2019 Volume 68 Issue 3 Pages 443-449
検査室における医療安全の取り組みの中で,インシデントの原因・影響を分析することは重要である。本研究は2009年4月から2017年3月までの8年間に当院検査室で発生したインシデント326件のうち誤報告100件を対象として,発生頻度,関連した部署,要因,技師の経験年数,患者への影響(インシデントレベル)について検討した。100日あたりの誤報告件数は全体では3.4件で,部門別では生理検査部門に多かった。検体検査における業務時間帯別の誤報告率は,日勤帯より日当直帯で高かった。誤報告の発生要因は不注意・錯誤・知識不足の順に多かった。技師1人あたりの誤報告件数を経験年数別にみると,30年目以上で最も多かった。検査結果の誤報告は再検査が必要となることが多く,また,患者の転室・転院や不適切な薬剤投与につながることがあった。誤報告に至った原因・経過を分析し,これに有効な対策を立てること,またこれを検査室全体で共有することにより誤報告は減少する可能性がある。
Analysis of the causes and effects of incidents in a laboratory is important to ensure medical safety. Of 326 incidents, 100 erroneous laboratory reports during a period of 8 years between April 2009 and March 2017 were analyzed according to frequency, department, cause, years of experience of medical technologists, and incidence. The total number of erroneous reports per 100 days was 3.4, with the physiological examination department having the largest number recorded. Erroneous reports from specimen laboratories frequently transpired during day or night duty compared with routine hours. The causes of erroneous reporting were mainly carelessness, mistake, and lack of knowledge. The length of experience of medical technologists, i.e., ≥ 30 years, was most frequently associated with erroneous reports. Some erroneous reports required reexamination, unnecessary room or hospital change, or inappropriate medication. To reduce erroneous reports, it is important to analyze the background, causes, and results, develop effective countermeasures, and share the information among medical staff members.
検査データは医師が診断・治療を行う際に重要であり,近年,医療における検査の重要性は増している。正確な検査データを医師並びに患者に提供するために,検査室においても積極的に医療安全に取り組む必要がある1)。検査室における検査結果の誤報告は,患者の診断・治療に影響を与える可能性がある。誤報告に至る背景・原因は様々であるが,これを詳細に検討した報告は少ない1)~7)。
当院は病床数852床の第3次救急指定病院で,救急救命センター,災害拠点病院,造血幹細胞移植推進拠点病院,地域がん診療連携拠点病院などの指定を受けており,2017年度の1日平均外来患者数は1,638名,1年間の手術件数は8,341件であった。検査部は技師63名で運営されている。当検査室では,インシデントが発生するとインシデント・アクシデントレポート(IAレポート)の提出に続いて,検査部リスクマネジメント会議を行い,背景・原因の分析,対策立案と技師への周知を行っている。誤報告は検査室における頻度の高いインシデントの1つであり,これに関する情報を詳細に解析することにより,検査室における医療安全の今後の課題がうかび上がる。そこで,本研究の目的は検査室における誤報告の特徴を明らかにすることとした。
