2020 Volume 69 Issue 2 Pages 247-252
乳頭状線維弾性腫(papillary fibroelastoma; PFE)は原発性良性心臓腫瘍であり,粘液腫についで2番目に多い腫瘍である。PFEの多くは単発性であり,多発性は稀である。症例は50歳代,女性。急性前壁心筋梗塞を発症し,経皮的冠動脈インターベンションを施行した。退院後,循環器内科外来で経過観察となり,9ヶ月後に施行した経胸壁心エコー図検査にて大動脈弁に可動性を有する複数の腫瘤を認めた。腫瘤は左冠尖に2つ(5.0 × 3.6 mm, 4.4 × 3.2 mm),無冠尖に1つ(2.3 × 3.8 mm)認めた。経食道心エコー図検査(3Dエコー)においても経胸壁心エコー図検査と同部位に腫瘤を認め,より明瞭に確認することができた。性状は球形で一部有茎性を呈しており,PFEが疑われた。塞栓症のリスクがあるため,腫瘍摘出術が施行された。手術所見にて大動脈弁には計6つの乳頭状の腫瘍性病変が確認され,病理組織検査の結果,腫瘍性病変はいずれもPFEと診断された。今回,心筋梗塞後の経過観察中に大動脈弁に多発するPFEを経験したので報告する。
Papillary fibroelastoma (PFE) is the second most common benign tumor of cardiac origin after myxoma. Most PFEs are single lesions, and multiple lesions are rare. A woman in her 50s underwent primary percutaneous coronary intervention for anterior acute myocardial infarction. Transthoracic echocardiography showed multiple masses of the aortic valvular structure. Transesophageal echocardiography revealed three round mobile structures on the aortic valves (5.0 × 3.6 mm and 4.4 × 3.2 mm on the left coronary cusp, and 2.3 × 3.8 mm on the noncoronary cusp). These masses were found at the same site by transthoracic echocardiography and transesophageal echocardiography. The transesophageal echocardiography showed these masses more clearly. These masses were considered to be PFEs, because some of them had pedicles. Embolization of these tumors could lead to serious complications; hence, these tumors were successfully resected. The surgical findings revealed six tumors in the aortic valve. On the basis of a pathological examination, these tumors were diagnosed as PFEs. Eventually, multiple PFEs were found in the aortic valve during the follow-up for myocardial infarction.
乳頭状線維弾性腫(papillary fibroelastoma; PFE)は原発性良性心臓腫瘍であり,粘液腫についで2番目に多く,原発性心臓腫瘍の約10%を占める1),2)。PFEの多くは単発性であり,6%の患者に多発病変が認められたとの報告がある1)。今回,心筋梗塞後の経過観察中に大動脈弁に多発するPFEを経験したので報告する。
症例:50歳代,女性。
既往歴:喫煙,高血圧症,脂質異常症。
現病歴:急性前壁心筋梗塞(左前下行枝近位部:閉塞)を発症し,経皮的冠動脈インターベンションが施行された。その後,循環器内科外来で経過観察となり,9ヶ月後に施行した経胸壁心エコー図検査で大動脈弁に可動性のある腫瘤を認めた。
