2021 Volume 70 Issue 1 Pages 99-105
近年,糖尿病や造血器疾患などの基礎疾患を有する易感染患者の黒色菌糸症が増加傾向にある。原因菌種としては,Exophiala jeanselmei及びE. dermatitidisが多く,黒色真菌感染症は黒色真菌の組織内菌寄生形態からクロモブラストミコーシス,黒色菌糸症及び菌腫の3つに分類される。黒色真菌の同定の現状は,経験的知識と検査技術が必要なことから同定されないことが多い。今回,我々は実臨床に則した方法としてExophiala属の簡易同定法及び抗真菌薬感受性試験について検討した。その結果,菌種同定には選択培地,温度耐性及びスライド培養法による同定が比較的容易であり,感受性試験は目視判定が容易にできる酵母真菌薬剤感受性キット(ASTY)が有用であった。
In recent years, the incidence of phaeohyphomycosis in immunocompromised patients with underlying diseases such as diabetes, leukemia, and hematopoietic disorders has tended to increase. The causative organisms are fungi, namely, Exophiala jeanselmei and Exophiala dermatitidis. Black fungal infections are classified into chromoblastomycosis, phaeohyphomycosis, and fungal tumors on the basis of the parasitic form in tissues. These black fungi often cannot be identified owing to insufficient knowledge and technology. In this study, we examined a simple method of identifying these Exophiala spp. and their antifungal sensitivity. As a result, we found that their identification was possible and relatively easy on the basis of their temperature tolerance and by slide culture using selective media, and by the Antifungal Susceptibility Testing of Yeast (ASTY), which could facilitate visual judgment and is useful for antifungal sensitivity examination.
黒色真菌感染症は,黒色真菌の感染により発症し組織内菌要素の形態により,クロモブラストミコーシス(chromoblastomycosis,以下CBM),黒色菌糸症(phaeohyphomycosis,以下PHM),及び菌腫の3つに分類される。
PHMは皮膚に結節や膿瘍を生じる疾患で,原因菌はExophiala属が最も多い。Exophiala属は,植物,土壌,枯れ木などの環境中に広く分布しており,経皮的に体内へ入り,上腕などの皮膚露出部に小結節,膿瘍,嚢腫を発症させる。稀であるが糖尿病や造血器疾患など易感染性の患者や免疫不全患者で全身性に播種し,脳などの主要臓器に病変を生じることがあり,全身に播種した場合,予後が不良である。菊池らの1982年~2004年の集計では,PHMが増加傾向にあり,易感染患者の増加と関係があるものと考えられている1)。
黒色糸状菌の自動判定試薬には,日本ベクトン社のBDフェニックスM50によるBD Phoenix yeast IDパネルがあるが,本邦では採用している施設が少ない。同定は形態的及び生理学的性状で実施されるため,経験的知識と検査技術が必要である。また,環境中に存在する真菌のため,起因菌か汚染菌であるかの判定は臨床医とのコミュニケーションが必要であり,検査室と臨床側との連携が重要である。治療は抗真菌薬の単独内服では長期的な効果が乏しく,外科的治療が必要な場合やitraconazole(ITCZ)の無効例が報告されている。そのため治療開始前に抗真菌薬に対し感受性を確認する必要がある。今回,我々はExophiala属の簡易同定法及び抗真菌薬感受性検査法について検討したので報告する。
当院の臨床検体から分離したE. dermatitidis 4株,E. jeanselmei 3株,E. spinifera 2株,E. moniliae 1株の計10株について検討した。本検討は,社会福祉法人恩賜財団済生会中和病院倫理委員会の承認(承認番号:02-005)を得て実施した。
2. 菌種同定菌種同定は奥平らの方法を参考にし2),Table 1に示す5項目について実施した。
PDA寒天培地 (27℃)発育性状 |
1%グルコース加BHI(27℃)発育性状 | CDA培地(27℃) | 温度耐性(42℃) | スライド培養法(形態学的性状) | ||
---|---|---|---|---|---|---|
発育性状 | 硝酸 カリウム 利用能 |
|||||
E. dermatitidis | 酵母形(溶けたチョコレート状) | 不良 | − | + | ぴん形のアネライドや菌糸側壁から 分生子が産生される。 | |
E. jeanselmei | 菌糸形 | + | + | − | ||
E. moniliae | 菌糸形 | + | + | d | 小型の球形,基部が膨らんで 連鎖した小集塊を形成する。 | |
