Japanese Journal of Medical Technology
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Detection of mild hemophilia by preoperative screening with APTT test
Shinnosuke OKUBOYoshiko TORIGOEMichinori AOEMasayuki MIYAKEKoichi ITOSHIMAKen OKADANobuharu FUJIIAkira SHIMADA
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2019 Volume 68 Issue 3 Pages 559-563

Details
Abstract

術前検査としてプロトロンビン時間(prothrombin time; PT),活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time; APTT)を測定することは一般的となっている。軽症血友病ではAPTTが軽度延長することがあるが,臨床的に見逃されている症例もみられる。そこで我々は,術前検査時のPTが正常範囲内かつAPTTが軽度延長している症例の中で軽症血友病患者の頻度を明らかとすべく,本研究を計画した。2015年6月1日から2016年5月31日の間に当院で手術が施行された11,465件の中で,抗凝固薬などの投薬がなく術前にAPTT検査が行われた8,676症例を対象とした。当院で定めた基準範囲(26.9–38.1秒)より延長(38.2秒以上)した検体は134例(1.5%)であった。このうち13例(9.7%)が精査を受け,軽症血友病A患者が1例,フォンウィルブランド病(von Willebrand disease; vWD)(I型)患者が1例発見された。以上のことは一般人口においても手術まで気づかれなかった軽症血友病症例が一定割合存在することを示唆していた。さらに二次精査の少なさから血液凝固異常症がフォローアップされていない可能性も危惧されて,臨床家への注意喚起と,正確な軽症血友病患者の把握のための大規模調査が必要と考えられた。

Translated Abstract

Mild hemophilia is sometimes overlooked in the diagnosis even in patients with findings of a slightly prolonged APTT. Therefore, we planned to clarify the frequencies of mild hemophilia in patients with normal PT and prolonged APTT before surgery. Among the 11,465 patients who underwent surgery from 1 June 2015 to 31 May 2016 in Okayama University Hospital, 8,676 patients were administered the preoperative APTT test. All the patients who received the anticoagulant treatment were excluded. We decided that the reference APTT range was 26.9–38.1 seconds on the basis of the normal distribution of normal samples, and patients with an APTT of 38.2 seconds or longer were recruited as the subjects of this study. Among these patients, 134 (1.5%) showed APTTs beyond the upper reference range (38.2 seconds or longer). However, only 13 patients (9.7%) were subjected to further investigation; as a result, one patient was found to have von Willebrand disease (type I) and another one with mild hemophilia A. They were 0.012% each of the total 8,676 patients. These results suggest that a certain percentage of mild hemophilia patients existed in the general population and they were unaware of their bleeding disorder before surgery. Therefore, it is very important to call a physician’s attention to the possibility of mild hemophilia. Moreover, there is concern that blood coagulation disorders are not tracked because of insufficient scrutiny. A much larger study is required to clarify the actual percentage of patients with mild hemophilia in the Japanese population.

緒言

プロトロンビン時間(prothrombin time; PT)が正常で活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time; APTT)が延長した場合,内因系凝固因子異常(第VIII,IX因子の欠損や低下による血友病AとB,第XI因子欠乏症,第XII因子欠乏症)や,後天性血友病,ループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant; LA),フォンウィルブランド病(von Willebrand disease; vWD)などを疑う1)

血友病はX連鎖遺伝形式を示す先天性出血素因であり,出生約10,000人に1人認める。「インヒビターのない血友病患者に対する止血治療ガイドライン2013年改訂版」において血友病の重症度について,重症は凝固因子活性トラフ値が1%未満,中等症は凝固因子活性トラフ値が1%以上5%未満,軽症は凝固因子活性トラフ値が5%以上40%未満とされている2)。血友病においてAPTTは,重症・中等症例では明らかな延長がみられる。一方,軽症例では軽度延長または,延長しないこともありうる。抜歯や外傷後の止血困難,あるいは術前の凝固スクリーニング検査異常から気付かされることがあり3),4),診断されず見逃されている軽症血友病患者も存在することが想定される。

