2021 Volume 70 Issue 2 Pages 368-373
症例は60代男性。3日前から続く呼吸苦で来院した。胸部単純X線写真で両肺に浸潤影が見られ,心不全の診断で入院となった。入院後に心機能評価のため,経胸壁心エコー図検査(TTE)を行った。TTEでは左室壁のびまん性肥厚や左房圧上昇を認めた。肺動脈弁は拡張期に流出路側へ弁腹が突出していた。肺動脈弁からの逆流は軽度であったが,弁尖の両端からのジェットであった。短軸像で観察を行うと弁尖は2枚で肺動脈二尖弁と思われた。過去の胸部造影CT画像を再構成し評価すると,TTE同様に肺動脈二尖弁であった。肺動脈二尖弁の発生頻度は稀な上,TTEで評価するには,解剖学的に困難な場合が多い。今回,肺動脈二尖弁をTTEで指摘し得たのは,長軸像での肺動脈弁閉鎖時の弁腹の流出路側への突出や,逆流ジェットの偏位を捕らえ,肺動脈弁の形態観察を試みた結果であった。さらに,心嚢液貯留等で音響窓が確保できていたことが,肺動脈二尖弁を同定できた要因だと考えられた。
The patient was a man in his 60s, who visited the hospital because of respiratory distress that had continued for three days. A plain chest X-ray showed infiltrative shadows in both lungs, and he was admitted to the hospital with a diagnosis of heart failure. After admission, transthoracic echocardiography (TTE) was performed to evaluate cardiac function. TTE showed diffuse thickening of the left ventricular wall and increased left atrial pressure. The pulmonary valve had a ventral deviation toward the outflow tract during diastole. Regurgitation from the pulmonary valve was mild, but it jets from both ends of the leaflet. Observation with a short-axis image revealed that there were two leaflets, which were suspected to be a bicuspid pulmonary valve. When the previously obtained chest contrast CT images were reconstructed and evaluated, it was confirmed to be a bicuspid pulmonary valve, as shown by TTE. Pulmonary bicuspid valves are rare, and they are often anatomically difficult to evaluate by TTE. In this case, the bicuspid pulmonary valve could be detected by TTE by observing the morphology of the valve by capturing the deviation of the valve belly toward the outflow tract side and the deviation of the regurgitation jet. Furthermore, it was considered that the acoustic window could be secured owing to pericardial effusion among others, which was a factor in identifying the bicuspid pulmonary valve.
通常,経胸壁心エコー図検査(TTE)において,肺動脈弁は同じ半月弁でも大動脈弁に比べ描出不良の場合が多い。そのため,解剖学的評価が困難である。今回我々は,他の先天性奇形を伴わない,孤立性肺動脈二尖弁をTTEで同定できたので報告する。
60代男性。
既往歴:高血圧性心疾患,慢性心不全,肺炎,I度房室ブロック,左鼠径ヘルニア術後。
家族歴:特記事項なし。
主訴:呼吸苦,胸痛。
現病歴:3日前から呼吸苦が出現し,増悪したため,当院救急外来へ搬送された。入院後に利尿剤で軽快していた。心機能の再評価の目的でTTE施行となった。
入院時現象:血圧90/60 mmHg,SpO2 90%(room air),体温38.2℃。
標準12誘導心電図:洞調律で心拍数94回/分,I度房室ブロック。四肢誘導は低電位で,V1–2はQSパターンでST上昇,V5–6でSTが低下していた(Figure 1)。
洞調律で心拍数は94回/分。I度房室ブロック。V1–2はQSパターンでSTは上昇していた。V5–6ではSTが低下していた。
胸部単純X線写真:心胸郭比 63%,両側に胸水が貯留していた。また,右中下肺野に浸潤影が認められ肺炎が疑われた(Figure 2)。
心胸郭比63%で心拡大を認めた。両側に胸水が貯留し,右中肺野には浸潤影が見られ肺炎が疑われた。
血液検査:NT pro BNP 6,576 pg/mL,AST 30 U/L,ALT 25U/L,LDH 252 U/L,TP 8.1 g/dL,BUN 47.6 mg/dL,CRE 1.78 mg/dL,Na 133 mmol/L,K 4.8 mmol/L,Cl 99 mmol/L,CRP 16.83 mg/dL,WBC 12.8 × 10 3/μL,RBC 3.83 × 10 6/μL,Hb 11.8 g/dL,Plt 168 × 103/μL。
