2019 Volume 68 Issue 1 Pages 76-84
目的:心臓ポンプ機能の評価には局所心筋の伸縮性を非侵襲的に計測することが重要である。本研究の目的は,高フレームレート超音波イメージングに位相差トラッキング法を適用し,超音波ビーム軸上の左室心筋ストレインレート(axial strain rate; aSR)を算出し,左室心筋の局所的な伸縮特性を解明することである。対象・方法:対象は,健常例20例および心疾患例2例(前壁中隔梗塞および拡張型心筋症)である。心室中隔および左室後壁からサンプリングレート500~600 Hzで超音波RF信号を取得し,ビーム軸上のaSRを算出しMモード像上にカラー表示することでaSRの空間分布を表示した。結果:健常例において,心筋の収縮・弛緩は心室中隔では右室側から左室側へ,左室後壁では心外膜側から心内膜側へと遷移していく様子が確認された。また,左室後壁においては心尖部が心基部に先行して収縮および弛緩する様子が確認された。伸縮の空間分布は不均一で,その分布様式は斑状分布,多層分布,濃淡分布,層状分布,反復分布の5種類に分類可能であった。一方,心疾患例ではaSRの絶対値が小さく,また分布の多様性も乏しかった。結語:本手法は高分解能に心筋伸縮特性を描出することで,心臓ポンプ機能評価に重要な情報をもたらしうる。
心筋線維の機械的な伸縮特性および相互的な関連性は心室機能を決定する要因であり,生体内の心臓ポンプ機能評価を行うためには局所心筋の伸縮性を非侵襲的に評価することが重要である。現在,心筋の収縮弛緩の計測・解析方法として,CT法やMRI法,超音波診断法が用いられている1)~5)。しかしながら空間および時間分解能に限界があり,高精度な評価は困難である。
そこで本研究では時間的・空間的に高分解能な評価を可能とするために,超音波診断装置を用いてスパーススキャン(間引き走査)による高フレームレート超音波イメージングに加え金井らが開発した位相差トラッキング法6)~8)を適用した。本法により超音波ビーム軸上の左室心筋ストレインレート(axial strain rate; aSR)を算出することで,高精度に心筋線維の厚み変化の計測を行うこととなるが,心筋収縮においては長さ変化と厚み変化には逆比例の関係がある9)ため,厚み変化を基にした評価を行うことにより心筋の伸縮特性の評価を行うことが可能となる。
事前にインフォームドコンセントを行い,同意を得ることができた健常例20例(平均年齢30.5 ± 4.0歳)および当院にて診断・治療を行った心疾患例(陳旧性心筋梗塞例および拡張型心筋症例)2例を対象に評価を行った。
2. 方法 1) 生体からのRFデータ取得法超音波診断装置はRFデータの出力が可能になるように設定を拡張した日立アロカ(現日立製作所)社製SSD-6500およびf75を使用した。また,周波数3.5 MHz,繰り返し周波数4.5 kHz,ビーム幅1.5 mm,パルスの半値幅0.5 μsのパルス超音波を用いた。
被検者は左側臥位とし,胸骨左縁からのアプローチにてセクタスキャンを行い,大動脈弁口,僧帽弁口の中央点,および心尖部点の3点を通る走査面を左室長軸断面として描出した。この断面は左室の流入軸と流出軸とが含まれ,左室は面対称となり音響学的誤差が最少となる。セクタスキャン範囲90°のうち乳頭筋付着位置が中央に位置するように設定した約30°の範囲を,心基部から心尖部にかけて等間隔な5本の超音波ビームでスパーススキャンすることでサンプリングレート500~600 HzでRF信号を取得した(Figure 1a)。取得したRF信号はサンプリング周波数f_s = 15 MHz10)で2~4心拍分を内部メモリへと取り込んだ後,外部PCを用いて専用ソフトによりオフライン処理を行った。
aSR算出の原理
a:RF信号取得方法 赤矢印:超音波ビーム方向 1–5:ビーム番号
b:心筋の運動速度計測およびaSRの算出
c:aSR算出式
IVS:心室中隔 LVpw:左室後壁 Ao:大動脈 LV:左室 LA:左房 RV:右室
通常の超音波診断装置では運動している対象物を観察する際に,超音波パルスの送信波に対する受信波の遅延時間を用いている。そのため,遅延時間の差が波長より短いような微小運動の観察は不可能である。一方,位相差トラッキング法では位相変化を検出するため波長に関わらず,微小運動からの受信波を高精度に識別することが可能である。