血液凝固異常症の統計結果において日本における血友病の重症度別の登録者割合は軽症17.4%,中等症15.7%,重症65.6%とされている。その一方で他国の統計結果を見ると,軽症血友病登録者割合についてイギリスでは61.5%,カナダでは60.8%,イタリアでは40.5%,アメリカでは29.7%と,統計上日本における軽症血友病の割合は欧米諸国よりも少ない(Figure 15)~10)。日本国内においては出血症状がある症例のみが登録されている可能性も考えられ,出血症状のない軽症血友病患者は見逃されている可能性が考えられる。

Figure 1 国別に見た血友病における重症度ごとの登録者数割合

各国について血液凝固異常症の統計結果における血友病の重症度別の登録者割合を示す。

近年,術前検査として凝固検査であるPT,APTTを測定することが一般的となっている。そこで我々は,術前検査時のPTが正常範囲内かつAPTTが延長している症例の中で軽症血友病患者の頻度を明らかとすべく,まずは現状を把握するための調査として本研究を計画した。検討例の中で2例の血液凝固異常症患者が見つかったので報告する。

なお本研究は岡山大学病院生命倫理審査委員会により研1605-024で承認されている。

I  研究対象,材料及び方法

2015年6月1日から2016年5月31日の間に手術が施行された11,465件の中で,抗凝固薬などの投薬がなく術前にAPTT検査が行われた8,676症例を対象とした。

APTT測定における使用機器は全自動血液凝固測定装置CS-5100(シスメックス社),使用試薬はAPTT試薬 APTT-SLA(シスメックス社)を用いた。該当試薬の添付文書によると,基準範囲は各施設で設定するようになっているため,当院では正常血漿(健診検体)228例を用いて算出した正規分布より26.9–38.1秒と定めている。

その中でPTの活性が70%以上であり,かつAPTTが当院の基準範囲の上限38.1秒よりも延長していた患者を本研究の対象として設定した。患者情報にあたり,ワルファリンやヘパリン,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants; DOAC)などAPTTに影響する薬剤服薬歴のある患者437例および,すでに重症血友病と診断されている患者2例は検討対象から除外した。

II  結果

2015年6月1日から2016年5月31日の間に手術が施行された11,465件の中で,抗凝固薬などの投薬がなく術前にAPTT検査が行われた8,676症例について測定結果の分布を示す(Figure 2)。

Figure 2 術前検査でAPTTを測定した8,676例の測定結果

2015年6月1日から2016年5月31日の間に当院で手術が施行された11,465件の中で,抗凝固薬などの投薬がなく術前にAPTT検査が行われた8,676症例の測定結果を示す。

APTTが基準範囲より延長(38.2秒以上)を示した患者は134例(1.5%)であった。その内訳は,肝疾患13例,抗リン脂質抗体症候群3例,栄養障害3例,特記すべきことのないものは115例であった。そのうち精査された患者は13例(9.7%)のみであった。精査として,ミキシングテスト,また,凝固第VIII因子,凝固第IX因子,LA,フォンウィルブランド因子(von Willebrand factor; vWF)活性,vWF抗原の測定を行った。その中で軽症血友病A患者が1例,vWD患者(I型)が1例発見された。

1. 症例1

18歳男性,家族歴はなく,前医の術前検査でPT 12.7秒(基準範囲:11.0–13.0秒),PT活性89%(70–130%),PT-INR 1.07(0.90–1.10),APTT 50.9秒(25.0–40.0秒),第VIII因子活性16%(80–120%),第IX因子活性64%(80–120%)により当院に紹介された。病歴を聞くと,サッカー練習中において両膝関節痛がよくみられたが,腫脹することはなかった,とのことであった。今回は反復性脱臼,打撲後左下腿での皮下出血がひどく,治療が長引き,反復性脱臼について全身麻酔下で手術予定であった。当院で検査を行ったところAPTT 48.9秒(26.0–38.1秒),第VIII因子活性12%(70–150%),第IX因子活性54%(70–120%),vWF活性54%(60–170%),クロスミキシングテスト凝固因子欠乏型であった。以上の結果から軽症血友病Aと診断され,術前から第VIII因子製剤を補充され無事に手術が行われた。

