Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of lung squamous cell carcinoma with metastasis to the kneecap detected by puncture fluid analysis
Yoshihiro MIZOGUCHISawako TABUCHIJunichi SATANIHaruna SHIMOJOKenji HIRAYAMADaisuke UNOMasamichi OGATAFumiyoshi FUSHIMI
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2019 Volume 68 Issue 2 Pages 383-387

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Abstract

肺癌の骨転移は比較的認められる所見であるが,膝蓋骨への転移は非常に稀である。今回,我々は肺扁平上皮癌を左膝蓋骨滑膜嚢胞液中に認めた症例を経験したので報告する。患者は79歳男性で,肺癌と診断されている。膝に痛みがあることから,感染性関節炎を疑われ,様々な検査が施行された。迅速ギムザ染色(ヘマカラー染色;Hemacolor:H染色)を施行し,扁平上皮癌を検出した。その後,画像診断によって肺癌の左膝蓋骨転移と診断された。肺癌患者において膝に痛みを認める場合には,悪性細胞の存在を念頭において検査にあたることが重要である。

Translated Abstract

Bone metastasis in lung cancer patients is common; however, metastasis to the patella is very uncommon. We report a case of lung squamous cell carcinoma with metastasis to the patella detected by synovial fluid analysis. The patient was a 79-year-old man. He was diagnosed as having lung squamous cell carcinoma (T2aN2M0, stage IIIA). He noted pain on his left knee, and various examinations were performed with the suspicion of infectious arthritis. Puncture fluid analysis included a quick Giemsa staining, and squamous cell carcinoma cells were detected. Patellar metastasis of lung cancer was diagnosed following diagnostic imaging. When lung cancer patients complain of pain on a knee, it is important to consider the metastasis of malignant cells in a general survey.

I  序文

肺癌は,脳・リンパ節・肝臓などに転移しやすい癌であり,その組織型は腺癌が多い。膝蓋骨への転移症例,また,組織型において扁平上皮癌での症例は稀である。今回,我々は,肺扁平上皮癌から膝蓋骨転移への診断の一助となった貴重な症例を経験したので報告する。

II  症例

79才,男性。肺癌放射線治療にて通院中であったが,再発しベスト・サポーティブ・ケア(best supportive care; BSC)の方針となっている患者である。1ヶ月前より膝に痛みを感じ他院整形外科を受診された。今回,左膝疼痛増強により歩行困難となったため,当院整形外科を受診した。来院時検査にて,CRPの上昇を認めたが,その他大きな異常値は認めなかった(Table 1)。また,左膝に腫脹と熱感を認めたため,左膝蓋骨部分のCT画像検査及びMRI画像検査を施行した。さらに,左膝関節内と膝蓋骨直上の腫脹部の2ヶ所を穿刺し(Figure 1),穿刺液の性状,細胞数,細胞分類および細菌培養検査が施行された。

Table 1  来院時検査所見(生化学検査,血液検査)
生化学検査 血液算定検査
項目 測定値 単位 項目 測定値 単位
TP 7.8 g/dL WBC 6.4 103/μL
ALB 3.3 g/dL RBC 385 104/μL
A/G比 0.7 Hb 12.8 g/dL
BUN 13.3 mg/dL Ht 37.3 %
CRE 0.85 mg/dL MCV 96.7 fL
総BIL 0.7 mg/dL MCH 33.1 pg
AST 35 U/L MCHC 34.2 %
ALT 21 U/L Plt 31.3 104/μL
ALP 315 U/L Neutrophil 74 %
LDH 179 U/L Lymphocyte 12 %
γ-GTP 38 U/L Monocyte 7 %
AMY 55 U/L Eosinophil 6 %
CK 54 U/L Basophil 1 %
Na 131 mEq/L
K 4.7 mEq/L
Cl 96 mEq/L
Ca 8.7 mg/dL
eGFR 66.1
CRP 6.37 mg/dL
Figure 1 MRI画像所見

左膝関節 左:T1強調画像,右:T2強調画像

左膝蓋骨は不整に増強される腫瘤にほぼ置換されている(赤矢印) 関節液穿刺部位2ヶ所(黄色点線)

