2019 Volume 68 Issue 1 Pages 124-131
液状化細胞診(liquid based cytology; LBC)の1つであるSurePath用手法は,直接塗抹法に比べ,標本作製工程が煩雑化しているため,標本作製の簡略化が求められている。今回我々は,SurePath用手法において自動細胞洗浄遠心機MC480LBCは,LBC標本作製工程において沈査細胞数に影響を与えるか否かについて検討した。一定細胞数に調節した肺癌培養細胞を用いて,次のような5つの検討を行った:A)液状検体量(1 mL–3 mL)の違いにおける細胞数の比較 B)遠心加速度と時間の違い(600 gおよび800 gで5分間と10分間遠心)における細胞数の比較 C)液状化検体の細胞濃度の違いにおける細胞数の比較 D)コンタミネーション試験 E)洗浄回数増加と細胞数の比較。これらのすべての検体においてパパニコロウ染色を施行し,標本中の沈査細胞数を測定した。その結果,液状検体容量の違いは細胞数に明らかな影響を与えなかった(p = 0.779)。遠心加速度と時間の違いにおいて,細胞数に明らかな有意差はみられず(p = 0.863),細胞の形態変化はなかった。少量および多量細胞数の検体の比較において,標本中の細胞数に有意差はみられなかった(少量:p = 0.826,多量p = 0.779)。また,隣り合う検体にコンタミネーションはみられなかった。洗浄回数増加と細胞数の比較では,3回以上の洗浄を行うと1回洗浄の沈査細胞数に比べ,その数は有意に減少した(p = 0.001)。これらの結果より,MC480LBCは1回洗浄を行うSurePath用手法のプロトコールを遵守することにより,用手法の洗浄工程を代用することが可能である。
細胞診検体の処理方法として直接塗抹法(従来法)やオートスメア法などがある。直接塗抹法では乾燥による細胞崩壊や血液,炎症細胞などの影響により細胞形態の観察が困難な場合がある1)。液状化細胞診(liquid based cytology; LBC)は子宮頸部擦過細胞診で検体不適正を減少させる目的に開発され,米国や英国におけるほとんどの子宮頸部擦過標本は,従来法からLBC法へと移行している2)。本邦におけるLBC法の普及率は20%前後と言われているが2),尿や体腔液,穿刺検体でも使用されており,形態診断から免疫細胞化学および遺伝子解析等に貢献している3)。LBC法における標本作製法は,大別してフィルター法と沈降法の2種類がある。フィルター法はThinPrep法やCellprep法が知られており,沈降法はSurePath法とTACAS法がある4)。後者のSurePath法には,オートメーション機器を用いる標本作製法と遠心・洗浄を繰り返しながら標本を作製する用手法がある。この用手法は初期導入コストが高価なオートメーション機器と比べて安価であるため,一度に処理する検体数が比較的少ない施設で普及している。一方,オートメーション機器を用いたLBC標本作製法や従来法に比べ,標本作製の工程が煩雑であり,作業者によりばらつきを生じることから標準化が望まれている5)。
近年,LBC標本作製前処理装置として自動細胞洗浄機能を有したMC480LBC(工機ホールディングス株式会社Koki Holdings Co., Ltd.)が市販され,SurePath用手法における標本作製過程の簡略化や精度管理の向上に期待が寄せられている。今回我々は,MC480LBCを用いたSurePath用手法は,LBC標本中の沈査細胞数に影響を与えるか否かの検討を行ったので報告する。
本検討は再現性が必要なため,臨床検体ではなく培養細胞(PC9,PC10,11-18およびLK87)を検討に用いた。これらの培養細胞は,サイトリッチレッド保存液(Becton Dickinson, Franklin Lakes, NJ)で固定・希釈した。全検討を同時期に行うために培養細胞量を確保し,さまざまな形態を示すがん細胞を想定しながら検討するために検討内容ごとに培養細胞を変えた。従って,細胞数の測定を行う検討は散在性にがん細胞が出現するPC9細胞を使用し,コンタミネーション試験と洗浄試験は集塊性にがん細胞が出現するLK87細胞,PC10と11-18細胞を使用した。培養液中(RPMI-1640)に入った培養細胞は,遠心後に上澄み液を取り除き,サイトリッチレッド保存液を6 mL加えた。これを同量の細胞数に調整した原液として,下記のA)とB)およびE)の検討に用いた。C)の検討に関しては,予め用手法にて顕微鏡強拡大の1視野当たりの細胞数が10個程度あるいは40個程度になるように原液を調整し,これを検討に用いた。D)のコンタミネーション試験は細胞数の詳細な調整が不要なため培養細胞の調整は行わなかった。