経胸壁心エコー図検査(Figure 1):傍胸骨左縁長軸断層像にて大動脈弁に可動性のある腫瘤を認めた。腫瘤は大動脈側に2つ,左室側に1つ,計3つ認めた。傍胸骨左縁短軸断層像にて左冠尖に2つ,無冠尖に1つ観察された。それぞれの大きさは,左冠尖:6.0 × 3.9 mm,3.1 × 3.4 mm,無冠尖:2.1 × 2.2 mmであった。性状は球形で,辺縁はやや不整,内部エコー像はやや低吸収であった。腫瘤は一部有茎性を呈しており,PFEが疑われた。左室拡張末期径45.9 mm,左室収縮末期径26.3 mm,左室駆出率65%,大動脈弁の逆流はなかった。
(A)傍胸骨左縁長軸断層像。腫瘤は大動脈側に2つ,左室側に1つ認め(A-1),有茎性を呈している(A-2)。
(B)傍胸骨左縁短軸断層像。腫瘤は左冠尖に2つ(①,②),無冠尖に1つ(③)認める。
それぞれの大きさは,① 6.0 × 3.9 mm,② 3.1 × 3.4 mm,③ 2.1 × 2.2 mmである。
Ao:大動脈,LA:左房,LV:左室,↑:腫瘤
経食道心エコー図検査(Figure 2):経胸壁心エコー図検査と同部位に3つの可動性のある有茎性の腫瘤を認め,特に3Dエコーでより明瞭に確認することができた。それぞれの大きさは,左冠尖:5.0 × 3.6 mm,4.4 × 3.2 mm,無冠尖:2.3 × 3.8 mmであった。
(A)2Dエコー。経胸壁心エコー図検査と同様の所見を認める。
(B)3Dエコー。腫瘤は左冠尖に2つ(①,②),無冠尖に1つ(③)認める。
それぞれの大きさは,① 5.0 × 3.6 mm,② 4.4 × 3.2 mm,③ 2.3 × 3.8 mmである。
大動脈弁の機能に問題を認めなかったが,大動脈弁の腫瘤は塞栓症のリスクが考えられるため,待機的に腫瘍摘出術の方針となった。
術前の検査所見を以下に示す。
安静時心電図(Figure 3):心筋梗塞発症時は心拍数72拍/分,洞調律,Ⅰ誘導,aVL誘導,V1-V6誘導でST上昇を認めた。腫瘍摘出術前は心拍数58拍/分,洞調律,V1-V2誘導でT波陰転化を認め,異常Q波は認めず。
(A)心筋梗塞発症時。心拍数72拍/分,洞調律,Ⅰ誘導,aVL誘導,V1-V6誘導でST上昇を認める。
(B)腫瘍摘出術前。心拍数58拍/分,洞調律,V1-V2誘導でT波陰転化を認め,異常Q波は認めず。
※校正波:10 mm/mV
胸部X線写真:心胸郭比52%。
血液・生化学検査:Hb 14.3 g/dL,PLT 24.6万/μL,APTTsec 23.8 sec,Fig 327 mg/dL,AT-3 126%,T-Bil 0.3 mg/dL,ALB 4.8 g/dL,PALB 21.7 mg/dL,AST 20 U/L,ALT 15 U/L,BUN 5.1 mg/dL,Cre 0.54 mg/dL,Ccr 108.4 mL/min,CRP 0.04 mg/dL。
心臓カテーテル検査:左前下行枝近位部の薬剤溶出性ステント留置部位は再狭窄なし。その他,有意狭窄を認めなかった。
その他,発熱や感染徴候はなく,頭部MRIにおいて梗塞像や出血,腫瘍性病変を認めなかった。
手術所見:上行大動脈基部を横切開し,大動脈弁を観察すると,肉眼で少なくとも左冠尖に3つ,無冠尖に2つ,右冠尖に1つ,計6つの乳頭状の腫瘍性病変を認めた(Figure 4)。腫瘍性病変の大きさは,左冠尖:4 × 5 mm,4 × 5 mm,7 × 4 mm,右冠尖;1.5 × 1 mm,3.5 × 2 mm,無冠尖:4 × 1.5 mmであった。腫瘍性病変は弁尖に強固に付着しており,弁尖の機能を温存しての腫瘍摘出は困難と判断し,大動脈弁置換術を施行した。左室内や僧帽弁には腫瘍性病変を認めなかった。腫瘍性病変を生理食塩水に入れるとイソギンチャク様を呈した。
(A)左冠尖 (B)無冠尖 (C)右冠尖
※〇印は腫瘍性病変を示している。
腫瘍の大きさは① 4 × 5 mm,② 4 × 5 mm,③ 7 × 4 mm,④ 1.5 × 1 mm,⑤ 3.5 × 2 mm,⑥ 4 × 1.5 mmである。
病理組織検査(Figure 5):乳頭状の腫瘍性病変は硝子化下結節性病変とともに,弾性線維の増生所見を芯にして内皮細胞の増生所見からなる病変であった。
(A)H-E染色 撮影時の対物レンズ倍率(4×)
(B)EVG染色 撮影時の対物レンズ倍率(4×)
①:結節性病変,②:弾性線維の増生,③:弾性線維の断片化
以上より,乳頭状の腫瘍性病変はいずれもPFEと診断された。
原発性心臓腫瘍は極めて稀な疾患であり,剖検例において,その発生頻度は0.1%以下にすぎないと報告されている3)。原発性心臓腫瘍の4分の3が良性腫瘍で,その中の約10%がPFEである1),2)。PFEは一般に短い茎を有し,イソギンチャクのような繊毛状葉状体が放射状に伸びる構造をとるが,茎を有さないものもある1)。付着した血栓や表面を覆うゼラチン様物質のため,球形あるいは楕円形を呈することも多い4)。