III  臨床検査所見

当院では,穿刺液検査(関節液)として,外観,pH値,細胞数,細胞分類,結晶鑑別検査を全症例において実施している。細胞数は,Burker-Turk計算盤を用いて細胞数算定を実施し,細胞分類においてはメイ・ギムザ染色塗抹標本を作製し分類している(結果を急ぐ場合等において迅速ギムザ染色にて代用する場合がある)。結晶鑑別検査においては,無染色における光学顕微鏡での直接鏡検を実施し,必要時に偏光顕微鏡を用いて結晶鑑別を行っている。今回,結晶鑑別検査結果は両穿刺液ともに(−)であった。また,pH値は両部位ともに7.2であり糖に関しては今回未測定である。本症例の結果を以下に示す。

(左膝関節液)(Figure 2

Figure 2 関節液外観および細胞数・細胞分類所見

外観:黄色透明。細胞数:1,200/μL

細胞分類:Seg 2% Lym 97% Mono 1%

(左膝蓋骨直上腫脹部内液)(Figure 2

外観:血性混濁。細胞数:3,400/μL

細胞分類:Seg 82% Lym 11% Mono 7% 異型細胞(+)

計算盤上で検出した異型細胞はなく,H染色にて,淡青色~淡紫色円形の細胞質,核腫大とクロマチン増量を有する孤在性の細胞集塊を認めたため,異型細胞とした(Figure 3)。また,軽度重積を持つ細胞集塊の他,ゴースト状かつスピンドルな形状を呈する細胞(Figure 4)を認めたため,扁平上皮癌などの異型細胞を考え,『上皮系悪性細胞疑い』としてコメントを付記し,臨床へ詳細を電話報告した。異型細胞報告後,左膝蓋骨直下滑膜嚢胞液の細胞診検査と免疫細胞化学的検査の追加検査を実施した。血中炎症マーカーおよび扁平上皮癌腫瘍マーカーの経時変化を確認したところ,CRP,CYFRA,SCCともに左膝関節液および左膝蓋骨直下滑膜嚢胞液を採取する約1ヶ月前の関節の疼痛出現時より急激に上昇していたことが確認できた(Figure 5)。

Figure 3 ヘマカラー染色細胞像(×400)

淡青色~淡紫色円形の細胞質を持つ細胞(赤矢印)

Figure 4 ヘマカラー染色細胞像(×400)

ゴースト状かつスピンドルな形状を呈する細胞(赤矢印)

Figure 5 炎症および扁平上皮癌腫瘍マーカーの経時変化

IV  画像検査所見

CT画像検査では,左膝蓋骨部分に溶骨像を認め,表層には石灰化を疑う所見を認めた(Figure 6)。また,MRI画像所見では,膝蓋骨部分が不整に増強される腫瘤(赤矢印)に置換されている所見を認めた(Figure 1)。

Figure 6 CT画像所見

左:右膝関節,右:左膝関節

V  細胞診検査および免疫細胞化学的検査所見

細胞診検査によるパパニコロウ染色(Papanicolaou;Pap染色)では,核クロマチン増量,細胞の重積性,一部おたまじゃくし状形態など扁平上皮癌に特徴的な所見(Figure 7)がみられたことから,Class V Squamous cell carcinoma, suspectedと判定された。扁平上皮癌であることを確認する目的で,Pap染色標本から細胞転写法を利用し扁平上皮癌のマーカーである4種類の免疫細胞化学的染色Desmocollin-3,Cytokeratin 34βE12,p40,p63をそれぞれ実施した。その結果,全てに陽性像を確認した〔Desmocollin-3,Cytokeratin 34βE12では,細胞質が茶色(陽性)に染色され,P40,P63では,核が茶色(陽性)に染色されている〕(Figure 8)。以上の各検査結果より本症例は,肺扁平上皮癌による膝蓋骨転移と診断された。また,細菌培養検査では菌の発育は認めなかった。

Figure 7 Pap染色細胞像(×400)

核クロマチンの増量,細胞の重積性,一部におたまじゃくし状の形態を認める

Figure 8 免疫細胞化学的染色像(×400)

A: Desmocollin-3, B: Cytokeratin 34βE12, C: P40, D: P63

※細胞転写法:プレパラート上に塗抹された細胞を1枚のシートとして剥離し,別のプレパラートへ再貼付する方法である1)

VI  経過

来院時初日の骨シンチ画像所見では,転移巣は左膝蓋骨の辺のみにみられ,転移巣を疑う所見は認めなかった。一部にRIの高集積が確認されたが,それぞれ退行性変化や外傷性変化及び炎症所見であった(Figure 9)。しかし,膝蓋骨転移を認めてから約4ヶ月後に右上腕骨・右眼脈絡膜にも転移巣を確認した後,リンパ節,肝転移等も出現したことから患者ADLが急速に低下し,膝蓋骨転移発見から約8ヶ月後に永眠された。

