2019 Volume 68 Issue 3 Pages 494-500
血中フィブリノゲンの測定にはトロンビン時間法(Clauss法)が広く用いられている。今回,当院で使用しているトロンビン試薬の原材料がヒト由来からウシ由来トロンビンに変更されることに伴い,その影響について検証した。対象試薬はトロンボチェックFib(L)(シスメックス)で,ヒト由来トロンビンを使用したロットとウシ由来トロンビンを使用したロットを比較した。全自動血液凝固測定装置CS-5100(シスメックス)を使用し,同時再現性・日差再現性・高値希釈直線性・最小検出感度・材料間相関性・共存物質の影響について検討した。なお,本研究は名古屋大学医学部生命倫理審査委員会の承認を得て施行した。同時再現性,日差再現性,高値希釈直線性および最小検出感度は,ヒト由来とウシ由来で両者の間に大きな差は認めなかった。材料間の測定値における相関性(ヒト由来:x,ウシ由来:y)は,y = 0.9839x + 9.644(相関係数r = 0.9981)であった。両者ともに共存物質(溶血,ビリルビン,乳び)による明らかな影響も認めなかった。以上の結果より,試薬性能とその測定値において,ヒト由来トロンビンとウシ由来トロンビンの間に大きな差はなく,原材料切り替えの影響はほとんどないことが示唆された。今後,抗凝固薬との反応性やフィブリノゲン異常症における影響を検証予定である。
Objectives: Plasma fibrinogen levels are determined by the Clauss fibrinogen assay (CFA) using thrombin reagent in routine laboratory tests. Thrombocheck Fib (L) is a liquid, ready-to-use reagent containing human-origin thrombin for CFA. In this study, we evaluated a new Thrombocheck Fib (L) reagent, which contains bovine-origin thrombin instead of human-origin thrombin. Methods: We compared two different lots of Thrombocheck Fib (L) reagent. One contained human-origin thrombin (Lot 209) and the other contained bovine-origin thrombin (Lot 212). We evaluated these two reagents by measuring their fibrinogen levels using the control plasma Coagtrol IX/IIX and plasma samples from patients. This study was approved by the Nagoya University Hospital Ethics Committee (Identification No. 2010-1083-2). Results: The reagent containing bovine-origin thrombin showed no significant differences in within-run imprecision, between-day imprecision, dilution linearity and limit of detection compared with the reagent containing human-origin thrombin. We also found no significant inhibition by interference substances. The correlation between Lots 209 and 212 was excellent and Spearman’s r was 0.9971. Discussion and Conclusion: There are few reports on the differences between human-origin thrombin and bovine-origin thrombin for plasma fibrinogen determination. In this study, we evaluated the bovine-origin thrombin reagent in comparison with the human-origin thrombin reagent and found no significant differences between them. Future studies should be carried out to assess the reactivities of these human- and bovine-origin thrombin reagents against abnormal fibrinogen or direct oral anticoagulants.