左室壁は心室中隔厚14 mm,後壁厚14 mmで,びまん性に肥厚し,エコーレベルの上昇も伴っていた(Figure 3)。左室拡張末期径41 mm,収縮末期径28 mmで,左室駆出率はdisk summation法で66%と保たれていた。左房径は43 mm,左房容積係数は41 mL/m2で左房拡大を認めた。左室流入血流波形はE/A 1.2,平均E/e’ 20,三尖弁逆流速度 1.7 m/sでgrade 2の拡張障害が疑われた。心嚢液は後壁側に12~13 mm,右室側に3 mm程度貯留していた。
LA;左房 LV;左室 RV;右室 Ao;大動脈
A:拡張期 B:収縮期
左室壁はびまん性に肥厚していた。左室壁運動の低下は認めなかった。心嚢液は少量貯留していた。
肺動脈弁逆流は軽度であったが,弁輪両端からの偏位ジェットとなっていた。長軸像で弁腹は,拡張期に流出路側に突出していた(Figure 4)。続けて短軸像を確認すると,2尖構造であった。弁尖にrapheは確認できず,前尖の無い右尖と左尖の同サイズの肺動脈二尖弁と思われた(Figure 5)。弁口面積はplanimetry法で3.2 cm2で,開放制限は認めなかった。肺動脈弁輪径は26 mm,主肺動脈径は24 mmで瘤形成や拡張は認めなかった。大動脈弁は3尖構造であった。弁尖の大小不同はなく,形態異常は認めなかった(Figure 6)。また,その他の先天性心疾患の合併も認めなかった。
PV;肺動脈弁 PA;肺動脈 LA;左房 LV;左室
A:拡張期Bモード像。肺動脈弁弁腹は右室流出路側に突出している。肺動脈弁閉鎖時の弁先端の接合部が分からない。B:収縮期Bモード像。肺動脈弁の解放制限は認めない。C:拡張期カラードプラ像。逆流は軽度だが,弁輪両端からの偏位ジェットであった(矢印)。
RC;肺動脈弁右尖 LC;肺動脈弁左尖 PA;肺動脈 LA;左房
A:収縮期 B:拡張期 C:主肺動脈
肺動脈弁は2尖構造であった。弁尖にrapheは確認できず,前尖の無い右尖と左尖の同サイズの肺動脈二尖弁であった。主肺動脈の拡張は見られなかった。
RCC;右冠尖 LCC;左冠尖 NCC;無冠尖
A:収縮期 B:拡張期
大動脈弁は3尖構造で,弁尖の大小不同等の形態異常は認めなかった。
1ヵ月前の前回入院時に撮像していた胸部造影CT画像を再構築し肺動脈弁を観察すると,肺動脈は2尖構造であった。肺動脈の拡張は認めなかった(Figure 7)。
PV;肺動脈弁 PA;肺動脈 Ao;大動脈 LA;左房 RV;右室
A:肺動脈弁短軸断面 B:肺動脈弁commissure view C:Aから90° tiltさせた断面
胸部造影CT画像を再構築すると,肺動脈弁はTTE同様に2尖構造であった。
通常,TTEでは,大動脈弁の短軸像は容易に描出することができ,弁尖の異常を指摘し易い一方,肺動脈弁の短軸像を描出するのは困難である。その理由として,肺動脈弁は解剖学的に比較的高位基部にあること,胸壁に近いこと,肺の影響を受け易いことが原因として挙げられる1)。本症例では,心嚢液貯留や脂肪層などが音響窓となり,肺動脈弁をTTEにて観察するのに適した状態であったことが短軸像を明瞭に描出できた要因であったと思われる(Figure 8)。TTEで肺動脈弁の長軸像を描出できることは多く,その弁尖の接合は弁輪中央部に認められる(Figure 9)。肺動脈弁に高度な逆流や狭窄が存在しないにも関わらず,肺動脈二尖弁を同定し得たのは,弁腹の流出路側への突出や,逆流ジェットの偏位を捉え,さらに短軸像にて観察を試みた結果であったと言える。既報のTTEで評価できたとされる肺動脈二尖弁および四尖弁の報告は,主肺動脈拡張を伴う有意な肺動脈弁狭窄もしくは肺動脈弁狭窄兼閉鎖不全症の症例であった1)~3)。それを踏まえた上で,短軸像の描出を試み評価をされている。このことから,本症例では,有意な弁膜症を有さず前述の特徴的な所見を捉え,同定までできた稀有な症例と言える。
胸壁から肺動脈の間に,脂肪層や心嚢液で音響層が確保されていた(*)。
RC;肺動脈弁右尖 LC;肺動脈弁左尖 AC;肺動脈弁前尖
A:収縮期短軸像 B:拡張期短軸像 C:拡張期長軸像
弁尖は3枚で,それに対応する肺動脈洞も3カ所確認できる。長軸像では,拡張期に弁尖接合が中央に描出される。
しばしば遭遇する先天性心疾患である大動脈二尖弁の発生頻度は0.1%程度である。それに比べ,肺動脈二尖弁の発生頻度は0.04%と稀な先天性異常である4)。また,肺動脈二尖弁は,臨床経過が良好であり有意な肺動脈弁狭窄症や肺動脈弁閉鎖不全症が存在しない限り治療介入は行われない5)。前述のように,通常TTEでは肺動脈弁は短軸像で評価することは困難な場合が多く,無症候性なものが多いことも合わせ,発生頻度以上にTTEで遭遇する確率は低くなるものと思われる。
肺動脈二尖弁はファロー四徴症など他の先天性心疾患に合併して見られるとされており,心内膜の分化の異常が原因とされている6)。本症例は前尖の形成異常であり,rapheのない右尖と左尖の2尖構造であった。このことから,肺動脈陥入弁隆起が脱分化もしくは動脈幹隆起の分割異常により3),肺動脈二尖弁になったと考えられる。肺動脈二尖弁は,大動脈弁二尖弁の10%に合併すると言われているが7),大動脈弁にも分化する動脈幹隆起の異常ではなかったため,大動脈弁の奇形は伴わなかったものと思われる8),9)。
肺動脈二尖弁の報告では,2D-TTEよりも3D-TTEや経食道心エコー図検査,MRIの方が描出に優れるとの報告がある2),10)。しかし,今回の症例のように2D-TTEでも十分に解剖学的な評価が可能な場合もあるということが言える。
孤立性肺動脈二尖弁をTTEで指摘し得た症例を経験した。条件次第で肺動脈弁は,2D-TTEでも短軸像で評価可能である。この点を念頭において,肺動脈弁長軸像での弁腹の流出路側への突出や,逆流ジェットの偏位を認める場合は,肺動脈二尖弁を含めた形態異常の可能性を考え,短軸像での評価を行うことが望ましい。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。