2019 Volume 68 Issue 2 Pages 291-295
今回,我々は2歳10ヶ月女児の血液培養から小型のグラム陽性桿菌を認め,発育が遅く表面がラフなコロニー形態などから放線菌を疑って16S rRNA遺伝子のBLAST解析を実施した。その結果,分離菌はG. sputiと99.8%の塩基一致率であったが,G. jacobaea,G. aichiensis,G. otitidisとも99.4%から99.7%以上の高い塩基一致率を示し,菌種同定には至らなかった。そこで,secA1遺伝子用PCRプライマーを新たにデザインしてBLAST解析を実施したところ,G. sputiとの塩基一致率が100%を示したのに対し,G. jacobaeaが98.8%,G. aichiensisは93.3%,G. otitidisが92.3%と差を認めたことより分離菌をG. sputiと同定した。Gordoniaは稀な菌である上,同定キットを用いても誤同定されるため,一般的な検査室では同定が難しい。そして,Gordoniaが遺伝子解析から新しく分類された性格上,菌種同定には遺伝子解析が有効である。その中で,全長が500 bp以下の解析し易いsecA1遺伝子は,G. sputiの菌種同定に有用なツールであった。
In this study, we observed a Gram-positive bacillus from a blood culture, and in a subculture, we found slow-growing colonies on 5% sheep blood agar. Thus, we suspected that these colonies belonged to Nocardia or other related genera. As a result of nucleotide Basic Local Alignment Search Tool (BLAST) analysis of the 16S rRNA gene, a clinical isolate showed a base matching rate of 99.8% with Gordonia sputi. However, Gordonia jacobaea, Gordonia aichiensis, and Gordonia otitidis also showed high base matching rates from 99.4% to 99.7%. Therefore, we newly designed a PCR primer for the secA1 gene and performed BLAST analysis. The base matching rate for G. sputi was 100%, whereas those for G. jacobaea, G. aichiensis, and G. otitidis were 98.8%, 93.3%, and 92.3%, respectively. Thus, the isolate was identified as G. sputi. Gordonia is rare and it is often misidentified using only an identification kit. Thus, it is difficult to identify it in a general laboratory. Since gene analysis newly classified Gordonia spp., it is therefore an effective method for bacterial identification. BLAST analysis of the secA1 gene was a useful tool for identifying G. sputi.
ヒトへの病原性が報告されている放線菌は好気性と嫌気性に分類され,好気性放線菌にはNocardia,RhodococcusそしてGordonia属などが含まれる。Gordonia属は自然界に広く分布する細菌で,当初,Rodococcus属に分類されていたが,遺伝子解析の結果から新たに独立し,現在では35菌種以上の菌種に分類され,稀にカテーテル感染や日和見感染の原因菌1),2)になることが報告されている。当院においても,小児入院患者の血液培養から小型のグラム陽性桿菌を認め,細菌学的検査で好気性放線菌を疑った。そして,16S rRNAとsecA1遺伝子解析を用いて菌種の同定を試みたので報告する。
患者:2歳10ヶ月,女児。
主訴:発熱。
基礎疾患:急性リンパ性白血病(ALL)。
経過:ALLの強化療法中に一時退院したが,38.8℃の発熱と白血球数9,100/μL,CRPが3.90mg/dLの炎症反応を認め入院となった。入院時,発熱はあるものの全身状態は良好で,食欲も普段どおりであった。
2. DNA抽出液市販のDNA抽出試薬(シカジーニアスDNA抽出試薬)を能書のとおり調整し,発育したコロニーから菌を浮遊させた。それを72℃20分,94℃3分間インキュベーションし,その一部をテンプレートとして用いた。
3. 16S rRNA遺伝子PCR用プライマー16S rRNA遺伝子のV1~V4とV5~V9領域をPCRで増幅するために,第17改正日本薬局方 参考情報「遺伝子解析による微生物の迅速同定法」に収載された「10F」(5'-gtt tga tcc tgg ctc a-3')と「800R」(5'-tac cag ggt atc taa tcc-3')及び「800F」(5'-gga tta gat acc atg gta-3')と「1500R」(5'-tac ctt gtt acg act t-3')の2組のプライマーセットを用いた。
