2020 Volume 69 Issue 4 Pages 677-682
40歳台の男性。性行為後の関節痛を主訴に当院を受診した。来院時の血液検査では炎症所見が認められ,血液培養からNeisseria gonorrhoeaeが検出されたことから播種性淋菌感染症と診断された。血液培養からGram陰性球菌が検出された場合一般的にNeisseria meningitidisを疑うが,翌日の分離培養でヒツジ血液寒天培地にも良好に発育したこと,細菌性髄膜炎の迅速抗原検査キットであるPASTOREXメニンジャイティスキットによるN. meningitidisの免疫学的検査の結果陽性を示したことから両者の鑑別に苦慮した。N. gonorrhoeaeとN. meningitidisの保存菌株を用いて,ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地での発育性とPASTOREXメニンジャイティスキットによるN. meningitidisの免疫学的な反応を検証したところ,発育性状に両者の差は認められなかった。しかしながら,N. gonorrhoeaeの6株中3株は,N. meningitidisのY/W135特異抗体感作ラテックスと弱い凝集が認められた。N. gonorrhoeaeとN. meningitidisの鑑別には,生化学的性状や質量分析によって最終確認する必要がある。
A male patient in his forties with disseminated gonococcal infection presented to our hospital with the complaint of joint pain after sexual activity. The results of blood tests indicated inflammation, and Neisseria gonorrhoeae was isolated from a blood culture. We were unable to distinguish N. gonorrhoeae from Neisseria meningitidis solely on the basis of good growth on sheep blood agar after incubation for 24 h at 35°C in an atmosphere containing 5% CO2 or on a positive result of a rapid antigen test using the N. meningitidis Y/W135 reagent of the PASTOREX Meningitis kit. We examined the immunological reactions of N. meningitidis using the PASTOREX Meningitis kit and evaluated the growth of seven N. gonorrhoeae and two N. meningitidis clinical isolates on sheep blood agar and chocolate agar. There was no difference in the growth on the two types of solid medium. However, four of the seven N. gonorrhoeae isolates showed weak agglutination with a sensitized latex reagent specific for N. meningitidis Y/W135. In conclusion, N. gonorrhoeae and N. meningitidis can be distinguished on the basis of the results of biochemical tests and/or mass spectrometry.
淋菌感染症は,尿道炎などの泌尿生殖器感染が一般的であるが,性行為感染から波及する心内膜炎や関節炎,肝周囲炎など重症感染症例も報告されている1)~3)。敗血症や髄膜炎の患者からGram陰性球菌が検出された場合,一般にNeisseria meningitidisを疑うが,尿道炎や関節炎も報告されている4)~6)。このような背景から,近年はNeisseria gonorrhoeaeとN. meningitidisの鑑別の重要性が増している。