そこで,心臓壁内に送信超音波パルスの半値幅より決定した厚さ821 μmの層において連続した2つの超音波反射パルス間における各層の上端と下端の位相差を直交検波によって検出し,心筋内における超音波伝搬速度を1,600 m/s11)として任意の時間tにおけるそれぞれの運動速度を算出した(Figure 1b)。この運動速度の差を層の厚さである821 μmで割ることによって心臓全体の動きの影響を排除したaSRが求まる(Figure 1c)。
この演算を超音波ビームに沿って心筋内を深さ方向に約200 μm毎,かつ心周期を通して行うことで関心区間の心周期各時相におけるaSRの心筋内分布を求めることが可能となる。
算出したaSRはMモード像上にカラー表示することで空間分布の観察を可能とした。aSRは心筋の壁厚が増大(収縮)する場合,正(aSR(+))となり寒色系で表し,壁厚が減少(伸展)する場合,負(aSR(−))となり暖色系で表した。また厚み変化がほとんど起こらない(弛緩)場合aSRは0(aSR(0))として黒で表した。
健常例20例に関して,分布の多少および強弱に微小な差異はあるもののaSR分布様式はほぼ同一傾向を示した。ここでは健常例の代表例として20代男性のaSR分布を示す(Figure 2)。右上図に示す位置にて心室中隔(interventricular septum; IVS)および左室後壁(left ventricular posterior wall; LVpw)のaSR分布を取得した。aSR表示図左側の番号はビーム番号と対応している。aSRの大きさは図右側のカラーバーにて示す。なお心周期を明確にするため,心電図および心音図の同時記録を行った。
20代健常例におけるaSR分布
黒数字1–5:右上図のビーム番号と対応
P,Q,R,S,T:心電図P波,Q波,R波,S波,T波 I,II:心音図I音,II音 Dia.:拡張期 Sys.:収縮期 i):斑状分布 ii):多層分布 iii):濃淡分布 iv):層状分布 V):反復分布 IVS:心室中隔 LVpw:左室後壁 Ao:大動脈 LV:左室 LA:左房 RV:右室
この結果,心筋の収縮・弛緩はIVSでは右室側から左室側へ,LVpwでは心外膜側から心内膜側へと遷移していく様子が確認された。また,LVpwにおいては心尖部と心基部における収縮・弛緩のタイミングも異なり,心尖部が心基部に先行して収縮・弛緩が始まる様子が確認された。加えて,部位および時相によってaSRは様々な分布様式を示した。例えばLVpwの緩徐流入期では中央部から心尖部側においては正負のaSR分布が交互に出現するが,心基部側においては正負のaSRが多層状に出現し,かつ心外膜側に比較的大きな負のaSRが出現している様子を確認することができる。このような心周期を通じて現れる不均一な分布は出現様式の特徴から5種類に分類することが可能であり,それぞれを,i)斑状分布,ii)多層分布,iii)濃淡分布,iv)層状分布,v)反復分布と名付けた(Figure 2 i)–V))12),13)。
同様に心疾患例におけるaSR分布についても観察を行った。前壁中隔梗塞例(Figure 3)は前下行枝#6の遠位部が責任病変であり,Bモード断層像ではIVS基部において壁運動が低下しており,中央部から心尖部にかけては無収縮であった。IVSのaSRは基部から心尖部まで心周期全体を通して小さく,かつaSR分布は多様性に乏しいものとなった。またBモード上無収縮であった箇所においては収縮期にaSR(−)が出現し,収縮期でありながら心筋が伸展する様子が確認された。一方,拡張型心筋症例(Figure 4)は左脚ブロックを伴い,びまん性に壁運動が低下していた。aSR分布はIVS,LVpwともに分布の多様性が著明に減少し,心筋の収縮時にはaSR(+)のみが,伸展時にはaSR(−)のみが出現した。また両疾患例とも,LVpwの緩徐流入期に,正負のaSRが交互に出現する反復分布様式が中央部,心尖部のみではなく心基部側においても出現した。
前壁中隔梗塞例におけるaSR分布
黒数字1–5:右上図のビーム番号位置に対応
P,Q,R,S,T:心電図P波,Q波,R波,S波,T波 I,II:心音図I音,II音 Dia.:拡張期 Sys.:収縮期 IVS:心室中隔 LVpw:左室後壁 Ao:大動脈 LV:左室 LA:左房 RV:右室
拡張型心筋症例におけるaSR分布
