2020 Volume 69 Issue 3 Pages 397-402
治療薬物モニタリング(therapeutic drug monitoring; TDM)が必要な薬は,投薬中断により症状の急速な増悪が予想される。そのため,てんかん,精神疾患や心不全患者に対しての災害対策は,安全地域への避難だけではなく,それまでの医療や検査を継続できる備えが重要となる。今回我々は,当院検査部で測定している抗てんかん薬,向精神薬及び強心薬のうち,TDM検査6項目について,無給水で分析が可能なVITROS XT7600(以下,VITROS)とDimension EXL200(以下,Dimension)を用いて相関性及び凍結融解前後の安定性について評価した。Dimensionにおいて,フェノバルビタール,フェニトイン,ジゴキシン,カルバマゼピン,バルプロ酸ナトリウム及びリチウムの測定後残検体をVITROSにて測定し,機器間の相関性を検証した。また,凍結融解による測定値への影響を評価した。今回検証を行った6項目において,VITROSとDimensionの機器間の相関性は良好であったが,フェニトイン,ジゴキシン及びカルバマゼピンは,VITROSにおいて低値傾向となることが認められた。凍結融解前後の測定値に大きな乖離は認められなかった。一方,処理能力はVITROSの方が優れており,VITROSを用いたTDM測定はてんかん,精神疾患や心不全患者に対する災害時患者個別支援対策として有用と思われる。
It is important to prepare for continuing medical care and test countermeasures in times of a disaster for patients with epilepsy, mental illness, and heart failure, whose symptoms are expected to be rapidly exacerbated by the interruption of treatment with drugs that require therapeutic drug monitoring (TDM). Here, we show the comparison verification of VITROS XT7600 (hereinafter referred to as VITROS) and Dimension EXL200 (hereinafter referred to as Dimension), which can be used for analysis without water in TDM. The six target items are the following: antiepileptic drugs (phenobarbital, phenytoin, carbamazepine, and sodium valproate), a psychotropic drug (lithium), and a cardiotonic drug (digoxin). We also evaluated the correlation between the instruments and the stability of values after freezing and/or thawing. Among the six items examined in this study, the correlation between VITROS and Dimension instruments was good. However, phenytoin, digoxin, and carbamazepine tended to show lower values in VITROS. There was no significant difference between the measured values before and after freezing and/or thawing. On the other hand, VITROS is superior in terms of processing capability, and TDM measurement using VITROS seems to be useful in times of a disaster for patients with epilepsy, mental illness, and heart failure.
医療機関での薬物治療の実施に際して,使用する薬物の薬効と副作用の発現する濃度域が接近している場合や,効果発現域の個体差が大きい場合,投与後の血中薬物濃度のモニタリング(therapeutic drug monitoring; TDM)を行い,患者個別に投与計画を最適化する必要がある1),2)。
本邦での大規模自然災害における経験から,地域在住のてんかん,精神疾患及び心不全患者を災害時要援護者として認識し,その特性に配慮した独自の対策が必要であることが明らかになった3)。そのため,抗てんかん薬,向精神薬及び強心薬を常用する患者には,災害時といえどもTDMに基づく治療が継続できる体制が求められている。しかし,未曾有の大災害に際して行われる「トリアージ」の現場では,抗てんかん薬,向精神薬及び強心薬を常用する患者は,最も配慮を必要とされる弱者でありながら,後回しとされることが指摘されている3)。
