Japanese Journal of Medical Technology
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Materials
Survey on actual condition of the fixation procedure for histopathological specimens in Japan: Report on the quality control survey questionnaire of the Japanese Association of Medical Technologists
Manabu AZUMAKazuya YAMASHITAKatsunari ISHIDAManami MATSUBARAYuji HAYASHIJunichi SAKANEToshiki SUZUKIShuichirou FURUYA
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2020 Volume 69 Issue 4 Pages 660-670

Details
Abstract

近年,コンパニオン診断やがんゲノム医療用検体の質を担保するために10%中性緩衝ホルマリン液(10% neutral buffered formalin solution; 10% NBFS)による組織固定が各ガイドラインにより推奨されている。日臨技病理検査フォトサーベイ実施時,国内における組織固定手技の統一化を目的として2015年よりアンケート調査と啓発を繰り返してきた。調査開始当初から2019年までの経年的な10% NBFS採用率は,生検検体用で38.5%(416/1,081施設)から80.0%(902/1,127施設)へと上方修正され,手術摘出検体用においても31.6%(342/1,081施設)から72.1%(805/1,116施設)へと改善された。10% NBFSの採用を拒む理由として,以前から使用していないことや固定能力が悪いことを挙げ,一方採用した施設ではコンパニオン診断への積極的対応であることが窺える。2017年の組織固定時間についての調査では,生検組織および手術摘出検体共に概ね72時間以内に固定完了しており,さらに10% NBFSによる48時間以内の固定完了を実践している施設は,生検検体で59.6%,手術摘出検体で41.9%程度に留まる。今後,病理検査の標準化として固定手技の改善を図り,患者がどの地域においても不利益の無いよう検体の質的保存に努めるべきである。

Translated Abstract

In recent years, several guidelines have recommended tissue fixation with 10% neutral buffered formalin solution (10% NBFS) to ensure the quality of companion diagnosis and specimens used for cancer genome medicine. When the Japanese Association of Medical Technologists (JAMT) conducted photo surveillances of histopathological examinations, JAMT has also been conducting questionnaire surveys and education since 2015 in order to standardize the procedures of tissue fixation in Japan. The adoption rate of 10% NBFS increased over time from 38.5% (416/1,081 pts) to 80.0% (902/1,127 pts) for biopsy specimens and from 31.6% (342/1,081 pts) to 72.1% (805/1,116 pts) for surgical specimens from the start of the survey to 2019. The facilities that refused to adopt 10% NBFS cited its little use in experiments and poor fixation capability as their reasons. On the other hand, the survey results suggest that the facilities that adopted 10% NBFS are actively responding to companion diagnosis. In the survey of tissue fixation time in 2017, most facilities completely fixed both biopsy and surgical specimens within 72 hours. The facilities that completed fixation with 10% NBFS within 48 hours were 59.6% for biopsy specimens and 41.9% for surgical specimens. In the future, we should improve the fixation procedure for the standardization of histopathological examination and the qualitative preservation of specimens, so that no patients will be disadvantaged in any region.

I  緒言

一般社団法人日本臨床衛生検査技師会(日臨技)精度管理病理検査ワーキンググループでは,例年実施してきた精度管理調査に附随して病理組織検査の質的向上と検査技術の統一化を目指したアンケート調査を実施してきた。なかでもコンパニオン診断用病理組織検体の取り扱いに端を発した組織固定条件については,その質により検査成績に影響を与えることが知られており1)~7),加えて将来的発展が期待されるがんゲノム医療用検体の取り扱いにおいても,同様の理由により10% NBFSによる組織固定が強く推奨されている8),9)

このことからも患者検体の質の担保と,本邦における組織固定条件の統一化を推進するため,この数年間継続的に現況調査を繰り返し行い,固定手技の統一化へ向けた啓発に注力してきた。調査開始当初からこれまでの成果と今後の課題について報告する。

