2021 Volume 70 Issue 1 Pages 9-14
慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome; CFS)は,これまで健康に生活していた人が,ある日突然,関節痛・筋肉痛・発熱を伴う極度の疲労状態に陥り,半年以上も健常な社会生活が送れなくなる原因不明の難病である。従来の臨床検査では,特異的な異常や病因を確定できず,治療法も確立されていない。本研究では,臨床徴候により診断が確定した慢性疲労患者28症例と一般人27名を対象に,相対的酸化ストレス度(oxidative stress index; OSI)評価および単核球細胞表面抗原解析を実施し,CFS患者の鑑別診断に有用なバイオマーカーを探索した。その結果,OSIは一般人に比較して慢性疲労患者で有意に上昇していた。一方,リンパ球分画解析では,一般人と比較して慢性疲労患者ではB細胞の有意な増加,NK細胞の減少傾向が認められた。また,単球の表面抗原解析において一般人と比較して慢性疲労患者ではCD14+/CD16−単球の割合が有意に減少し,CD14+/CD16+単球の割合が有意に増加していた。さらに,慢性疲労患者におけるB細胞およびCD14+/CD16+単球の増加は,OSIの上昇と関連していた。これらの結果から,酸化ストレス亢進によって引き起こされる慢性炎症がCFSの病態形成に関与している可能性が示唆された。
Chronic fatigue syndrome (CFS) is characterized by severe fatigue and various nonspecific symptoms such as fever, headache, muscle pain, and sleep disorder. CFS is a highly heterogeneous and partly subjective illness, and no standard laboratory test is currently available for its reliable diagnosis. The main objective of this study was to establish biomarkers useful for the diagnosis of CFS. We analyzed the oxidative stress index (OSI) and peripheral mononuclear cell surface antigens in healthy subjects and CFS patients whose diagnosis was based on clinical signs. The OSI was significantly higher in sera of the CFS patients than in those of the healthy subjects. Our results indicate the possibility that OSI is a useful biomarker for the objective diagnosis of CFS. On the other hand, we confirmed by lymphocyte subset analysis that the proportion of B cells was significantly higher in the CFS patients than in the healthy subjects. Furthermore, the surface antigen analysis of monocytes revealed that the proportion of CD14+/CD16− monocytes was significantly lower and that of CD14+/CD16+ monocytes was significantly higher in the CFS patients than in the healthy subjects. It is quite interesting to find this higher proportion of CD14+/CD16+ monocytes, which are associated with inflammatory diseases and autoimmune diseases, in the CFS patients whose diagnosis was based on clinical signs. In addition, there was a significant correlation between the OSI and the proportion of inflammatory monocytes in the CFS patients. These findings suggest that chronic inflammation caused by oxidative stress might be involved in the pathogenesis of CFS.
