2020 Volume 69 Issue 3 Pages 474-480
症例は70歳代の男性で,間質性肺炎に対しプレドニゾロンおよびシクロスポリンによる治療を継続中であった。定期受診時に喀痰の増加や全身倦怠感を訴え,当初は細菌性肺炎が疑われたため,外来で抗菌治療の方針となっていた。一方,院内検査で患者の帰宅前に(1→3)-β-D-グルカン(β-D-グルカン)値の上昇が判明したため,緊急を要する事態として検査技師から主治医に直接電話連絡し,深在性真菌症の疑いで同日緊急入院となった。入院後は抗真菌薬による点滴治療が開始となり,喀痰培養からAspergillus nidulansが検出され,免疫能低下の臨床背景および各種検査結果から侵襲性肺アスペルギルス症(invasive pulmonary aspergillosis; IPA)と診断された。その後は抗真菌薬の使用により徐々に全身状態の改善を認め,第71病日に退院となった。IPAの経過は急性で,予後不良の転帰となる場合が多いことから迅速な診断と治療が求められるが,本症例では原疾患による肺の荒廃を背景に典型的な画像所見が認められず,β-D-グルカン値上昇が診断の契機として重要であった。さらに,当院ではβ-D-グルカンを院内検査に切り替えていたため,迅速な結果確認により主治医の早期診断に寄与することが可能であった。
We report a case of a 77-year-old male with chronic interstitial pneumonia, who was on prednisolone and cyclosporine. On a regular visit, he complained of sputum production and general fatigue, and was initially diagnosed as having bacterial pneumonia on the basis of clinical and imaging findings. However, an in-hospital examination revealed an elevation of plasma β-D-glucan levels; thus, he was admitted to the hospital on the same day with suspected deep-seated mycoses. Subsequently, Aspergillus nidulans was detected from sputum cultures, and the patient was subsequently diagnosed as having invasive pulmonary aspergillosis (IPA) on the basis of clinical findings and serum test findings. He was administered antifungal drugs including micafungin, voriconazole, and itraconazole, after which he recovered. In general, the clinical course of IPA is acute and has a poor prognosis. Thus, rapid diagnosis and early initiation of appropriate antifungal agents are crucial in treating IPA. In this case, a prompt result of the β-D-glucan test owing to an in-hospital examination led to an early diagnosis of IPA and immediate appropriate antifungal therapy.
侵襲性肺アスペルギルス症(invasive pulmonary aspergillosis; IPA)は,悪性造血器疾患や造血幹細胞移植などの治療のため,骨髄抑制をきたし好中球減少状態を背景に発症することが多く1)~3),またステロイド大量長期投与,免疫抑制薬投与等による免疫能低下例でも発症し得ることが報告されている2)~8)。IPAは急速に進展し,予後不良の転帰をとる場面がしばしば経験されるため,発症早期の診断と治療介入が望まれるが,一方で診断が困難であるため,血清学的検査による補助的診断が果たす役割は大きい。
今回,我々は慢性線維性間質性肺炎のためプレドニゾロン(prednisolone; PSL)およびシクロスポリン(cyclosporine A; CyA)による外来治療中に(1→3)-β-D-グルカン(β-D-グルカン)の上昇と検査室からの迅速な報告を契機に早期介入が可能となり,救命できたIPAの1例を経験したので報告する。
患者:70歳代,男性。
主訴:咳嗽,喀痰,全身倦怠感。
既往歴:高血圧症,間質性肺炎。
家族歴:父;肺癌,叔父2人・叔母;肺結核,母;硬膜下血腫。
生活歴:喫煙歴;20~46歳頃 1本/日,飲酒歴;ビール350 mL/日を週2~3回。