我々は,淋菌性関節炎が疑われた患者の血液培養から検出されたNeisseriaについてN. gonorrhoeaeとN. meningitidisの鑑別に苦慮した播種性淋菌感染症(disseminated gonococcal infection; DGI)を経験したので報告する。
患者:40歳台男性。
既往歴:帯状疱疹,高尿酸血症(痛風発作の既往なし),高血圧,前十字靭帯損傷。
主訴:関節痛,発熱。
現病歴:当院受診の2日前までタイに滞在し,風俗で性交渉歴があった。受診前日から左手第2指の腫脹と違和感を認め,近医を受診した。鎮痛剤を処方されたが改善なく,右手関節の疼痛および発赤と右足関節痛が出現したため,当院を受診した。診察時には咽頭発赤,扁桃腫脹,左顎下リンパ節に1.2 cm大リンパ節触知を認めた。
1. 入院時所見と経過初診時の体温は37.5℃,血圧は128/58 mmHg,経皮的動脈血酸素飽和度は98%(room air),呼吸数は16回/分であった。初診時の血液検査結果をTable 1に示すが,CRPおよび白血球数が高値であり炎症所見が認められた。
Biochemistry | CBC | ||
---|---|---|---|
TP (g/dL) | 7.8 | WBC (×109/L) | 11.3 |
ALB (g/dL) | 4.3 | RBC (×1012/L) | 4.96 |
AST (U/L) | 26 | Hb (g/dL) | 15.1 |
ALT (U/L) | 41 | HCT (%) | 45.6 |
LD (U/L) | 159 | MCV (fL) | 92.0 |
ALP (U/L) | 170 | MCH (pg) | 30.5 |
γ-GT (U/L) | 51 | MCHC (g/dL) | 33.1 |
CK (U/L) | 53 | RDW (%) | 13.6 |
BUN (mg/dL) | 17 | PLT (×109/L) | 160 |
CRE (mg/dL) | 0.90 | Neutrophil (%) | 89.7 |
eGFR (mL/min/1.73 m2) | 71.67 | Eosinophil (%) | 0.8 |
UA (mg/dL) | 6.2 | Basophil (%) | 0.1 |
Na (mmol/L) | 136 | Lymphocyte (%) | 6.1 |
Cl (mmol/L) | 102 | Monocyte (%) | 3.3 |
K (mmol/L) | 4.1 | ||
CRP (mg/dL) | 7.22 |
受診当日に血液培養が施行,その後セフトリアキソン2 g静注およびアジスロマイシン2 g経口投与による治療が開始された。2日後に血液培養が陽性になったため入院となり,セフトリアキソン2 g/日による治療で5日目に軽快退院した。退院後は外来で9日間セフトリアキソン2 g/日による治療が行われ,治療を終了した。退院22日目に再び血液培養が施行され,陰性を確認した。
3. 細菌学的検査血液培養はBACTEC 22Fおよび23FレズンボトルP(日本BD)に2セット採取され,BDバクテックTM FXシステム(日本BD)で培養した。培養33時間後に好気ボトルのみ2本が陽性となり,培養ボトル内容液のGram染色にてGram陰性球菌が認められた(Figure 1)。培養ボトル内容液をニッスイ分画プレート羊血液寒天/チョコレートEXII(BA/CHO;日水製薬)に接種し,炭酸ガス環境下(CO2 5%ダイア微好気パック,三菱ガス化学)で培養した。培養1日目は両培地上のコロニーは共に微小であったが,2日目には両培地に直径2~2.5 mmの灰白色でやや混濁した光沢のあるコロニーが認められた(Figure 2)。なお,関節液は提出されなかった。
患者の病歴から淋菌感染が強く疑われていたが,血液培養からGram陰性球菌が検出されたため N. meningitidisの可能性も考え,分離菌株を用いPASTOREXメニンジャイティスキット(Bio-Rad Laboratories)による凝集反応を行った。その結果,抗Neisseria meningitidis Y/W135特異抗体感作ラテックス試薬と弱い凝集が認められた(Figure 3)。
分離菌の同定は,質量分析と生化学的検査を用いた。質量分析はMALDIバイオタイパー(ブルカージャパン)を用い,N. gonorrhoeae(SV 2.405)と同定され,血液培養陽性翌日に菌種名を報告した。その後,IDテスト・HN-20ラピッド「ニッスイ」(日水製薬)を用いる生化学的検査により,N. gonorrhoeae(コード1021000,同定一致率99%)と同定された。
