2019 Volume 68 Issue 1 Pages 192-198
悪性胸膜中皮腫は稀であり,さらに両側発生は少ない。また,胸水細胞診でその診断を確定することはしばしば困難である。今回我々は両側性に発生し,胸水に特徴的な細胞集塊を認めた悪性胸膜中皮腫を経験したので報告する。症例は52歳男性で,両肺の気胸の精査にて左肺尖部に約25 mmの腫瘤影が認められた。肺癌が疑われ,胸腔鏡下左肺部分切除術が行われた。左胸腔に播種を疑うプラークが多発しており術中迅速胸水細胞診が行われた。細胞診では炎症を背景に孤在性,シート状に出現した中皮細胞と,球状,乳頭状に重積した中皮細胞の大型集塊とが混在していた。個々の細胞は小型で単核細胞が主体であったが,球状,乳頭状の大型集塊の存在から胸膜中皮腫が示唆された。左肺部分切除検体では組織学的に臓側胸膜から肺実質にかけて腺管状,乳頭腺管状に浸潤する腫瘍を認め,免疫組織化学的にcalretinin,D2-40,WT-1が陽性で悪性胸膜中皮腫と診断した。後日施行された対側の右肺部分切除時の術中胸水細胞診でも球状,乳頭状の中皮細胞集塊が出現しており,悪性胸膜中皮腫と診断した。悪性胸膜中皮腫を診断する上で胸水細胞診に出現する球状,乳頭状の大型中皮細胞集塊は重要な所見である。今回我々は,特徴的な細胞集塊が左右の胸水に出現していた両側性悪性胸膜中皮腫の一例を経験した。
悪性中皮腫は中皮細胞に由来する腫瘍で,年々増加しており,発症にはアスベストの暴露が関係している。悪性中皮腫のうち85%が胸膜に発生するが1),胸膜中皮腫の大部分は片側性で両側発生は非常に稀である2)。
悪性胸膜中皮腫は壁側胸膜の肥厚や顆粒状変化で発見され,早期には無症候性の胸水貯留を認めることから,胸水穿刺による細胞診が診断に重要な役割を果たしている。一方で胸水細胞診による悪性胸膜中皮腫の診断確定率は約30%と低い1)。その原因として胸膜中皮腫は症例数が少なく,かつ多彩な細胞像を示すこと,手術検体と細胞像を対比できる機会が少なく細胞像についての知見が乏しいことが考えられる。
今回我々は,胸水細胞診において左右ともに特徴的な細胞集塊が出現していた両側性悪性胸膜中皮腫の一例について文献的考察を加えて報告する。
患者:52歳,男性
既往歴:尿路結石
主訴:胸部異常陰影
アスベスト暴露歴:なし
術前採血検査:特記すべき所見なし
現病歴:人間ドックで両肺の気胸を指摘され,精査で行った胸部CT検査で左肺尖部に約25 mmの腫瘤影を認めた(Figure 1)。肺癌が疑われ胸腔鏡下左肺部分切除術が行われた。術中所見で左胸腔にプラーク(胸膜肥厚斑)が多発しており(Figure 2),肺癌の胸膜播種が疑われた。血性胸水が存在したため術中迅速細胞診へ検体が提出された。
Chest computed-tomography. A tumor shadow was found in the left pulmonary apex; the greatest dimension measured 25 mm (arrow).
Thoracoscopic findings (a:left b:right). Foci of whitish pleural plaques are apparent on the left and right parietal pleura (arrows).
上記手術から28日後,同様に胸腔鏡下右肺部分切除術と右胸水の術中細胞診が行われた。
2. 病理診断 1) 左胸水の細胞所見多数の好酸球,好中球,リンパ球などの炎症細胞を背景に,小型中皮細胞からなる孤在性あるいはシート状の集塊が認められた。さらに,球状,乳頭状で重積の目立つ中皮細胞集塊が見出された。集塊は核の腫大と核小体の明瞭化を伴う均質な細胞が主体であったが,細胞密度が高く,一部に核形不整を有する細胞も少数見出されたことから悪性胸膜中皮腫と考えた(Figure 3)。
Findings of intraoperative cytology of the left pleural effusion [Papanicolaou (PAP) staining a, b: 20× c: 40× d: 100×]. (a) Cytological examination revealed reactive mesothelial cells with sheet-like structures (arrows), with many inflammatory cells, including lymphocytes, eosinophils and neutrophils, in the background. (b) Epithelioid mesothelial tumor cells arranged in spherical and papillary clusters (arrow). (c) These clusters were cellular and were lined densely by mesothelial tumor cells (arrows). (d) The nuclei of these mesothelial tumor cells were irregular and had clear nucleoli (arrow).