当院が策定した事業継続計画(business continuity plan; BCP)では,電気が3日間,上水道が2週間停止すると想定されている。すなわち,電気の供給開始に対して水の供給が大幅に遅れることが予想されている。しかし,検査部としていかなる状況下においても発災後の早い段階で検査体制を再構築し,非常時の診療に貢献することが求められている。
今回我々は,無給水で分析が可能なVITROS XT7600とDimension EXL200を比較検証する機会を得た。
そこで,災害時に必要と想定されるTDM検査6項目を対象とし,VITROS XT 7600とDimension EXL 200によるTDM測定の比較検証を行った。
名古屋大学医学部生命倫理委員会承認のもと,2018年11月~2019年4月までに当院でTDM検査の依頼があった入院及び外来患者の中から288例の検査後残血清を用いた(承認番号:2010-1038)。
2. 対象項目抗てんかん薬としてフェノバルビタール,フェニトイン,カルバマゼピン及びバルプロ酸ナトリウム,向精神薬としてリチウム,強心薬としてジゴキシンの6項目を対象とした。
3. 測定機器測定機器として,全自動免疫生化学統合システムVITROS XT 7600(オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス株式会社)(以下,VITROS)と比較対照機器に臨床化学小型自動分析装置Dimension EXL 200(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社)(以下,Dimension)を使用した。
4. 測定試薬測定試薬として,VITROS専用試薬と汎用試薬を使用し,比較対照として当院で使用しているDimension専用試薬を用いた。
1) VITROS専用試薬(オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス株式会社)フェニトイン:ビトロス スライドPHYT,ジゴキシン:ビトロス スライドDGXN,カルバマゼピン:ビトロス スライドCRBM,バルプロ酸:ビトロス マイクロチップVALP,リチウム:ビトロス スライドLiを使用した。
2) 汎用試薬(積水メディカル株式会社)フェノバルビタール:ナノピアTDMフェノバルビタールを使用した。
3) Dimension専用試薬(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社)フェノバルビタール:フレックスカートリッジ フェノバルビタール(N)PHNO,フェニトイン:フレックスカートリッジ フェニトイン(N)PTN,ジゴキシン:フレックスカートリッジ ジゴキシン(N)DGNA,カルバマゼピン:フレックスカートリッジ カルバマゼピン(N)CRBM,バルプロ酸:フレックスカートリッジ バルプロ酸VALP,リチウム:フレックスカートリッジ リチウムLIを使用した。
4) 有効血中濃度域有効血中濃度域は,Dimension専用試薬添付文書,循環器薬の薬物血中濃度モニタリングに関するガイドライン4)及び抗てんかん薬TDM標準化ガイドライン5)を参考に当院薬剤部と協議の上で策定した濃度域を用いた。
5. 検証項目TDM検査6項目を以下の点について評価した。
1) 性能仕様評価VITROSとDimensionの機器性能仕様評価を行った。
2) 相関性試験測定対象検体について,VITROS試薬,汎用試薬及びDimension試薬を用いてTDM検査6項目の測定を行い,それぞれの測定値間のばらつきを比較した。
3) 凍結融解前後の安定性試験患者検体を−30℃にて凍結させ,その後血清を4℃にて一晩,室温にて1時間静置し,室温に戻した後,検体の凍結融解によるTDM検査6項目の濃度変化について評価した。
分析機器の性能仕様について比較評価したところ,VITROSはDimensionと比較して測定時間,消費電力,給排水及び純水使用量において,ほぼ同等の性能仕様であった。しかし,処理能力においてはVITROSの方が優れていた(Table 1)。
Dimension | VITROS | |
---|---|---|
測定原理 | 比色法(レート法,エンドポイント法) ヘテロジニアス免疫測定法 化学発光法(LOCI法) 電極法 |
比色法(エンドポイント/レート法,イムノレート法) 電極法 比濁法 エンハンスト・ケミルミネセンス法 |
処理能力 | 比色法:440テスト/時間 ヘテロジニアス免疫測定法:167テスト/時間 電極法:187テスト/時間 |
マイクロスライド:945テスト/時間 マイクロチップ:95テスト/時間 マイクロウェル:189テスト/時間 |
電圧 | AC 100 V | AC 200 V |
周波数 | 50/60 Hz | 50/60 Hz |
電流 | 20 A | 20 A |
消費電力 | 1,265 W | 3.3 KVA |
使用環境 | 18–30℃ | 15–30℃ |
純水使用量 | 最大3.2 L/hr | 0 |
給排水 | 選択可 | 不要 |
測定時間(分) | ||
カルバマゼピン | 8 | 7.5 |
バルプロ酸Na | 8 | 11 |
フェニトイン | 5.2 | 7.5 |
フェノバルビタール | 8.3 | 7.5 |
