),MTC[pT1bN1b (M0)]と診断された。
Serum levels of PCT and CRP before and after total thyroidectomy
Pathological findings of excised thyroid gland
(a) Excised thyroid
(b) Hematoxylin-Eosin Stain, ×200
(c) Hematoxylin-Eosin Stain, ×100
(d) Immunostaining of calcitonin, ×100
本症例では当初PCTの偽高値の可能性も疑われたため,非特異的反応や交差反応を否定するべく検討を行った。
1. 希釈直線性試薬メーカー販売の専用希釈液(富士フィルム和光純薬株式会社)を用いて5段階の希釈系列を作成してPCTを測定したところ,原点を通る直線性が確認された。
2. ポリエチレングリコール(polyethylene glycol; PEG)処理20%PEG溶液,専用希釈液,および生理食塩水で患者血清を2倍希釈し,8℃で30分間静置後に遠心して上清のPCTを測定した。その結果,PEG溶液で希釈した場合の測定値は10.72 ng/mL,専用希釈液の場合は14.00 ng/mL,生理食塩水の場合は,13.81 ng/mLであった。
3. 他の測定法との相関富士フィルム和光純薬株式会社に依頼し測定原理の異なる方法で患者検体を測定した。患者検体はそれぞれ異なる時期に採取した本症例の患者血清10検体を用いた。院内測定法の測定機器はμTAS Wako i30,測定試薬はミュータスワコーブラームスPCT(測定原理はliquid-phase binding assay; LBA)を使用し,比較対照法の測定機器はSphereLight Wakoを,測定試薬はスフィアライト・ブラームス PCT(測定原理はchemiluminecent enzyme immunoassay; CLEIA)を使用した(全て富士フィルム和光純薬株式会社)。結果をFigure 5に示す。院内測定法と比較対照法では,回帰式y = 1.103x + 0.027,相関係数0.917という結果を得た。
Correlation of PCT measured by Liquid-phase binding assay (LBA) and Chemiluminescent immunoassay (CLEIA)
本症例では初診時から甲状腺腫瘍の存在が判明していたものの,FNAや画像診断を用いても確定診断ができていなかった。同時に下咽頭がんの存在が明らかになり,下咽頭がんの治療が優先されたため甲状腺腫瘍の診断が後回しとなった。しかし,下咽頭がん治療中に発熱した際,PCT高値を認め,抗生剤投与による炎症改善後もPCT高値のまま経過したためMTCを疑い検査が進められた。最終的に甲状腺全摘術が施行され,摘出された甲状腺の病理検査によりMTCと確定診断されたこと,手術直後からPCTが顕著に低下していることから,MTC細胞によってPCTが大量に産生され,血中へ流出していたと推測される。
本症例においてPCT偽高値の可能性を疑い行ったCLEIAでのPCT定量では,LBAと良好な相関(r = 0.917)が得られた。また,希釈直線性は良好であった。PEG溶液による希釈測定値は専用希釈液や生理食塩水で希釈した場合に比べてやや低い値が得られたが,極端な低下はみられなかった。これらのことから,非特異的反応や交差反応の可能性は低いと考えられた。
MTCではCEAやカルシトニンが高値となることは広く知られており,甲状腺腫瘍診療ガイドラインにもその記載があるが,PCTについては言及されていない7)。日本国内ではPCTとMTCの関連性に言及した研究報告は少なく,我々の知る限りでは学術大会の抄録が散見される程度である。一方,欧米ではPCTを用いてMTCの診断や予後予測を試みる研究は比較的盛んである。Machensら8)はMTC患者109名の腫瘍径を5 mm以下,5.1–10 mm,10.1–20 mm,20.1–40 mm,40 mm以上の5群に分類し,甲状腺摘出前のカルシトニンとPCTの血中濃度を比較した。その結果,PCTはカルシトニンと同様に腫瘍径が大きいほど高値となることを報告した。さらにreceiver operating characteristic(ROC)解析では10 mm以上の腫瘍に対してPCTとカルシトニンは同等のROC曲線下面積(area under the curve; AUC)を(0.94 vs 0.93),40 mm以上の腫瘍に対してはPCTの方がカルシトニンより大きなAUCを示した(0.92 vs 0.84)。また,2015年に発表されたレビューでは9本の原著論文が紹介されている9)。それらの文献ではMTCの診断においてPCTはカルシトニンと同等の診断精度を持つと述べている。その上でPCTの検査手技や測定条件はカルシトニンほど限定されないことや,PCTの標準化が比較的容易であることを根拠とし,MTC診断においてPCTがカルシトニンに匹敵する可能性を持つことが示唆されている。しかしながら,MTCと同様にホルモン産生腫瘍である肺小細胞がんなどでもPCTは上昇することが知られており10),MTCに特異的な腫瘍マーカーと一概にはいえない。さらに,重度熱傷や重症外傷などの病態でも上昇する可能性も知っておく必要がある。医科診療報酬点数表(平成28年4月版)では,「PCT定量又はPCT半定量は,敗血症(細菌性)を疑う患者を対象として測定した場合に算定できる」とされている11)。しかし,MTCとPCTを関連づける知見が蓄積されれば,腫瘍マーカーとしてのPCT測定が保険適用となることが期待される。それまでの間,臨床検査技師は検査の専門家としてMTCによりPCTが高値となりうることを常に考慮しておくことが重要である。
MTC患者において血中PCTが高値となった症例を経験した。PCTは敗血症をはじめとする重症感染症の診断に広く用いられているが,それ以外の病態でも上昇する場合があることを認識し,他の検査結果と併せて診断に用いることが重要である。
本論文の要旨は日本臨床検査自動化学会第47回大会(横浜)において発表した。
本研究は症例報告のため,倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。