2. 自動細胞洗浄遠心機MC480LBC(工機ホールディングス株式会社Koki Holdings Co., Ltd.)の洗浄工程12本ローターの外観をFigure 1Aに示す。MC480LBCの基本的な細胞洗浄工程は6段階で構成されている。まず1)遠心分離により細胞を沈渣にし,2)上澄み液をデカンテーションにより除去。その後,3)攪拌により沈渣をほぐし,4)精製水を注入し,5)再懸濁後に再度遠心・デカンテーション,最後に6)スピンダウンを行うという手順である。MC480LBCの洗浄工程の簡略図をFigure 1Bに示す。
MC480LBCの12本ローターと洗浄プロトコール
①遠心(1回目):2,480 rpm(800 g)10分間の遠心分離をする。
②デカンテーション(1回目):上澄み液を遠心力で排出する(約300 rpm,3秒間)。
③攪拌:試験管を小刻みに揺すり沈査をほぐす。
④精製水注水と遠心(2回目):精製水を注水しながら細胞を再懸濁し,再度2,480 rpm(800 g)10分間遠心分離をする。
⑤デカンテーション(2回目):上澄み液を遠心力で排出する(約310 rpm,3秒間)。
⑥スピンダウン遠心:沈査を底部に集める。
MC480LBCを用いて下記のA)からE)の検討を行った。
A) 液状検体量の違いにおける細胞数の比較サイトリッチレッド液が1 mL,2 mLおよび3 mL入ったそれぞれの試験管を各2本用意し,これに同量の細胞数に調整したPC9細胞を100 μL加え初期検体量の異なる試料を調整し,細胞洗浄後の細胞数を測定した。本試験は再現性を確認するため3回施行した。
B) 遠心加速度と時間の違いにおける細胞数の比較3 mLのサイトリッチレッド液が入った試験管に同量の細胞数に調整したPC9細胞を100 μL加え試料を調整した。遠心加速度(600 g(2,150 rpm)と800 g(2,480 rpm))と遠心時間(5分と10分)の組み合わせた4通りについて,細胞洗浄後細胞数を測定した。本試験は1組み合わせにつき2本の試験管を使用し,再現性を確認するため2回施行した。
C) 液状化検体の細胞濃度の違いにおける細胞数の比較3 mLのサイトリッチレッド液が入った試験管に異なる細胞数(1視野当たりの細胞数)が少ない場合(10個程度)と多い場合(40個程度)に調整したPC9細胞をそれぞれに100 μL加え,細胞洗浄後の細胞数を測定した。本試験は1回につき12本の試験管を使用し,再現性を確認するため3回施行した。
D) コンタミネーション試験12本ローターと24本ローターを用いて,コンタミネーション試験を実施した。それぞれのローターの奇数番号の試験管(3 mLのサイトリッチレッド液入り)に培養細胞(LK87あるいはPC10)を加えた。一方,偶数番号の試験管(3 mLのサイトリッチレッド液入り)には培養細胞を加えず,細胞洗浄後の細胞数を測定し,洗浄工程におけるコンタミネーションの有無を確認した。本試験は1回につき12本および24本の試験管を使用し,再現性を確認するため3回施行した。
E) 洗浄回数と細胞数の比較3 mLのサイトリッチレッド液が入った試験管に同量の細胞数に調整した11–18細胞を70 μL加え試料を調整した。1回につき2本の試験管を用いて,連続して9回の細胞洗浄を行い,細胞洗浄後の細胞数を測定した。再現性を確認するため2回施行した。
4. 標本の作製法及び細胞数の測定法洗浄工程を終了した後,すべての細胞沈査はBD SurePath液状化細胞診システム(用手法)を用いてLBC標本を作製した。1晩95%エタノールで固定後,パパニコロウ染色し細胞数を測定した。測定方法は,標本1枚に対しデジタル画像をランダムに5視野撮影し,このデジタル画像中の細胞数を測定した。デジタル画像の抽出は,標本作製者以外の細胞検査士が行った。
5. 統計学的解析群間の比較については,検討A),C),E)はKruskal-Wallis検定,検討B)では一元配置分散分析を適用し,検討A),検討E)の各々の群間の比較にはSteel-Dwass検定を適用した。また,検討E)では傾向検定としてJonckheere-Terpstra検定を適用した。なお,統計ソフトはSAS 9.4(SAS Institute Inc., Carny, NC),R version 2.13.0を用い,p < 0.05を有意差有りとした。
サイトリッチレッドの液状検体量を1 mL,2 mLおよび3 mLのように容量を変えて(Figure 2A),標本中の細胞数の違いを測定した。その結果1 mL,2 mLおよび3 mLにおける細胞数の中央値(1回目,2回目,3回目)は,1 mLで10.5細胞,10.0細胞および11.0細胞,2 mLで10.0細胞,8.0細胞および10.0細胞,および3 mLで10.5細胞,10.0細胞および9.5細胞であり(Figure 2B),これらの容量間の細胞数において,明らかな有意差はみられなかった(1回目:p = 0.779,2回目p = 0.283,3回目p = 0.328)(Figure 2C,1回目のみ)。
