2019 Volume 68 Issue 4 Pages 717-723
ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(heart type fatty acid-binding protein; H-FABP)は心筋トロポニンやクレアチンキナーゼMBアイソザイム(creatinekinase-MB; CK-MB)と比べ早期にピークアウトする変動の速さが報告されており,今回この特徴を用い冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention; PCI)後のバイオマーカー検査としての有用性を検討した。対象はPCIを行った緊急58例,待機448例とした。緊急PCI症例ではPCI直後から4時間毎に,待機PCI症例ではPCI直後・6時間後・翌朝にクレアチンキナーゼ(creatinekinase; CK),CK-MB,H-FABPを測定した。待機PCI症例においてCKやCK-MBはPCI直後・6時間後・翌朝と有意に上昇を続け残存狭窄の評価が困難であった。一方,H-FABPではPCI後残存狭窄無し群で6時間後から翌朝にかけ有意に低下したが,PCI後残存狭窄有り群では有意な低下は見られなかった。緊急PCI症例ではH-FABPは早期にピークアウトする変動の速さを示した。一方,早期にピークアウトせず増加率が高い症例では緊急性の高い狭窄が見つかった。H-FABPはその増加率や上昇持続時間から残存狭窄や再狭窄を早期に検出できるバイオマーカーであると考えられた。
Heart-type fatty acid-binding protein (H-FABP) has been reported to reach the peak faster than cardiac troponin and creatine kinase-MB (CK-MB). Given this feature, we examined the usefulness of H-FABP as a biomarker after percutaneous coronary intervention (PCI). The subjects were 58 patients requiring emergency PCI and 448 patients waiting for PCI. CK, CK-MB, and H-FABP levels were measured every four hours immediately after PCI in patients requiring emergency PCI and six hours immediately after PCI in those who waited for PCI. In the patients who waited for PCI, CK and CK-MB levels continued to increase significantly immediately after PCI, six hours later, and the following morning, and it was difficult to evaluate residual stenosis. On the other hand, the H-FABP level in the group without residual stenosis after PCI decreased significantly from six hours to the following morning, but no significant decrease was observed in the group with residual stenosis after PCI. In the emergency PCI patients, the H-FABP level peaked early. On the other hand, in the patients where the rate of increase in H-FABP level was high without peaking early, a stenosis requiring highly urgent treatment was found. H-FABP was considered to be a myocardial marker that can be used for the early detection of residual stenosis and restenosis from the rate of increase in its level and the duration of increase.
現在,急性冠動脈症候群(acute coronary syndrome; ACS)の治療において経皮的冠動脈インターベンション(percutaneous coronary intervention; PCI)は欠かせないものとなっており,多くの施設で施行されている。心筋マーカーによるPCI後の評価としてクレアチンキナーゼ(creatinekinase; CK)の上昇は,予後不良因子と報告されている1)。また,PCI後のクレアチンキナーゼMBアイソザイム(creatinekinase-MB; CK-MB)の上昇は,CKと同様に長期予後へ影響するという報告がある2)。しかし,PCI後の採血ポイントは施設間で異なり,評価の基準も明確になっていないのが現状である。
