Japanese Journal of Medical Technology
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New findings on whole-blood storage and effects of hemolysis in the measurement of inorganic phosphorus
Masaaki SHIBATAMayumi SASAKISatoka SHIMOGAKIYoshimi MURAMOTOTadashi TANEMURA
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2019 Volume 68 Issue 1 Pages 33-39

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Abstract

血清中無機リン(inorganic phosphorus; IP)の全血保存中の変動および溶血の影響について改めて検討した。まず,全血室温保存では有機リンの加水分解による上昇が知られているが,10名の健常成人の検体を使用し検討したところ,上昇が始まる以前に全例において一旦低下する現象が見られた。赤血球内解糖系のATP合成に起因した低下と考えられるが,IP値の低下は有意であり,低下率の最大は4~22%と個体差は大きかった。全血室温保存中のIP値の低下は既報にない結果であり,詳細について洗浄赤血球を用いて検討した。その結果,IP値の低下は約1時間後から,有機リンの加水分解による上昇は約2時間後から始まると考えられた。IP値の変動には全血の保存温度やグルコース濃度が関与しているが,全血保存中に早期に変動するため採血後はすみやかに血清分離する必要がある。次に溶血の影響については,測定原理が異なる3試薬を用いて検討した。溶血液添加直後の影響は3試薬間で若干異なったが,3試薬共に室温保存中にIP値は徐々に上昇した。有機リンの加水分解に起因した上昇と考えられるが,溶血血清の測定はすみやかに行う必要がある。

I  はじめに

リンは細胞内の主要な陰イオンで生体内では無機および有機のリン酸として存在し,糖代謝やエネルギー代謝に必須の物質である。無機リン(inorganic phosphorus; IP)は,主に副甲状腺ホルモンやビタミンDによって調整されており,内分泌・骨代謝異常を知る指標として日常的に広く測定されている。

IPの分析前変動は,全血の室温保存で上昇することが知られており,赤血球中に多く含まれる有機リン化合物であるアデノシン3リン酸(adenosine triphosphate; ATP),2-ホスホグリセリン酸,ヘキソースリン酸などが加水分解され,血清中に遊離することに起因している1)。この全血保存に関しては,25℃以下では安定しており,30℃で10時間,37℃でも4時間後まで安定しているとの報告もある2)。また,溶血の影響に関しては,正誤差の有無が教科書的にも混在しており明確ではない。赤血球中のIP濃度が血清中と大差ないことを勘案すると,測定法間の影響の違い,もしくは有機リンの加水分解の影響が懸念される。

今回われわれは,改めて全血保存中のIP変動および溶血の影響について検討を行った。その際に得られた現象は既報にない結果であり,新しい知見と考えられたので,その内容を報告する。

II  材料および方法

1. 材料

同意が得られた当院の健常ボランティア職員の血液を試料とした。

採血管は,プレーン管(5 mL用)にインセパックII-D高速凝固促進管(積水メディカル),血糖管(2 mL用)にフッ化ナトリウム/EDTA 2Na入り採血管(以下,NaF/EDTA管)およびヘパリン管(4 mL用)にヘパリンリチウム入り生化学検査/緊急検査用採血管(いずれもBDバキュテイナ採血管:ベクトンディッキンソン)を用いた。プレーン管は2 mL採血とし,陰圧を避けるため採血後1度開栓した。NaF/EDTA管とヘパリン管は規定量採血した。

洗浄赤血球はヘパリン管採血した新鮮な赤血球層を生理食塩水(生食)で3回洗浄し,検討に用いた。

2. 試薬と機器

IP測定試薬には,酵素法試薬にプリンヌクレオシドホスホリラーゼ(purine nucleotide phosphorylase: PNP)-キサンチンオキシダーゼ-ペルオキシダーゼ法を原理とする「イアトロLQ IP II」(LSIメディエンス;以下,酵素法A)とPNP-キサンチン脱水素酵素法を原理とする「Lタイプワコー無機リン」(富士フイルム和光純薬;以下,酵素法B)を用いた。また,化学法試薬にはモリブデンブルー法を原理とする「ホスファC-テストワコー」(富士フイルム和光純薬)を用いた。酵素法Bと化学法は溶血の影響試験のみに使用した。グルコース(glucose; Glu)試薬は「イアトロLQ GLU」(LSIメディエンス)を用いた。測定機器には自動分析装置TBA-120FR(キヤノンメディカル)を使用し,測定は指定の条件にしたがって行い,すべて2重測定した。ただし,化学法は用手法用試薬のため,自動分析用にアプリケーションし,使用した。具体的には反応速度が遅いことを利用し,第二試薬投入後の吸光度変化量を2 point rate法で測定した。化学法の測定値は酵素法値と相関が高度(r = 0.985)であることを確認して使用した。

