2019 Volume 68 Issue 3 Pages 602-606
背景:原発性滲出液リンパ腫(primary effusion lymphoma; PEL)は,体腔滲出液中で増殖して腫瘤を形成せず,ヒトヘルペスウイルス8型(HHV-8)感染が発症に関与する稀な悪性リンパ腫である。今回,PELに類似するもののHHV-8感染を認めないPEL様リンパ腫の1例を経験し,胸水セルブロック標本の作製が診断に有用だったので報告する。症例:90代,女性。息切れを訴え来院。多量の両側胸水貯留を認め,胸腔ドレナージが施行された。胸水細胞診で粗造な核クロマチンを有し核形不整と大型核小体が目立つN/C比の高い孤在性の大型異型細胞を均一に多数認め,セルブロック標本による免疫細胞化学とフローサイトメトリー法による細胞表面抗原解析の結果からびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫と診断した。CTによる全身検索では腫瘤性病変やリンパ節腫大等はみられず,また,胸水中にHHV-8 DNAは検出されなかった。以上の所見から,PEL様リンパ腫と最終診断された。結論:本症例は初回提出の胸水でセルブロック標本を作製したことにより迅速な免疫細胞化学的検索が可能となり早期診断に至った。PEL様リンパ腫は,体腔液ドレナージのみで消退傾向を示し異型細胞が認められなくなる症例がみられることから,PEL様リンパ腫が疑われる場合は初回採取の体腔液でセルブロック標本を作製することが診断上重要と考えられた。
Background: Primary effusion lymphoma (PEL) is a rare malignant lymphoma observed as an effusion in the body cavity without forming any tumor masses and is associated with human herpes virus type 8 (HHV-8) infection. We report a case of PEL-like lymphoma (PEL-LL) observed as a pleural effusion in the absence of HHV-8 infection. A cytology cell block of the pleural effusion was useful for diagnosis. Case: A female in her 90s complained of dyspnea. A chest X-ray examination showed a large amount of bilateral pleural effusion, and thoracic drainage was performed. Pleural effusion cytology showed a large number of atypical cells with large irregular nuclei. Immunocytochemical analysis using a cell block showed CD20, CD79a, and bcl-2 positivities. Therefore, the patient was diagnosed as having diffuse large B cell malignant lymphoma. No tumor mass or lymph node swelling was detected by enhanced computed tomography and no HHV-8 was detected. Therefore, this patient was diagnosed as having PEL-LL. Conclusion: In the present case, the use of a cytology cell block from pleural effusion drained for the first time enabled rapid immunocytochemical analysis, resulting in early diagnosis. Several previous studies have shown that PEL-LL disappeared following effusion drainage. Therefore, constructing a cytology cell block from the initial drained effusions is important for the diagnosis of PEL-LL.
原発性滲出液リンパ腫(primary effusion lymphoma; PEL)は,体腔滲出液中で増殖し,腫瘤形成を認めない稀な悪性リンパ腫である1)。PELの多くはHIV既感染の免疫不全状態にある若年者に発生し,全例にヒトヘルペスウイルス8型(human herpesvirus 8; HHV-8)感染を伴う1)。一方日本では,HHV-8感染陰性のPEL様リンパ腫が高齢者を中心に報告されている2)。
今回我々は,セルブロック標本の作製が診断に有用だった胸水原発のPEL様リンパ腫の1例を経験したので報告する。
90代,女性。息切れと下肢浮腫を主訴として近医を受診し,胸部X線検査で多量の両側胸水貯留を認めたため,精査目的で当院を紹介受診した。当院呼吸器内科において胸腔ドレナージが施行され,胸水検体が提出された。
胸水細胞診では,Papanicolaou染色標本で,孤在性の異型細胞を均一に多数認めた。異型細胞は小型リンパ球の2倍以上と大型で,N/C比が高く,粗造な核クロマチンを有し,核形不整と大型核小体が目立った(Figure 1A)。May-Grünwald Giemsa染色標本では,好塩基性の胞体を有し核小体の目立つ大型異型リンパ球様細胞を多数認めた(Figure 1B)。また,両染色標本において,多数を占める異型細胞よりも大型の多核異型細胞が少数散見された(Figure 1)。
A: Pap staining (×40), B: May-Grünwald Giemsa staining (×40). Arrows show multinucleated giant cells.
細胞診標本作製後の残沈渣を材料として既報の方法3)により作製した胸水セルブロック標本にて免疫細胞化学的検索を行った(Table 1)。その結果,単核および多核の異型細胞はCD20,CD79a,bcl-2が陽性(Figure 2B–D),CD30,CD138が陰性であった。また,免疫グロブリン軽鎖はkappa鎖が優位に発現していた。以上より,本異型細胞をびまん性大細胞型B細胞性リンパ腫と診断した。
CD3 | (−) |
CD5 | (−) |
CD10 | (−) |
CD20 | (+) |
CD30 | (−) |
CD79a | (+) |
CD138 | (−) |
bcl-2 | (+) |
(+): positive (−): negative
B: CD20, C: CD79a, D: bcl-2 (A–D: ×40).