2009年4月から2017年3月までの8年間に当院検査室で発生したインシデント326件のうち,検査結果の誤報告100件を本研究の対象とした。同一の原因で発生した機器不良による誤報告は1件として扱った。誤報告の発生頻度,関連した部署,要因,技師の経験年数,患者への影響(インシデントレベル)について検討した。対象の8年間を2009年4月から2013年3月の前期と,2013年4月から2017年3月の後期のそれぞれ4年間に分けた。検査室における部門を輸血検査,細菌検査,病理検査,採血,生理検査(心電図・超音波・脳波検査),検体検査(生化学・血清・血液・一般検査)に分類した。検体検査の業務を日勤帯と日当直帯に分類した。誤報告の要因を不注意(うっかり,わかっているのに間違えた,確認不足),錯誤(思い込み,勘違い),知識不足(知識が身についていない),機器・試薬の不良,原因不明の5つに分類した。技師の経験年数を1~4年目,5~9年目,10~29年目,30年目以上に分類し,それぞれのカテゴリーについて,調査した各年度の人数を積算して母数とした。
インシデントレベルは国立大学附属病院医療安全管理協議会の定義に準拠して,以下のように分類した8)。レベル0:エラーや医療薬品・医療機器の不具合が見られたが,実施されなかった,レベル1:患者に実施されたが,実害がなかった,レベル2:実害があったが,処置や治療は行わなかった,レベル3a:実害があり,簡単な処置や治療をした,レベル3b:実害があり,濃厚な処置や治療を要した。適応外:患者からの苦情,医薬品の紛失,盗難,自殺や自殺企図,医療従事者に発生した事態など。
カテゴリー変数の群間の比較はカイ二乗検定で行った。p < 0.05を統計学的に有意差ありとし,統計学的解析にはEZR(The R Foundation for Statistical Computing, Perugia, Italy)を用いた9)。本研究は患者情報,検体等を使用していないため,倫理委員会から承認を免除された。
Figure 1に全検査結果報告数と誤報告数の経時的変化を示す。全検査結果報告数は8年間で漸増しており,2016年は2009年の1.3倍であった。一方,誤報告数は2009年から2013年までは減少していたが,その後は微増していた。調査期間中の全検査結果報告数は35,961,973件で,検査100万件あたりの誤報告数は全調査期間で2.8件,前期4.3件,後期1.5件で,誤報告の頻度は前期と比較して後期で有意に少なかった(p < 0.001)。
2009年度から2016年度までの全検査結果報告数と誤報告数の経時的推移を示した。
Figure 2に部門別の誤報告数の経時的変化を示す。生理検査部門の誤報告数は,前期の4年間に激減していた。検体部門の誤報告数は,日勤帯では減少はわずかであったが,日当直帯では前期と比較して後期で明らかに減少していた。部門別の誤報告の頻度をFigure 3に示す。各部門での誤報告発生頻度を前期と後期で比較すると,生理検査部門(p < 0.001),検体検査部門(日当直帯)(p < 0.001),輸血部門(p = 0.022)でそれぞれ有意に減少していた。検査100万件あたりの誤報告件数は,検体部門は1.0件,生理検査部門は64件で,生理検査部門で多かった(p < 0.001)。検体検査部門における検査100万件あたりの誤報告数を業務時間帯別にみると,日勤帯1.0件,日当直帯2.0件で,日勤帯と比較して日当直帯で多かった(p = 0.028)。
2009年度から2016年度までの部門別の誤報告数の経時的推移を示した。
部門別の検査100万件あたりの誤報告数を前期と後期に分けて比較した。
誤報告の発生要因は,不注意:49件,錯誤:27件,知識不足:14件,機器・試薬の不良:7件,原因不明:3件であった。具体例をTable 1に示す。各年度の誤報告数を要因別に分けて検討すると(Figure 4),不注意,錯誤による誤報告は2013年まで漸減していたが後期にもしばしばみられた。知識不足による誤報告は2011年に多く,2014年以降も減少していなかった。誤報告の発生要因を前期と後期で比較すると(Table 2),その頻度は同様であったが,不注意,錯誤,機器・試薬の不良による誤報告数は,前期と比較して後期で半減していた。
発生要因 | 部門 | 具体例 |
---|---|---|
不注意 | 生理 | 検査報告書をスキャナーで取り込む際に,異なった患者に送信した。 |
検体 | 用手法検査で「陰性」を「陽性」と誤入力した。 | |
錯誤 | 採血 | 患者を間違えて採血した。 |
採血 | 尿検体を分注する際,間違ったラベルを手貼りした。 | |
知識不足 | 検体 | 胸水検査の結果が陰性だったが,「0」を入力した。 |
検体 | 試薬の劣化に気づかず,誤った値を報告した。 | |
輸血 | О型陰性対照検査をせずに,血液型を報告した。 | |
機器・試薬不良 | 検体 | 機械の故障により腫瘍マーカーの値を誤報告した。 |
検体 | 機械の洗浄液の不足により血糖値を誤報告した。 | |
原因不明 | 検体 | エンドトキシン値が初検・再検で陽性だったが,再採血の検体では陰性だった。 |
2009年度から2016年度までの発生要因別の誤報告数の経時的推移を示した。
