2021 Volume 70 Issue 2 Pages 198-204
【目的】飲酒マーカーであるホスファチジルエタノール(PEth)の測定法構築の前検討としてPEth生成に関わる赤血球中ホスホリパーゼ D(PLD)活性を測定する系を構築した。【方法】本反応と内因性コリンの消去反応からなる測定系を構築した。内因性コリンを予めコリンオキシダーゼ(COD)とカタラーゼで消去し,その後酵素活性を測定した。赤血球由来のPLDは基質のホスファチジルコリンを水解し,ホスファチジン酸とコリンを生じる。このコリンにCODを作用させることでH2O2を生成し,ペルオキシダーゼ(POD)で色素と発色させた。PLD活性は速度分析で求めた。【結果】3種類の溶血試料を用いた同時再現性はCVが11.2–12.1%であった。直線性はPLD添加溶血試料を用いて120 U/L程度まで認められた。添加回収率は100 U/L PLDでは94.4%,50 U/L PLDでは84.0%となった。健常者群と疾患群でのPLD活性値の比較では貧血群は低値を,閉塞性黄疸群は高値を示した(p < 0.05)。PLD活性値をヘモグロビン値で除した値は貧血群で健常者群平均値を上回り,ヘモグロビンの値がPLD活性値に影響を与えることを示唆した。【結論】赤血球中PLD酵素活性を測定する系を構築した。本測定法でPLD酵素活性を定量可能であるが精度には課題が残る。今後はPLD酵素活性とPEth生成能の関係の検討が必要である。
Background: We established a measurement method for phospholipase-D activity in red blood cells as a pre-investigation for the establishment of a measurement method for phosphatidylethanol (PEth), an alcohol-intake marker, since PLD is related to the generation of PEth. Methods: The present method we developed consists of two reactions (main reaction and removal reaction). First, endogenous choline is removed by choline oxidase (COD) and catalase. Then, the main reaction is started. PLD in blood cells hydrolyzes phosphatidyl choline included in the reagent to phosphatidic acid and choline. Afterward, COD acts on choline and produces H2O2. With this H2O2, the color reagent changed the color of the reaction mixture. We can detect the PLD activity by this color change. Results: The mean within-run imprecision of three different blood samples was 11.2–12.1% (coefficient of variation). The reaction rate showed a linear relationship with PLD activity up to 120 U/L. The recovery percentages were 94.4% (100 U/L of PLD) and 84.0% (50 U/L of PLD). The comparison of PLD activity between the healthy control group and the patient groups showed the following: the anemia group showed a lower PLD activity, and the obstructive jaundice group showed a higher PLD activity (p < 0.05). The mean PLD activity divided by the hemoglobin concentration was higher in the anemia group than in the healthy control group. This result indicates that the hemoglobin concentration affects the PLD activity. Conclusions: We established a measurement method for PLD activity in red blood cells. By this method, we can determine the PLD activity; however, the quality of precision is not good. We are planning to clarify the relationship between the PLD activity and the generating ability of PEth.