2. 症例2

34歳男性,家族歴はなく,左中大脳動脈未破裂脳動脈瘤が見つかり,開頭ネッククリッピング施行予定であった。前医における術前検査においてAPTT 46.2秒(翌日再検42.5秒),PT 11.3秒(翌日再検12.5秒),PT活性114.2%(翌日再検93.5%),PT-INR 0.93(翌日再検1.03)とAPTT延長が見られ当院に紹介された。易出血性のエピソード,血栓の既往はなく,アルコール性肝障害でフォローアップ中でもあった。当院にてAPTT 42.2秒(26.9–38.1秒),第VIII因子活性17%(70–150%),第IX因子活性65%(70–120%),vWF活性13%(60–170%),vWF抗原量62%(50–155%),vWFマルチマ-解析正常パターン,クロスミキシングテスト凝固因子欠乏型であった。以上からvWD(I型)と診断された。第VIII因子製剤投与により,APTT 32.6秒に短縮した。

 

上記2例とも凝固因子製剤を使用し手術は安全に行われた。両名とも術前はっきりとした出血症状,家族歴は見られず,本人も血液凝固異常症と気付いていなかった。

III  考察

本研究では,APTTが基準範囲上限より延長した症例中より軽症血友病Aが1例とvWD(I型)が1例それぞれ見つかった。これは解析対象の8,676例中,基準範囲以上が134例みられ,そのうちの13例で精査が行われた結果みいだされた症例である(それぞれ0.012%)。

以上のことから一般人口においても手術まで気づかれていない軽症血友病患者が一定割合存在することが示唆される。

APTT基準範囲内である36.0–38.1秒において血友病に関する精査はされておらず,軽症血友病患者の存在は明らかにされなかった。ただ過去の報告では実際に基準範囲内においても軽症血友病患者が存在することが報告されている11)ため基準範囲内まで検索する意義はあると考えられる。その報告ではAPTT測定値について基準範囲内の軽度延長例を含めてスクリーニングし,445例中1名(0.22%)軽症血友病Aが発見された。一方で基準範囲内まで検索するとなると,その労力は多大なものになることが懸念されるため,対象の設定には議論が必要である。過去の報告に比べると我々の研究における発見割合は低いが,症例数や検索対象には相違があり一概に比較することは困難と考えられる。

さらなる問題点として,APTT試薬の構成物質の多様化,また測定機器の多様化により一律の基準範囲設定が難しい現状が挙げられる。我々が研究に用いたトロンボチェックAPTT-SLAは未分画ヘパリン,LAと第VIII因子に対する感受性が良好な試薬として知られている12)。しかし,先ほど述べたように試薬の種類により特性は様々である。そのため測定機関によって基準範囲にもばらつきがみられ,他施設で特定の秒数を設定し,一律にスクリーニングすることは難しいと考えられる。

軽症血友病においてAPTTがどの程度延長するのかという点ははっきりしていないが,確定診断には遺伝子検査が必要という報告もある13)。実臨床においては詳細な問診を行うことや,急を要さない手術の場合は少し経過観察をして再検査を行うことなどが重要と考えられる。術前に軽症血友病と判明すれば,術前から凝固因子製剤を投与したり,術式の変更を行うことで,より安全に手術が可能である14)。さらに術後に止血困難を呈し,不要な輸血など過度な処置を防ぐことができ,医療安全の点からも極めて重要だと考えられる。

しかしながら本研究において術前検査でAPTTが基準範囲よりも延長していた症例の精査割合はわずかに9.7%であった。考えられる理由として,術式により出血が予想されなかったこと,医師が軽度のAPTTの延長を重視していない可能性などが考えられた。本研究でも明らかになったように,APTT延長症例の中には真の内因系凝固異常症患者が存在することが明らかになったので,各施設においてもより一層臨床家や病院として啓蒙していく必要があると考えられた。

今後正確な血液凝固異常症患者や軽症血友病患者の把握のために,大規模調査が必要と考えられた。

IV  結語

本研究より一般人口においても手術まで気づかれなかった軽症血友病症例が一定割合存在することが示唆された。さらに二次精査の少なさから血液凝固異常症がフォローアップされていない可能性も危惧されて,臨床家への注意喚起と,正確な軽症血友病患者の把握のための大規模調査が必要と考えられた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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