要因 | 前期 | 後期 | p |
---|---|---|---|
不注意 | 37(52%) | 12(41%) | 0.409 |
錯誤 | 20(28%) | 7(24%) | |
知識不足 | 8(11%) | 6(21%) | |
機器・試薬の不良 | 5(7%) | 2(7%) | |
原因不明 | 1(1%) | 2(7%) | |
計 | 71(100%) | 29(100%) |
誤報告に関連した技師の経験年数と誤報告数をTable 3に示す。1人あたりの誤報告数は30年目以上で最も多く,次いで1–4年目で,5–9年目が最も少なかった。年代別の誤報告数・発生要因をFigure 5に示す。5–9年目は錯誤が最も多く,1–4年目,30年目以上は不注意が最も多かった。知識不足の頻度は10–29年目で最も低く,他の年代では同程度であった。
経験年数 | 8年間の のべ人数 |
誤報告数 | 1人あたりの 誤報告数 |
p |
---|---|---|---|---|
1–4年目 | 111 | 16 | 0.14 | 0.486 |
5–9年目 | 95 | 8 | 0.08※ | |
10–29年目 | 127 | 13 | 0.10 | |
30年目以上 | 113 | 17 | 0.15※ |
※:p = 0.277
技師の経験年数を1–4年目,5–9年目,10–29年目,30年目以上に分けて,8年間で発生した誤報告の数と発生要因を比較した。
誤報告による患者への影響をインシデントレベル別に分類すると,レベル0:10件,レベル1:69件,レベル2:15件,レベル3a:4件,レベル3b:1件,適応外:1件とレベル1が約2/3を占めた。インシデントレベル2以上の影響のあった誤報告の内容をTable 4に示す。誤報告の結果,再採血・再検査が必要になることが多かった。また,患者に転院や転室を余儀なくさせたり,不必要な薬剤が投与されたり,あるいは抗生剤投与期間が延長されることがあった。
部門 | 内容 | レベル | 影響 |
---|---|---|---|
細菌 | 結核菌陰性を陽性と入力 | 3b | 患者の転院 |
細菌 | 細菌名の誤入力 | 3a | 抗生剤の変更 |
検体 | 洗浄液不足により,血糖値を本来の値より低値で報告 | 3a | 糖分の投与 |
検体 | 分析機の異常に気付かず,電解質の値を誤報告 | 3a | 経口でのK補正 |
検体 | エンドトキシン陰性を陽性と報告 | 3a | 不必要な抗生剤の投与 |
輸血 | 間接クームス試験で偽陽性を陽性と報告 | 2 | 再検査 |
病理 | Fluorescence in situ hybridization検査で患者を間違えた | 2 | 再採血 |
生理 | 神経伝導速度検査結果を誤って報告 | 2 | 再検査 |
生理 | 患者の取り違え | 2 | 再検査 |
採血 | 動脈血ガス検査を静脈血で採血 | 2 | 再採血 |
採血 | 患者を間違えて採血 | 2 | 再採血 |
採血 | システム不良による患者の取り違え | 2 | 再採血 |
採血 | ラベル出力間違いによる患者の取り違え | 2 | 再採血 |
細菌 | 薬剤感受性パネルの不良により,Methicillin-resistant Staphylococcus aureusと誤って報告 | 2 | 患者の転室 |
細菌 | βラクタマーゼ鑑別検査の誤判定 | 2 | 患者の転室 |
検体 | プロカルシトニンの結果確認の際,操作を間違えて,データを書き換えた | 2 | 抗生剤投与期間の延長 |
検体 | 恒温槽の温度を確認せず,ヘパプラスチンを低値で報告 | 2 | 再採血 |
検体 | インフルエンザ検査陰性を陽性と報告 | 2 | 不適切な薬剤投与 |
検体 | 検体番号の入力間違いによりインフルエンザ検査結果を誤報告 | 2 | 不適切な薬剤投与 |
検体 | RSウイルス検体でインフルエンザウイルス検査を実施 | 2 | 再検査 |
本検討では検査室で発生した誤報告100件を対象に,その頻度,要因,影響について検討した。誤報告の発生数は前期と比較して後期では減少していた。検体検査部門の誤報告発生頻度は日勤帯よりも日当直帯に高かった。誤報告の要因は不注意,錯誤,知識不足の順に多く,5–9年目の技師では錯誤が多く,1–4年目,30年目以上の技師では不注意が多かった。検査結果の誤報告により再検査が必要になることが多く,患者の転院・転室や不適切な薬剤投与などの結果を招いていた。
2009年に年間31件あった誤報告は2012年までに漸減し,その後4年間は年間7件前後を推移していた。これは,当検査室における医療安全の取り組みに一定の効果があったことを示唆している。当検査室では,2009年4月より,インシデントレポートを積極的に提出するなどのインシデントへの対策を本格的に開始した。2009年当時,生理検査部門では検査結果報告書をスキャナで取り込んで送信する際,患者IDの手入力を誤り,異なった患者のカルテへ送信することが多発していた。2009年10月から,患者IDを手入力することをやめ,報告書にバーコードを印字するシステムを導入したことにより,このエラーは激減した。このように,インシデントに対してシステムの変更など検査環境への有効な対策が立てられると同様のインシデントの再発を抑えることができる10)。しかし,再発防止の困難なインシデントがあること,新たなタイプのインシデントの出現などにより,後期において誤報告数は微増している。