アルコールは我々の生活を楽しく豊かなものにしてくれるが,量を間違えると多くの健康被害を引き起こす原因となる。わが国における飲酒量はピークであった90年代後半と比較すると現在は低下傾向ではあるものの,女性や高齢者では増加している。一般に女性や高齢者は筋肉量や水分量が成人男性よりも少ないことからアルコールを分解しにくいと言われており,数々の健康被害を受けやすい傾向にある1),2)。
飲酒の習慣や量を客観的に評価する指標として数々の飲酒マーカーが利用されてきた。古くはアルコールの多量摂取が原因で起こる肝障害のマーカーであるγ-グルタミルトランスフェラーゼ活性が使用されてきた。しかしこれらは飲酒習慣がなくても上昇すること,アルコールとは関係のない肝疾患でも上昇することや飲酒で上昇しない個体が存在することなどが問題であった。この他にも比較的新しい飲酒マーカーとして糖鎖欠損トランスフェリンが利用されているが,人種差があるなどの理由で積極的な利用は進んでいない3)。
近年,アルコールの存在でのみ生成する直接的なアルコールマーカーの研究が進んでいる。ホスファチジルエタノール(phosphatidylethanol; PEth)もその1つであり,この値はアルコールの消費量と非常によく相関する4),5)。
PEthは一級アルコールが血中に存在する時にのみ,ホスファチジルコリンがPLDによるホスファチジル基転移を受けて細胞膜に生成される。つまり,アルコール習慣飲酒者ではPLDの作用により細胞膜のリン脂質にエタノールが結合し,PEthとして蓄積される6)~8)。実際にPEthは1~2週間前の飲酒と非常に高い相関を示すことが報告されており,糖尿病マーカーのHbA1cと同様に長期間の禁酒コントロールに非常に有用であることが示唆されている4)。本成分は赤血球の他に白血球や組織細胞などにも含まれるが,濃度や検査利用のし易さなどから赤血球が試料として選択されることが多い。手順としては有機溶媒で抽出後,質量分析装置や液体クロマトグラフィー装置を用いた測定法が主流となっている9)。
以上の背景より,日常検査として容易に測定できる測定法として我々は生化学自動分析装置を用いたPEthの測定法の開発を目的とし,研究を開始することとした。前述の通り,PEthはPLDが作用することにより生成されるため,血球内PLD活性が十分でないとPEthの飲酒マーカーとしての信頼性が得られない可能性がある。そこで我々はPEth測定法の開発の前段階の検討として赤血球内PLD酵素活性測定法を開発し,各基礎疾患を持つ患者におけるPLD活性を測定することで何らかの傾向が見られるか調査を行った。
Figure 1に測定原理を示した10)。本測定法は本反応と消去反応の2つの反応から成る。赤血球内のPLDは基質のPCを水解し,Phosphatidic acid(PA)とコリンが生じる。このコリンにCholine oxidase(COD; EC 1.1.3.17)を作用させることでH2O2を生成し,これにPeroxidase(POD; 1.11.1.7)と発色試薬である4-Aminoantipyrine(4-AA)とN-Ethyl-N-(2-hydroxy-3-sulfopropyl)-3,5-dimethoxyaniline, sodium salt(DAOS)を反応させることで発色させる。PLD酵素活性は吸光度変化より求めることができる。ただし,血液試料に含まれる内因性コリンは予めCODとカタラーゼで消去する。酵素活性の検出系で用いるPODとCatalase(EC 1.11.1.6)は競合するため,内因性コリン消去後にアジ化ナトリウムでカタラーゼ活性を阻害する。
赤血球由来のPLDは基質のPCを水解し,PAとコリンが生じる。このコリンにCODを作用させることでH2O2を生成し,これに発色試薬である4-AAPとDAOSを反応させることで発色させる。PLD活性は波長600 nmにおける吸光度変化より間接的に求めることができる(本反応)。内因性のコリンは予めCODとカタラーゼで消去する。酵素活性の検出系で用いるPODとカタラーゼは競合するため,内因性コリン消去後にアジ化ナトリウムでカタラーゼ活性を阻害する(消去反応)。
測定には7170形日立自動分析装置(株式会社日立ハイテク,東京,日本)を用いた。
3. 試薬緩衝液に用いる2-Morpholinoethanesulfonic acid, monohydrate(MES),Trinder’s試薬のDAOSは株式会社同仁化学研究所(熊本,日本)から購入した。POD,Polyethylene glycol mono-p-isooctylphenyl ether(TritonX- 100),4-アミノアンチピリン(4-AAP),水酸化ナトリウム,塩化カルシウム,Catalase,アジ化ナトリウム,塩化コリン,tris(hydroxymethyl)aminomethane,塩化水素,塩化ナトリウムは富士フイルム和光純薬株式会社(大阪,日本)より購入した。COD,PLDは旭化成ファーマ株式会社(東京,日本)より提供を受けた。ホスファチジルコリン(1,2-Dioleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine)はシグマアルドリッチジャパン合同会社(東京,日本)より購入した。