初診時に採取した尿の外部委託検査による遺伝子検査(リアルタイムPCR法)は,N. gonorrhoeaeおよびChlamydia trachomatisいずれも陰性であった。一方,入院時に採取した咽頭粘液の遺伝子検査はN. gonorrhoeae陽性,C. trachomatis陰性であった。
N. gonorrhoeaeは,N. meningitidisに比較して一般にヒツジ血液寒天培地での発育は不良なことが多く,コロニーの大きさはチョコレート寒天培地より小さく,遅れて発育することが経験される7)。本症例で検出されたN. gonorrhoeaeはCHO,BAともに良好に発育し,免疫学的方法でN. meningitidis Y/W135に対するラテックス試薬と反応した。
そこで,臨床材料由来の保存株を用いて,CHOおよびBAでの発育性およびPASTOREXメニンジャイティスキットのN. meningitidis特異抗体感作ラテックス試薬との反応性を検証した。
使用菌株は,N. gonorrhoeae 7株(本症例分離株および臨床分離株6株)とN. meningitidis 2株(臨床分離株2株)である。臨床分離株は2015年~2017年の間に当検査室で検出され,マイクロバンク(イワキ)で凍結保存(−80℃)した株を使用した。
被検菌の新鮮純培養菌は滅菌生理食塩水にMcFarland No. 0.5の濁度の菌液を作製し,原液とした。原液を1 μLずつCHOとBAに画線塗抹し,35℃で炭酸ガス(CO2 5%)培養した。発育したコロニーの大きさを培養1日目と2日目に観察し,CHOとBAの発育性を比較した。
さらに,原液を用い,PASTOREXメニンジャイティスキットのN. meningitidis特異抗体感作ラテックス試薬A,B,C,Y/W135の4種と凝集の有無を確認した。
2. 結果N. gonorrhoeae 7株とN. meningitidis 2株のCHOおよびBAにおける発育性をTable 2に示した。N. gonorrhoeae 7株はCHOとBAで同等の発育を示し,2日目には直径1 mm以上で隆起した灰白色コロニーを形成した。N. meningitidis 2株も同様に,CHOとBA上のコロニーの大きさと外観に差は認められなかった。
Species | Strains | Diameter of the colony (mm) | |||
---|---|---|---|---|---|
Day 1 | Day 2 | ||||
CHO1) | BA1) | CHO1) | BA1) | ||
N. gonorrhoeae | This case | < 1 | < 1 | > 2 | > 2 |
A | < 1 | < 1 | 1–2 | 1–2 | |
B | < 1 | < 1 | 1–2 | 1–2 | |
C | 1–2 | < 1 | > 2 | > 2 | |
D | < 1 | < 1 | 1–2 | 1–2 | |
E | < 1 | < 1 | > 2 | > 2 | |
F | < 1 | < 1 | > 2 | > 2 | |
N. meningitidis | G | < 1 | < 1 | 1–2 | 1–2 |
H | < 1 | < 1 | > 2 | > 2 |
1)Sheep blood agar and chocolate agar EXII (BA/CHO)
PASTOREXメニンジャイティスキット試薬との反応性をTable 3に示した。N. gonorrhoeae 7株のうち本症株を含めた4株がY/W135を含むラテックス試薬のみに弱いが明瞭な凝集を認めた。N. meningitidis 2株はY/W135を含むラテックス試薬と強く明瞭な凝集を示した。
Species | Strains | Result of agglutination with: | |||
---|---|---|---|---|---|
Group A | Group B | Group C | Y/W135 | ||
N. gonorrhoeae | This case | − | − | − | +w |
A | − | − | − | − | |
B | − | − | − | − | |
C | − | − | − | +w | |
D | − | − | − | +w | |
E | − | − | − | − | |
F | − | − | − | +w | |
N. meningitidis | G | − | − | − | + |
H | − | − | − | + |
−, negative; +w, weakly positive; +, positive.