フローサイトメトリー法による細胞表面抗原解析の結果,胸水中の異型細胞はCD19,CD20の陽性率が高く,免疫グロブリン軽鎖はkappa鎖に大きく偏っていた(Table 2)。これらの結果は,セルブロック標本による免疫細胞化学の結果と一致した。
CD2 | 7.1% | CD20 | 94.1% |
CD3 | 7.6% | CD23 | 0.5% |
CD4 | 3.4% | CD25 | 9.5% |
CD5 | 6.7% | CD30 | 0.4% |
CD7 | 3.3% | CD33 | 1.9% |
CD8 | 3.0% | CD56 | 1.0% |
CD10 | 0.1% | CD103 | 0.6% |
CD15 | 11.5% | Kappa-chain | 77.9% |
CD16 | 0.6% | Lambda-chain | 21.0% |
CD19 | 81.2% |
CTによる全身検索では,腫瘤性病変やリンパ節腫大等は認めなかった。また,インターフェロン-γ遊離試験(interferon-gamma release assay; IGRA)は陰性だった。
胸水中のウイルス遺伝子定量検査の結果,HHV-8 DNAは検出されなかったが,EBウイルス(Epstein-Barr virus; EBV)DNAが2.0 × 102コピー/mL検出された(基準値:2.0 × 102コピー/mL未満)。血中抗EBV抗体検査の結果,抗early antigen IgG抗体と抗viral capsid antigen(VCA)IgG抗体が検出されたものの,抗VCA IgM抗体と抗EVB nuclear antigen(EBNA)IgG抗体は陰性だった。胸水中のEBV DNA clonality検査の結果は陰性であった。
以上より,本症例は胸水原発のPEL様リンパ腫と最終診断された。
PELは漿液性滲出液中で増殖し腫瘤形成を認めない稀な大細胞型B細胞性悪性リンパ腫であり,全例にHHV-8型感染を伴うものとして,WHO分類における独立した疾患として定義されている1)。HIV感染により重篤な免疫不全状態にある若年〜壮年期の男性に多く発症し,腫瘍細胞は免疫細胞化学的にCD19,CD20,およびCD79a等の汎B細胞マーカーが陰性で,CD30,CD138等が陽性であることが多いとされる1)。一方,PELに類似するもののHHV-8の感染を伴わない症例がPEL様リンパ腫として報告されており,免疫細胞化学的に汎B細胞マーカーが陽性を示すものが多い2),4),5)。PEL様リンパ腫は,日本ではHIV感染を伴わない高齢者に多く報告されている2)。今回我々が経験した症例もHHV-8,HIV感染が共に陰性の高齢女性であり,胸水中にCD19,CD20,CD79a陽性でCD30,CD138陰性のB細胞性悪性リンパ腫細胞を認めたことから,PEL様リンパ腫の特徴に合致していた。
本症例は,初回に提出された胸水でセルブロック標本を作製したことにより迅速な免疫細胞化学的検索が可能となり,同時に実施した細胞表面抗原解析の結果と合わせて早期診断に至った。先行研究では,体腔液ドレナージのみで消退傾向を示し,体腔液中に異型細胞が認められなくなったPEL様リンパ腫の症例が複数報告されている6),7)。本症例でも,治療開始3ヵ月後に再び胸水貯留を認めたため胸水ドレナージが施行されたが,胸水中に悪性細胞を認めなかった。よって,PEL様リンパ腫の診断においては,初回採取の体腔液でセルブロック標本を作製することが重要と考えられる。
また,胸水細胞診において,悪性リンパ腫細胞が均一に多数出現したが,同時に大型の多核異型細胞も少数散見された。いくつかのPEL様リンパ腫の症例報告でも,本症例と類似した大型の多核異型細胞の出現が報告されている8),9)。この大型多核異型細胞の出現がPEL様リンパ腫の細胞像の特徴である可能性が示唆されるが,本疾患の細胞像に関する報告は未だ少ないため,さらなる症例の蓄積が待たれる。
PEL様リンパ腫では30%にEBV感染を伴うとの報告があるが2),本症例では胸水中のEBV DNA clonality検査の結果は陰性であり,EBVの直接的な関与は否定的であった。一方で,EBV感染が密接に関与し胸水中に悪性リンパ腫細胞が出現する疾患である膿胸関連リンパ腫(pyothorax-associated lymphoma; PAL)10)が鑑別診断として挙げられた。しかし,胸水EBV DNA clonalityが陰性だったことに加えて,膿胸や明らかな胸膜肥厚を認めなかったこと,および結核の既往がなくIGRAも陰性であったことからPALは否定的であった。
PELは極めて予後不良である1)のに対して,PEL様リンパ腫は一般的に治療反応性が良く,予後良好とされる7),11)。本症例も当院血液内科にて施行された化学療法が奏功し,診断から6ヵ月経過後も再発を認めていない。この点においても本症例は既報のPEL様リンパ腫の特徴に合致していた。
セルブロック標本の作製が診断に有用だった胸水原発のPEL様リンパ腫の1例を経験したので報告した。腫瘤非形成性のPEL様リンパ腫の診断には,初回採取体腔液でのセルブロック標本作製が重要と考えられる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本論文の執筆にあたり,患者情報をご提供いただいた山形県立中央病院血液内科 田嶋克史先生,奥山修平先生に深謝いたします。