2019 Volume 68 Issue 2 Pages 370-375
Bifidobacterium breve感染症を疑う症例を経験したので報告する。症例は40歳代,男性。頻回の嘔吐が出現し全身倦怠感著明となり,意識混濁のため当院へ救急搬送された。腹水貯留,膿尿が認められ,腹水穿刺にて混濁した腹水が採取され,腹水・尿検体から分岐したグラム陽性桿菌を検出した。好気培養では菌の発育を認めず,嫌気培養した培地にのみ菌の発育を認め,質量分析と16S rRNA塩基配列の結果Bifidobacterium breveと同定された。入院時の尿一般検査で尿路感染症が疑われたため,入院時よりSBT/ABPC 6 g/日が投与され,全身状態は日ごとに改善し第90病日に軽快退院となった。
We report an adult case of infection by Bifidobacterium breve. A male in his 40s was admitted to our hospital because of general fatigue with frequent vomiting. He was observed to have an inflammatory response (WBC, 13,600 μ/L; CRP, 29.4 mg/dL) on admission and we speculated that this was due to continuing malnutrition or wasting condition because of low levels of albumin, cholinesterase, and triglyceride. In addition, he was observed to have remarkable electrolyte abnormality (Na, 113 mEq/L; K, 6.1 mEq/L; Cl, 67 mEq/L) and a high level of glucose at 1,203 mg/dL. He presented with purulent urine and turbid ascites, and thus a microbiological test was carried out on both urine and ascites samples. Both samples showed branched Gram-positive rods and the strain that grew was found only in anaerobic culture. The identity of the strain was not revealed by biological methods. The strain was identified as Bifidobacterium breve by mass analysis and 16s rRNA gene sequencing. Urine tests on admission showed leukocytes of more than 100/HPF and a score of bacteria 2+. Therefore, urinary tract infection was suspected and SBT/ABPC 6 g/day was administered. Finally, the general condition of the patient improved daily and he was discharged without symptoms on hospital day 90.
Bifidobacterium breveは菌体の端が二股に分かれたグラム陽性桿菌で,ヒトや動物の消化管に生息し,probaioticsにも使用され本来は人体に有益な細菌である1)。感染症としての報告は乳幼児の菌血症や髄膜炎など数例の報告はあるが,成人の症例報告は少なく,欧米で白人女性の髄液から検出されたとの報告があるが,本邦では成人からの報告はない。今回われわれは塗抹染色で本菌を腹水から少数(1+),尿から多数(3+),培養検査ではこれらの検体から多数検出した成人症例を経験したので報告する。
患者:40歳代,男性
主訴:意識障害,全身倦怠感
既往歴:亜急性硬化性全脳炎(小学生時,大きな後遺症なし),糖尿病
家族歴:特記事項なし
現病歴:日常生活動作は良好であったが,13年以上前に糖尿病を指摘されるも未治療放置状態であった。20XX年3月頃より,失業を契機に食欲不振と体重減少が出現。固形物はほとんど食べず,2~3か月間は加糖飲料のみ摂取していた。同年6月初旬より頻回の嘔吐が出現し著明な全身倦怠感からやがて意識混濁となり,翌日当院へ救急搬送された。
入院時現症:身長160 cm,体重44 kg,血圧77/48 mmHg,心拍数121回/分整,呼吸回数24回/分,体温36.3℃,意識レベルGCS E3V4M6,対光反射左右(+),瞳孔左右整,不同散大なし,頚静脈怒張なし,甲状腺腫大なし,心音整,呼吸音整,腹部膨隆軟,圧痛なし,腹膜刺激兆候なし,下肢浮腫なし,皮膚ツルゴール低下,口腔内乾燥著明であった。
入院時検査所見:WBC 13,600/μL,CRP 29.4 mg/dLと炎症反応が高値を示し,尿沈渣で尿中細菌(2+),膿性尿から尿路感染症が疑われた。Hb 9.4 g/dLと貧血があり,アルブミン2.0 g/dL,コリンエステラーゼ141 U/L,総コレステロール117 mg/dL,トリグリセライド52 mg/dLから低栄養状態ないし消耗性病態が続いていたものと推測された。UN 57 mg/dL,Crea 2.5 mg/dLと腎障害があり,Na 113 mEq/L,K 6.1 mEq/L,Cl 67 mEq/Lと顕著な電解質異常も認められ,グルコース1,203 mg/dL,尿ケトン体(3+)であった(Table 1)。
