Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
Temporary flattening of visual evoked potentials in response to suction decompression during internal carotid artery aneurysm clipping: A case presentation
Koichi TAKASHIMATomomi SEKIGUCHIYasumasa NAKAYAMAKumiko SAITOTetuo KOBORIToru KUROKAWANorihiro SAITO
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2019 Volume 68 Issue 2 Pages 395-400

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Abstract

症例は50歳代,女性。未破裂の右内頸動脈瘤に対して開頭脳動脈瘤頸部クリッピング術が施行され,術中神経モニタリング(intraoperative neurophysiological monitoring; IOM)として視覚誘発電位(visual evoked potential; VEP)を行った。クリッピング術中にsuction decompressionにおいて,テンポラリークリップで血流を遮断した際に右眼刺激のVEP波形が平坦になったが,血流遮断を解除したところすぐに波形は回復した。本症例において患側の右眼刺激のVEP波形だけが平坦化した原因は,suction decompressionにより右内頸動脈から分岐する右眼動脈の血流が低下し,視神経への栄養障害を反映したことが考えられる。術後の重篤な視機能障害を回避するためにVEPモニタリングは有用であり,テンポラリークリップをかけて一時的に血流遮断を行う際には,VEPの連続記録を行う必要がある。そして波形が少しでも不明瞭になった場合は,速やかに術者に伝えることが重要である。

Translated Abstract

The patient was a woman in her fifties who underwent aneurysm clipping for an unruptured right internal carotid artery aneurysm with intraoperative monitoring of visual evoked potentials (VEPs). Although the VEP waveform in the stimulated right eye flattened while the blood flow was blocked with a temporary clip in suction decompression, it was promptly restored upon the release of the blocked blood flow. Only the VEP waveform in the stimulated right eye flattened in this case, which likely reflects malnutrition to the optic nerve caused by a decline in blood flow to the ophthalmic artery that branches from the right internal carotid artery due to suction decompression. VEP monitoring is effective for preventing the postoperative disturbance of visual function; therefore, continuous monitoring of VEP is required by temporarily blocking the blood flow with a temporary clip.

I  はじめに

未破裂脳動脈瘤について日本脳ドック学会では大きさが5~7 mm以上,それ未満であっても症候性の動脈瘤,前交通動脈,内頸動脈-後交通動脈などの部位に存在する動脈瘤,アスペクト(動脈瘤の長さ/首の長さ)比やサイズ比(母血管に対する動脈瘤サイズの比)の大きい瘤,不整形,ブレブを有するなどの形態的特徴をもつ場合は治療を推奨している1)。脳動脈瘤の一般的な外科治療としては専用のクリップを用いた脳動脈瘤頸部クリッピング術が行われている2)。脳動脈瘤クリッピング術では母血管を確保して動脈瘤の頸部を露出させ,周囲を剥離してクリップをかける。しかし,内頸脳動脈瘤のクリッピングでは母血管の近位側の確保,穿通枝の温存,動脈瘤の剥離などに対処するために特殊な手技が必要な場合がある。

今回われわれは内頸動脈瘤のクリッピング時に施行した手技suction decompression3)の際に,術中神経モニタリング(intraoperative neurophysiological monitoring; IOM)として行った視覚誘発電位(visual evoked potential; VEP)が一過性に平坦化した症例を経験したので報告する。

II  症例

患者:50歳代,女性。

主訴:頭痛とめまい,吐き気。

既往歴:20XX年頃より偏頭痛で近医を受診していた。

現病歴:早朝に頭痛とめまいを伴う吐き気が出現したため,精査目的で当院脳神経外科を受診した。頭部のコンピュータ断層撮影法(computed tomography; CT),磁気共鳴画像(magnetic resonance angiography; MRI)に異常所見はなかったが,3次元CT血管造影検査(3D-CT angiography; 3D-CTA)において右内頸動脈に直径約7 mmの動脈瘤が描出された(Figure 1)。

Figure 1 術前3D-CTA画像

III  方法

未破裂の右内頸動脈瘤に対して開頭脳動脈瘤頸部クリッピング術が施行され,IOMとしてVEPを行った(経頭蓋運動誘発電位(motor evoked potential; MEP),上肢の体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential; SEP)も同時施行)。IOMの検査機器は日本光電社製ニューロマスターG1(MEE-2000),フラッシュ刺激はユニークメディカル社製高輝度発光ダイオード(light emitting diodw; LED)光刺激装置(LFS-101)を使用し,MEE-2000に外部接続して使用した。LFS-101のLEDパッドは直径23 mmの円状のシリコン材に並べられた赤色の16個の高輝度LEDが発光し,開頭時の皮膚弁の反転による光軸のずれが生じにくいように作成されている。

