2020 Volume 69 Issue 3 Pages 432-437
病理標本が作製される工程は,多くのステップを有しており,そのほとんどが手作業で行われているため,インシデント・アクシデント対策は容易ではない。病理検体の取り違えは,患者取り違えや誤った医療行為に直接結びつき,患者側にも医療者側にも多大な影響を及ぼす。今回,2019年5月の新病院移転時を好機と捉え,手術検体処理,検体受付,切り出し,包埋,薄切,染色・確認の各工程においてミスが極力起こらないようハード面,システム面双方で見直しを行った。手作業が多い病理組織検体処理では,間違い防止策として各工程でのダブルチェックは重要であり,手術室と病理検査室とが隣接することにより検体提出時において臨床と当科でのダブルチェックも可能になった。また,バーコード管理の導入とともに,各作業工程において切り出し検体の画像を簡単に確認できるようシステム面で改善した。これにより,医療事故に繫がる検体取り違い防止,精度の高い標本作製,作業環境の改善,作業時間の短縮に効果があった。
Incidents and accidents cannot be easily avoided in a pathology department because the pathologic specimen preparation process involves many steps that are mostly done manually. Misidentification of a pathologic specimen directly leads to misidentification of a patient or medical malpractice and has a considerable impact on both the patient and the medical practitioner. With the relocation to a new hospital in May 2019, both hardware and system aspects were reviewed to minimize errors in various steps of surgical specimen processing, namely, specimen reception, dissection, embedding, sectioning, staining, and confirmation. In histopathologic specimen processing, which requires considerable manual work, double-checking at each step is important as a measure to prevent mistakes. Since the operating room and the pathology laboratory are adjacent to each other, double-checking at the time of specimen submission to clinics and our department has become possible. In addition, bar code management has been introduced, and improvements have been made in the system so that images of the cut sample can be easily confirmed in each step of specimen processing. As a result, all these measures taken were effective in preventing specimen sampling errors that could lead to medical accidents, producing highly accurate specimens, improving the working environment, and shortening the working time.
正確な病理診断を行うためには精度の高い組織標本を作製することが病理担当者の責務である1)。しかし,標本が作製される工程は多くのステップを有しており,そのほとんどが手作業で行われているため,検体取り違えなどのインシデント・アクシデント対策は容易ではない2)。公益財団法人日本医療機能評価機構からも「医療安全情報」として,「No. 53;病理診断時の検体取り違え」が報告されているように,病理検査に関する検体間違えの事例は,誤った患者に対し手術等の治療や検査を実施することにつながるなど,その影響が非常に大きい3)。