II  啓発目的

本邦における病理組織検査実施施設での組織検体の固定条件について,日臨技精度管理参加施設を対象とした全国規模のアンケート調査による現状把握を行い,病理組織検体固定条件の統一化へ向けた啓発活動を継続的に繰り返すことにより改善されることを期待した。

III  調査方法

2015年から2019年までの日臨技精度管理調査病理検査フォトサーベイ実施時に,例年の主題とする調査内容と共に,組織固定に関する質問を部分的に盛り込んだ継続的なアンケート調査を行った。参加施設へ対して組織固定手技に関する質問をWeb回答方式により調査し,現況把握と上方修正へ向けた学会報告などによる啓発を行った。

IV  調査内容

2015年は,プレアナリシス手技と検査室運営に関する調査を行った。2016年の調査は,病理検査室の運用に関する詳細な現状調査を行い,組織固定に関する調査は割愛している。

2017年は,免疫組織化学染色に関する運用状況調査を主とした。2018年は施設の病理検査室の運用状況について,また2019年は,過去数年間のアンケート調査内容を統合した広い範囲の業務内容調査を行った。

対象施設で生検組織検体と手術摘出組織検体各々での固定液種をはじめ,固定時間管理や固定液へ浸漬するまでの時間などを含む具体的な固定手技の実際と,組織固定に対する意識調査を行っている。

V  調査結果

1. 組織固定液種

2015年の調査では,生検検体用組織固定に10% NBFSを採用している施設は416/1,081(38.5%)施設で,これ以降2017年は501/850(58.9%)施設,2018年は775/1,129(68.6%)施設,2019年は902/1,127(80.0%)施設であった(Figure 1)。

Figure 1 生検検体用組織固定液種の年次推移

2015年の調査では,10% NBFSを採用している施設は4割未満であったが,2019年の調査では約8割の施設が10% NBFSを採用している。

NBFS:中性緩衝ホルマリン液,FA:非緩衝ホルマリン液

同様に手術摘出検体用組織固定液として10% NBFSを採用している施設は,2015年で342/1,081(31.6%)施設,2017年は392/850(46.1%)施設,2018年は614/109(56.2%)施設,2019年の調査では805/1,116(72.1%)施設であった(Figure 2)。

Figure 2 手術摘出検体用組織固定液種の年次推移

2015年の調査では,10% NBFSを採用されている施設は3割程度であったが,2019年の調査では約7割の施設が10% NBFSを採用している。

NBFS:中性緩衝ホルマリン液,FA:非緩衝ホルマリン液

2. 10% NBFSを採用しない理由

10% NBFSを生検検体用組織固定に採用しない理由について,「以前から使用していないから」という施設が2018年157/326(48%)施設,2019年85/257(33%)施設を占め,次いで「固定が悪いから」という理由が2018年85/326(26%)施設,2019年56/257(22%)施設を占めていた(Figure 3)。

Figure 3 生検検体用組織固定液に10% NBFSを用いない理由

2018年326施設(1,180施設中),2019年257施設(1,175施設中)から回答を得た。2018年では「以前から使用していないから」という理由が半数を占めていたが,2019年では10% NBFS採用施設の増加とともに,これを理由とする施設も減少している。

同様に,手術摘出組織の固定液に10% NBFSを採用しない理由としては,2018年と翌年の調査共に「以前から使用していないから」という施設がそれぞれ2018年157/452(35%)施設,2019年85/338(25%)施設を占め,「固定が悪いから」という理由が,2018年と2019年ともに40%相当の施設で理由に挙げている(Figure 4)。

Figure 4 手術摘出検体用組織固定液に10% NBFSを用いない理由

2018年452施設(1,180施設中),2019年338施設(1,155施設中)から回答を得た。生検検体用固定液同様に,「以前から使用していない」とする理由は,減少傾向にあるが「固定が悪い」とする施設が両年共に多くを占める。