厚生労働省の疫学調査により,日本国民の1/3以上が半年以上続く慢性的な疲労を自覚し,その半数が日常生活において生活の質の低下をきたしていることが明らかになっている1)~3)。さらに,慢性疲労者の中でも原因不明の強い疲労を呈する疾患である慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome; CFS)の有病率は全人口の約0.3%程度と見積もられている1),3)。これらの調査結果を基に,CFSを含む慢性疲労による経済損失が算出されており,年間約1.2兆円にも及ぶ1)ことが判明している。慢性疲労は大きな社会問題であり国全体で取り組むべき課題の1つである。疲労症状は,その度合いにより急性疲労・亜急性疲労(産業疲労)・慢性疲労に分類される。急性疲労と亜急性疲労は,休息や睡眠を取ることにより回復できる生理的疲労である。一方,慢性疲労は休息や睡眠だけでは回復できず,医療の介入による適切な治療が必要となる病的疲労に分類される4),5)。しかし,現在の疲労診療は主観的な症状を基にした操作的診断法であり,病的疲労状態を客観的に評価できる検査法は存在しない3)。本研究では,CFS診断基準6),7)を満たすCFS患者と一般人を対象に,相対的酸化ストレス度(oxidative stress index; OSI)評価および単核球表面抗原解析を実施し,CFS患者の診断に有用なスクリーニング検査法の確立を目指した。
山口大学内の学生および教員の一般人ボランティア27名(男性15名,女性12名:年齢33.3 ± 17.3歳),CFS診断基準6),7)を満たす CFS患者28例(男性9名,女性19名:年齢45.0 ± 8.8歳)を対象とした。
本研究は,山口大学大学院医学系研究科保健学専攻医学系研究倫理審査委員会承認(433)を得て実施した。
2. 酸化ストレス度の評価法8),9)酸化ストレス値および抗酸化力値の測定にはAU480自動分析装置(Beckman Coulter社)を用いた。
1) 酸化ストレス値(d-ROMsテスト;ウイスマー研究所/株式会社ウイスマー)血清サンプル10 μLを酢酸緩衝液(pH 4.8)1 mLに添加し,血清タンパク質の鉄をイオン化することによりフェトン反応を起こさせ,血清サンプル中の活性酸素代謝物(主にヒドロペルオキシラジカル)に置換する。生成したラジカルの濃度をクロモゲン(芳香族アルキルアミン)による呈色反応で定量することにより生体内の酸化ストレス値を評価する。値はunit CARRという単位で表され,1 unitは0.08 mg/dLの過酸化水素に相当する。
2) 抗酸化力値(BAPテスト;ウイスマー研究所/株式会社ウイスマー)クロモゲンと塩化第二鉄を混和した測定試薬1 mLに血清サンプル10 μLを添加し,測定試薬中に存在するチオシアン酸塩と結合した酸化鉄イオンを,サンプル中の抗酸化物質が二価鉄イオンに還元させる能力を測定することにより生体の生物学的抗酸化能を評価する。単位はμmol/Lで表される。
3) OSIの評価法d-ROMsテストによる酸化ストレス値とBAPテストによる抗酸化力値の測定を実施し,両者のバランス比であるOSIを「OSI≒d-ROMs ÷ BAP × 補正係数」で求めた。補正係数(8.85)は絶対的健常人のOSIの平均が1.00になるように設定した8),9)。
3. 単核球表面抗原の解析BDバキュティナCPTTM単核球分離用採血管(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に静脈血8 mLを採血し,1,700 gで15分間遠心分離した。その後,0.01 M Phosphate Buffer Saline(PBS)10 mLに上清部分(血漿・単核球・血小板)を回収し,1% Bovine Serum Albumin(BSA)Bufferに再浮遊させた。100 × 104個/100 μLに調整後,100 μLずつに分注し,モノクローナル抗体:CD3-FITC/CD19-Vio Blue/CD56-PE-Vio770/CD14-PE/CD16-APC(Miltenyi Biotec社)で染色した。暗冷所で15分反応後,溶血試薬:OptiLyse C(Beckman Coulter社)を500 μL添加し,暗所で10分間静置した。その後,PBSを500 μL添加し,ボルテックス後室温暗所で5分間静置後,フローサイトメーター(Miltenyi Biotec社)にて測定した。
4. 統計解析統計解析には統計解析ソフト(StatFlex ver. 6)を用いて解析し,p < 0.05を有意差ありとした。
一般人27名中,酸化ストレス値・抗酸化力値を測定した一般人(n = 15)を対照に,CFS患者(n = 28)における酸化ストレス値,抗酸化力値,OSIを比較した。その結果,酸化ストレス値は一般人の302.2 ± 89.9(mean ± SD)CARR Uに比較して,CFS患者では,445.5 ± 124.1 CARR Uと有意に増加していた。抗酸化力値は,一般人の2384.6 ± 202.4 μmol/Lに比較してCFS患者では2277.1 ± 157.8 μmol/Lと有意な差は認められなかった。酸化ストレス値と抗酸化力値のバランス比であるOSIは,一般人の1.211 ± 0.408に比較してCFS患者では1.732 ± 0.472と有意な増加がみられた(Figure 1)。