現病歴:X − 1年3月より呼吸苦を自覚し当院呼吸器内科を初診。慢性線維性間質性肺炎と診断され,PSL 100 mg/dayによる治療が開始となった。さらにX − 1年11月に間質性肺炎の急性増悪を発症したため入院し,この時よりPSLに加えCyA 150 mg/dayが開始された。その後,状態は安定していたが,X年7月の定期外来受診時に喀痰の増加,全身倦怠感を訴え,胸部単純X線および胸部CTで両側下葉背側に既存の間質性陰影を背景とする浸潤影の出現を認め,間質性肺炎に細菌性肺炎を合併した状態が疑われた。本人の希望もあり当初は入院を見送り,抗菌薬による外来治療の方針となったが,同日の血液検査項目でβ-D-グルカン(ワコー法;富士フィルム和光純薬株式会社)値の上昇が判明した。これを受けて検査技師が本症例の診療状況を電子カルテ上で確認したところ,患者はまだ院内で抗菌薬の点滴中であるが,点滴終了後には帰宅の方針を確認した。このため緊急連絡の必要性があると判断し,主治医に検査結果を電話連絡したところ,深在性真菌症の関与が疑われたため,同日緊急入院の方針に変更となった。
2. 検査所見入院時理学所見:体温36.4℃,血圧125/92 mmHg,脈拍100/分,SpO2 96%(O2, 4 L/分)。心雑音はなく,両肺でfine crackleを聴取した。腹部は平坦で軟らかく圧痛は認めず,下腿の浮腫も認めなかった。
入院時検査所見:入院時の検査所見をTable 1に示す。血液学的検査では,末梢血白血球数2,250/μLおよび好中球分画64.0%(実数1,440/μL)と減少を認めた。生化学的検査では,肝機能や腎機能は前回値と比べ大きな変化は認めなかった。免疫学的検査では,IgGが308 mg/mLと低値であり,またC反応性蛋白(C-reactive protein; CRP)は8.45 mg/dLと上昇を認めた。β-D-グルカンは前回検査時にはカットオフ値未満であったが,今回は149.4 pg/mLと高値を示した。
data | previous* data | |
---|---|---|
<Hematological Tests> | ||
WBC (/μL) | 2,250 | 9,910 |
Neut (%) | 64.0 | 90.1 |
Lym (%) | 32.9 | 8.0 |
Mono (%) | 0.0 | 1.7 |
Eos (%) | 2.7 | 0.1 |
Baso (%) | 0.4 | 0.1 |
RBC (×104/μL) | 360 | 388 |
Hb (g/dL) | 12.0 | 12.6 |
Plt (×104/μL) | 13.8 | 11.0 |
<Biochemical Tests> | ||
TP (g/dL) | 6.4 | 6.5 |
Alb (g/dL) | 3.1 | 3.6 |
BUN (mg/dL) | 31 | 36 |
Cre (mg/dL) | 0.92 | 0.86 |
Na (mmol/L) | 139 | 143 |
K (mmol/L) | 4.5 | 4.8 |
Cl (mmol/L) | 98 | 103 |
Ca (mg/dL) | 9.8 | 9.6 |
IP (mg/dL) | 2.8 | 3.4 |
AST (U/L) | 21 | 30 |
ALT (U/L) | 45 | 64 |
LDH (U/L) | 469 | 474 |
ALP (U/L) | 332 | 321 |
γ-GT (U/L) | 401 | 392 |
<Immunological Tests> | ||
CRP (mg/dL) | 8.45 | 1.00 |
KL-6 (U/mL) | 1,262.8 | |
IgG (mg/dL) | 308 | 374 |
β-D-gulcan (pg/mL) | 149.4 | 9.2 |
GM antigen (COI**) | > 5.0 | 2.0 |
Aspergillus-specific precipitating antibodies | Negative |
*previous data: −21 days
**COI: cut off index
胸部画像所見:胸部単純X線では,両下肺野,特に右下肺野の浸潤影の増悪を認めた(Figure 1A)。胸部CT画像では,既存の間質性陰影に加え,両側下葉(特に右下葉)に濃度上昇を新規に認めた(Figure 1B)。対照として増悪前の外来通院時,胸部単純X線および胸部CT画像を示した(Figure 1C, D)。
(A) The chest X-ray showed reticular shadows with an increased infiltrative shadow of the right lower lung field. (B) Chest CT image showed pre-existent ground-glass opacities and emerging infiltration in the right lower lobe. (C) and (D) showed the chest X-ray and chest CT image before exacerbation.