3. 10% NBFSを採用した理由

一方,組織固定液に10% NBFSを採用している施設の理由は,2018年の調査では「コンパニオン診断への対応のため」とした施設が481/802(60%)施設を占め,次に「以前から使用していた」と回答した施設が273/802(34%)施設,「ゲノム医療への対応」や「その他の理由」によるものが,それぞれ3%程度を占める。同様に2019年の調査では,「コンパニオン診断への対応のため」と回答した施設が139/338(41%)施設,「指針や規定での推奨」に従うという回答が91/338(27%)施設でみられた。また,近年実装されつつある「ゲノム医療への対応」や「遺伝子パネル検査への対応」とする回答も前年の調査より増加傾向にあった(Figure 5)。

Figure 5 組織検体用固定液に10% NBFSを採用した理由

2018年802施設(1,180施設中),2019年338施設(1,155施設中)から回答を得た。2018年の調査では,コンパニオン診断に対応するためと回答された施設が6割を占めるが,2019年の調査では指針や規定で推奨されている固定液に添うといった回答もみられる。

4. ホルマリン固定液の調整と複数回使用について

ホルマリン固定液の調整については,886/1,113(80%)施設が調整済み溶液を購入し,144/1,113(13%)施設が原液を購入し自施設で適当濃度に調整していた。また,検体を切り出し後に再固定する固定液は,それぞれ種々の交換目安を指標として繰り返し使用していた(Figure 6)。

Figure 6 ホルマリン固定液の調整と複数回使用について

2019年に1,175施設を対象として固定液の調整と複数回使用について調査した。80%の施設が調整済み固定液を購入し,各施設種々の目安により固定液の交換を行っている。

5. 検体採取から固定液へ浸漬するまでの時間管理

検体採取から固定までの時間管理について調査した。2018年の調査では,「ほぼ1時間以内に浸漬している」が532/1,068(50%)施設,「1時間以上3時間以内」が130/1,068(12%)施設であった。一方,時間の管理をしていない施設が357/1,068(33%)施設みられた。2019年の調査では,具体的な回答項目を増やして同内容の調査をした。「ほぼ1時間以内に浸漬している」が629/1,101(57%)施設,「1時間以上3時間以内」が98/1,101(9%)施設,「時間の管理をしていない」施設が320/1,101(29%)施設あった。また,一部限定的に「管理検体に限って検体採取後3時間以内に固定液へ浸漬けしている」施設が25/1,101(2%)施設あった(Table 1)。

Table 1  検体採取から固定液へ浸漬するまでの時間管理について
調査年度(有効回答施設) 2018年(1,068施設) 2019年(1,101施設)
調査項目 施設数 % 施設数 %
ほぼ1時間以内に浸漬している 532 50 629 57
1時間以上3時間以内に浸漬している 130 12 98 9
浸漬時間を管理していない 357 33 320 29
今後管理する予定である 49 5 13 1
管理検体のみ3時間以内に浸漬している 25 2
全ての検体で記録し,管理している 1 0.1
一部の検体で記録し,管理している 12 1
管理の必要性を感じない 3 0.2

6. 組織固定時間について

各施設における病理組織検体の固定時間について,2017年に詳細な調査を行っている。生検検体の組織固定は,766/822(93.2%)施設が24時間以内に完了しており,48時間以内までを含めても820/822(99.7%)施設が組織固定を完了している。

手術摘出検体では,383/810(47.3%)施設で24時間以内に完了しており,48時間以内までを含めても679/810(83.8%)施設で組織固定を完了している(Figure 7)。また,全施設のうち10% NBFSの使用施設に限ると生検検体の固定では,492/822(74.5%)施設が該当し,このうち48時間以内に固定を完了している施設は,490/822(59.6%)施設である(Table 2)。同様に手術摘出検体の10% NBFSによる固定では,387/810(66.4%)施設が該当し,このうち48時間以内に固定を完了している施設は,339/810(41.9%)施設である(Table 3)。