4. secA1遺伝子PCR用プライマーG. sputiの近縁4菌種を同定することを目的として,基準株であるG. sputi(03-251-0800)3),G. jacobaea(MV-1)4),G. aichiensis(DSM43978)4),G. otitidis(IFM10032)4)のsecA1遺伝子塩基配列を取得し,これら4菌種に共通した保存領域にsecA1遺伝子PCR用プライマーをデザインした(secA1-forward:5'-aca tca cct acg gca cca ac-3',secA1-reverce: 5'-tat gac gcg gac gat gta gt-3')(Figure 1)。
G. sputi(03-251-0800)のsecA1遺伝子の塩基配列を基本に,G. jacobaea(MV-1),G. aichiensis(DSM43978),G. otitidis(IFM10032)の何れかと異なる塩基を□で表し,4菌種に共通する保存領域に設定したプライマーをアンダーバーで示した。
16S rRNAおよびsecA1遺伝子とも,PCR反応液組成と増幅プログラムは共通で,Table 1の通りに作製したPCR反応液19.5 μLに,先に作成したDNA抽出液5.5 μLを加えて全量25.0 μLとした。これを,95℃10分間のホットスタート後,95℃30秒,55℃60秒,72℃60秒の増幅サイクルを35回行い,最後に72℃7分間の伸長反応を行った。
ampliTaq Gold 360 master mix(Life Technologies) | 12.5 |
GC enhancer(Life Technologies) | 2.5 |
Primer mix(each 10 pmol/μL) | 3.0 |
Water | 1.5 |
Templete DNA | 5.5 |
Total(μL) | 25.0 |
PCR反応液中の残存プライマーやdNTPの除去を目的として,カラム精製(QIAquick PCR purification kit)を行い,最後に30 μLの滅菌水で,カラムからPCR産物を溶出した。
7. DNAシーケンス反応および精製PCRサイクルシーケンスを行うために,メーカーの指示通りの反応液(Table 2:BigDye Terminator V3.1 Cycle Sequencing kit; life technologies)を作成し,96℃1分間の熱変性後,96℃ 10秒,50℃5秒,60℃4分を25回繰り返した。その後,X-Terminator(Life Technologies)を加えて30分間振とう混和して余分な色素を除去した。
DD water | 4.3 |
Ready reaction mix | 2.0 |
×5 Sequence buffer | 3.0 |
Forward or reverce primer(5 pmol/μL) | 0.7 |
PCR product | 10.0 |
Total(μL) | 20.0 |
Applied Biosystem 3500ジェネティックアナライザを用いてシーケンスを行い,その結果をNCBI(Nucleotide Basic Local Alignment Search Tool)及びDNA Data Bank Japan(DDBC)にてBLAST解析を行った。
入院時に採取した血液培養が陽性となり,直ちに行ったグラム染色からグラム陽性の小桿菌を認めた。サブカルチャー3日目の羊血液寒天培地に(Figure 2),表面がラフで白色のコロニーを認め,土壌臭は無かったがNocardia属などの放線菌を疑って抗酸染色を行った。その結果,Ziehl-Neelsen染色は青色(陰性)であったがKinyoun染色が薄赤色(弱陽性)を示し,弱抗酸性であることが明らかとなった(Figure 2)。そして,薬剤感受性結果はTable 3の通りである。
上:血液培養陽性ボトルから羊血液寒天培地を用いてサブカルチャーを行った。3日間の炭酸ガス培養を行った結果,表面がラフで白色のコロニーを形成した。
下左:血液培養のGram染色で,グラム陽性の小桿菌を認めた。
下中:コロニーからのZiehl Neelsen染色で青色(陰性)に染まった。
下右:コロニーからのKinyoun染色で薄い赤色(弱陽性)に染まった。
薬剤名 | MIC(μg/mL) |
---|---|
Penicillin(PCG) | 0.125 |
Ampicillin(ABPC) | 0.125 |
Ceftriaxone(CTRX) | 0.5 |
Minocycline(MINO) | 2 |
Vancomycin(VCM) | 1 |
Daptomycin(DAP) | > 256 |
羊血液寒天培地上のコロニーから,16S rRNA遺伝子のV1~V4領域とV5~V9領域のシーケンスを行い,NCBIとDDBCを用いて解析を行った。その結果,各基準株と分離株の塩基一致率は,V1~V4領域,V5~V9領域,Totalの順に,G. sputi(ATCC29627)5)が99.9%,99.8%,99.8% ,G. jacobaea(MV-1)6)の一致率は99.4%,99.9%,99.6%,G. aichiensis(ATCC33611)5)が99.6%,99.8%,99.7%,G. otitidis(IFM10032)7)は99.4%,99.6%,99.5%と4菌種の一致率が非常に高く(Table 4),分離菌はこれら近縁4菌種の何れかであると考えられたが,属レベルの同定に止まった。
