2020 Volume 69 Issue 4 Pages 562-569
背景・目的:病理診断において,マッソン・トリクローム(Masson trichrome; MT)染色は重要な染色法の一つである。しかし,MT染色は工程が多く煩雑であり,1時間程度の時間を要する。今回,MT染色における迅速法を検討したので報告する。方法:色素の調合およびマイクロウェーブ(microwave; MW)による時間短縮効果の検討と染色工程の簡略化を図り,従来法と染色結果を比較した。結果:鉄ヘマトキシリン:1分,オレンジG・酸性フクシン混合液:1分,リンタングステン酸:MW 10秒照射,アニリン青:MW 10秒照射後,腎臓は3分,肝臓は7分で,従来法と同等で良好な染色結果を得ることができた。さらに,染色工程の簡略化として第1媒染剤,1%塩酸アルコールによる分別,第2媒染剤,1%酢酸水による洗浄の工程を省略した結果,染色性の低下は認められなかった。考察:MT染色において,染色工程の時間短縮と簡略化を実現できた。これは,現在報告されているMT染色の中では最短時間である。迅速化の要因は,細胞質染色における分子間の競合をなくしたこと,MWによるリンタングステン酸の媒染効果促進によるものと考えられる。したがって,この迅速法は従来法と同等の染色結果を得ることができ,臨床の現場において推奨できる方法と考える。
Background and Aim: In pathological diagnosis, Masson trichrome (MT) staining is one of the important staining methods. However, its dyeing process is complex and takes approximately 1 h. In this study, we examined a rapid method of MT staining. Methods: The dyeing process simplification, preparation of dyes, and time reduction effect of microwave (MW) were examined, and the dyeing result was compared with that of the conventional method. Results: The time of the rapid method was 1 min each for iron hematoxylin and the orange G/acid fuchsin mixture, and MW irradiation was 10 s each for phosphotungstic acid (PTA) and aniline blue (after 3 and 7 min for kidney and liver, respectively). Moreover, good staining results similar to the conventional method were obtained by the rapid method. Furthermore, to simplify the dyeing step, the steps of the first mordant, 1% hydrochloric acid alcohol, the second mordant, and 1% acetic acid aqueous solution were omitted. As a result, no decrease in staining property was observed. Conclusion: In MT staining, the simplification of the dyeing process and the reduction in time were realized. This is the shortest time among the presently reported staining methods. Time reduction was suggested to be made possible by the elimination of intermolecular competition in cytoplasmic staining and the enhancement of the mordanting effect of PTA by MW. Therefore, the rapid method can be used for clinical diagnosis by obtaining staining results equivalent to those of the conventional method.
病理診断においてマッソン・トリクローム(Masson trichrome; MT)染色は膠原線維の増生や腎生検において糸球体基底膜を確認するうえで,重要な特殊染色の一つである1)~4)。しかし,MT染色の染色時間は約1時間とアザン・マロリー(azan-Mallory; azan)染色(1~数時間)よりは短いが工程が多く煩雑である。これら膠原線維染色には,酸性フクシン(fuchsine acid; FA)とアニリン青(aniline blue; ANB)・オレンジG(orange G; OG)液を用いて染色するMallory染色が応用されている5)。