液状検体量の違いにおける細胞数の比較
A:①1 mL,②2 mLおよび③3 mLのサイトリッチが入った試験管 B:各容量で得られた培養細胞(パパニコロウ染色,40×) C:各容量と細胞数の比較
600 gで5分間と10分間,および800 gで5分間と10分間の組み合わせにおいて,標本中の細胞数を計測した結果,遠心加速度と時間の違いにおいて細胞数に明らかな有意差はみられなかった(1回目:p = 0.863,2回目:p = 0.222)(Figure 3A,1回目のみ)。また,細胞形態に大きな変化はみられなかった(Figure 3B)。
遠心加速度と時間の違いにおける細胞数の比較
A:各条件と細胞数の比較
B:各条件の細胞像(パパニコロウ染色,40×)
少量:1視野当たりの細胞数が10個程度(Figure 4A左)に調整した検体において,36標本(12本で3回繰り返し)中の細胞数を測定した結果,細胞数の中央値(最小-最大)は1回目7.0細胞(4–12),2回目7.0細胞(4–11),3回目8.0細胞(5–13)で,これらの細胞数に明らかな有意差はみられなかった(1回目:p = 0.826,2回目:p = 0.398,3回目:p = 0.106)(Figure 4B,1回目のみ)。
液状化検体の細胞濃度の違いにおける細胞数の比較
A:少数(1視野あたり10個程度)および多数(1視野あたり40個程度)に調整した培養細胞(パパニコロウ染色,40×)
B:各試験管の細胞数の比較(少数)
C:各試験管の細胞数の比較(多数)
多量:1視野当たりの細胞数が40個程度(Figure 4A)に調整した検体において,36標本(12本で3回繰り返し)中の細胞数を測定した結果,細胞数の中央値(最小-最大)は1回目40.0細胞(27–49),2回目42.0細胞(32–48),3回目43.0細胞(34–54)で,これらの細胞数に明らかな有意差はみられなかった(1回目:p = 0.779,2回目:p = 0.958,3回目:p = 0.491)(Figure 4C,1回目のみ)。
4. コンタミネーション試験12本ローターを用いて36枚の標本(3回分)を作製して顕微鏡下で観察を行った結果,偶数標本に細胞のコンタミネーションはみられなかった。同様に,24本ローターを用いて72枚の標本(3回分)においてもコンタミネーションはみられなかった(Figure 5)。
コンタミネーション試験
奇数番号:培養細胞を加えた試験管 偶数番号:培養細胞を加えていない試験管(パパニコロウ染色,40×)
洗浄回数1回目と2回目の細胞数の比較において,明らかな有意差はみられなかったが(p = 1.000),3回目以降は洗浄回数が増すごとに,細胞数の減少傾向がみられた(p = 0.001)(Table 1)。
p-value | ||
---|---|---|
1回目 | 2回目 | |
Kruskal-Wallis検定 | < 0.001 | < 0.001 |
Steel-Dwass検定 | ||
1 vs. 2 | 1.000 | 1.000 |
1 vs. 3 | 0.790 | 0.021 |
1 vs. 4 | 0.015 | 0.039 |
1 vs. 5 | 0.009 | 0.005 |
1 vs. 6 | 0.007 | 0.005 |
1 vs. 7 | 0.005 | 0.005 |
1 vs. 8 | 0.005 | 0.004 |
1 vs. 9 | 0.005 | 0.005 |
傾向検定(Jonckheere-Terpstra検定) | < 0.001 | < 0.001 |
1988年Wall Street Journalにて子宮頸部細胞診の精度管理の問題が指摘され,細胞診標本作製の標準化目的に開発されたのがLBC法である6)。LBC法には様々な利点・欠点がある。利点としては標本の均一化や細胞回収量の効率化,検体の転用性などである。欠点としてオートメーション機器は初期導入費用が高額な点や用手法は直接塗抹法(従来)法に比べ標本作製方法が煩雑であり作業者によりばらつき等がみられる点が挙げられる5)。この用手法による標本作製法の欠点を解決するには,細胞洗浄の工程を自動化することが有効であると考えられる。自動細胞洗浄遠心機MC480LBCは卓上形の自動細胞洗浄機であり,先に挙げた洗浄工程を自動化することで,作業者によるばらつきを無くした標本の作製が可能になると考えられているが,細胞検体を用いて検討した報告はない。今回我々は,MC480LBCを用いたSurePath用手法がLBC標本中の沈査細胞数に影響を与えるか否かについて培養細胞を用いてさまざまな検討を行った。