血漿中のフィブリノゲン濃度測定には,主にトロンビン時間法(Clauss法)とプロトロンビン時間(PT)同時測定法(PT-derived法)がある1)~3)。Clauss法においては,希釈した血漿検体に一定過剰量のトロンビンを添加し,フィブリンが析出し凝固するまでの時間を測定する。この時間は血漿検体中のフィブリノゲン濃度に依存するため,既知濃度の血漿検体を使用してあらかじめ検量線を作製しておくことで,凝固時間からフィブリノゲン濃度を算出することができる。Clauss法では,このようにフィブリノゲンがフィブリンへと転化するいわば“活性”を利用しているため,実際にその抗原量を捉えているわけではないことに注意が必要である。また,活性を濃度換算していることから,フィブリノゲンの量的異常のみならず質的異常もその測定に影響を及ぼす4)。したがって,その活性の発揮に干渉する要素については原理上測定誤差を生じる原因となることが考えられる。すなわち,試薬中のトロンビンについても,血漿中のフィブリノゲンとの反応性が異なる場合,その測定値に誤差あるいは乖離が生じることが推察される。実際に,一部のフィブリノゲン異常症では,ウシ由来トロンビンに抵抗性を示すものがあると報告されている5)。
今回,Clauss法によるフィブリノゲン測定試薬であるトロンボチェックFib(L)(シスメックス株式会社)に使用しているトロンビンがヒト由来のものからウシ由来のものに変更されることになった。これまで,異なる動物種のトロンビンを使用したフィブリノゲン測定試薬について,その試薬性能と測定値の差異を検証した研究はほとんどない。そこで今回我々は,同一試薬のトロンビンについて,ヒトからウシへの原材料変更に伴うフィブリノゲン測定への影響を検証した。
分析機器は,シスメックス社の全自動血液凝固測定装置CS-5100を使用した。対象試薬としてトロンボチェックFib(L)(シスメックス)のヒト由来トロンビン(Thrombin; Th)使用ロット(Lot: 209,以下ヒト由来Thロット)と,ウシ由来トロンビン使用ロット(Lot: 212,以下ウシ由来Thロット)を用いた。希釈液にはオーレンベロナール緩衝液(Owren’s veronal buffer; OVB,シスメックス)を使用した。
試料には精度管理用血漿コアグトロールIXおよびIIX(シスメックス)を使用した。また,相関性試験には患者の検査後血漿(3.2%クエン酸ナトリウム加血漿)を使用した。なお,本研究は名古屋大学医学部生命倫理員会の承認を得て施行した(承認番号:2010-1038-2)。
2. 同時再現性・日差再現性コアグトロールIXおよびIIXを10回連続測定して同時再現性を検証した。また同じくコアグトロールIXおよびIIXを使用してそれぞれ2回連続測定を10日間行い,日差再現性を検証した。
3. オンボード安定性新たに開封した試薬バイアルをCS-5100に搭載し,当日(day 0)から13日後(day 13)までコアグトロールIXおよびIIXを各日2回連続測定した。
4. 最小検出感度(limit of detection; LOD)108 mg/dLに調整した3.2%クエン酸ナトリウム加プール血漿をOVBで段階希釈し,それぞれの希釈液について10回連続測定を行い,3SD法にてLODを算出した。
5. 高値希釈直線性高フィブリノゲン濃度(800 mg/dL)の3.2%クエン酸ナトリウム加プール血漿をOVBで段階希釈し2回連続測定を行った。
6. 干渉物質の影響コアグトロールIXおよびIIX,干渉チェックAプラス(シスメックス)を用いて溶血ヘモグロビン,ビリルビン,乳びについてその影響を検証した。測定は各濃度2回連続で行った。
7. 相関性患者血漿111検体を,ヒト由来トロンビン使用ロットとウシ由来トロンビン使用ロットを使用しフィブリノゲン濃度を測定した。これに対し,Prism7(GraphPad Software)を用いてSpearmanの順位相関係数を算出し,さらにBland-Altman解析を行った。
コアグトロールIXおよびIIXを使用した同時再現性の変動係数(coefficient of variation; CV)は,ヒト由来Thロットでそれぞれ0.88%および3.48%,ウシ由来Thロットで1.38%および2.35%であった(Table 1)。一方,日差再現性におけるCVはヒト由来Thロットで1.90%および3.32%,ウシ由来Thロットで2.02%および2.59%であった(Table 2)。
human | bovine | |||
---|---|---|---|---|
IX | IIX | IX | IIX | |
mean (mg/dL) | 300 | 109 | 295 | 108 |
SD | 2.6 | 3.8 | 4.1 | 2.5 |
CV% | 0.88 | 3.48 | 1.38 | 2.35 |
human | bovine | |||
---|---|---|---|---|
IX | IIX | IX | IIX | |
mean (mg/dL) | 291 | 109 | 294 | 114 |
SD | 5.5 | 3.6 | 5.9 | 2.9 |
CV% | 1.90 | 3.32 | 2.02 | 2.59 |
CS-5100に搭載後,13日間開封状態の庫内オンボード安定性は良好であった(Figure 1)。
ウシ由来トロンビン使用ロットについて,コアグロトールIX(●)およびIIX(○)を用いて13日間のオンボード安定性を検証した。