我々は,すでにazan染色において時間短縮法(時短法)を確立している6)。Azan染色における時間短縮を可能とした要因は,マイクロウェーブ(microwave; MW)を用いることで,組織への分子移動の亢進と分子移動による摩擦熱の発生による加温効果が得られたこと,染色工程の簡略化を図ったことにある6),7)。また,Mallory染色はazan染色よりも細胞質を短時間で染色することが可能である5)。このことから,我々はMT染色において,時間を要する細胞質染色をFA液とすることで時間短縮できると考えた。さらに,染色工程の簡略化とMWを用いることでMT染色における染色時間の時間短縮が可能であると考えた。そこで,我々は染色工程の見直しとMWの原理を応用して迅速MT染色法(迅速法)を検討したので報告する。
対象には,佐賀県食肉センターより購入した新鮮ブタ腎臓,肝臓を用いた。10%ホルマリン固定液にて24時間固定後,パラフィン切片(厚さ4 μm)を作製し,検討を行った。
2. MT染色1)~4)検討に用いた染色試薬は,すべて武藤化学の市販液を使用した。また,染色液は50 mLに調整し,丸バット溝付5枚立を用いて染色を行った。
3. 検討項目検討項目は次の4点である。1)細胞質染色,2)リンタングステン酸(phosphotungstic acid; PTA)溶液,3)ANB染色の時間短縮の検討に,加えて4)迅速法の検討を行った。検討は主に腎臓の切片を使用し,迅速法の検証では更に肝臓の切片を加えて評価した。
1) 細胞質染色における時間短縮の検討 ① OG・FAの調合マッソン液B(組成:ポンソーキシリジン・FA・アゾ フロキシン)を1%FAに置き換え,ワンギーソン液の調整法を参考に0.75%OGと調合することで染色工程の簡略化を試みた1),3),5),8)。OG・FA液の調合は,等量混合(OG 25 mL:FA 25 mL),30 mL:20 mL,30 mL:15 mL,30 mL:10 mLの4つの条件とした。また,染色時間は5分と短時間に設定した。
② 染色時間の短縮OG・FA液の調合条件を決定後,染色時間を5分および1分として染色性を比較した。
①②ともに,OG・FAによる染色後は水洗して脱水・透徹・封入を行った。
2) PTAにおける時間短縮の検討 各濃度のPTAにおけるMWによる媒染促進効果2.5%および5%PTAを用いて検討を行った。MW照射時間は10秒とし,PTAによる媒染後は水洗して脱水・透徹・封入を行った。
MWは700 Wの出力が可能な一般的な家庭用電子レンジを用いた(Abitelax社;ARE-177)。
3) ANBにおける時間短縮の検討 MWによる染色促進効果2)の検討で用いた各濃度のPTAのMWなしとありの切片を用意し,染色を行った。MW照射時間は10秒,染色時間は3分とし,染色後は水洗して脱水・透徹・封入を行った。
4) 迅速法の検討 ① 時間短縮および染色工程の簡略化鉄ヘマトキシリンは1分として,第1媒染剤,1%塩酸アルコールによる分別,色出し,第2媒染剤,1%酢酸水による洗浄の工程は省略し染色を行った。
また,1)~3)の検討より得られた条件より迅速法の染色条件を決定した。迅速法の条件をTable 1に示す。
染色工程 | 色素調合 | マイクロウェーブ | 染色時間 |
---|---|---|---|
鉄ヘマトキシリン | 1分 | ||
オレンジG・酸性フクシン | 30 mL:15 mL | ― | 1分 |
リンタングステン酸 | ― | 10秒 | ― |
アニリン青 | ― | 10秒 | 腎臓3分・肝臓7分 |
第1媒染剤 | 省略 | ||
1%塩酸アルコール | |||
色出 | |||
第2媒染剤 | |||
1%酢酸水 |
MT染色従来法と考案した迅速法の染色結果を比較した。従来法における細胞質の染色にはマッソン液Bを用いた。
OGおよびFAを等量混合(各25 mL)し,5分間染色を行ったところ,OGの染色性が弱く赤血球を含め切片全体がFAにより染色された(Figure 1A)。次にOG:30 mLとFA:20 mLを混合した結果,ややOGの染色性が向上したものの,まだOGの染色性が弱く赤血球を含め切片全体がFAにより染色されていた(Figure 1B)。OG:30 mLとFA:15 mLでは,赤血球がOGにより,その他の部分はFAにより良好に染色されていた(Figure 1C)。しかし,OG:30 mLとFA:10 mLにすると,OGの染色性がFAの染色性を上回り細胞質がOGにより染色される結果となった(Figure 1D)。
A:25 mL:25 mL B:30 mL:20 mL C:30 mL:15 mL D:30 mL:10 mL E:30 mL:15 mL(5分) F:30 mL:15 mL(1分)
これらの結果より,OG:30 mLとFA:15 mLを最適条件とした。5分で良好な染色性が得られていたことから,染色時間を1分に変更し染色を行った結果,1分においても5分と同等で良好な染色性を得ることができた(Figure 1E, F)。