検体検査部門における誤報告発生頻度は日勤帯よりも日当直帯で多かった。夜間の当直・休日の24時間体制の日当直は,血液検査,生化学,血清検査に日頃従事していない技師も多く行っている。不慣れな状況に加えて,様々な状況判断を限られた人員で行わなくてはならず,また日当直帯は日勤帯にはない様々な状況が起こりうるので,エラーが発生しやすかったのであろう5)。2012年8月より,日直帯の検体検査に従事する技師として,それをルーチンワークとしている技師を配置するようにした。これにより,後期の日当直帯の誤報告は減少した。
誤報告に関連した技師を経験年数別にみると,誤報告発生頻度は30年目以上で最も多く,次いで1–4年目であった。1–4年目の新人層と30年目以上のベテラン層の発生要因は,どちらも不注意が多かった。インシデントの発生と経験年数など医療者の背景による関連については,これまでにも複数の報告がある。1–4年目の新人層は独り立ちし,求められる業務が多くなり,不慣れから不注意によるミスが多いと考えられる。また30年目以上のベテラン層は,年齢を重ねてからの部門異動に伴い,配属場所では経験不足であるにもかかわらず,技師としての過去の経験から,反射的行動や思い込み,慣れのために確認動作や手順の省略をする傾向があるためと考えられる11)~13)。
検査部におけるインシデントの要因として確認不足を指摘する報告は多い3),6),7),13)。本検討でも誤報告の要因として不注意によるものが最も多かった。不注意・錯誤が原因の誤報告は後期に減少していたが,知識不足が原因の誤報告の減少はわずかであった。医療の進歩,変化により新たな検査が日々導入されるため,技師として経験年数が長くても,わからないこと,初めて経験することは存在する。こうした場合,自分だけで判断するのではなく,周りの技師に相談し解決につなげること,また,その事例を共有することが知識不足を補うことにつながる。尋ねる相手が上司だから言いにくいとか,年下の技師に質問するのは恥ずかしい,といった職場環境があれば,改めるべきであろう。
採血部門では,前期と後期で比較すると誤報告の頻度はわずかな減少にとどまった。採血室における誤報告の要因は,機器不良が原因で起きた1件を除くと,全て確認不足が原因であった。患者確認や採血ラベル確認などの作業における誤りは,新たなシステムの導入や変更によって防ぐことが一般に困難なため,誤報告発生頻度は微減にとどまったのであろう。ここにおいても人による確認作業の重要性が示唆される。
医療の現場において求められることの1つに,医療者間でリスクに関する情報や認識を共有することがある2)。当検査室では2016年7月に「初提出検体ではエンドトキシン陽性と報告したが,医師の要請により再採血を行なったところ,陰性となった」という事例を経験した。同年11月に別の患者でエンドトキシンが陽性となったが,担当した技師は患者の臨床記録を検討し,この陽性の結果に疑問を持った。結果を報告する前に再採血を依頼したところ,再提出された検体の結果は陰性であった。この事例では以前の誤報告の経験を生かし,誤報告を未然に防ぐことができた。これは経験を生かすことと同時に,疑問に感じたら職種の域を越えて疑問を解決できるような努力をする,またそうした行為を行いやすい環境づくりが大切であることを示している。異常な状況に気付かず,あるいは「まあいいか」と放置することは,患者に大きな影響を及ぼすことがあることを再認識すべきである2)。
当院検査部では毎月,各部署でのミーティングを行う際,ゼロインシデント,いわゆるヒヤリハット報告を各部署で1つ提出している。「この程度のミスは届けなくていいだろう」と判断するのではなく,誤報告につながる可能性のある事例を報告し,重要なゼロインシデントを技師全員で共有するようにしている。エラーが未然に防止された経験を共有することでレジリエンスの醸成につながると考えるからである2)。
本検討ではレベル3以上の影響のあった誤報告は5件であった。検査の誤報告は患者の診断・治療に影響し,不必要な治療介入を招くことがある。またレベル2の誤報告であっても,再採血,再検査を行うことは患者の医療機関への信頼の低下につながる。検査室は医療機関の重要な基盤であり,誤報告を減少させる努力を継続すべきである。
誤報告は検査室における頻度の高い重要なインシデントの1つで,患者の転院・転室や不適切な薬剤投与につながりうる重大なインシデントであった。インシデントの背景,原因を明らかにし,これを検査室全体で共有することが誤報告を減らすために重要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。