16S rRNA(V1–4) | 16S rRNA(V5–9) | secA1 | |
---|---|---|---|
G. sputi | 99.9% | 99.8% | 100.0% |
G. jacobaea | 99.4% | 99.9% | 98.8% |
G. aichiensis | 99.6% | 99.8% | 93.3% |
G. otitidis | 99.4% | 99.6% | 92.3% |
更なる菌種の同定を目的として,ハウスキーピング遺伝子の一種であるsecA1遺伝子シーケンスを行い,基準株との塩基一致率を検討した。その結果,G. sput(03-251-0800)3)との一致率が100% であったのに対し,G. jacobaea(MV-1)4)が98.8% ,G. aichiensis(DSM43978)4)は93.3% ,そしてG. otitidis(IFM10032)4)が92.3%と差を認め(Table 4),分離菌はG. sputiと同定された。
好気性放線菌の中ではNocardiaによるノカルジア症の報告が最も多く,先ず注意すべき病原性放線菌はNocardia farcinicaだと思われる。それと比較するとGordonia属が分離されることは稀であるが,三上ら8)はGordoniaを起炎菌とする呼吸器感染症が本邦で増加傾向にあることを指摘しており,臨床検査室においてGordoniaは知っておくべき細菌の一つであると思われる。しかし,塗抹検査でグラム陽性桿菌を認め,血液寒天培地に発育が遅いながらもラフなコロニーが確認されて放線菌を疑っても,市販の同定キットではNocardiaやRhodococcus属に誤同定されるため,VCMやST合剤などの抗菌薬の選択を誤り,治療に支障を来す可能性があることが指摘されている2)。やはり,Gordoniaが遺伝子解析で分類された経緯から,同定法として遺伝子検査が最も適していると思われる。
過去の報告では,Gordoniaを同定するために遺伝子解析や質量分析が用いられている。しかし,質量分析のスコア値が低く,同定が出来なかったとする報告9)~11)もある。また,16S rRNA遺伝子を用いてGordoniaを種レベルまで同定した報告がある2),11)一方で,今回の検討では16S rRNA遺伝子解析のみでG. sputiを同定出来なかった。その原因はG. sputi,G. jacobaea,G. aichiensis,G. otitidisの16S rRNA遺伝子の塩基配列が非常に類似していることに起因している。Kangら4)は,この4菌種をCluster III分類し,特にG. sputiとG. jacobaeaの相同性が99.8%と高く,16S rRNA遺伝子では分類できないことを報告している。今回の我々の結果も同様で,臨床分離菌の16S rRNA遺伝子を解析した結果,近縁4菌種との塩基一致率は99.4%から99.9%と非常に高く,属レベルの同定は容易であったが菌種の同定が出来なかった。
そこで,過去に種レベルの同定が可能であったことが報告されている,ハウスキーピング遺伝子の一種であるgyrBやsecA1遺伝子4),9),12)を用いることを考えた。gyrBとsecA1遺伝子を比較した場合,secA1遺伝子は500 bp以下と短く,臨床検査室で用い易いと考え,Lamら4),9)と同様にsecA1遺伝子の解析を行った。しかし,LamらのsecA1遺伝子解析は,Convilleら13)が公開しているNocardia用プライマーを使用しているが,これはM13 binding siteを含むトリッキーな配列であるため,今回我々は16S rRNA遺伝子解析で絞り込まれたG. sputiを含む近縁4菌種の分類を目的として,新しくシンプルなPCRプライマーをデザインして用いた。その結果,G. sputiとその他3菌種の塩基一致率に差を認め,分離菌をG. sputiと同定した。
更に,新しいsecA1遺伝子解析プライマーをGordonia以外のグラム陽性桿菌のシーケンスに使用したところ,N. farcinica,M. lentiflavum,M. ulcerans,C. jeikeium,C. striatumのsecA1遺伝子解析のも有用であった。
G. sputiは日和見感染の原因菌として注意が必要であるが,一般病院の検査室で取り扱うことは稀で,従来法では同定が困難である。今回,我々は血液培養からグラム陽性桿菌を分離し,放線菌を疑って遺伝子解析を行った。16S rRNA遺伝子解析を行った結果,G. sputiもしくはその近縁種(G. jacobaea, G. aichiensis, G.otitidia)であることが判明した。更に菌種を同定するために,新たにsecA1遺伝子用のPCRプライマーをデザインして使用した。そして,secA1遺伝子解析に依ってG. sputiと同定した。
更に新しくデザインしたsecA1遺伝子用PCRプライマーは,Gordonia以外のグラム陽性桿菌の同定にも使用することができた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本研究を行うにあたり,ご指導いただきました兵庫県立尼崎総合医療センター 感染症内科の松尾裕央先生に深謝いたします。