2. PTAにおける時間短縮の検討2.5%および5%PTAにおいて,MWの10秒照射後の両者の切片には大きな差は認められなかった(Figure 2A, B)。また,膠原線維等のFAが抜けるべき部分が脱色されおり,時間短縮効果および媒染効果を確認することができた。
A:2.5%PTA B:5%PTA C:2.5%PTA + ANB(照射なし) D:5%PTA + ANB(照射なし) E:2.5%PTA + ANB(照射あり) F:5%PTA + ANB(照射あり)
MWを用いなかった場合,膠原線維や基底膜の染色性は低く,淡く染色された(Figure 2C, D)。一方で,MWを用いた場合は,膠原線維や基底膜の染色性は高く,良好な染色結果を得ることができた(Figure 2E, F)。
4. 迅速法の検討染色時間の短縮および工程の簡略化を図った結果,鉄ヘマトキシリンの時間短縮,第1媒染剤,1%塩酸アルコール,色出し,第2媒染剤,1%酢酸水の工程の省略による影響は認められなかった(Figure 3A, B)。
A,B:腎臓 C,D:肝臓 A,C:従来法 B,D:迅速法
以上の検討より得られた結果をもとに,迅速法の染色条件を決定した。
迅速法
(1)脱パラフィン,脱キシレン,親水
(2)ワイゲルトの鉄ヘマトキシリン:1分
(3)水洗(スライド表面の色素を落とす程度)
(4)OG・FA液(30 mL:15 mL):1分
(5)水洗(スライド表面の色素を落とす程度)
(6)5%PTA水溶液:MW 10秒照射(2.5%PTAでも可)
(7)水洗
(8) ANB液:MW 10秒照射後3~7分(MW照射は省略可)
(9)水洗,脱水,透徹,封入
また,MT染色従来法と我々が提案する迅速法の染色性を比較した結果,両染色法ともに腎臓および肝臓において,核が鉄ヘマトキシリンに,細胞質がFAに,膠原線維,細網線維,基底膜がANBに,赤血球がOGに良好に染色され染色性に大きな差は認められかなった(Figure 3)。また,肝臓においてANBは両染色法ともに7分で良好な染色性を得ることができた。
膠原線維の増生や腎生検における糸球体基底膜の確認を目的とするMT染色は,病理診断において欠かせない染色である1)~4)。MT染色は,azan染色よりは短時間で染めることができるものの,染色工程は煩雑である1)~4)。自動染色装置で行う施設においては,煩雑さは問題ないと考えられるが,手動で行う施設においては,非常に煩わしい染色法である。また,azan染色よりは短時間といえ1時間程度の時間を要する。
MT染色は,1929年にMassonによりMallory染色とワンギーソン染色を加味されて考案されている4)。この染色は,色素の分子量の差を利用して選択的な染色が行われる1)~3),8),9)。さらに,酸性色素およびPTAなどのヘテロポリ酸や組織との間にイオン結合や疎水性結合が関与している3),8),9)。また,細胞質は分子量の近いポンソーキシリジン(分子量:480)・FA(分子量:585.54)・アゾフロキシン(分子量:509.41)の競合により,主としてFAにより染色される3),8),9)。しかし,我々はこの競合により,分子移動が遅くなり細胞質の染色に時間を要するのではないかと考えた。Mallory染色はazan染色よりも細胞質を短時間で染色することが可能である5)。このことから,我々はMT染色において,時間を要す細胞質染色をMallory染色に基づくことで時間短縮することができると考えた。さらに,赤血球の染色に関わるOG(分子量:452.37)との混合液を調整することで,染色工程の簡略化と時間短縮が可能になると考えた。そこで,細胞質の染色を最も分子量に差のあるFAのみにしてOGとの混合液による染色性の検討を行った。検討の結果,OG:30 mLとFA:15 mLを混合することで赤血球および細胞質の良好な染色性を得ることができた(Figure 2)。さらに,染色時間は1分へと短縮することができた。この時間短縮は分子量に差のあるOG・FA液に置き換えることで分子移動が亢進したものと考えられる。エラスチカ・ワンギーソン染色に用いるワンギーソン液はピクリン酸(分子量:229.1)とFAの混合液であり,分子量の差を利用して細胞質と膠原線維を染色する1),3),10)。染色時間も1~5分と短時間で染色可能である。今回の検討では,この原理を参考に行った1),3),10)。ピクリン酸をOGに置き換えることで,ワンギーソン液と同様の選択的な染色効果を得ることができ,大幅な時間短縮に繋がった。
PTAはMWを用いることで時間短縮が可能となった。これは,MWによる分子移動の活性化が起きたことが要因と考えられる。また,2.5%および5%の濃度差による媒染効果には差は認められなかった(Figure 2A, B)。そこで,我々はazan染色と共通の5%PTAを使用することとした。また,ANBにおけるMWの効果についても検討した。2.5%および5%PTAを用いて,ANBにおけるMWの有無による染色性の違いを確認した。その結果,MWなしではMWありと比較してやや染色性が低く,MWによる染色効果が認められた(Figure 2C–F)。しかし,MWなしでも十分に同一時間で染まる組織もあることから,MWによる大きな時間短縮効果は期待できないと考えられた。しかし,Figure 2C–Fで示すようにMWによる染色効果が得られる組織もあることから,MWは十分条件ではあるが使用した方が良いと考える。