Gowdaら5)は,725例の病理組織学的所見により確定診断がなされたPFEについて,後ろ向きに検討を行った結果,発症に男女差はなく,発見年齢は新生児から92歳まで認められたと報告した。PFEは全例孤発性で家族集積性はなく,ほとんどが後天性に発生し成長すると考えられているが,先天性に認められた症例も少数みられた。大きさはさまざまで2 mmから最大70 mmまであり,ほとんどが20 mm未満の大きさである1),5)。PFEは心膜のいかなる部位からも発生し得るが,弁膜から発生するものが約84%(大動脈弁36%,僧帽弁29%,三尖弁11%,肺動脈弁7%)を占め,左室9%,左房2%,右房2%,右室1%程度であった5)。また,6%の患者で多発病変が認められ,中には計8つの腫瘍が存在していた症例もみられた1)。
PFEは無症状で経過し,心エコー図検査時,開心術時,あるいは剖検時に偶然発見されることが多い。臨床症状を契機に発見される場合は,塞栓による一過性脳虚血発作や脳梗塞が最も多く,そのほかに狭心発作や心筋梗塞,突然死,失神,肺塞栓などがある。一般に,PFEが僧帽弁に発生した場合は脳梗塞を発症することが多いとされ,大動脈弁に発生した場合は直接冠動脈を閉塞し,突然死や心室細動をきたすことがある1)。また,塞栓症の原因としては,腫瘍そのものの遊離のみならず,多くはPFEの表面に形成されたフィブリン血栓の遊離であると報告されている6)。
若年女性の場合,心筋梗塞の原因がPFEであるならば,冠動脈にプラークや石灰化による狭窄を認めないと考えられる。今回の症例は,喫煙,高血圧症,脂質異常症の既往があり,危険因子を有していた。責任病変以外に有意狭窄はなかったものの,血管壁は不整であり,画像所見上,心筋梗塞の原因はプラークが破綻して発症したものであると考えられる。心筋梗塞発症時はPFEを疑っておらず,経皮的冠動脈インターベンション時に吸引した組織を病理診断までに至っていないため,心筋梗塞とPFEの因果関係は不明である。
また,今回の症例は心筋梗塞後の経過観察中に,経胸壁心エコー図検査にて大動脈弁に3つのPFEが付着しているのが発見された。経胸壁心エコー図検査にて腫瘍性病変の性状,付着部位,大きさを確認することができた。また,経食道心エコー図検査,特に3Dエコーにてより明瞭に確認することができ,腫瘤の大きさは経食道心エコー図検査のほうが若干大きく計測された。PFEの評価には経胸壁心エコー図検査,経食道心エコー図検査(3Dエコー)が有用であった。心エコー図検査で指摘できた腫瘍性病変は3つであったが,実際には6つ存在した。摘出された大動脈弁より,腫瘍の1つは右冠尖の裏に付着していたことから,傍胸骨左縁長軸断層像にて左室側に認めた腫瘍性病変は右冠尖に付着していたものであると考えられる。左冠尖の弁腹(Figure 4 ③),無冠尖に付着していたもう1つの腫瘍(Figure 4 ④)については心エコー図検査では指摘できなかった。有茎性で可動性を有するものに比べて,無茎性で弁腹に広く付着し固定されているものは発見が困難であるため,観察することができなかったと思われる。また,2 mm以上の腫瘍に対する経胸壁心エコー図検査の診断精度は,感度88.9%,特異度87.8%であるが,2 mm未満の腫瘍の場合,経胸壁および経食道心エコー図検査における感度は61.9%,76.6%とやや低い7)。無冠尖に付着していた腫瘍の1つは大きさが1.5 × 1 mmと2 mm未満であったため,評価できなかった可能性がある。経食道心エコー図検査の3Dエコーは,大動脈弁の短軸像を大動脈側から観察したものであり,その画像で観察できたものは3つであった。3Dエコーで多方向からより細かく観察したり,大動脈弁を左室側から観察すると,評価できなかった腫瘍が観察できると考えられる。
今回の症例は心筋梗塞発症から9ヶ月後の経胸壁心エコー図検査で腫瘍性病変を指摘された。経皮的冠動脈インターベンション後に経胸壁心エコー図検査を施行しているが,明らかな腫瘤は確認できなかった。心筋梗塞例の場合,壁運動評価や心筋梗塞合併症の評価に注視すると,他の所見を見落とす可能性がある。どんな症例においても,あらゆる所見を念頭におき,多段面で評価することで,見落としを防ぐことができると考えられる。心エコー図検査でPFEの有無を評価する際は,弁など観察する部位を拡大し,プローブの角度を変えたり,多段面で入念に観察する必要がある。
当院において過去9年間で病理組織検査にてPFEと診断されたものは6例あり,その内訳は大動脈弁3例(単発性1例,多発性2例),僧帽弁2例(単発性),左室流出路1例(単発性)であった。多発性のもう1つの症例は,急性大動脈解離の緊急手術時に大動脈弁に付着しているのが偶然発見された。このとき付着していたのは2つであり,今回のように6つ付着していたのは稀であった。
今回,心筋梗塞後の経過観察の過程で,大動脈弁に多発したPFEの症例を経験した。塞栓症の原因の1つとしてPFEが考えられる。PFEの多くは単発性であり,多発性の稀な症例を経験したので報告した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。