3. 統計

有意差検定にはStudentのt検定を用い,有意差水準は5%とした。

4. 方法

1) 全血保存中の変動

① プレーン管の変動

採血後のプレーン管を室温保存し,IP変動を調べた。10例の保存中の測定間隔は個々で異なるが,最終は24時間後とした。

② 保存温度による違い

採血後のプレーン管を室温と冷蔵保存し,採血後の保存温度別の変動を調べた。採血直後,1,3,6,24時間後にIPを測定した。

③ 採血管種による違い

採血後のプレーン管,NaF/EDTA管およびヘパリン管を室温保存し,採血管別の変動を調べた。採血直後,3,6,9,12,15,24時間後にIPとGluを測定した。NaF/EDTA管とヘパリン管は測定前に転倒混和と遠心を行い,測定後に混和し密栓保存した。

2) 洗浄赤血球を用いた検討

全血保存におけるIP測定値の変動と赤血球内のリン酸代謝との関連性を調べるため,洗浄赤血球を用いた検討を行った。洗浄赤血球に添加する液は,生食,pH 7.4リン酸緩衝生食液(phosphate buffered saline; PBS)およびGlu加生食液の各液を検討目的に応じて混合して調製した。PBSを含む液はIP濃度として終濃度を5 mg/dLに調整した。各溶液を各々洗浄赤血球に血漿に相当する量を添加したものを試料とし,それを測定前の転倒混和と遠心,また測定後の転倒混和と密栓保存を繰り返して検討に用いた。

① 保存温度の違いによる変動の違い

Glu濃度を100 mg/dLに調整したPBS液を洗浄赤血球に添加した試料を3等分し,各々冷蔵,室温および30℃に保存した。添加直後,1,2,4,6,9,24時間後にIPとGluを測定した。

② リンの有無およびGlu濃度の違いによる変動の違い

洗浄赤血球にGlu無添加のリンを含まない生食液あるいはリンを含むPBS液を,またGlu濃度が異なる生食液あるいはPBS液を添加した試料を室温保存し,添加直後,1,2,4,6,9,24時間後にIPを測定した。Glu添加液の濃度は100,200,400 mg/dLとした。

3) 溶血の影響と室温保存中の変動

溶血液にはヘモグロビン(hemoglobin; Hb)濃度を5.5 g/dLに調整した洗浄赤血球溶血液および干渉チェックAプラス(シスメックス)を用いた。プール血清に10:1の割合で添加した3段階に濃度が異なる添加血清を試料とし,添加直後,1,3,6,24時間室温保存後にIPを測定した。測定は酵素法A,酵素法Bおよび化学法の3法で行った。

III  結果

1. 全血保存中の変動

1) プレーン管の変動

採血直後の測定値を100とした場合のIP値をFigure 1に示した。測定間隔が各個人で異なることから各経過時間のn数は異なるが,採血直後に比べ3~12時間後は有意に低下し,24時間後は有意に上昇した。また,この傾向は検討した10例すべてにおいてみられ,各個人の低下率は最小で4%,最大は22%であった。ちなみに,実測値でみると採血直後の平均値は3.20 mg/dL,各個人の低下値の最大は0.1~0.8 mg/dL(平均0.45 mg/dL)であった。

Figure 1 

Changes in the serum IP levels during whole-blood storage at room temperature

2) 保存温度による違い

採血直後の測定値を100とした場合のIP値をFigure 2に示した。室温保存でみられる変動は,冷蔵保存ではほとんど認められなかった。

Figure 2 

Changes in the serum IP levels during whole-blood storage by the difference of storage temperature

3) 採血管種による違い

採血直後の測定値を100とした場合のIP値とGlu値をFigure 3に示した。IPはプレーン管とヘパリン管でほぼ同じ変動を示したが,3~9時間後の低下率および24時間後の上昇率はヘパリン管が大きかった。NaF/EDTA管では低下はみられず,3時間後にはすでに上昇が認められた。Gluの低下速度は,ヘパリン管,プレーン管,NaF/EDTA管の順に速かった。

Figure 3 

Changes in the IP levels and the glucose levels during whole-blood storage at room temperature by the different kinds of blood collection tube

2. 洗浄赤血球を用いた検討

1) 保存温度の違いによる変動の違い

添加直後の測定値を100とした場合のIP値とGlu値をFigure 4に示した。IPは保存条件が30℃でほぼ直後から,室温で約1時間後から低下し,前者は約2時間後から,後者は約6時間後から上昇に転じた。冷蔵では経時的にわずかに低下した。Gluの低下速度は30℃,室温,冷蔵の順に速かった。

Figure 4 

Changes in the IP levels and the glucose levels during sample storage by the difference of storage temperature in the examination using washed red blood cells

Samples were prepared by adding the PBS solution containing 100 mg/dL glucose to washed red blood cells.