【血算】 | 【生化学】 | 【尿定性】 | |||
WBC | 13,600/μL | TP | 7.0 g/dL | 色,外観 | 淡黄色,混濁 |
RBC | 332 × 104/μL | Alb | 2.0 g/dL | pH | 6.5 |
Hb | 9.4 g/dL | T-Bil | 0.4 mg/dL | 糖 | (4+) |
Hct | 32.7% | D-Bil | 0.2 mg/dL | 蛋白 | (±) |
MCV | 98.5 fL | AST | 10 U/L | 潜血 | (2+) |
MCH | 28.3 pg | ALT | 8 U/L | ウロビリノーゲン | (±) |
MCHC | 28.7% | LD | 146 U/L | ケトン体 | (3+) |
Plt | 532 × 103/μL | CK | 53 U/L | 【尿沈渣】 | |
【血液ガス】 | ALP | 308 U/L | RBC | 1~4/HPF | |
pH | 7.371 | γ-GT | 32 U/L | WBC | 100以上/HPF |
PCO2 | 25.1 mmHg | ChE | 141 U/L | 扁平上皮細胞 | (−) |
PO2 | 42.4 mmHg | AMY | 199 U/L | 細菌 | (2+) |
HCO3− | 14.2 mmol/L | UN | 57 mg/dL | ||
BE | –8.9 mmol/L | Crea | 2.5 mg/dL | ||
【凝固・線溶】 | Na | 113 mEq/L | |||
APTT | 31 sec | K | 6.1 mEq/L | ||
PT | 82% | Cl | 67 mEq/L | ||
Fib | 590 mg/dL | T-cho | 117 mg/dL | ||
D-dimer | 3.8 μg/mL | TG | 52 mg/dL | ||
【感染症】 | GLU | 1,203 mg/dL | |||
HBs抗原 | (−) | NH3 | 24 μg/dL | ||
HBs抗体 | (−) | CRP | 29.4 mg/dL | ||
HCV抗体 | (−) | TSH | 1.8 μIU/mL | ||
HIV抗体 | (−) | FT4 | 1.22 ng/dL | ||
HbA1c | 21.0% |
入院時画像検査
胸部レントゲン:心胸郭比正常,肺野異常陰影なし
脳CT:異常なし
腹部CT:両側尿管~腎盂拡張,両側腎臓腫大 著明な大網肥厚,腹水の多量貯留
以上の所見から尿路感染症から腎盂腎炎へ波及し,さらに腹膜炎へと進展,それが誘因となって糖尿病性ケトアシドーシスも併発し,高度脱水から腎不全兆候が出現したものと考えられた。
臨床経過:糖尿病性ケトアシドーシスによる高度脱水と高カリウム血症の迅速な是正の必要性から生理食塩水による輸液とインスリンの低量持続投与が開始された。また,一般検査の尿検査結果から尿路感染症が疑われたためSBT/ABPC 6 g/日が投与され,第4病日にはWBC 6,500/μL,CRP 12.8 mg/dL,グルコース167 mg/dLと炎症反応と血糖値は軽快傾向となった(Figure 1)。第2病日には意識は清明,全身状態も日ごとに改善傾向となり,第90病日に軽快退院となった。
入院4病日で炎症反応改善,8病日で全身状態さらに良好となり救命救急センターから糖尿病内科へ担当科変更となった。
入院時の尿沈渣で白血球が100以上/HPF,細菌が(2+)認められたことから尿,さらに腹水,血液の培養検査が細菌検査室に依頼された。腹水は淡黄褐色で強い混濁がみられたが,血液の混入はなく,膿性ではなかった。尿は黄褐色で著しく混濁していた(Figure 2)。
各検体をグラム染色(Bartholomew & Mittwer変法)で染色後,塗抹鏡検したところ腹水から菌体の端が二股に分かれたグラム陽性桿菌が少数(1+),白血球(3+),尿より同じく菌体の端が二股に分かれたグラム陽性桿菌が多数(3+),白血球(3+)が検出された(Figure 3)。なお白血球による貪食像は見られなかった。
多数の分岐したグラム陽性桿菌を検出。
各検体をそれぞれBTB寒天培地(ポアメディアドリガルスキー改良培地:栄研化学株式会社),5%羊血液寒天培地(ポアメディアM58:栄研化学株式会社),PEA加5%羊血液寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)で好気培養(血液寒天培地は炭酸ガス培養)した。また,塗抹鏡検で特徴的な形態をしたグラム陽性桿菌が認められたことから偏性嫌気性菌Bifidobacteriumの可能性も考えられたが,当時当院では嫌気培養を実施していなかったため,やむを得ず5%羊血液寒天培地を用いて嫌気条件にて培養を実施した。好気培養では細菌の発育を認めなかったが,嫌気培養した5%羊血液寒天培地には翌日半透明小コロニーを認め(Figure 4),このコロニーをグラム染色し鏡検すると検体を直接染色した時と同じく菌体の端が二股に分かれたグラム陽性桿菌であった。さらに培地を2枚用意して嫌気性菌の確認を実施し,嫌気培養した培地でのみ菌の発育を認めた。なお,入院時に2セット採取した血液培養(BD BACTEC9050:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)は7日間培養したが,細菌の発育を認めなかった。