VEPモニタリングのセッティング手順をFigure 2に示す。VEPの記録電極(−)は左後頭部(left occipital; LO),正中後頭部(midline occipital; MO),右後頭部(right occipital; RO),基準電極(+)は両耳朶連結電極(A1A2)とした4)。記録条件は低域遮断フィルタ10 Hz,高域遮断フィルタ500 Hz,感度20 μV/div.,分析時間200 msに設定した。フラッシュ刺激条件は発光時間50 ms(仕様書の設定に準じて),照度1,000 lxとして1 Hzの頻度で左右単眼ごとに与え,100回の平均加算により,それぞれの網膜電図(electroretinogram; ERG)とLO,MO,ROのVEP波形を導出した。なお,麻酔はプロポフォールによる完全静脈麻酔で行われた。

Figure 2 VEPモニタリングのセッティング手順

①,LED光刺激装置はIOM検査装置のプリンターの上に置いて使用した。②,先ず,眼軟膏を下瞼に塗り,閉眼させた状態でメパッチを左右一枚ずつ貼った。次に,その上から眼の中心に合わせてLEDパッドを置き,さらにLEDパッドの上からもう一枚メパッチを貼り固定した。目尻から約1 cm横の周辺を皮膚処理剤で擦って,ERGを導出するためのディスポーザブル電極(以下,ディスポ電極)を両眼の外眼角に貼り,不織布テープで固定した。ERGのディスポ電極の(−)極と(+)極は左右のどちらでもよいが,光刺激側が(−)極の場合はオンセットが上向きになる。③,両眼を軽く不織布テープで覆い,両耳朶にVEPの基準電極(+)の針電極を穿刺して,不織布テープで固定した。④,外後頭隆起の5 cm上のMOの頭皮に記録電極(−)の針電極を斜めに穿刺した。同様にMOから左5 cm側方のLO,MOから右5 cm側方のROにも針電極を穿刺した。⑤,針電極を穿刺した頭皮の部分は,頭髪を分けて粘着テープで固定した。⑥,頭部の3点ピン固定器をビニールカバーで覆う際に,針電極が抜けないように注意し,電極のリード線を肩部に束ねて電磁誘導の雑音対策をした。

IV  結果

Figure 3に時系列のVEPモニタリング波形を呈示する。VEP波形の振幅は図中に示すように,100 ms前後の多相波のうち,最大振幅を有する陰性頂点であるV(N95)とその後の陽性頂点のVI(P110)との頂点間で計測した。右眼(患側)刺激ではFigure 3-④,⑤,⑥,⑧のsuction decompression前のVEP波形の振幅は,LOは3.4 ± 0.6 μV,MOは4.0 ± 0.2 μV,ROは3.2 ± 0.6 μVと有意な変化はなかったが,suction decompressionをするとVEP波形(Figure 3-⑩,⑫)はLO,MO,ROともにほぼ平坦化した。その旨を術者に伝えると,間もなく血流遮断が解除されVEP波形(Figure 3-⑭)LOは3.2 μV,MOは4.0 μV,ROは3.4 μVと回復した。その後,右内頸動脈瘤をクリッピングするために再度suction depressionを行うと,再びLO,MO,ROともVEP波形が平坦化(Figure 3-⑯)したので術者に伝えた。術者が動脈瘤にクリッピングをして血流遮断を解除したところLO,MO,ROともにVEP波形の回復(Figure 3-⑱,⑳)が認められた。一方,左眼(健側)刺激のVEP波形の振幅は,LOは2.8 ± 0.5 μV,MOは5.0 ± 0.5 μV,ROは3.1 ± 0.5 μVとなり,右眼刺激のVEP波形が平坦化した同時期の波形(Figure 3-⑨,⑪,⑮)においても,左眼刺激ではVEP波形に有意な変化はみられなかった(同時期に施行した患側のMEPと上肢SEPにも有意な波形の変化はなく,術後の左上肢の運動,および感覚障害もみられなかった)。

Figure 3 VEPモニタリング波形の経時変化(アーチファクト混入のためERG波形は除く)

①から⑳の数字は記録の順番を表す。

左図:右眼(患側)のVEP波形の時系列表示(下段15:08:37から上段15:50:16までの時刻)。④はコントロール波形。赤▶⑩,▶⑫,▶⑯において一過性にVEP波形が平坦化した。

右図:左眼(健側)のVEP波形の時系列表示(下段14:32:00から上段15:48:33までの時刻)。①はコントロール波形。左眼刺激ではVEP波形に有意な変化はみられなかった。