N. gonorrhoeaeおよびN. meningitidisはGram陰性双球菌であり,ヒトの感染症における起炎菌となる1)~3),7),8)。両菌種は一般に感染経路や病態が異なり,前者が性行為による接触感染であるのに対し,後者は飛沫感染によって鼻咽腔粘膜に定着し敗血症や髄膜炎を起こす7),8)。一方,性行為の多様化を背景に淋菌性咽頭炎や髄膜炎菌性尿道炎例などが報告されている4)~6),9)。また,淋菌感染症は0.5~3%の頻度で感染の部位から血流へ移行し,DGIを起こすことが知られている10)。そのため近年は臨床情報のみで起炎菌を推定することは適切でなく,微生物検査による病原体診断が必要である。
DGIはN. gonorrhoeaeによる全身感染症であり,菌血症を伴い,多くは関節炎や皮膚炎・皮膚潰瘍などの膿疱性病変が認められる2),11),12)。
本邦におけるDGIの報告は少なく,医中誌による検索では2010年以降の報告は15例である。そのほとんどは,性交渉による初感染後,痛みを伴う関節炎や皮疹が認められている。本症例では関節液の検索は行われなかったので,淋菌性関節炎の確定には至らなかったが,関節の疼痛と腫張が認められていた。また,咽頭粘液のN. gonorrhoeae遺伝子検査が陽性であったことから,咽頭が初感染巣の可能性も考えられた。
血液培養陽性ボトルのサブカルチャーには,ヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地が用いられる。N. gonorrhoeaeは一般にヒツジ血液寒天培地での発育が不良であり,分離できないまたは発育が遅い。一方,N. meningitidisはヒツジ血液寒天培地とチョコレート寒天培地に良好かつ同等に発育する7),8)。今回,本症例を含む菌株を用いて発育性を比較した結果,N. gonorrhoeaeとN. meningitidisはともにヒツジ血液寒天培地における2日培養後の発育はチョコレート寒天培地と同等であった。近年の市販培地は発育支持能が高いことが影響しているものと考えられる。培地の発育性はメーカーによる差も考えられ,4社のチョコレート寒天培地およびヒツジ血液寒天培地を使用し小規模の検討を行った。データは省略するが,培地間で発育性に差は認められなかった。
N. gonorrhoeaeとN. meningitidisの鑑別は,生化学的性状ではマルトースの分解能は重要な鑑別性状であり,前者は陰性,後者は陽性である7),8)。そのほか,酵素活性の違いを利用してN. gonorrhoeae,N. meningitidis,Neisseria lactamica,Moraxella catarrhalisの4種を鑑別できる試薬(ゴノチェクIIキット;コスモ・バイオ)も使用されている。本症例では,IDテストHN-20でグルコース分解,マルトース,スクロース,ラクトースは非分解であり,高い確率でN. gonorrhoeaeと同定された。
また,質量分析法もNeisseria属菌の菌種同定に有効であり,Buchananら13)はマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(MALDI-TOF MS)によるN. gonorrhoeaeの菌種同定は,API-NHと同等であることを報告している。
本症例のように血液培養からGram陰性球菌が分離された場合,N. meningitidisとの迅速な鑑別を要する。分離菌は同定検査によりN. gonorrhoeaeと決定されたが,PASTOREXメニンジャイティスキットではN. meningitidis Y/W135試薬と弱い凝集を示し,結果の解釈に苦慮した。なお,PASTOREXメニンジャイティスキットによるN. gonorrhoeaeとの交差反応の報告はこれまで認められていない。
本症株を含む臨床材料由来保存株を用いた検討では,N. gonorrhoeae 7株中4株がN. meningitidis Y/W135試薬と反応した。このことは,両菌種が分類学的に近縁であることに起因しているものと考えられた。
日常検査においては,免疫学的検査には交差反応の可能性を念頭に置く必要があると考えられた。
今回の経験およびNeisseria属の2菌種による感染症の変化を念頭に置き,鑑別には慎重を期する必要があり,現時点においては生化学的性状または質量分析法が鑑別に有用であると考えられた。
本邦での報告が少ないDGIを経験した。N. gonorrhoeaeとN. meningitidisの鑑別は,ヒツジ血液寒天培地の発育性や免疫学的方法を過信せず,生化学的性状まで確認する必要があると考えられた。
本文の要旨は,第67回日本医学検査学会(2018年,浜松)で発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。