一方,ヒト心臓由来脂肪酸結合蛋白(heart type fatty acid-binding protein; H-FABP)は成人冠動脈バイパス手術において大動脈遮断解除後,心筋トロポニン(cardiac troponin; cTn)やCK-MBに比べ,ピーク時間が早く速やかに上昇後,下降に転じる変動の速さが報告されている3)。また,PCIによる再灌流後,cTnに比べ変動が速くダイナミックであるため,再灌流の成否判定目的での有効性も報告されている4)。
H-FABPは心筋細胞内に豊富に存在し,分子量は14,900と小さいため,心筋傷害に際して早期に血中に逸脱・出現する。このため,心筋傷害の早期診断ばかりでなく,梗塞サイズの推定などにも有用である5)。
H-FABPの測定は酵素免疫測定(enzyme-linked immuno sorbent assay; ELISA)法やイムノクロマトグラフィー法が主たる測定法であったが,ELISA法では結果が出るまでに時間を要し,迅速性に欠けていた。また,イムノクロマトグラフィー法は迅速であるが定量性に欠けていた。現在では汎用性・迅速性・定量性を持ち合わせたラテックス免疫比濁法の試薬が各社より販売されおり,臨床で利用されている。
今回,PCI後の残存狭窄と再狭窄の有無をH-FABPにて評価することを目的とし,待機および緊急PCI後の変動を調べることによって,残存狭窄の有無の評価や再狭窄の早期発見が可能かどうか検討したので報告する。
本検討は,社会医療法人社団十全会 心臓病センター榊原病院における倫理委員会の承認を得て(承認番号:20160902),2016年10月から2017年3月にかけ当院において待機PCIを施行した448例,緊急PCIを施行した58例,計506例を対象とした。男女別の症例数(年齢 ±1SD)は,待機PCI例では男性356例(70.5 ± 20.2歳),女性92例(74.5 ± 22.4歳),緊急PCI例では男性38例(64.4 ± 26.2歳),女性20例(77.4 ± 14.2歳)であった。
本検討では対象を残像狭窄無し群と有り群に群分けして検討を行った。残存狭窄は心臓カテーテル検査において狭窄率75%以上の病変を残像狭窄有りとして群分けした。
また,対象を腎機能正常群と低下群に分け検討を行った。腎機能の評価はクレアチニン(creatinine; CRE)(男性:> 1.07 mg/dL,女性:> 0.79 mg/dL)または推定糸球体濾過量(estimate glomerular filtration rate; eGFR)< 60 mL/分/1.73 m2により群分けした。
2. 試薬と機器H-FABP測定試薬としてDSファーマバイオメディカル株式会社(現SBバイオサイエンス株式会社)の「リブリアH-FABP」を用いた。CKの測定にはベックマン・コールター社の「AUリエージェント用クイックオートCK」試薬を,CK-MBの測定にはシノテスト社の「シグナスオートCK-MB MtO」試薬を用いた。いずれの試薬も測定機器はベックマン・コールター社のAU680を用い,試薬メーカー推奨パラメーターに従い測定した。
3. 統計各心筋マーカーの変動は平均値 ±1SDで表記した。また,測定ポイント間における有意差検定にはPaired t検定を用いた。解析ソフトはStatFlex(Ver. 6)を用いた。
待機PCIでは,PCI直後,6時間後,翌朝にCK,CK-MB,H-FABPを測定した。透析患者を除いた待機PCI例の心筋マーカーの変動をFigure 1に示した。CK,CK-MBはPCI直後,6時間後,翌朝にかけて有意な上昇を認めた。一方,H-FABPはPCI直後から6時間後にかけて有意な上昇を認めたが,6時間後から翌朝にかけては有意差を認めなかった。
CK,CK-MBでは有意な上昇が続くが,H-FABPでは6時間後から翌朝にかけて有意差を認めない。
次に対象を残存狭窄無し群と有り群に群分けし,各心筋マーカーの変動について比較した。両群のCK,CK-MB,H-FABPの変動をFigure 2に示した。また,各測定ポイント間の増加率をグラフ上部に示した。CK,CK-MBでは両群共にPCI直後から6時間後,翌朝にかけて有意な上昇を認めた。一方,H-FABPでは両群共にPCI直後から6時間後にかけて有意な上昇を認めたが,6時間後から翌朝にかけては,残存狭窄無し群では有意に低下し,残存狭窄有り群では有意な変動は認められなかった。また,変動率でみた場合,CK,CK-MBでは残存狭窄無し群と比較し,有り群の上昇率が各測定ポイント間で大きい傾向にあった。H-FABPにおけるPCI 6時間後から翌朝の低下率は残存狭窄無し群が26%,有り群が1%と大きな違いが認められた。さらにPCI直後から6時間後,翌朝にかけての上昇率と残存狭窄の有無の関係について解析した。H-FABPのPCI直後から翌朝にかけての上昇率が250%以上かつPCI直後から翌朝にかけて連続的に上昇した症例では,全例で残存狭窄が認められた。
CK,CK-MBでは残存狭窄の有無に関わらず有意に上昇が続く。一方,H-FABPでは残存狭窄の有無により変動が異なった。
まず残存狭窄無し群を非透析群と透析群に群分けし,変動について比較検討した。その結果,両群共にPCI直後から6時間後にかけては有意に上昇したが,6時間後から翌朝にかけては非透析群が有意に低下したのに対し,透析群は有意に上昇した(Figure 3)。
透析の有無によりH-FABPの変動は異なり,透析症例では残存狭窄なし群においてもPCI後上昇が続く。
次に,非透析例かつ残存狭窄無し群をCREおよびeGFRによる腎機能正常群と低下群に群分けし,同様に比較検討した。PCI 6時間後から翌朝にかけて両群は有意に低下したが,腎機能低下群は正常群に比べ高値傾向であった(Figure 4)。