術後に視力や視野の異常についての訴えはなかったが,1週間後に眼科で行われた視野検査で,右眼の下外側の1/4盲がみられた。

V  考察

光刺激を行って誘発される網膜や大脳皮質視覚野の電気生理学的反応は,それぞれERG,VEPと呼ばれ,加算平均法により波形が導出される。光刺激にはモニタ画面上に映した白と黒の市松模様の白黒反転を,座位で注視するパターン反転刺激(パターンVEP),およびストロボやゴーグルから発するフラッシュ光を,眼前から与えるフラッシュ刺激(フラッシュVEP)がある5)。フラッシュVEPはパターンVEPに比して波形や潜時,振幅の個人差が大きく,誘発電位のピークは0(P20-25),I(N30),II(P40),III(N55),IV(P75),V(N95),VI(P110),VII(N160)と命名されている6)。この電位は術中記録においてもSasakiら7)が開発した光刺激装置LFS-101を使用し,全身麻酔薬(プロポフォール),鎮痛剤(フェンタニル,レミフェンタニル),筋弛緩薬(気管挿管時のみ使用)による完全静脈麻酔を行うことで,コントロール波形に対し安定して誘発することが可能になっている。脳動脈瘤のクリッピングでは視覚路の障害が危惧される症例でフラッシュVEP(以下VEP)のIOMが施行され,特に傍前床突起内頸動脈瘤のクリッピングでは視機能障害を察知するために必要である。

今回のsuction decompressionでは頸部の上甲状腺動脈にカテーテルを挿入して総頸動脈,外頸動脈を遮断し,動脈瘤の末梢側の内頸動脈と後交通動脈にテンポラリークリップをかけ,カテーテルから血液を持続吸引して,動脈瘤を縮小させて視神経から剥離した。その際に患側の右眼刺激のVEP波形だけが平坦になり,左眼刺激のVEP波形に変化がなかったが,これは術野が視神経交叉の前方ということで説明がつく。ヒトの視覚路の外側膝状体は6層構造からなり,そのうち3層は右眼から,他の3層は左眼からの神経線維を受けている5)。この症例では視神経交叉の前方で右眼刺激の神経伝導障害が発生したが,左眼刺激の鼻側網膜の反応は視神経交叉し対側の外側膝状体へ,また耳側網膜の反応は同側の外側膝状体に伝導した。そして視覚領のニューロンは左右いずれの眼の刺激にも反応するニューロンである5)ことから健側の左眼刺激のLO,MO,ROのすべてのVEP波形では大きな変動がなかったと考えられる。一方,同時期に施行した経頭蓋MEPと上肢SEP波形にも変化がなかったことより,内頸動脈から分岐する中大脳動脈領域では,健全な状態が保たれていたことが示唆された。

右眼刺激のVEP波形が平坦化した原因であるが,通常,眼動脈には外頸動脈との豊富な吻合が存在する8),しかし,何らかの理由でsuction decompressionによって右内頸動脈から分岐する右眼動脈の血流が低下し,視神経への栄養障害が起き,VEP波形に反映して平坦化したと思われる。そして遮断を解除するとすぐに波形の回復が認められたことは,電気生理学的には右視神経が不可逆的な機能障害に陥っていないことが推測される。

本症例において右眼刺激のVEP波形が平坦化する過程をモニタ上で観察したところ,加算処理の始まりは波形の隆起があるが,徐々に平坦化するような印象であった。このような現象はVEP記録の加算処理中に,一定の時間間隔(time-locked)で発生するはずの波形が同期しなくなるのではと考える。一過性にVEP波形が平坦化した機序を推測すると,suction decompressionにより眼動脈の血流が低下して,虚血による酸化的エネルギー欠乏により細胞膜イオンポンプの障害が起き,視神経のニューロンが機能低下をきたして徐々に誘発反応のピークにずれが生じたのではと考える。その結果,time-lockedで発生するはずのVEP波形が同期しなくなり,加算処理中に相殺(phase cancellation)9)されて不明瞭になったと思われる。

この症例では手術1週後の視野検査で右眼の下外側の1/4盲がみられたが,VEP波形は一過性に平坦化したが速やかに回復しており,suction decompressionが直接の原因であるとは考えにくい。VEPモニタリングでは術中操作による半盲は波形の振幅低下によって検出できるが,1/4盲は検出できないという報告10)もある。よって今回の1/4盲の原因を考察すると,①動脈瘤を剥離する時に視神経を栄養している微小血管の処理をしたことの影響,②前床突起を削る時のドリルの摩擦熱の関与,③開頭の頭皮弁の翻転による直接的眼球圧迫などが考えられる。このうち③については,網膜は眼動脈から分岐する網膜動脈により栄養されているため,本症例において右刺激のERGが記録できていれば,1/4盲の原因が眼球圧迫による網膜損傷ではないことは否定できた可能性もある。今後も1/4盲については定期的な経過観察が必要である。

VI  結語

今回,内頸動脈瘤クリッピング時のsuction decompressionにより一過性にVEPが平坦化した症例を経験した。術後の重篤な視機能障害を回避するために,術中に血流遮断を行う際にはVEPの連続記録を行う必要がある。そして波形が少しでも不明瞭になった場合は,速やかに術者に伝えることが重要である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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