微生物検査所見:入院当日に採取した喀出痰は,肉眼的性状はMiller & Jones分類P3,顕微鏡学的な品質評価ではGeckler分類5群であった。グラム染色(Bartholomew & Mittwer変法)所見は,糸状菌少数,好中球やや多数,上皮細胞をごく少数認めた(Figure 2A)。また,染色結果からは口腔内常在菌少数を認めた。
(A) Gram staining. ×1,000. (B) Grocott staining. ×200.
細胞診所見:喀出痰におけるグロコット染色は陽性で,隔壁のあるY字状に分岐した菌糸を有する多数のアスペルギルスを認めた(Figure 2B)。
3. 入院後経過β-D-グルカンが高値を示したため,深在性真菌症が疑われ即日ミカファンギン(micafungin; MCFG)150 mg/dayの投与が開始された。入院3病日には喀出痰の培養検査で糸状菌(1+)が検出され,サブローデキストロース寒天培地(Sabouraud Dextrose Agar; SDA)(極東製薬工業株式会社),28℃,5日間培養にて,形態はビロード状,色調は表面やや緑色から黄褐色,裏面は黄褐色のジャイアントコロニーを形成した(Figure 3A, B)。顕微鏡的形態ではフットセルを認め,分生子柄は短く,頂のうは半球状,フィアライドは頂のうの上半分を覆っていた(Figure 4)。これらの顕微鏡的形態とコロニー形態からAspergillus nidulansと同定した。
(A) front surface. (B) back surface.
Lactophenol cotton blue staining. ×1,000.
また,外注検査で行ったガラクトマンナン(galactomannan; GM)抗原は > 5.0 COIと高値,抗アスペルギルス沈降抗体は陰性であった。
臨床症状や急速な臨床経過およびβ-D-グルカンやGM抗原の上昇,培養検査におけるアスペルギルスの検出からIPAと診断された。これを受けてMCFGは継続のうえ,IPAの第1選択薬であるボリコナゾール(voriconazole; VRCZ)600 mg/day投与との併用療法が開始となった。その後,CRPが低下し炎症所見の改善が認められた。第20病日あたりから薬剤性と考えられる肝障害が出現したため,VRCZをイトラコナゾール(itraconazole; ITCZ)200 mg/dayに変更し,徐々に全身状態と炎症所見の改善が認められ第71病日に退院された(Figure 5)。
PSL: prednisolone, mPSL: methylprednisolone, CyA: cyclosporine A, MCFG: micafungin, VRCZ: voriconazole, ITCZ: itraconazole, CRP: C-reactive protein.