E. spinifera | 菌糸形 | + | + | − | 長ビンから坪形,先端部に 鋭い棘のような突起がある。 |
1)ポテト・デキストロース寒天培地(PDA),27℃,20日間の発育性状。
2)1%グルコース加BHI(brain heart infusion dextrose)寒天培地,27℃,20日間の発育性状。
3)Czapek-Dox寒天培地(日水),27℃,20日間の発育性状及び硝酸カリウムの利用能。
4)PDA,42℃,20日間における温度耐性(発育温度試験)。
5)PDA,27℃,10~20日間,スライド培養法(形態学的性状)。
3. 抗真菌薬感受性試験日本医真菌学会標準化委員会提唱による糸状菌抗真菌薬感受性試験法に準じて酵母真菌薬剤感受性キットASTY(極東)を使用しamphotericin B(AMPH-B),flucytosine(5-FC),fluconazole(FLCZ),miconazole(MCZ),micafungin(MCFG),caspofungin(CPFG),itraconazole(ITCZ),及びvoriconazole(VRCZ)について感受性試験を実施した3),4)。
1) 菌液作成及び接種法菌液調整用A液を1 mLと2 mLに分けた。PDA培地で十分発育したコロニーを湿らせた滅菌綿棒で表面をなぞって分生子を採取し,菌液調整用A液1 mLに加え,30秒以上撹拌し懸濁液をMcFarland 2に調整した。数分間静置後,懸濁液の中間層200 μLを菌液調整用A液2 mLに加え調整菌液を作製した。RPMI 1640培地2 mL(菌液調整用B液)に調整菌液20 μL加え,十分混和した。その600 μLをレサズリン(酸化還元指示薬)添加RPMI 1640寒天培地11.4 mL(接種用培地)に加え,十分混和した。これを薬剤固層マイクロプレートに100 μLずつ分注した(Figure 1)。
35℃,遮光下,通常大気で培養した。
3) 判定方法判定方法は添付文書に従い実施した。3日後にMCFG,CPFGのみ判定し,発育コントロールが赤紫に色変した4日後にすべての薬剤を判定した。いずれの場合も肉眼的に各ウエルの発育を観察した。発育不良の場合は,培養を延長した。
すべての検討株がTable 1の性状と一致した。E. spiniferaの42℃温度耐性は2株とも陰性であった。
1) E. dermatitidis及びE. jeanselmeiPDA培地で発育したE. dermatitidis及びE. jeanselmei を鏡検した結果,いずれも培養初期では卵円形~円形の酵母様細胞が主であった。その後,培養が進むにつれて菌糸形成が盛んになり,アネロ型の分生子を形成した(Figure 2)。両菌種は形態学的には類似していたが,1%グルコース加BHI寒天培地の発育性状(Figure 3),Czapek-Dox寒天培地の硝酸カリウム利用能(Figure 4),及び発育温度などの生理学的性状の違いに基づいて鑑別することができた(Table 1)。
上部:PDA培地の発育集落(27℃,20日間培養)
A:E. dermatitidis B:E. jeanselmei
下部:スライド培養 ×400
A:E. dermatitidis,酵母形(溶けたチョコレート状)
B:E. dermatitidis 以外のExophiala属,酵母様発育からやがて菌糸様集落に発育した。
A:E. dermatitidis,硝酸カリウム利用能(−)
B:E. jeanselmei,硝酸カリウム利用能(+)
PDA培地で発育したE. moniliaeを鏡検した結果,アネライドが球形または基部の方が膨らみ,連鎖したり枝分かれして小集塊をなしていた。分生子は1細胞性で,楕円形であるが,ソーセージ形~バナナ形のものも見られた。またアネライドと分生子が入り混じるのも特徴であった(Figure 5)。発育温度は42℃でも発育する株があった(Table 1)。
左:PDA培地の発育集落(27℃,20日間培養)
右:スライド培養 ×400
PDA培地で発育したE. spiniferaを鏡検した結果,分生子形成細胞の分生子形成部位が細長く先へ先へと伸長し,また先端部に鋭い棘のような突起を持つアネライドが特徴であった(Figure 6)。発育温度は,E. dermatitidis 及び一部のE. moniliaeが42℃まで発育することができ,E. jeanselmei及びE. spiniferaも38~39℃の高温域まで発育できたことから同一菌種内で2℃前後の違いから,発育温度のみでの鑑別は困難であった(Table 1)。
上部:PDA培地の発育集落(27℃,20日間培養)
下部:スライド培養 ×400
ASTYは,酸化還元反応呈色色素resazurinを利用したcoloriometric methodで,真菌の発育したウエルの色調が青からピンク色に変化することにより終末点を判定するため,目視判定が容易であった(Figure 7)。Table 2に10株の感受性結果を示した。最少発育阻止濃度(MIC)はITCZ 0.12~0.5 μg/mL,VRCZ 0.25~1 μg/mL及びAMPH 0.12~1 μg/mLとそれぞれ良好な成績を示した。5-FCは2~16 μg/mL,FLCZは8~64 μg/mL,MCZは0.5~4 μg/mLの範囲でMICを示した。MCFG,CPFGはすべての株が ≥ 16 μg/mLのMICを示した。
色調が青からピンク色に変化することにより終末点を判定するため,目視判定が容易であった。
A1 | A2 | A3 | A4 | B1 | B2 | B3 | C1 | C2 | D1 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
MCFG | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 |