黒数字1–5:右上図のビーム番号位置に対応
P,Q,R,S,T:心電図P波,Q波,R波,S波,T波 I,II:心音図I音,II音 Dia.:拡張期 Sys.:収縮期 IVS:心室中隔 LVpw:左室後壁 Ao:大動脈 LV:左室 LA:左房 RV:右室
従来の研究では,収縮期の心筋内速度勾配や心筋伸縮速度の不均一性を評価することが心筋虚血を評価する際に有用であると報告されてきた14),15)。そこで本法と心筋速度分布測定を用いた評価法について比較を行った。Figure 2と同一症例のIVSおよびLVpwにおける各ビーム上の心筋伸縮速度分布曲線を示す(Figure 5)。曲線の幅が広い部位では心筋伸縮速度のばらつきが大きいことを示し,反対に狭い部位ではばらつきが小さいことを示す。また,速度曲線上の任意の時間点における速度の総和が正であれば心筋は収縮しており,負であれば心筋は伸展していることを示す。
健常例における心筋伸縮速度分布曲線(左:心室中隔(IVS),右:左室後壁(LVpw))
1–5:Figure 2の1–5に対応,P,Q,R,S,T:心電図P波,Q波,R波,S波,T波,I,II:心音図I音,II音 Dia.:拡張期 Sys.:収縮期
この分布曲線を観察するとIVSは比較的均一な速度分布を示すが,心基部および中央部では駆出期から急速流入期にかけて速度分布のばらつきが大きくなることが示された。一方LVpwでは,特に急速流入期においてばらつきが大きいものの,緩徐流入期から心房収縮期にかけてはばらつきが小さくなり,比較的均一な速度で伸縮を行っていることが示された。このように心筋伸縮速度曲線を用いて心筋の可動性を評価することは可能であった。しかしながら,心筋層内での伸縮に相違がある場合,aSR分布では収縮および伸展部位の識別が可能であるが,心筋伸縮速度分布はばらつきの有無として表されるのみであり,局所心筋における伸縮性を評価することは困難であると考えられる。したがって局所心筋の伸縮性を評価する方法としては心筋内aSR分布を用いることが有用であると考えられた。
2. aSR分布と心筋機能との関連および臨床的有用性aSR分布を観察することで,拍動している心筋には収縮部位と伸展部位が不均一に混在することが判明した。このように正負のaSRが同時に出現すること,さらにaSRの分布様式を5種類に分類することが可能であったということは,心筋の運動が不均一でありながらもある程度の規則性を持って伸縮が行われていること,さらには時相によって心筋の振る舞いが変化しながら心拍動が行われているということを示唆している。このような分布様式の変化は①筋線維あるいは筋束の走行は一様ではないこと,②拍動中の内圧変動により筋束にかかるストレスが絶えず変化すること,③時相により壁の変形が生ずるなどの要因により生じていると考えられる。
例えば,Figure 2のLVpwにおけるaSR分布を観察すると心房収縮期から等容収縮期の間では心尖部ではaSR(+)成分が多く見られるが,心基部ではaSR(−)が主に見られる。つまりこの時相においては心尖部が収縮しているとき心基部では伸展することを意味し,駆出の前段階では血流を流出部へと送り出すような行動が起こされていることを示唆している。一方,等容拡張期から急速流入期の初期にかけては心尖部ではaSR(−)成分が多く見られ,心基部ではaSR(+)成分が多く見られている。すなわち心尖部が伸展しているときに心基部は収縮していることを意味している。これは流入期の前段階では心尖部を広げることで内圧を下げ,流入時に血液を吸い込むような行動を発生させていることを示唆している。これらは外層の斜走筋が心基部線維輪から心尖部へ下行し,螺旋状に走行した後反転して内層斜走筋として再度心基部線維輪へ戻る心筋走行との関与が示唆され,このような動態が効率のよい心臓ポンプ作用を生み出していると考えられた。また,心尖部から心基部までの収縮および伸展の時間的関係を見ると,IVS側ではほぼ同時であるが,LVpw側では心尖部が心基部に先行して起こる蠕動様運動を生じていることが確認できる。このようなIVSとLVpwの運動様式の相違はポンプ機能を実施するにあたって両者の役割が異なる可能性を示唆している。