Figure 7 組織固定時間

2017年1,145施設を対象とした組織固定時間調査。生検検体(有効回答数822施設),手術検体(有効回答数810施設)からの回答を得た。生検検体は,820/822(99.8%)の施設で48時間以内に固定処理を終えている。手術検体は,679/810(83.8%)施設で48時間以内の組織固定が完了していた。

Table 2  生検検体固定時間についての調査(2017年調査。832施設を対象とし,有効回答数822施設)
中性緩衝ホルマリン液 n = 660(80.2%) 濃度 固定時間 非緩衝ホルマリン液 n = 162(19.7%)
対象施設数(%) 施設数 % 対象施設数(%) 施設数 %
492(74.5) 58 8.8 10% 5時間以内 77(47.5) 8 4.9
151 22.9 6時間~14時間 26 16.0
251 38.0 15時間~24時間 37 22.8
30 4.5 25時間~48時間 6 3.7
2 0.3 49時間~72時間 0 0
0 0 73時間以上 0 0
50(7.6) 6 0.9 15% 5時間以内 30(18.6) 3 1.9
14 2.1 6時間~14時間 11 6.8
26 3.9 15時間~24時間 13 8.0
4 0.6 25時間~48時間 3 1.9
0 0 49時間~72時間 0 0
0 0 73時間以上 0 0
118(17.9) 21 3.2 20% 5時間以内 55(33.9) 9 5.6
44 6.7 6時間~14時間 22 13.6
46 7.0 15時間~24時間 20 12.3
7 1.0 25時間~48時間 4 2.5
0 0 49時間~72時間 0 0
0 0 73時間以上 0 0

n = 832(有効回答823)

Table 3  手術摘出検体固定時間についての調査(2017年調査。820施設を対象とし,有効回答数810施設)
中性緩衝ホルマリン液 n = 583(72.0%) 濃度 固定時間 非緩衝ホルマリン液 n = 227(28.0%)
対象施設数(%) 施設数 % 対象施設数(%) 施設数 %
387(66.4) 0 8.8 10% 5時間以内 95(41.9) 0 4.9
22 22.9 6時間~14時間 9 16.0
154 38.0 15時間~24時間 39 22.8
163 4.5 25時間~48時間 31 3.7
40 0.3 49時間~72時間 12 0
8 0 73時間以上 4 0
53(9.1) 0 0.9 15% 5時間以内 35(15.4) 0 1.9
5 2.1 6時間~14時間 4 6.8
17 3.9 15時間~24時間 11 8.0
27 0.6 25時間~48時間 17 1.9
3 0 49時間~72時間 1 0
1 0 73時間以上 2 0
142(24.3) 1 3.2 20% 5時間以内 96(42.3) 0 5.6
12 6.7 6時間~14時間 5 13.6
66 7.0 15時間~24時間 38 12.3
51 1.0 25時間~48時間 7 2.5
11 0 49時間~72時間 44 0
1 0 73時間以上 2 0
1(0.2) 1 0 30% 15時間~24時間 1(0.4) 1 0

n = 820(有効回答810)

7. コンパニオン診断ガイドラインの遵守

2017年に1,246施設を対象とした調査では,コンパニオン診断の対象検体について「ガイドラインを確認し,適正固定条件を実践できている」施設が399/790(51%)施設,「実践できていない場合がある」施設は,364/790(46%)施設,「確認もしていない」施設が27/790(3%)施設であった。

免疫組織化学の標準化については,721/826(87%)施設で「必要性を感じる」としている(Figure 8)。

Figure 8 コンパニオン診断対象検体の組織固定管理と免疫組織化学染色の標準化について

2017年に1,246施設を対象に,「免疫組織化学染色に関する調査」を行い,1,129施設からの回答を得た。ガイドラインの内容を確認したが実践できていない施設が半数ある一方,免疫組織化学の標準化の必要性を感じている。