さらに,時間短縮として鉄ヘマトキシリンは1分とした。また,染色工程の簡略化として第1媒染剤,1%塩酸アルコールによる分別,第2媒染剤,1%酢酸水による洗浄の工程を省略した。その結果,短縮・省略した工程における染色性の低下は認められなかった(Figure 3A, B)。第1媒染剤の効果は,ホルマリン固定によるメチレンブリッジを加水分解し,生じた元の正に荷電するアミノ基に負に荷電する酸性色素が結合しやすくすることにある8)。同じ劇物を含む媒染剤を用いて染色するazan染色においても,染色性を維持することができ,媒染剤を省略することが可能なことから,我々が提案する迅速MT染色法においても省略は可能と考える。鉄ヘマトキシリンに関しては,染色時間を1分と短縮し,1%塩酸アルコールによる分別,色出し,第2媒染剤を省略してもFigure 3で示すように迅速法は従来法と比較して遜色のない染色結果を得ることができた。また,鉄ヘマトキシリンを短時間で染めるため,過染を防ぐことができ,分別の省略にも繋がった。色出しについても,分別を省略することでpHの変動を抑えることができるため省略は可能と考えられる。第2媒染剤は,核内に存在する正の荷電を有する蛋白質を負の荷電を有するリンタングステン酸やリンモリブテン酸でマスキングし,酸性色素と結合しないようにブロックをする役割がある。我々はOGとマッソン液BをOG・FA液に置き換えることにより1分で赤血球および細胞質の染色を可能とした。染色時間を短縮するとことで,核内への不要な酸性色素の流入と結合を防ぐことに繋がったと示唆される。1%酢酸水による洗浄工程は,酸性色素が馴染みやすくするためのもと考えられるが,水道水による水洗でも大きな染色性の変化がないことから変更可能であると考えられる。したがって,染色工程の大幅な簡略化を実現することができた。
検討より得られた結果をもとに,我々はMT染色における迅速法を確立し,従来法と染色結果を比較した。その結果,両者に大きな染色性の差はなく良好な染色結果を得ることができた(Figure 3)。このことから,迅速法は従来法に代わり臨床において十分に使用できることが示唆された。
さらに,我々は迅速MT染色法の重染色への応用を考えた。MT染色の重染色の一つとして,エラスチカ・マッソン(elastica-Masson; EM)染色がある。EM染色は,MT染色に弾性線維染色を組み合わせた染色法であり,腫瘍細胞の血管侵襲,弾性線維の断裂などの血管病変や早期肺がん予後推定に有用な染色である3),11)。しかし,染色には3時間以上の時間を要するうえに,MT染色がベースとなっていることから染色工程は煩雑である3),11)。特にワイゲルトのレゾルシンフクシン液(resorcin fuchsin; RF)の染色には90分以上を必要とする3),11)迅速EM染色法を確立するには,この染色時間を短縮することが必要不可欠である。実際に我々のRF染色に関する検討では,MWを10秒照射後5分静置で,従来の室温90分と同等の弾性線維の染色性を得ることができている。さらに,短時間で染色することで細胞質の共染を防ぎ,塩酸アルコールの工程の省略を可能とした。そこで,我々はRFの時間短縮条件と迅速MT染色法の条件を組み合わせることで,迅速EM染色法を考案した。この迅速法においてもEM染色従来法と比較して遜色ない染色結果を得ることができるため,臨床において十分に使用できると考える。ただし,RFへのMW照射には注意が必要である。照射時間が長いあるいはMW照射を連続で繰り返すことによる過加熱状態になると液が噴き出す可能性がある。したがって,RF液にMWを照射する際は,室温から行うようにし,連続で行うことは避けるべきである。
本検討ではMT染色において,色素の調合およびMWによる時間短縮効果を示すことができた。また,染色工程の見直しによる簡略化を実現した。今後は,今回検討していない組織や染色角バットを用いてより多くの標本枚数の染色が可能か検討する必要があると思われる。また,迅速MT染色法の有用性を示し,実績を積むことでOG・FA液のメーカーによる販売や自動染色装置へのMW照射機能の搭載が可能となれば,より手間を掛けず早い診断が可能となると考えられる。さらに,膠原線維染色に限らず,多くの特殊染色は1時間以上の時間を要するうえに,染色工程が煩雑である。したがって,その他特殊染色においても,同様の検討をすることで,簡略化と時間短縮に繋がることが考えられる。
今回我々は,迅速MT染色法(迅速法)を考案した。色素の調合や染色工程の簡略化およびMWを用いることで,通常1時間程度かかる従来法と同等の染色結果を約10分で得ることが可能となった。これは,現在報告されているMT染色法の中で最短時間である1)~4)。また,迅速法は従来法と同等の染色結果を得ることができることから,臨床の現場において有用であり,推奨できる方法と考える。さらに,弾性線維染色との重染色(EM染色法)への応用の可能性も示された。
本研究は,佐賀県食肉センターより購入した新鮮ブタ腎臓,肝臓を対象としているため,動物実験委員会および倫理委員会の承認を得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。