左肺部分切除検体の肉眼像では臓側胸膜に白色調の腫瘤性変化がみられた(Figure 4)。組織学的に臓側胸膜の線維性肥厚と肺実質へ不規則に広がる線維化がみられ,腺管構造,乳頭腺管構造をとりながら浸潤性に増殖する上皮様腫瘍細胞を認めた。腫瘍細胞は胸水細胞診と同様に比較的均質で小型の細胞が主体で,時に核小体の腫大や核形不整がみられた(Figure 5)。免疫組織化学的に腫瘍細胞は,中皮腫の陽性マーカーとされるEpithelial Membrane Antigen(EMA, clone E29; Agilent Technologies Japan, LTD., 以下Agilent),Calretinin(clone SP13; NICHIREI BIOSCIENCES INC.),Anti-Human D2-40(D2-40, clone D2-40; Agilent),Anti-Human Wilms’ Tumor 1 protein(WT-1, clone 6F-H2; Agilent)が陽性,中皮腫の陰性マーカーとされるCartinoembronic Antigen(CEA, clone II-7; Agilent),Anti-Thyroid Transcription Factor(TTF-1, clone 8G7G3/1; Agilent)が陰性であった(Figure 6)。以上より上皮型胸膜中皮腫(管状乳頭型)と診断した。
Macroscopic findings of the left lung after formalin fixation. Whitish nodular changes (arrows) were apparent on the visceral pleura (triangles).
Histological findings in the left lung [Hematoxylin-Eosin (HE) staining a: 20× b: 40×]. (a) There was a proliferation of cuboidal tumor cells displaying tubulopapillary structures (arrow). (b) Tumor cells were mononuclear and homogeneous, but nuclei with irregular form and nucleolar swelling were present (arrows).
Immunohistochemical findings in the left lung (a: EMA b: calretinin c: D2-40 d: WT-1 e: CEA f: TTF-1 a–f: 20×). The tumor cells were positive for EMA, calretinin, D2-40 and WT-1 (a–d), and negative for CEA and TTF-1 (e, f). These immunohistochemical findings were compatible with those of pleural mesothelioma. Staining patterns of antibodies were as follows. EMA: cell membrane or cytoplasm, or both calretinin: cytoplasm and nucleus D2-40: cell membrane WT-1: nucleus CEA: cell membrane TTF-1: nucleus.
後日施行された胸腔鏡下右肺部分切除術の際に提出された胸水細胞診では,左胸水と同様,孤在性あるいはシート状の小型中皮細胞(Figure 7a, b)とともに,細胞密度が高く重積性の目立つ球状,乳頭状の中皮細胞集塊が認められ(Figure 7c),悪性胸膜中皮腫が示唆された。
Findings of intraoperative cytology of the right pleural effusion (PAP staining a: 20× b, c: 100×). (a) Reactive mesothelial cells were arranged in isolated or sheets-like conditions (arrows). In contrast, tumor cells formed dense cellular clusters with spherical and papillary structures (triangles). (b) Reactive mesothelial cells in the flat cluster had homogenous small nuclei with no increase in chromatin (arrow). (c) Irregularly shaped nuclei with dense chromatin were present in mesothelial tumor cells, which formed clusters of overlapping cells (arrows). Mitosis of tumor cells was apparent (triangle).
右肺部分切除検体においても臓側胸膜の線維性肥厚(Figure 8a)とともに管状,乳頭状に浸潤,増殖する上皮様中皮細胞を認め,上皮型胸膜中皮腫(管状乳頭型)と診断した(Figure 8b)。免疫組織化学的にも左肺と同様の染色性を示した。
Histopathological findings in the right lung. (a) Fibrous thickening of the right visceral pleura was present macroscopically (arrows). (b) Mesothelial tumor cells had invaded the pulmonary parenchyma in a tubular form (arrows), supporting the diagnosis of malignant mesothelioma (HE staining 20×).