本稿では,新病院(520床,病理担当技師7名(内パート技師1名),病理組織検体数 約8,000件/年,細胞診検体数 約15,000件/年)への移転時に行った改善内容について紹介する。ハード面では病理検査室と手術室を同じフロアに配置し,システム面では,電子カルテシステム HOPE LifeMark-HX(富士通株式会社)への変更,部門システム PT-10病理検査システム(シスメックスCNA株式会社,以下CNA)の更新,新たにカセットプリンタ シリウス1台(武藤化学株式会社),スライドグラス印字装置 パススライドプリンタ エスポ4台(松波硝子工業株式会社),WebカメラLifeCam studio 1台(Microsoft)を導入した(Figure 1)。
旧病院では病理検査室は2階,手術室は3階と,フロアを違えていたため,検体は小荷物専用昇降機によってその都度病理検査室に運搬されていた。新病院では,病理検査室は手術室と隣接させ,さらに病理検査室内に手術検体処理室を作った(Figure 2)。
手術検体処理室には電子カルテ端末1台,プリンタ1台,臓器撮影装置1台,2検体処理用の排気装置付作業台1台を配置し,臨床医自身が,リンパ節の処理,臓器の貼り付け,病理依頼書作成などを行う(Figure 3)。旧病院では間接的な検体受け渡しとなるため,手術室での検体提出前確認と,病理検査室での受け取り時の確認をもって簡易的にダブルチェックとしていた。新病院では手術検体処理室にて臨床医が手術検体を処理した後,病理検査室で直接受け取る手順とした。これにより病理依頼書を確認しながら,患者氏名と検体種類を両者で復唱し確実なダブルチェックが可能になった。手術検体処理室には電子カルテ端末が配置されているため,病理依頼書に不備がある場合にはその場で修正が可能である。また,外来からの検体も検体搬送者とダブルチェックをしてから受け取るようにした。不備があれば持ち帰ってもらい再提出となる。
CNA画面の“依頼一覧(組織)”を立ち上げ,病理依頼書の一次元バーコードをスキャンすることにより病理番号が発番され,二次元バーコード(Data Matrix)の印字された病理ラベルが出力される。間違い防止のため,受付は1検体ずつ行い,出力された病理ラベルは病理依頼書の右上に貼付する。検体取り違えを防ぐため,患者別に病理依頼書,検体を1つのトレイに入れ,1患者毎に処理できるよう準備を行う(Figure 4)。
近年増加している病理組織を用いた遺伝子検査では,臓器の摘出から固定までの時間(冷虚血時間)は,生体分子の不可逆的変化を最小化するうえで極めて重要であり,システム管理し把握すべきであると考える4)。手術検体では,臨床医により検体をゴム板に貼り付けた状態で受け取り,病理検査室でホルマリンに浸漬する。新システムからは,臨床医による病理依頼書作成時の入力項目のひとつに検体採取時刻も追加し,病理検査室では組織検体受け取り後直ちに受付処理することにより受付時刻がシステムに記録され,採取から固定までの時間をシステム管理できるようにした。受付処理したタイミングで,採取法が「手術」に分類され,かつ採取時刻と受付時刻を比較し一定時間経過すると,受付画面の部門コメントに「※時間超過」と表示される。この情報を活用し,固定までの時間のさらなる短縮ができるよう臨床の意識改善につなげたいと考えている。
わずかな間違いも起こさないよう生検材料の処理を2人体制で行うことは旧病院から継続している。
生検検体の切り出し時手順は,①切り出し担当者A(以下A)と切り出し補助者B(以下B)は,検体受付時に準備した各トレイに入っている検体の患者名,病理依頼書の患者名を指差し,呼称して照合する。②AとBで生検検体の個数,性状,病理依頼書の記載個数を指差し,呼称して照合する。③BはCNA画面の“染色入力”に検体個数と必要カセット数を入力し,病理番号の印字されたカセット(以下 病理カセット)を発行する。④Aは出力された病理カセットの番号を確認し検体を移す。検体が紛失しないようBは目を離さず注視する。⑤Bはwebカメラで撮影を行う。⑥Aは検体に着色して蓋をする。検体が紛失しないようBは目を離さず注視する。⑦Aは病理カセットをホルマリンに浸漬する。Bは処理済み検体を片づける。以上の操作を1検体ずつ行う。
今回webカメラを導入したことで生検材料を切り出し台から動かさず撮影できるようになった。webカメラでは,受付時に発行された病理ラベル,検体提出時のカセット,病理カセットを一緒に撮影する。検体がホルマリン容器で提出された場合は,容器も一緒に撮影する。画像には,病理ラベルに記載された病理番号,患者氏名と提出時の検体氏名,病理カセットの番号が1枚の写真に収まっているため,問い合わせ時の確認画像としてしても効果があると考える(Figure 5)。また画像には,病理ラベルの二次元バーコードも一緒に撮影されているため,CNA画面の“画像自動取込”を選択し保存することにより対応する病理番号に自動で取り込まれる。二次元バーコードの読み取り精度も高く,これまで読み取り不良になったことはない。