Figure 9 骨シンチ画像所見

左:上顎洞炎と転移巣,右:外傷性変化(骨折)

VII  考察

左膝蓋骨直上の腫脹部液から異型細胞を検出し,的確に臨床へアプローチすることで診断につながった貴重な症例を経験した。一般検査室より発信する付加価値情報として非常に有用性が高いものとなった。一般検査室で,悪性を捉える最良な方法として,関節液の性状が,黄色透明ではなく,血性や混濁状を呈した場合には,良性疾患のみならず悪性腫瘍による出血や炎症を想定し検査にあたること。また,本症例では,チュルク染色を用いてのBürker-Trürk計算盤上での細胞数算定において,異型細胞を確認できなかったが,異型細胞の検出においては,特に細胞集塊とN/C比の大きな細胞に留意することが見落とさないためのポイントである。また,異型細胞が少数の場合には,Bürker-Trürk計算盤上で検出できない場合もあり,遠心操作による集細胞を行い,メイ・ギムザ染色の細胞塗抹標本(迅速ギムザ染色でもよい)を作製し,細胞分類を行うことが重要であると考える。また,今回,細胞数の上昇を認めるものの,培養検査は陰性であったことから細菌性の感染性関節炎は否定できた。関節液中の糖測定は,今回実施していないが,培養検査に比べ検査時間も短く,感染性関節炎の補助検査項目として培養検査と併用すると診断上有用であることから,本症例後に当院では,関節液検査のセット項目として糖検査を導入した。

さらに,X線評価から,本症例では溶骨型を呈していた。骨転移は,溶骨型,造骨型,混合型の大きく3つに分類され,溶骨型では腎癌,造骨型では前立腺癌が代表格とされている2)。また,肺癌では溶骨型主体か造骨型主体の病変に分かれ,溶骨型を呈する骨病変は,骨折リスクや骨外病変の拡大から麻痺を生じやすく予後不良とされている。しかし,早期発見することで患者ADL向上に貢献することが可能である。肺癌の骨転移は比較的高頻度に見られるが,好発部位は脊椎や腰椎などの体幹部分が多いとされ,膝蓋骨のみへの転移は稀なケースと考えられた。組織型を確認しても,腺癌や小細胞癌が多く,膝蓋骨への転移頻度は最も多い腺癌で1/2,500(0.04%)で稀との報告がある3)。膝蓋骨転移の報告として,肺癌や腎癌などがあり,組織型においては腺癌の報告はあるものの,肺扁平上皮癌の膝蓋骨への転移は検索できなかった。通常,病的関節液の多くは,関節リウマチ,変形性膝関節症,痛風,偽痛風,感染性関節炎などによるものが主で,関節液における穿刺液検査の目的の多くは,炎症性疾患の細胞分類や通風,偽痛風で検出される尿酸結晶やピロリン酸カルシウム結晶などの結晶鑑別であり,検出される細胞は,好中球やリンパ球,単球,マクロファージ,滑膜細胞などが主で,悪性細胞を検索することはほとんどない。しかし,今回の例のように異型細胞が出現する場合もあり,細胞数算定・分類時においても,悪性細胞の出現を念頭に置き,標本全体を観察することが肝要である。また,細胞塗抹標本作製の有用性を改めて感じた症例となった。

VIII  結語

関節液検体は,悪性細胞の出現頻度が少ない上,細胞診検査への提出頻度も低く,初検は一般検査によるものが大半を占める4)。その中で,異型細胞を見逃すことなく,迅速かつ的確に臨床へ報告することができれば臨床一般検査の付加価値として大変意義の高いものとなり,患者のADL向上にも寄与できるものと考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

今回,技術提供をいただいた福岡大学病院病理部松本慎二技師に深謝申し上げます。

文献
  • 1)  細胞検査士会(編):細胞診標本作製マニュアル 体腔液.www.intercyto.com/lecture/manual/fluid_manual.pdf(2016年8月4日アクセス)
  • 2)  橋本伸之:「第6回初期の骨転移および骨転移の種類と特徴」.日経BP社,がんナビ.https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/all/cancernavi/series/bone_meta/201309/532283.html(2016年8月4日アクセス)
  • 3)   片山  砂代,他:「股関節痛を初発症状とし関節液で診断しえた若年性肺原発性腺癌の1例」,日本臨床細胞学会誌,1980; 19: 183–184.
  • 4)   米田  操,他:「関節液」,検査と技術,2014; 42: 1047–1053.
 
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