両側の肺部分切除後,シスプラチン+ペメトレキセド併用療法を6コース施行した。術後2年8か月経過したが再発はみられず,外来で経過観察中である。
胸膜中皮腫は胸腔表面を被覆する中皮細胞に発生する難治性腫瘍であり,その発生にはアスベスト吸入が密接に関連している。胸水貯留が発見の契機になることが多く1),一方で胸痛や咳嗽などの症状は進行した状態で初めて生じることから,本邦での5年生存率は約5.0%と低く3),予後不良な悪性腫瘍の一つに数えられる。従って,より早期の発見と確実な診断が求められる。
胸膜中皮腫は一般的に片側性に生じることが多く,西ら2)の施設において135例の悪性胸膜中皮腫症例のうち両側発生症例は2例(1.5%)との報告がある。さらに,医学中央雑誌において「胸膜中皮腫」「両側」で検索したところ,本邦における両側性胸膜中皮腫の報告は12例であった(症例報告/会議録を含む)2),4)~14)。本症例は,両側の気胸の精査の際に左肺尖部に25 mmの腫瘤陰影を認め,左側胸水の細胞診および胸腔鏡下肺部分切除検体の病理組織検査により胸膜中皮腫と診断した。さらに,右側も同様の症状を呈していたことより精査が行われ,右側胸水の細胞診と右肺部分切除検体の病理組織検査により両側性胸膜中皮腫の診断が確定された。本邦におけるこれまでの両側発生の報告12例のうち8例が,初診時に左右とも同様の症状を呈していた2),4)~14)。したがって,片方が胸膜中皮腫と診断され,症状が両側に認められる場合には,対側についても細胞診や病理組織検査など精査を進める必要があると考えられた。
胸膜中皮腫では胸水が出現することが多く,胸水細胞診でその診断を確定することは生体への侵襲の面からも患者にとって有益である。しかし,胸水細胞診による悪性胸膜中皮腫の診断確定率は低く1),その理由として症例数が少ないこと,反応性中皮の細胞像が中皮腫の細胞像と類似していること,腺癌をはじめとする様々な癌腫や肉腫類似といった多彩な細胞所見を呈することが挙げられる。日本肺癌学会中皮腫細胞診評価ワーキンググループの亀井ら15)は,中皮腫では反応性中皮と比較して,① hump様細胞突起を示す鋳型細胞,②球状および乳頭状集塊,③細胞集塊としてのcollagenous stroma type 2,④ 2核および多核細胞,⑤オレンジG好性細胞の所見が有意に出現していることを示している。本症例は,上記①,③-⑤の所見は認めず,②の球状および乳頭状集塊のみが両側ともに認められた。三浦ら16)は,悪性中皮腫の診断に至らなかった誤陰性例と疑陽性例の細胞診標本の検討結果から,細胞の大きさが小型な悪性中皮腫では診断時に過小評価され,反応性中皮と誤判定される危険性を指摘している。さらに,立体感のある重積性小型集塊や球状,乳頭状集塊が悪性中皮腫の診断に有用であることにも言及している。
本症例は,個々の細胞が小型で異型が弱く,反応性中皮細胞との鑑別が難しい細胞所見を呈していた一方で,細胞密度の高い球状,乳頭状の大型集塊が出現していたことから胸膜中皮腫が示唆された。悪性中皮腫であっても,細胞の大きさが反応性中皮と同じか,むしろ小さい症例も存在することを念頭におき,球状,乳頭状など特徴的な細胞集塊を認識することが重要であると考えられた。
両側性に発生した悪性胸膜中皮腫を経験した。本症例は左右の胸水に異型が弱いものの球状および乳頭状に中皮細胞の大型集塊が出現しており,悪性胸膜中皮腫を示唆する細胞所見であった。両側性でかつ左右ともに胸水の細胞所見と切除検体の組織所見とを対比できた報告は稀であり,貴重な症例と考えられた。
本研究は症例報告のため,倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。