白;検体提出時のカセット,青;病理カセット
これらにより,これまで病理依頼書の空きスペースに記載していた手書きシェーマは廃止し,カセットへの手書きも廃止した。
以前は,極小検体など生検検体で疑問が生じた時は,病理依頼書の記載した手書きシェーマを確認,手術検体で疑問が生じた時はパソコンの切り出し画像を確認していたが,現在は切り出し時に画像撮影することにより,画像確認しながら包埋作業が行えるようになった。包埋作業前にCNA画面の“画像参照”を立ち上げ,処理する病理カセットのバーコードを読ませることにより切り出し画像が表示される(Figure 6)。切り出し画像が複数ある場合も同一バーコードを読ませるたびに画像が切り替わるため,2回読めば2枚目の画像に移行する。そのまま次の病理カセットのバーコードを読ませれば,それに対応した画像に切り替わるため,作業中にパソコンをさわることなく画像確認が容易にできる。
旧病院では薄切と伸展で担当者が異なった。これは一般社団法人日本病理学会 病理検体取扱いマニュアルで“避けるべき手技”とされているため,新病院からは同一者が担当するように各ミクロトームにノートパソコン,モニター,スライドグラス印字装置,水槽,温浴槽,伸展板,パラフィンブロック冷却装置を配置した(Figure 7)5)。
薄切手順は,①薄切前にCNA画面で“スライド印字”と“画像参照”を立ち上げる。②病理カセットの番号を確認し,バーコードを読ませ,検体番号の印字されたスライドグラスを出力する。③ノートパソコンに表示される“スライド印字”の情報から病理番号,薄切枚数を確認する。④モニターに表示される切り出し画像から薄切面を確認し,薄切する。⑤必要数の切片を水槽に浮かべる。必要数以上に薄切した場合は1カセット毎に水槽から破棄する。⑥スライドグラス印字装置からスライドグラスを取り,切片を伸展する。⑦伸展板で乾燥する。薄切は,スライドグラスに貼り付ける際の取り違えを防止するため1個の病理カセット毎にスライドグラスを印字することとし,事前に準備しておくことはしない。
病理カセットのバーコードを読ませると,染色情報がノートパソコンに,切り出し画像がモニターに表示されるようにした(Figure 8)。包埋作業同様,次の病理カセットのバーコードを読ませれば,それに対応した画像に切り替わり,パソコン操作は必要ない。薄切者は切り出し時の写真を確認しながら薄切することが可能になった。画像には,「検体極小」「半割検体」「polypあり」など切り出し者からの注意情報が赤字で画像内に表示されるため,薄切者は適切に薄切面を判断することができ,切り込み過ぎなどのミスを防ぐことが可能になった。また,スライドグラス印字機を導入したことにより,手書きによる検体番号の記載間違い防止はもちろん,スライドグラスに印字されたバーコードをそのまま使用して自動免疫染色装置での染色が可能となった。複数回の検体番号転記やラベル貼付など間違いが発生する状況を回避している。
染色確認時には,CNA画面の“画像参照”を立ち上げる。画面での切り出し時画像,薄切後の病理カセット,染色標本の3点を照合し確認をする。包埋時同様,次の病理カセットバーコードを読ませれば,それに対応した画像に切り替わるため作業中パソコンをさわることはない。必要な部位が確実に標本になっているかを薄切担当者と染色担当者で確認を行う。この後に染色標本を検鏡し病理医に提出する。
当院でも,医療事故のニュースを耳にするたび,業務改善について部署内で話し合っている。ソフト面についてはその都度改善できても,ハード面,システム面では難しく,今回の新病院移転は業務改善を実施する良い機会であった。
手作業が多い病理組織検体処理では,間違い防止策として各工程でのダブルチェックは重要であり,二人体制での生検検体処理は旧病院同様継続している。また,病理検査室が手術室と隣接することにより検体提出時のダブルチェックも可能になった。手術した医師から直接検体を受け取れるため,提出検体の情報を聞くこともでき精度の高い標本作製にも繫がっている。
Webカメラを導入したことにより,生検検体の撮影が簡単に行えるようになった。包埋時や薄切時など各工程において,1アクションで簡単に確認できるようになり間違え防止に有効であるだけでなく,処理に疑問を感じた時の画像確認としても効果があると考える。また,新たに表示可能となった切り出し画像については,部署内でも評価が高く,包埋時の手袋をとらなくても確認できるので効率が良い,切り出し画像を確認しながらの包埋は安心する,切り出し者からのメーセージや切り出し面が確認でき安心して薄切できる,などの好意的な声が挙がった。
各種印字装置の導入によるバーコード管理は,医療事故要因と成り得る誤記載,ラベル誤貼付の防止に繫がるだけでなく,作業環境の改善,作業時間の短縮にも効果があった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。