8. ゲノム医療への対応

ゲノム研究用・診療用病理組織検体取り扱い規程8)の「内容を確認した」施設は681/1,015(67%)施設で,「院内作業書を整備した」あるいは「今後準備する」とした施設は,181/1,015(18%)施設。「今後も準備をしない」とする施設が,82/1,015(8%)施設でみられた。また,大型連休の際の固定時間について,ゲノム診療用検体取り扱い規定に記載された「固定時間を超過する場合がある」施設が358/1,115(32%)施設,「固定時間遵守を優先」あるいは「必要なものだけを切り出す」施設は合わせて642/1,115(58%)施設であった(Figure 9)。

Figure 9 ゲノム診療(研究用)検体の取り扱いと大型連休時の組織固定時間遵守

2019年1,175施設を対象とした調査結果。ゲノム診療(研究用)規定については67%の施設で内容を確認されている(左)。一方,大型連休の際には固定時間を遵守できるとした施設は,31%程度にとどまる(右)。

9. 組織固定担当者

組織固定操作担当者は,644/1,081(65%)施設で臨床医が担当し,臨床検査技師が担当する施設は,37/1,081(28%)施設である(Figure 10)。

Figure 10 組織固定担当者について

2015年に1,208施設を対象として組織固定担当者について調査を行い,1,081施設からの回答を得た。65%に該当する施設で臨床医に組織固定操作を委ねている。

VI  考察

病理組織検査において,患者体内から採取された組織検体に対して施される第一過程が組織固定である10)~12)。近年コンパニオン診断の発展と,ゲノム医療の幕開けによりその質が検査結果に大きな影響を与えることから,各種検査のガイドライン1)~5)に準じた過程を辿ることが重要である。

日臨技精度管理病理検査ワーキンググループでは,本邦における組織固定手技の現状をアンケート調査により把握した後,その手技の統一化を目指して調査結果を会員へ向けて発信し,啓発を繰り返してきた。

組織固定液として各種検査のガイドラインで推奨されている10% NBFSの採用率の推移を経年的にみると,生検検体用では初回調査時2015年の38.5%から2019年では80.0%までに改善された(Figure 1)。手術摘出検体用組織固定液についてもその採用率は,31.6%から72.1%へと上方修正され(Figure 2),組織固定液として中性緩衝ホルマリン液へと変更する傾向にあった。

10% NBFSを採用しない具体的な理由については,生検検体用および手術摘出検体用の両者とも「以前から使用していないから」という理由が目立ち(Figure 3, 4),古くから継続してきた日常的な検査過程を変えることへの心配や抵抗感があることなどが推察される。また,充分量の固定液を用い組織固定完了後は廃液する経済的な事情も無視することはできない。調査では,対象施設の8割の施設で調整済み固定液を採用しており,わずかでもコストパフォーマンスを改善するために各施設様々な見当により薬液交換を行っている(Figure 6)。

加えて,中性緩衝ホルマリンが非緩衝ホルマリン液に比べ,固定浸透能力に劣る10),11)ことも特に手術摘出検体用固定液として採用を拒む理由として挙げられている(Figure 3, 4)。このことは,生検検体においても報告完了までの時間的遅延が発生する。手術摘出検体用では,元来固定不良となり易い乳腺などの脂肪成分を多く含む組織や,肝臓などの充実性臓器において固定不良を招き,精度の高い切り出しが困難となることも10% NBFSの採用を敬遠する理由として理解される。実際にNBFSを採用していながらも,高濃度に調整されたものを用いている施設は,これらの不都合を回避するためであると思われる。

一方,組織検体用固定液に10% NBFSを採用した施設での理由の多くが,2018年の調査では「コンパニオン診断に対応するため」を選択した施設が多く,2019年に具体的な回答選択肢を増やして調査した結果では,「ゲノム医療への対応」「指針や規定での推奨に添う」とする回答もみられた(Figure 5)。