また,健常例と心疾患例のaSR分布を比較すると,心疾患例において分布様式の多様性が乏しいことは単に心筋の壁運動異常が存在するだけにとどまらず,心臓全体のポンプ作用が非効率的になっていることも考えられる。また,疾患によってもaSR分布様式が異なって表されることは,心筋の性状やバイアビリティおよび心腔内血流動態など様々な要素が関わって生じると考えられるため,今後は,種々の心疾患におけるaSR分布様式の変化と血流動態などを対応させた検討を今後行っていく予定である。
以上よりaSR分布の算出は,従来の方法では計測が不可能であった心筋の伸縮性の観察を可能なものとし,心臓ポンプ機能を評価する新たな方法として有用性が高いと考えられた。
3. 超音波ビームとaSR分布の関連性本法は,心筋線維の収縮(長さの短縮)と線維の太さの変化(厚みの変化)とが逆比例関係であることを利用して,収縮と伸展とを測定する方法である。したがって測定時には心筋線維の変化する方向とビーム方向とを一致させる必要がある。心筋の壁厚変化方向に対して超音波ビームの入射角を変えた際のaSR分布を示す(Figure 6)。
心室中隔における心筋運動と超音波ビーム方向のなす角度によるaSR分布表示の変化
a:ビーム入射角の設定 黒矢印:心筋運動方向,赤矢印:超音波ビーム方向
黒矢印と赤矢印が重なる場合を0°とし,両矢印のなす角を入射角とする。
b:各角度における実際のaSR分布表示(30代健常例)
赤矢印:緩徐流入期におけるaSR分布
超音波ビームが壁厚変化方向と直交した場合と比較すると,約5°程度ずれが生じた場合でも逆位相のaSR成分が混入する。緩徐流入期では緩やかに心筋が伸展するため本来aSR(−)やaSR(0)の成分が主に現れるが,超音波ビームと心筋とのなす角度が大きくなるに従いaSR(+)成分が多く現れるようになる(Figure 6b赤矢印)。また収縮と伸展の境界も不明瞭になる。したがって正確な評価を行うためには描出する肋間を変更するなどの工夫をし,壁厚変化方向と超音波ビーム方向をできる限り一致させることが必要となる。そのためaSR測定結果をリアルタイムで表示できるようにすることで,ビーム方向の修正が容易に可能となることが必須であると考える。
4. 本法における限界および今後の課題また,本法には限界が存在する。Mモード法を用いているため,心臓の長軸方向の運動により同一部位をトラッキングしていない可能性が存在することである。また,現時点でデータ取得が可能なのはIVSおよびLVpwのみである。これらに関して,本法が心筋の壁厚変化を基に伸縮を評価していることから,心尖部断層像から取得したデータは傍胸骨から取得したデータと比較すると逆位相になると考えられる。加えて,心尖部断層像から得られるデータは長軸方向の動きを考慮し,かつ左室自由壁のあらゆる部位のデータを取得することが可能となる。そのため心尖部断層像のように壁厚変化方向とビーム方向が平行になる場合の評価に関して今後検討していく必要がある。
さらに,本論文中では疾患例が2例のみであり,健常例との差異は明らかになったものの,疾患および重症度によるaSR分布様式の分類には至っていない。そのため実用化に向けて早急な解明が必要であると考えられる。
心臓ポンプ機能を評価するために,位相差トラッキングを用いたaSR計測を用いて健常例および心疾患例において心室中隔と左室後壁の心筋伸縮特性を描出し,検討を行った。
その結果,健常例における左室心筋の伸縮性は常時,収縮と伸展とが同時に混在する複雑なものであり,心筋の伸縮が相互に作用することで効果的にポンプとしての働きを有していると考えられた。また,心筋の部位によってもaSR分布は異なり,部位により異なった機能を分担している可能性が示唆された。
しかしながら,高精度測定であるために心筋運動の方向を繊細に考慮しなくてはならず,肋間を変えた撮像を行うなどの工夫が必要となるため,リアルタイム解析によりビーム方向の修正が容易に可能となることが今後必須の課題である。また実用化に向けて多断面評価や各種病態によるaSR分布様式の解明も早急に求められる。
本研究は東北医科薬科大学病院倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:2016-2-032)。
本研究のストレインレート測定プログラムを提供して下さり,懇切に御指導,御鞭撻してくださいました東北大学大学院工学研究科 金井浩教授,富山大学大学院理工学研究部 長谷川英之教授に厚く御礼申し上げます。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。