2) リンの有無およびGlu濃度の違いによる変動の違い

Gluを含まない生食液あるいはPBS液を添加した試料のIPは約2時間後から上昇し,両試料は並行して変動した(Figure 5A)。一方,Glu添加試料のIPはGlu濃度に係わらず9時間後までは同様な変動を示し,生食液では約2時間後から上昇した。また,PBS液では約1時間後から低下し,約6時間以降上昇に転じた。しかし,24時間後のIPはGlu濃度が低い添加試料ほど上昇の程度が大きかった(Figure 5B)。

Figure 5 

Changes in the IP levels during sample storage at room temperature at the different glucose concentrations used in the examination using washed red blood cells

A: Samples were prepared by adding PBS solution or saline solution without glucose to washed red blood cells.

B: Samples were prepared by adding PBS solution or saline solution of different concentrations of glucose to washed red blood cells.

3) 溶血の影響と室温保存中の変動

Hb無添加血清の測定値を100とした場合のIP値をFigure 6に示した。室温保存中にIPは3試薬共に徐々に上昇し,Hb終濃度が500 mg/dL添加血清の添加直後と室温保存24時間後の影響率は,酵素法A試薬が1と16%,酵素法B試薬が5と18%,化学法試薬が7と19%であった。溶血の影響の許容限界を5%とすると,添加直後では酵素法Aで影響がなく,酵素法Bおよび化学法で正誤差となったが,酵素法Aにおいても室温保存3時間後には5%以上の正誤差となった。干渉チェックAプラスの結果は,Hb濃度に依存した影響の程度に差があったものの,傾向は洗浄赤血球溶血液添加と同じであった。

Figure 6 

Effects of hemolysis on measurement of IP

Samples were prepared by adding hemolysis solution to pooled serum so that final hemoglobin concentration becomes 167,333,500 mg/dL and left at room temperature.

IV  考察

赤血球はGluをエネルギー源とし,解糖系でGlu 1分子から2分子のATPが合成される。全血室温保存中のIP変動としては有機リンの加水分解による上昇が知られているが,ATP合成にはリンが必要であることから,全血保存中にIP値は一旦低下することが推測される。そこで,今回改めて全血保存中のIP変動について調べた。ボランティア職員10名について調べた結果,推測した通り全血室温保存後3~12時間でIP値の有意な低下が認められた。低下率の最大は4~22%であり,個体差が大きかった。また,実測値でみると平均低下値は0.45 mg/dLであり,これは永峰3)が総説的に記載している臨床医が満足するIPの許容誤差範囲(4.5 mg/dLで0.1 mg/dL)に比べ大きく,また個人の生理的変動幅(0.32~0.43 mg/dL)と同程度であった。したがって,IP測定では採血から遠心分離までの時間は分析以前の問題点として大きな課題となる。迅速な遠心分離が必要であり,特に朝の病棟採血や全血外注委託している開業医など,採血から血清分離までの時間が不明な試料の分析には注意が必要である。