LODにおいて,通常の10倍希釈ではヒト由来Thロットで45 mg/dL,ウシ由来Thロットでは40 mg/dLであった。これより低濃度の希釈血漿ではフィブリン塊を検出することができず,「no coagulation」となった(data not shown)。一方,5倍希釈に増量した場合,最小検出感度はヒト由来Thロットで22 mg/dL,ウシ由来Thロットでは20 mg/dLであった(Figure 2)。これよりも低濃度の希釈血漿については「no coagulation」となった。
5倍希釈におけるヒト由来トロンビン使用ロット(●)とウシ由来トロンビン使用ロット(○)の希釈直線性
高値希釈直線性は,ヒト由来Thロットおよびウシ由来Thロット共に良好な直線性を示した(Figure 3)。
(A)ヒト由来トロンビン使用ロットにおける希釈直線性,(B)ウシ由来トロンビン使用ロットにおける希釈直線性
ヘモグロビン(Figure 4A),ビリルビン(Figure 4B, C),乳び(Figure 4D)いずれにおいてもフィブリノゲン測定値に大きな影響は見られなかった。また,ヒト由来Thロットおよびウシ由来Th使用ロットの間に大きな差は認められなかった。
ヒト由来トロンビン使用ロット(●)とウシ由来トロンビン使用ロット(○)における干渉物質の影響とその差。(A)ヘモグロビン,(B)抱合型ビリルビン,(C)遊離ビリルビン,(D)乳び
ヒト由来Thロットでの測定値(x)とウシ由来Th使用ロットによる測定値(y)の相関は非常に良好で(y = 0.9839x + 9.644),Spearmanの相関係数はr = 0.9981であった(Figure 5A)。また,Bland-Altman解析の結果,大きなバイアスはなく,高値ではやや測定値がばらつく傾向が見られた(Figure 5B)。
ヒト由来トロンビン使用ロットとウシ由来トロンビン使用ロットにおけるフィブリノゲン濃度測定値の相関性(n = 111)
今回我々は,同一試薬において動物種の異なるトロンビンを使用したトロンビン試薬によるフィブリノゲン測定値への差異を検証する極めて貴重な機会を得た。これまでに,動物種の異なるものを含む数種類のトロンビン試薬についての比較検証は行われているが6),同一試薬における異なる動物種のトロンビンを比較した研究は我々の知る限りでは報告されていない。
今回の検討結果から,ヒト由来トロンビンあるいはウシ由来トロンビンを使用したトロンボチェックFib(L)の試薬性能において,両者の間には明らかな差は認められず,日常検査の上で問題となるような事象は指摘できなかった。すなわち,原材料の変更に伴う影響はほとんどなく,測定値の互換性は高いものと思われる。
トロンビンは,生体内では前駆体であるプロトロンビンとして肝臓で合成される。ヒトのプロトロンビンは622アミノ酸から構成されるタンパクであり7),一方でウシのプロトロンビンは625アミノ酸から構成される8),9)。これら2種のプロトロンビンのアミノ酸配列は81%の相同性を示す(ClustalW: http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp, Figure 6)。また,活性体であるトロンビンの相同性も86%とさほど大きな差はないが,両者はセリンプロテアーゼとして共通した活性部位(His-Asp-Ser)をもつことがわかっている10)~12)。すなわち,フィブリノゲンを基質とした際のトロンビンの作用は理論上大きな差異がないことが推察される。今回の検討結果において,質的に正常なフィブリノゲンを対象とした測定には大きな差はなく,この推論を支持しているものと考えられる。一方で,Stevenら13)は,発色性合成基質に対するヒトトロンビンとウシトロンビンの反応の差を検証しており,その結果,合成基質の種類によってはヒトトロンビンとウシトロンビンの間に反応性の違いがあることを示している。すなわち,共通する活性部位をもちながらも基質によって反応性は厳密には異なると考えられる。また,Depoorterら5)はウシトロンビンに抵抗性を示すと思われる異常フィブリノゲン血漿を報告している。彼らの研究ではヒトトロンビンとウシトロンビンの比較は詳細には行われていないが,異なる種のトロンビンを使用する上で検証が必要であることを支持している。
ヒトプロトロンビン(上段)とウシプロトロンビン(下段)のアミノ酸配列とその相同性
また,近年ではトロンビン単独を標的とした直接抗トロンビン薬も開発・使用されている。直接抗トロンビン薬のうちダビガトランは,低力価のトロンビンを使用したトロンビン時間法によるフィブリノゲン測定に影響を及ぼすことが報告されている14),15)。一方で,Clauss法に用いられる高力価のトロンビンを含む試薬ではその影響はほとんど見られないと報告されている15)。ゆえに今回の研究においてはダビガトランを用いた検証は行わなかった。しかしながら,ヒト由来トロンビンとウシ由来トロンビンの間には,合成基質で示されたような低分子化合物への反応性の差異が存在することから13),同様に低分子である直接抗トロンビン薬との反応に同様な差異があることが推察できる。すなわち,今後,低力価のトロンビン試薬を使用する際にトロンビンの生物種を変更する場合は,直接抗トロンビン薬との反応性の検討は重要課題であると考えられる。
今回の我々の検討では,先天性異常フィブリノゲン血症を代表とするフィブリノゲン異常症について検証はできていない。今後,これらの特殊症例についても検証し,原材料変更に伴う影響について情報を蓄積したいと考える。
トロンボチェックFib(L)におけるヒト由来トロンビンからウシ由来トロンビンへの原材料変更は,ほとんど影響がないことが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。