CPFG | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 | ≥ 16 |
5-FC | 8 | 8 | 8 | 2 | 16 | 4 | 4 | 2 | 2 | 4 |
FLCZ | 16 | 16 | 16 | ≥ 64 | 64 | 64 | 64 | 64 | 64 | 16 |
MCZ | 2 | 0.5 | 0.5 | 2 | 2 | 4 | 2 | 4 | 1 | 1 |
ITCZ | 0.5 | 0.5 | 0.125 | 0.25 | 0.5 | 0.5 | 0.25 | 0.25 | 0.25 | 0.5 |
VRCZ | 0.25 | 0.25 | 0.12 | 0.25 | 0.5 | 1 | 0.25 | 0.5 | 0.5 | 0.25 |
AMPH | 0.25 | 0.25 | 0.06 | 1 | 1 | 1 | 1 | 0.5 | 0.12 | 0.25 |
(MIC μg/mL)
A:E. dermatitidis B:E. jeanselmei C:E. spinifera D:E. moniliae
Exophiala属菌10株のASTYを応用した抗真菌薬感受性試験結果
近年,増加傾向にある糖尿病などの患者や癌化学療法を受けている免疫抑制状態にある患者に膿瘍性病変が見られた場合,Exophiala属は稀な感染症であるため見逃されることがある。さらにExophiala属は発育が遅く,分離培養に日数を要し,同定検査も複雑であることから実施されないことが多い。そのため,これらの疾患群ではExophiala属による黒色真菌症を疑い,真菌が全身臓器に播種した,あるいは今後播種する可能性を想定し抗真菌薬療法を行う必要がある。
Exophiala属はE. dermatitidis,E. jeanselmei,E. moniliae及びE. spiniferaが知られており,各菌種の鑑別・同定には,スライド培養による顕微鏡的観察が不可欠であり,黒色真菌の属レベルの鑑別は分生子形成様式が重要な指標となる(Table 3)。菌種同定は方法に示した1)~5)の検査項目から比較的容易に同定が可能であるが,E. dermatitidis及びE. jeanselmeiは顕微鏡下での鑑別は困難であるため,1%グルコース加BHI寒天培地あるいはCzapek-Dox寒天培地の併用による鑑別が重要である。さらに,E. spinifera及びE. moniliaeは顕微鏡下における形態学的特徴から容易に鑑別することができる。CBMの起因菌はF. pedrosoiが全起因菌の70%以上を占め,PHMではE. jeanselmeiが報告されており菌種レベルで鑑別することが必要である。
分生子型 | 菌種 |
---|---|
クラドスポリウム型(出芽型) | Cladosporium,(Cladophialophora) |
シンポジオ型 | Fonsecaea,Rhinocladiella,Hortaea |
フィアロ型 | Phialophora |
アネロ型 | Exophiala |
ポロ型 | Alternaria,Ulocladium,Curvularia,Biporaris |
Aspergillus属菌の判定は,特にMCFG,CPFGで48時間培養後にMICを超えた高濃度ウエルにおいて顆粒状~微量発育(パラドックス効果様:paradoxical effect)あるいはMinimum Effective Concentration(MEC;菌糸伸長が部分的に阻止されることによって生じる顆粒状の小菌塊が認められる最少薬剤濃度)が認められ,赤~紫色を呈する場合がある。この現象は培養時間が長くなるほど出現しやすく,接種菌量の影響も受けやすい。そのため接種菌量を104 cells/mLとし,MCFG,CPFGのみ3日間培養後に判定し,すべての薬剤の最終判定は4日間培養後とした。ただし,発育不良の場合は培養延長が必要である。感受性結果を解釈するブレークポイントはCandida属の判定基準が参考値として利用できるがCLSI・M27-AはAMPHに関してブレークポイントを設定されておらず,AMPHのMICが > 1 μg/mLを示した場合には耐性の可能性が疑われると報告されている3)。
黒色真菌感染症の治療は,AMPH,5-FCの単独あるいは両薬剤の併用が行われていたが,治療効果が乏しいため,ITCZ及び外科的治療の併用が有用とされている。今回,ASTYを応用した感受性試験の結果は,AMPH,ITCZ及びVRCZが感受性域と良好な結果を示した。近年,有効とされたITCZに無効例も報告されたことから,第2選択薬としてVRCZの有効性が期待できると考えられる4)。糸状菌の薬剤感受性試験は接種菌の調製法に困難であるが,分生子(胞子)を含む懸濁液を濃度調製することにより,RPMI 1640液体培地を用いた希釈法でMICを測定することが可能である。また糸状菌の抗真菌薬感受性を評価する個々の真菌薬に対するMICブレークポイントが設定されていないため標準化されていないが,結果は参考値として,治療を行う上で有用な情報となると考えられる5)~11)。
今後,Exophiala属のITCZ耐性株は増加が予想され,同定ならびにその感受性試験が治療方針の観点から必要である。本キットは色調の変化によって明確な判定が可能であり,CLSI法との相関性が確認されているため,黒色真菌のExophiala属への応用は可能であると考える。
1.Exophiala属菌の菌種同定には1%グルコース加BHI寒天培地,CDA寒天培地,温度耐性及びスライド培養法を組み合わせる方法が容易で有用である。
2.抗真菌薬剤感受性試験は簡便で目視判定可能なASTYが有用である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。