現在,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)により体外診断薬(in vitro diagnostics; IVD)として承認されているコンパニオン診断技術の全てが,10% NBFSによる固定検体を対象とし,さらに組織固定時間までもガイドラインにより定められていることは周知のとおりである‍1)‍~7)

次世代シークエンサー(next generation sequencer; NGS)解析を主とするゲノム医療用検体として扱う場合には,患者体内から採取後固定液へ浸漬するまでの時間も「3時間以内に固定することが望ましい」と記載されており8),検体採取後の経過時間を管理することも求められる。しかしながら,2019年に実施した調査では,3割程度の施設で「浸漬時間を管理していない」「管理の必要性を感じない」と回答する現状にある(Table 1)。対象患者検体を扱わない診療科施設が回答対象に含まれている可能性もあるが,今後の継続的な啓発の必要性を感じる。

固定完了時間については,2017年の調査により手術摘出検体を含め多くの施設で72時間以内に固定が完了していることを把握している(Figure 7)。実際には,コンパニオン診断の標準化やNGS解析に耐えうる核酸品質を担保するために,10% NBFSを用い48時間以内に固定完了することが望ましいとされ1),2),8),2017年の調査時にこのガイドラインを遵守した組織固定法を実践されている施設は,生検検体では490/822(59.6%)施設(Table 2内太字),手術摘出検体については339/810(41.9%)施設が該当する程度に留まっていた(Table 3内太字)。休前日検体採取の見直しや,連休が続く際には必要に応じて休日出勤し,検体処理をするなどの対応策を講じる施設もあるが,昨今の働き方改革への対応も含め,今後の課題と考える。

また,免疫組織化学の標準化については,87%相当の施設がアナリシス段階を含めた標準化の「必要性を感じる」と回答し(Figure 8),2019年の調査での10% NBFA採用率が改善されている現状を考え併せると,各施設における重要性の認識と関心の程度を理解しうる結果であった。さらに,2019年の調査において,固定検体の品質が求められるゲノム研究用・診療用病理組織検体取り扱い規程8),9)について,内容を確認し院内作業書を整備したとする回答を含めると71%の施設が該当し,これに加えて「今後準備する予定」の施設までを合わせると84%の施設に規程内容が浸透されていると理解できる(Figure 9)。国内におけるがんゲノム医療中核拠点病院および拠点病院と連携病院の整備が行われて間もない時期の調査であったが,各施設の関心の高さとゲノム医療に関する浸透研修会が充実されていることも裏付ける結果と考える。

しかしながら,ガイドラインを充分理解しつつも,2019年より国策として制定された働き方改革や慢性的な病理専門医の人員不足を考慮すると,大型連休時の切り出し作業に対応することも難しい現状がある(Figure 9)。組織検体採取後の固定操作は,多くの施設で検体のオリエンテーションを最も把握している臨床医に委ねられている(Figure 10)。

今後は,病理検査を担当する臨床検査技師がこの作業へ積極的に介入し,注入固定法や真空装置を用いた固定法などの良質な組織固定を施すための工夫を行うと共に10)~13),臨床医または病理専門医と協働してコンパニオン診断対象検体あるいはゲノム検査対象検体について,必要量のサンプリングをあらかじめ切り出すなどの対応も必要と考える。

現状として,本邦における組織固定液としての10% NBFS採用率はこの5年間で大きく改善された。都道府県各地域においても,すでに生検検体用(Figure 11)と手術摘出検体用(Figure 12)組織固定液として非緩衝ホルマリンを用いていない地域もあるが,現状では未だ多くの施設で種々の濃度に調整された非緩衝ホルマリンが組織固定に用いられ,統一化されたとは言い難い。

Figure 11 本邦における生検組織用固定液非緩衝ホルマリン採用施設都道府県分布

2019年に1,127施設を対象とした調査結果。北海道,青森県,岩手県,富山県,奈良県,和歌山県,愛媛県,大分県,宮崎県(図内赤枠)で非緩衝ホルマリンの使用施設を認めない。