ジゴキシン | 8.4 | 7.5 |
リチウム | 3 | 2.3 |
VITROS(Y軸)とDimension(X軸)によるTDM検査6項目の測定値の分布をFigure 1に示す。相関係数はすべての組み合わせにおいて良好であった。一方で,フェニトイン,ジゴキシン及びカルバマゼピンは,VITROSにおいて低値傾向となることが認められた。
A:フェノバルビタール(n = 20),B:フェニトイン(n = 22),C:ジゴキシン(n = 20),D:カルバマゼピン(n = 48),E:バルプロ酸ナトリウム(n = 50),F:リチウム(n = 51)。※点線は有効血中濃度域を示す。
VITROSとDimensionによるTDM検査6項目の凍結融解前後の相関性をFigure 2に示す。相関係数はすべての組み合わせ比較において良好であり,凍結融解による測定値のばらつきは認められなかった。
A:フェノバルビタール(Dimension, n = 25),B:フェノバルビタール(VITROS, n = 14),C:フェニトイン(Dimension, n = 17),D:フェニトイン(VITROS, n = 12),E:ジゴキシン(Dimension, n = 20),F:ジゴキシン(VITROS, n = 15),G:カルバマゼピン(Dimension, n = 34),H:カルバマゼピン(VITROS, n = 33),I:バルプロ酸ナトリウム(Dimension, n = 15),J:バルプロ酸ナトリウム(VITROS, n = 15),K:リチウム(Dimension, n = 38),L:リチウム(VITROS, n = 38)。
てんかん,精神疾患及び心不全患者にとっての災害対策は,安全地域への避難だけではなく,それまでの治療や検査を継続できる備えが重要となる。抗てんかん薬,向精神薬及び強心薬は,投薬の中断によって症状の急速な増悪が予想され,治療薬の備蓄が必要であり,治療薬の使用にあたってはTDM検査が必要となる。TDM検査を行う医療機器が電源を必要とする場合,停電対策が必須である。さらに最も考慮すべき点は,多くの医療機器には大量の水が必要となることである。すなわち,医療機関がその機能を維持できるよう,防災対応能力を向上させ,より効率的かつ機能的な体制整備のために,大規模地震及び災害発生時には医療機関のBCPの整備が必要となる6)。
「災害時難病患者個別支援計画を策定するための指針(改訂版)」のなかで,1995年の阪神・淡路大震災,2004年の新潟県中越地震などの大規模自然災害における経験から,地域在住のてんかん,精神疾患及び心不全患者は災害時要援護者として認定し,その患者個々の特性に配慮した独自の個別支援対策が必要であることが報告されている3)。しかしながら,2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震での経験をもってしても,未だ病院検査部での災害対策は盤石とは言い難い。実際に,熊本地震時の熊本大学医学部附属病院中央検査部の反省点では,生化学・免疫分析装置稼働のための水が確保できなかったことが「熊本地震における臨床検査の実情と活動」において挙げられている7)。
当院が策定したBCPでは,電気が3日間,上水道が2週間停止すると想定されている。すなわち,電気の供給開始に対して水の供給が大幅に遅れることが予想されている。そこで今回我々は,TDM検査6項目について,無給水で分析が可能なVITROSとDimensionの比較検証を行った。
我々の検証結果から,VITROSとDimensionを用いたTDM測定は,災害時の緊急検査用機器として優れた性能仕様をもつことが明らかとなった。また,性能仕様評価からVITROSの処理能力はDimensionよりも優れており,多くの検体を処理できることが明らかとなった。
今回検証を行ったTDM検査6項目の相関性評価の結果から,VITROSとDimensionの機器間の相関性は良好であることが認められた。一方で,今回の検証では,試薬及び機器間差に起因すると思われる測定値のばらつきが散見され,フェニトイン,ジゴキシン及びカルバマゼピン濃度がVITROSにおいて低値傾向を示した。その結果,有効血中濃度域から逸脱する症例が数例認められた。現在のTDM有効血中濃度域の設定は,測定試薬及び機器毎に設定されていないため,自施設で薬剤部及び診療側と協議をした上での再設定が必要となる可能性が示唆される。しかし今回の検証からは,フェニトイン,ジゴキシン及びカルバマゼピン濃度が低値傾向を示した理由については明らかにすることができなかった。
今回検証を行ったTDM検査6項目の凍結融解前後の安定性は,VITROSとDimensionともに良好であった。従って,TDM採血後の検体を一時的に凍結保管する運用が可能であることが明らかとなった。
以上より,VITROSはDimensionと同様に給水を必要とせず,発災後の早い段階で検査室においてTDM項目測定が可能であり,検査室として非常時の診療に貢献できると考えられる。さらに,処理能力の点において,VITROSは少人数の技師で対応・測定を余儀なくされる災害時の検査室運用の点においても有用であると考えられる。
VITROSによるTDM測定は処理能力を考慮した上でも,災害時に有用となることが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。