残存狭窄無し群において,H-FABPでは腎機能(CRE or eGFR)により大きな変動の変化は認めない。
緊急PCI症例では,PCI直後からCKがピークアウトするまで4時間間隔で心筋マーカーを測定した。残存狭窄無し群と有り群を比較したものをFigure 5に示した。また,各測定ポイント間の増加率をグラフ上部に示した。CKのPCI後の平均ピーク到達時間は,残存狭窄無し群では4時間後,有り群では8時間後であった。この傾向はCK-MBにおいても同様であった。一方,H-FABPは,残存狭窄無し群ではPCI 4時間後,有り群では直後であった。また,残存狭窄の有無に関わらず,H-FABPはPCI後8時間以内にほとんどの症例がピークアウトしていた。
CK,CK-MBでは同様の変動を示すが,H-FABPは別の変動を示した。H-FABPでは,残存狭窄の有無によりピークの時間が異なるが,有意性は認めない。
次に,H-FABPの増加率と残存狭窄の有無の関係について解析した。PCI直後から8時間後にかけての増加率が250%以上の症例は,すべて残存狭窄有り例であった。中でもPCI直後から4時間後,8時間後にかけ連続してH-FABPが上昇した症例はいずれも緊急性が高い狭窄例であった。
待機PCIにおける心筋マーカーの変動(Figure 1)より,H-FABPは他の項目に比べピークに達するまでが速く,早期に低下する変動の速さを示した。早期低下についてはH-FABPの血中半減期が30分程度と短い6)ことが影響していると考えられる。また,待機PCIにおける各心筋マーカーの変動は,残存狭窄の有無により異なった。CK,CK-MBは残存狭窄の有無に関わらずPCI後,翌朝まで上昇が続いた。一方,H-FABPは,残存狭窄無し群ではPCI 6時間後から翌朝にかけ有意に低下したが,残存狭窄有り群では低下を認めなかった。このことから残存狭窄が無い場合,H-FABPはPCI 6時間後をピークとし,早期に低下を認めるが,残存狭窄が有る場合はピークが遅延することが示唆された。PCI後のCKの上昇は,予後不良因子と報告されている1)。しかし,H-FABPを用いればより早い段階かつ,PCI 6時間後から翌朝にかけて低下したかという単純な指標で残存狭窄の評価が可能と考えられた。また,H-FABPの増加率でみると,今回の症例ではPCI直後から翌朝にかけて250%以上,かつ連続的に上昇がみられた例はすべて残存狭窄が認められた。増加率でみることによって残存狭窄の有無の指標となると考えられた。
H-FABPは心筋傷害を反映するバイオマーカーであるが,狭窄率75%以上の残存狭窄病変があるからといって心筋傷害が起きているとは限らない。今後,H-FABPの変動に影響を与える因子とその影響についてより詳細に調査していく必要がある。
H-FABPは腎機能の影響を受けやすく,透析症例では残存狭窄の有無に関係なくPCI翌朝においても上昇が続いた。これは高度腎機能低下により血中へ逸脱したH-FABPの尿中への排泄が低下したためと考えられる。透析例ではPCI後の変動にも影響を与えると考えられ,残存狭窄の評価に用いることは難しいと思われる。
非透析症例において腎機能の影響を調査した結果,腎機能の低下と採血ポイント間におけるH-FABPの増減との関連性は認めなかった。今回の検討でPCI 6時間後から翌朝にかけて下降しなかった例は残存狭窄を有する可能性があり,腎機能による影響は否定的と考える。前述したようにH-FABPは腎機能の影響を受けやすいとされるバイオマーカーであり,非透析症例における腎機能低下群においてもある程度ピークが遅延することが想像される。しかし今回の検討ではPCI直後,6時間後そして翌朝の3ポイントのみの評価であるため,ピークの遅延は大きく影響しなかったと推測された。
以上のことから,PCI 6時間後から翌朝にかけH-FABPが下降しない症例を認めた場合,残存狭窄有りの可能性が考えられ,さらにPCI直後から翌朝にかけての増加率を評価することで残存狭窄有り無しの評価がより向上するものと考えられた。
緊急PCI後における心筋マーカーの変動はACS発症からの経過時間や重症度の違いによって異なるため,再狭窄の評価に苦慮することが多い。今回の検討においても残存狭窄の有無とCK,CK-MBの変動に関係性を認めなかったことから,CK,CK-MBのみの評価では再狭窄の評価に苦慮すると考えられる。一方,血中半減期が短いH-FABPでは待機PCI同様にPCI後の連続的な上昇と増加率をみることで,再狭窄の早期検出が可能になるものと考えられる。しかし,前記したように腎機能や心不全などの影響を受けやすいことを考慮した評価が必要と思われる。
PCI後の評価マーカーとしてのCK,CK-MB,H-FABPの変動を比較した。待機PCI例における残存狭窄の有無の評価では,CK・CK-MBの変動は両群間で差がなかったが,H-FABPは両群間で異なる変動を示した。また,緊急PCI後の変動では緊急性が高い狭窄例で,H-FABPでは連続的に高率に上昇したが,CK・CK-MBでは特徴的な変動を示さなかった。これらのことよりPCI後H-FABPの変動を観察することで早期に残存狭窄や緊急性の高い症例を検出できる可能性が示唆された。しかし,H-FABPは腎機能や心不全等の心筋傷害によって影響を受けやすいことから,症例により多様な動態を示すことが考えられ,正確にPCI後の評価を行うためにはさらなるH-FABP動態の調査が必要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。