一般人を対照に,CFS患者の酸化ストレス値・抗酸化力値・OSIを比較した結果を示す。CFS患者では一般人に比較して酸化ストレス値およびOSIが有意に高かった。(Mann-Whitney U検定:vs. 一般人)
一般人(n = 27)を対照に,CFS患者(n = 28)におけるリンパ球分画比率を比較した。その結果,B細胞比率において一般人の8.80%と比較して,CFS患者では14.10%と有意に増加していた(Figure 2A)。一方,T細胞比率において,一般人の71.40%に比較して,CFS患者では68.60%と統計学的有意差は認められなかった(Figure 2B)。NK細胞比率においては,一般人の15.40%に比較してCFS患者では12.10%と減少傾向がみられたものの,統計学的有意差は認められなかった(Figure 2C)。
A:B細胞 B:T細胞 C:NK細胞
一般人を対照に,CFS患者のB細胞・T細胞・NK細胞比率を比較した結果を示す。CFS患者では一般人に比較して,B細胞比率が有意に高く,NK細胞比率は減少傾向が認められた。(Mann-Whitney U検定:vs. 一般人)
次に,単球分画を比較した結果,CD14+/CD16−単球の比率は,一般人の90.1%と比較して,CFS患者では83.6%と有意に減少していた(Figure 3A)。また,CD14+/CD16+単球の比率は,一般人の9.9%と比較して,CFS患者では16.5%と有意に増加していた(Figure 3B)。
A:CD14+/CD16−単球 B:CD14+/CD16+単球
一般人を対照に,CFS患者のCD14+/CD16−単球・CD14+/CD16+単球比率を比較した結果を示す。CFS患者では一般人に比較して,CD14+/CD16−単球比率が有意に減少し,CD14+/CD16+単球比率が有意に上昇していた。(Mann-Whitney U検定:vs. 一般人)
リンパ球分画比率と血中酸化ストレス度の関連を検討した結果,CFS者におけるB細胞比率の増加と酸化ストレス値およびOSIの上昇に弱い関連性がみられた(Figure 4A)。一方,NK細胞比率は酸化ストレス値・抗酸化力値・OSIのいずれとも相関を認めなかった(Figure 4B)。次に,単球分画比率と血中酸化ストレス度の関連を検討した結果,CD14+/CD16−単球比率の減少はOSIの上昇と関連が認められた(Figure 4C)。さらに,CD14+/CD16+単球比率の増加はOSIの上昇と相関していた(Figure 4D)。特に,CD14+/CD16+単球の増加が著しかった3症例は酸化ストレス値が高く,かつ抗酸化力値が低下している症例であった。
A:B細胞 B:NK細胞 C:CD14+/CD16−単球 D:CD14+/CD16+単球
一般人およびCFS患者におけるリンパ球および単球分画と酸化ストレス度との関連を示す。B細胞比率の増加は酸化ストレス値およびOSIと弱い関連性がみられた。CD14+/CD16−単球比率の減少とCD14+/CD16+単球比率の増加はOSIの上昇と関連していた。
最近の研究により,CFS患者で確認される種々の異常は,それぞれ独立して存在しているのではなく,お互いに密接に関連していることが明らかになってきた。すなわち,CFSは種々の環境要因(身体的・精神的ストレス)と病的要因(感染症やアレルギーなど)によって引き起こされる神経・内分泌・免疫系の変調に基づく脳・神経系の機能障害であると推測されている10),11)。
本研究では,一般人27名,CFS患者28症例を対象に,血中の相対的ストレス度の指標であるOSIの測定と単核球表面抗原解析を実施し,その関連性を統計学的に解析した。その結果,OSIは一般人と比較してCFS患者で有意に増加していた。この結果から,生理的疲労を含む一般人からCFS患者を鑑別するバイオマーカーとしてOSIが有用であることが示唆された。さらにCFS患者の単核球表面抗原解析にて,一般人と比較してCFS患者ではB細胞の増加,CD14+/CD16−単球の減少,CD14+/CD16+単球の増加が確認された。B細胞の増加に関しては,CFS 患者において免疫グロブリンの異常や自己抗体の出現などが報告されており,CFS患者の免疫異常の形成にB細胞のクローン増殖が関連している可能性が考えられるが,CFS患者でB細胞が増加するメカニズムは未だ解明されていない。一方,CD14+/CD16+単球は炎症性疾患や自己免疫疾患に関連が深く,これら炎症性単球の増加とOSIの亢進に有意な相関関係が認められたことは意義深い。C14+/CD16−単球に比べCD14+/CD16+単球はTNF-α産生量が著しく多く,炎症反応の増幅にも関与していることが考えられる。酸化ストレス亢進による慢性炎症反応がCFSの病態形成に関与している可能性が示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。