赤血球は赤血球膜のグルコーストランスポーターを介してGluを取り込み,またリンは赤血球内外を自由に行き来出来る。したがって,細胞(赤血球)外液にGluを加えることによって解糖系が進行し,またリンを加えることによってATPが合成されると考えられる。逆にGluまたはリンを含まない細胞外液ではそれらが進まないものと考えられる。そこで,全血保存中のIP変動と赤血球内の解糖系およびリン酸代謝の関係を明確にするために,組成が異なる各種溶液を洗浄赤血球に添加し検討を行った。まず,Gluとリンを含む溶液を添加した検討における保存温度別IP変動では,室温に比べ30℃保存の方が,低下が始まるまでの,またその後の上昇に転じるまでの時間が早かった。解糖系におけるATP合成と有機リンの加水分解には保存温度が大きく関与すると考えられる。一方,冷蔵では徐々に低下した。冷蔵保存ではGluの経時的消費がみられた(Figure 4)ことからも,ATP合成が徐々に進行しており,上昇要因としての有機リンの加水分解はほとんど生じないものと考えられた。次に,Glu濃度の違いおよびリンの有無とIP変動の関連性について検討した。Glu無添加試料の室温保存では約2時間後からIP値の上昇がみられた(Figure 5A)。また,リンを含まないGlu加生食液添加試料でも約2時間後から上昇がみられた(Figure 5B)。本成績はGluあるいはリンを含まない状態,すなわち解糖系におけるATP合成が進まない状態でのIP変動を反映しており,有機リンの加水分解は約2時間後から始まると考えられた。この結果は,NaF/EDTA管の室温保存における3時間後の上昇を裏付ける結果であった。次に,Glu濃度が異なるPBS液を添加した試料の室温保存では,Glu濃度に係わらず約9時間後まではほぼ同じ変動を示し,約1時間後から低下が始まり,約6時間後から上昇に転じた。しかし,24時間後の上昇はGlu濃度が低い試料ほど大きかった(Figure 5B)。Glu濃度が高いほど解糖系が長期的に進行し,保存中の上昇に転じるまでの時間に影響を与えるものと考えられた。以上より,IP変動には保存温度が大きく関与しているものの,室温保存中の低下は約1時間後から始まり,それ以降はATP合成による低下と有機リンの加水分解による上昇が混合した変動を示すものと考えられる。すなわち,室温の全血保存では約6時間までは前者が,それ以降は後者が優位に働くものと考えられた。ただし,洗浄赤血球とプレーン管のIP変動を比較すると,冷蔵保存における経時的低下と安定,室温保存における上昇に転じるまでの時間などに若干の違いがみられた。両者の変動の違いは,プレーン管とヘパリン管の室温保存中の変動の違い(Figure 3)から,血液凝固による赤血球内代謝の速度低下や赤血球膜のIP通過性の変化が要因と考えられた。加えて,洗浄赤血球を用いた検討におけるIPとGluの変動は使用した赤血球の質によって異なることが推測される。実際に一部の検討は個体が異なる赤血球を用いて行ったが,変動の傾向に相違はないものの変化率および時間軸には若干の違いが認められた。全血保存中の個体差と同様に,用いる赤血球によって挙動が異なる点も要因のひとつと考えられた。

溶血の影響に関しては測定原理が異なる3試薬で検討を行った。用いた酵素法A,酵素法B,化学法の各試薬の違いは,主に試薬pHと測定波長と考えられる。具体的に,試薬pHは前2者が中性,後者が酸性である。また,測定波長(nm)は順に600,340,660である。赤血球内有機リン化合物は酸可溶性とされており,溶血の影響に関しては試薬pHの関与が推測される。しかし,酵素法Bと化学法の両試薬間で溶血液添加直後の影響の違いはわずかであり,試薬pHの関与は否定的であった。また,添加直後の試薬Aと試薬Bおよび化学法間で溶血の影響の有無は異なる判定となった。この差は各試薬の特性であると考えられ,測定中のHbの吸収スペクトルの変化や非特異反応などが関与しているものと推測された。一方,溶血液添加血清の室温保存中のIP上昇は全試薬で認められた。この経時的上昇は,溶血液に含まれる有機リンの加水分解によるものと結論付けられる。結果では示さなかったが冷蔵保存では安定しており,IP測定における溶血血清の保存には注意が必要である。

V  結語

IP測定の分析前変動として,全血室温保存中の有機リンの加水分解による上昇が知られているが,10名の健常成人の検体を使用し検討したところ,上昇が始まる以前に一旦低下することを見出した。赤血球内解糖系のATP合成に起因した低下と考えられ,室温保存3時間から12時間後まで採血直後に比べ有意に低下した。このIP値の低下は全血室温保存約1時間後から始まるため,採血後はすみやかに血清分離する必要がある。また,溶血血清は室温保存中にIP値が徐々に上昇することを見出した。赤血球内の有機リンの加水分解に起因した上昇と考えられるが,溶血血清の測定はすみやかに実施する必要がある。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)   竹島  秀美:「ナトリウム(Na),カリウム(K),クロール(Cl),カルシウム(Ca),マグネシウム(Mg),無機リン(IP),血漿浸透圧(Posm: plasma osmolality),動脈血液ガス(ABG: arterial blood gas)」,Medical Technology,2009; 37: 1448–1456.
  • 2)   河口  勝憲,他:「7.生化学検査の生理的変動」,日本臨床検査自動化学会会誌,2014; 39: 90–108.
  • 3)  永峰 康孝:「生理的変動からみた基準範囲と誤差の許容限界」,臨床検査精度管理教本,43–62,日本臨床衛生検査技師会(編),近代出版,東京,2006.
 
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