肺アスペルギルス症は,空気中を浮遊するアスペルギルスの分生子を吸入することで体内に侵入し,肺胞や気管支,空洞など既存の気腔内に定着し増殖することで発症する。発症した場合,菌の病原性と宿主の免疫状態,肺の構造改変(空洞や嚢胞)との相互関係により様々な病像を呈する。肺アスペルギルス症は,その病態から慢性肺アスペルギルス症(chronic pulmonary aspergillosis; CPA)とIPAに大別される2)~4)。
CPAのハイリスク症例は,陳旧性肺結核症,肺嚢胞症や気管支拡張症など肺構造の器質的構造変化がある疾患を有する症例であり,肺構造の器質的病変にアスペルギルスが腐生することにより生じる2),3)。一方,IPAは著しい免疫状態の低下を認める症例でハイリスクとなる。悪性造血器疾患や造血幹細胞移植などによる好中球減少状態(500/μL未満)を背景に発症することが多く1)~3),またステロイド大量長期投与,免疫抑制薬投与などによる免疫能低下例でも発症し得ることが報告されている2)~8)。本症例は,慢性線維性間質性肺炎による肺実質の荒廃に加えPSLとCyAの投与による細胞性免疫能の低下状態であり,また,前回値に比べ好中球数の低下を認めたIPA発症リスクの高い症例であったと推察された。IPAの病勢は,急速に進展し重篤な病態を呈する。特に呼吸器疾患を有し,免疫能低下状態のIPA合併における致死率は50%~60%との報告9)~11)があり,迅速な診断および早期の治療開始が極めて重要とされる。
IPAの診断基準は,臨床所見として急激な発熱,全身倦怠感などの全身症状,急速に増悪する喀痰,呼吸困難などの呼吸器症状を認め,画像所見では,胸部単純X線にて単発性あるいは多発性の結節影,浸潤影等を認める。胸部CTでは発症初期に結節影や浸潤影周囲にhalo signを伴うことが多く,さらにはair-crescent signが出現することがある2),3)。臨床所見および画像所見に加え,検査では,血清補助診断でβ-D-グルカン,GM抗原が陽性,または病理組織学的検査でY字状に分岐する有隔菌糸を認めるとIPAとする。さらに,確定診断には,培養検査によるアスペルギルスの検出が必要となる2),3)。
一方,菌体の検出にあたり,気管支鏡下での採痰や生検は侵襲が大きく,患者への負担が懸念され,全身状態によっては実施が困難なことが多い。また,培養検査では,検体からのアスペルギルスの検出率が低く,喀痰培養からの分離頻度は40%~50%との報告があり診断に至らない場合も考えられる6)。さらに,培養検査は検体提出から結果報告に数日要するため,迅速性に欠ける。こうした背景のもと,臨床の現場では,深在性真菌症の診療にあたり,血清補助診断の果たす役割が非常に大きい。CPAでは,抗アスペルギルス沈降抗体が陽性となる例が多く,有用性が高いとされる一方,β-D-グルカン,GM抗原の有用性は劣ると報告されている4)。IPAでは抗アスペルギルス沈降抗体は陰性のことが多く,β-D-グルカンとGM抗原が高値を示すことがその特徴とされ,IPAの血清補助診断としての価値は高い4)。
本症例は,間質性肺炎を背景に肺が荒廃しており,画像所見ではhalo signといったIPAに特徴的な所見が認められ難く,画像所見による判断が困難であり,当初は頻度的に一般細菌の関与が考えられていた。しかし,β-D-グルカン高値の報告を契機に,喀出痰グラム染色での糸状菌の検出,臨床所見および急速な症状の悪化という経過から早期の段階でIPAを念頭に置いた治療が開始できた。当院では,2016年にβ-D-グルカン検査を外注検査から院内検査に移行し,これまで検査結果の報告に2日~3日要していたが,数時間での報告が可能となり大幅に結果報告に要する時間が短縮された。さらに,検査結果を受けて担当技師が該当症例の経過を確認し,主治医に緊急連絡の必要性を判断することが可能となった。このように,検査データだけでなく治療などの臨床情報を理解し,判断できることが重要であり,院内検査としての導入意義でもある。そして,その検査結果に緊急報告の必要性があるか否かを見極め,判断できることが極めて重要な診療支援であることを認識した1例であった。
間質性肺炎に対する免疫抑制療法中に,β-D-グルカン上昇を契機に早期診断が可能となったIPA症例を経験した。β-D-グルカン高値を緊急性をもって報告したことで早期からの治療介入が可能となり,結果として良好な転帰に結びついたことから,β-D-グルカン検査は深在性真菌症の補助的診断法であるが,院内検査として即日報告が可能であり,有用性が高いと考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本論文の作成にあたり,御指導と御助言を頂きました新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸器感染症内科学教室 青木信将先生に深謝いたします。