当院で使用している嫌気性菌の同定キット(BD BBL CRYSTAL ANR同定検査試薬:日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)を用いて同定し,Bifidobacterium dentiumとの結果を得たが,本キットには同定可能菌種にBifidobacterium dentiumとBifidobacterium adolescentisの2種類しか掲載されておらず,さらに質量分析で同定することにした。本検査は最大スコア3で表示され,2以上で種レベル,1.7以上で属レベルの同定という指標になっている2)。測定した結果Bifidobacterium breve(スコア1.99)と同定された。BBL CRYSTAL ANR,質量分析の属レベルでは一致したが,さらに詳しく同定するために遺伝子解析で同定をすることになり,16S rRNA遺伝子解析でBifidobacterium breveと同定され,質量分析と同じ結果となった。
4. 薬剤感受性検査本菌は薬剤感受性検査をするためのブレイクポイントの設定がない。当時,当院の検査室には嫌気性菌のMICを測定するための感受性プレートが無く,薬剤感受性検査は実施出来なかった。
Bifidobacterium breveは菌体の端が二股に分かれた形態学的に特徴のある偏性嫌気性グラム陽性の桿菌で,乳幼児の腸管内で優勢に常在しており,乳酸飲料に含まれる本来人体に有益な細菌と考えられている。本菌による感染報告は非常に少なく,Boumeら3)は1972–1977年の期間に91,493件の血液培養から10症例の報告を,またBrook4)は1974–1994年の期間に小児の検体を嫌気培養した2,033検体から57件のBifidobacterium spp.の分離株の検出を報告している。分離株の多くは中耳炎,膿腫,腹膜炎の検体から検出されていたという報告がある。本邦では新生児にprobaioticsのためBifidobacterium breveヤクルト株を投与中本菌により敗血症となった症例5)や同じく新生児の脳脊髄液から分離された症例6)が報告されているが,成人から本菌が分離されたとの症例報告はない。45歳白人女性の症例7)は脳性麻痺,先天性水頭症の既往があり,意識障害出現により入院精査となったところ,炎症反応上昇所見があり何らかの感染症が疑われたケースである。血液,尿を始め各種検体が培養目的で提出されたが,この症例は脳室腹腔シャントが留置されており,その脳脊髄液からBifidobacterium breveが分離されている。この症例においては口腔内や歯の不衛生による一過性菌血症や脳室シャントによる血行性播種となったものとされている。
本症例は尿と腹水から検出されているが,下部尿路感染が逆行性に腎盂腎炎へと広がり,それが未治療で放置されたことにより腹膜炎へと波及したものと考える。もともと低栄養および未治療重度の糖尿病という易感染性の要素を持っていたことが,本来は感染症の起因菌とならない細菌による日和見感染をひき起こさせたことは考えられる。さらに患者は嘔気のため加糖飲料のみを数か月間にわたり異常に摂取していたという状態であったので,加糖飲料が乳酸飲料の場合,意図せずprobaiotics的な環境にあった可能性があり,本邦での新生児症例と同様な状況下にてBifidobacterium breve感染症となった可能性は否定できないと思われた。
本菌のグラム染色像は同じグラム陽性桿菌のCorynebacteriumやListeria,Bacillus,Clostridiumとは明らかに異なり,V字やY字型に分岐した特徴的な形態をしているため8),グラム染色所見からBifidobacterium属との推定は可能である。嫌気培養をした5%羊血液寒天培地上では35℃,20時間培養で非溶血性の小集落を形成するが,菌種レベルの同定となるとかなり困難で,本来非病原菌とされているせいか各同定キットのデータベースには,BD BBLCRYSTALANR同定検査試薬(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)でBifidobacterium adolescentisとBifidobacterium dentiumの2菌種,RapID ANA II迅速細菌同定システム(極東製薬工業株式会社)でBifidobacterium spp.しか記載されていないため本菌の同定はできず,アピケンキ細菌同定検査キット(ビオメリュー・ジャパン株式会社)もBifidobacterium spp.しか記載されていない(追加テストを実施すれば同定可能)。Bifidobacterium breveを正確に同定するには難しい状況である。
今回,我々は人体に有益な細菌と言われているビフィズス菌を尿と腹水から分離したが,日本臨床微生物学会編,臨床嫌気性菌検査法によると,排泄尿は常在菌による汚染が避けられず分離菌の病原的解釈が極めて困難な検体とされ,嫌気性菌検査をすべきではないとされている9)。しかしながら,本症例では塗抹鏡検で多核の白血球とともに菌体の端が二股に分かれたグラム陽性桿菌を確認し,嫌気培養を実施したことで本菌を分離でき,塗抹検査の重要性を再認識した症例となった。
本論文の要旨は第27回日本臨床微生物学会総会・学術集会(2016年1月 仙台市)において発表した。なお,本症例については当院倫理委員会において「人を対象とする医学研究」ではないため審査対象外となった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。