Figure 12 本邦における手術摘出検体用固定液非緩衝ホルマリン採用施設都道府県分布

2019年に1,116施設を対象とした調査結果。岩手県,茨城県,奈良県,和歌山県,鳥取県(図内赤枠)で非緩衝ホルマリンの使用施設を認めない。

また,日臨技精度管理非参加施設やクリニック規模施設における現状把握には至っていない。今後,各都道府県技師会の認定病理検査技師を中心とした病理検査研究班における調査と組織固定技術統一化へ向けた活動を推奨すると共に継続的な啓発を続けたい。

患者がセカンドオピニオンを求めて,ホルマリン固定パラフィン包埋切片あるいはパラフィン包埋組織ブロックと共に他施設を移動する現在では,国内どの施設においても同一の条件下で検体処理が施され,患者にとって不利益のない検査結果が得られる様に努めることが検体を扱う際の最優先とされるべきであると考える。

VII  結語

本邦における病理検査実施施設での病理組織検体固定手技の実態調査結果について報告した。検査技術の発展に伴い,良質な組織検体が求められる現在,今後も病理組織検査の標準化を目指して,組織固定技術の調査と啓発を継続して行きたい。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本資料を執筆するにあたり,例年アンケート調査にご理解とご協力を頂いた日臨技会員各位に深謝致します。

文献
  • 1)  一般社団法人日本病理学会:「乳癌HER2病理診断ガイドライン Pre-analytical」,胃癌・乳癌HER2病理診断ガイドライン,9–22,金原出版,東京,2015.
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  • 3)  日本肺癌学会バイオマーカー委員会:肺癌患者におけるEGFR遺伝子変異検査の手引き第4.2版.https://www.haigan.gr.jp/uploads/files/EGFR手引き%E3%80%804.2版%284%29.pdf/(2020年1月15日アクセス)
  • 4)  日本肺癌学会バイオマーカー委員会:肺癌患者におけるALK融合遺伝子検査の手引き第3.1版.https://www.haigan.gr.jp/uploads/files/ALK遺伝子検査の手引き%20ver3.0理事会承認版20190228%282%29.pdf/(2020年1月15日アクセス)
  • 5)  日本肺癌学会バイオマーカー委員会:肺癌患者におけるPD-L1検査の手引き.https://www.haigan.gr.jp/uploads/files/photos/1400.pdf/(2020年1月15日アクセス)
  • 6)  中西 陽子,他:「コンパニオン診断技術」,JAMT教本シリーズ病理検査技術教本,272–278,一般社団法人日本臨床衛生検査技師会(監),丸善出版,東京,2017.
  • 7)   畑中  豊,他:「コンパニオン診断と病理」,病理と臨床,2012; 30: 1300–1308.
  • 8)  一般社団法人日本病理学会:「第2部ホルマリン固定パラフィン包埋組織・細胞検体の適切な取り扱い」,ゲノム研究用・診療用病理組織検体取り扱い規程,129–157,羊土社,東京,2019.
  • 9)   安孫子  光春,他:「がんゲノム医療における病理部門の役割」,検査と技術,2020; 48: 44–48.
  • 10)  梅澤 敬:「固定法」,JAMT教本シリーズ病理検査技術教本,42–52,一般社団法人日本臨床衛生検査技師会(監),丸善出版,東京,2017.
  • 11)   藤田  浩司:「組織固定法の理論と実際 ホルマリン水と中性緩衝ホルマリン液の固定原理」,Medical Technology, 2012; 40: 586–590.
  • 12)   東  学:「組織固定の基本技術」,Medical Technology, 2012; 40: 591–598.
  • 13)  舘山ゆう,他:「臓器保管用真空包装機を用いた組織固定促進法の実践」,日本医学検査学会Web抄録集,243.http://congress.jamt.or.jp/j68/(2020年4月19日アクセス)
 
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