まず初めに,さまざまな試験を行う際の液状検体量を決定するために,MC480LBCの検体容量の違いが,沈査細胞数に影響を与えるか否かの検討を行った。1 mLから3 mLと容量の違いにおける沈査細胞数の比較では,それぞれの容量間の細胞数において有意差はみられず,検体液量は洗浄工程に影響を与えないことを確認した。
次に,遠心加速度と時間の変化が,沈査細胞数や細胞形態へ影響を与えるか否かについて検討した。細胞標本作製マニュアル「体腔液」「泌尿器」に遠心加速度と時間に関する検討が報告されており,360 gでは上澄み液中に多くの細胞が浮遊しているが,650 gおよび1,500 gでは上澄み液中の細胞数が激減すると報告されている7),8)。MC480LBCには600 gと800 gの2つの条件下での洗浄処理が可能である。そのため,遠心加速度と時間のさまざまな組み合わせによる検討を行った結果,いずれの組み合わせにおいても沈査細胞数に影響はみられなかった。細胞形態への影響に関して,小林ら9)は肉腫細胞株を用いて1,500 rpm,5分と3,000 rpm,10分の条件で遠心処理を行ったが,細胞所見に明らかな変化はなかったと報告している。MC480LBCの遠心条件は600 gが2,150 rpmで800 gが2,480 rpmと大きな回転数の違いによる検討ではなかったが,今回の結果は小林らの報告と同様であったと考える。
MC480LBCは遠心加速度および時間,あるいは容量の違いによる条件においても,効率良く細胞を洗浄回収できることを確認した。臨床検体は,検体により細胞数のばらつきがある。一般に体腔液材料は細胞量が豊富であるが,尿中の細胞数は少量であることが多い。そのため細胞数が少ない場合でも,多い場合でも検体をロスすることなく良好な標本を作製することが重要である。次に我々は少量および多量に調整した培養細胞を用いて細胞回収量のばらつきについて検討した。3回繰り返した再現性試験においても沈査細胞数に有意差はみられなかった。
MC480LBCは上澄み液除去にデカンテーション法を使用している。上澄み液除去中の検体間でのコンタミネーションが引き起こされることも想定されるため,12本ローターで36標本(12枚×3回)および24本ローターで72標本(24枚×3回)を用いてコンタミネーションの有無を確認した。その結果,隣り合う標本にコンタミネーションはみられず,MC480LBCのローターの構造と洗浄工程に問題がないことを確認できた。細胞診標本作製におけるコンタミネーションは,検体を塗布した後にガラスから細胞が剥離・脱落することが多く,固定液中や染色中などさまざまな標本作製過程で起こることが知られている。コンタミネーションを防ぐためには,固定液中での標本の管理や検体の性質(粘液検体の有無や細胞数)に応じ染色の優先順位を考慮することや,定期的な染色液の濾過が重要である10)。従って,MC480LBCを用いた標本作製工程はコンタミネーションの削減の1つになる可能性がある。
MC480LBCは丸底の遠心試験管を使用しており,この遠心管形状の影響を確認するため,洗浄回数と細胞数に関する検討を行った。細胞標本作製マニュアル「泌尿器」には標本を作製するにあたり先細遠心管の使用を推奨している8)。MC480LBCでは1から9回の洗浄設定が可能であるため,それぞれの条件で細胞数を比較した結果,3回以上の洗浄を行うと1回洗浄の沈査細胞数に比べ,その数は有意に減少することを確認した。SurePath用手法におけるプロトコールにおいて,洗浄回数は1回と記載されているため,MC480LBCをSurePath用手法に用いるには,この基準を遵守することが重要であると思われる。
最後に,本検討はMC480LBCの性能を評価することを目的にしており,多くの検討を限られた培養細胞で行っている。そのため本検討は用手法との比較を行えていない。今後は培養細胞および臨床検体を対象として用手法とMC480LBCの比較検討を行うことが望まれる。
MC480LBCはSurePath用手法において,BD社が推奨するプロトコールに準じた方法では,LBC標本中の沈査細胞数に影響を与えないことが明らかとなり,洗浄過程を代用することが十分に可能である。但し,2回目以降の複数回の洗浄が必要な場合は,細胞数が減少することを念頭に運用する必要がある。また,コンタミネーションがなく再現性が高い標本が作製できる。LBC標本作製の標準化が実現し,精度管理に貢献されることが期待される。今後は臨床検体での追加検討が望まれる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。