本測定法では基質であるPCを含む試薬(Reag.pc)を用いた結果よりPCを含まない試薬(Reag.none)を用いた結果を引いてPLD活性を求めた。いずれも2種類の試薬から成る。第1試薬は0.1 mol/L MES緩衝液(pH 6.5),0.3 mmol/L塩化カルシウム,5 kU/Lカタラーゼ,3.5 mmol/L DAOSを含み,Reag.pcにはさらに20 kU/LのCODを含む。第2試薬は0.1 mol/L MES緩衝液(pH 6.5),0.5 mmol/L 4-AAP,1.0 mmol/Lアジ化ナトリウム,0.25(w/v)% TritonX-100を含み,Reag.pcにはさらに1.67 kU/LのPOD,1.67 mmol/LのPCを含む。CODとPCはそれぞれ10 mmol/LのTris-HCl緩衝液,5(w/v)% TritonX-100溶液で溶解し,それ以外の成分はすべて精製水で溶解した。
4. 溶血試料ヘパリン採血管に採血した全血試料について3,000 rpm,10分の条件で血球を遠心分離し,血球成分を生理的食塩水で3回洗浄後,−80℃で2時間以上凍結し,その後溶解したものを用いた。本測定法では試料に含まれるヘモグロビン(Hb)や還元型グルタチオンなどの影響を少なくするため,測定前に生理的食塩水を用いて試料を2倍希釈した。
5. 血液検体健常者ボランティアより同意を得た上で血液検体の提供を受けた。患者検体は九州大学病院臨床検査部より残余検体の提供を受けた(九州大学医系地区部局臨床研究倫理審査委員会の許可番号21-46,22-137)。
6. 測定条件自動分析装置における測定条件を以下に示す。生理的食塩水で2倍希釈した試料10 μLに,第1試薬を180 μL添加し,混和した。5分後に第2試薬を110 μL添加し,混和した。第2試薬添加後100秒後から200秒後までの600/660 nm(主波長/副波長)における吸光度変化量を求め,2.0 mmol/Lのコリン標準物質を5重測定して得られた平均吸光度の0.82から求めた実測検量係数(K-ファクター;2,459)を用いてPLD活性を求めた(PLD活性=(Reag.pcの単位時間あたりの吸光度変化量-Reag.noneの単位時間あたりの吸光度変化量)× 2,459)。すべての行程は37℃の条件下で行った。
7. 統計統計計算は全てMicrosoft Excel®(マイクロソフト社,米国)を用いて行った。健常者群と疾患群におけるPLD活性の比較,疾患群同士のPLD活性/Hb値の比較について,いずれも2標本t検定を行った。
生理的食塩水を用いて希釈した濃度の異なる溶血液3種類について同時再現性を求めた。各試料について20重測定を行った。Table 1に結果を示す。変動係数(coefficient variation; CV)は11.2–12.1%であった。
Sample | S1 | S2 | S3 |
---|---|---|---|
Mean (U/L) | 16.7 | 19.6 | 27.2 |
SD (U/L) | 2.0 | 2.2 | 3.1 |
CV (%) | 12.1 | 11.2 | 11.3 |
生理的食塩水を用いて希釈した濃度の異なる溶血液3種類(S1, S2, S3)について同時再現性を求めた。各試料について20重測定を行った。
PLD酵素溶液を希釈した試料を用いて直線性の検討を行った。Figure 2Aに結果を示す。本測定法は150 U/L程度まで直線性を示すことが判明した。さらに溶血試料に含まれるPLD活性を定量的に測定できるか検討するために溶血液ベースの試料について希釈系列を作成し,直線性を調べた。Figure 2Bに結果を示す。試料A(精製水1容 + 溶血液9容)と試料B(1 kU/L PLD 1容 + 溶血液9容)についてそれぞれの比率を0:10,2:8,4:6,6:4,8:2,10:0となるように混和したものを測定に用いた。その結果,18 U/L–123 U/Lまでの直線性を示した。
A.PLD溶液を精製水で希釈し作成した希釈系列を測定に用いた。グラフの縦軸にはPLD活性測定値,横軸にはPLD溶液の希釈率を示した。
B.試料A(精製水1容 + 溶血液9容)と試料B(1 kU/L PLD 1容 + 溶血液9容)についてそれぞれの比率を0:10,2:8,4:6,6:4,8:2,10:0となるように混和したものを測定に用いた。グラフの縦軸にはPLD活性測定値,横軸には試料Bの割合(%)をそれぞれ示した。
試料A(溶血試料9容 + 精製水1容),試料B(溶血試料9容 + PLD溶液1容),試料C(精製水9容 + PLD溶液1容)を用いて添加回収試験を行った。添加回収率は以下の式で求めた。
添加回収率(%)
=(試料Bの値-試料Aの値)× 100/試料Cの値
上記の式より1 kU/L PLD添加試料(100 U/L PLD試料)における回収率は94.4%,0.5 kU/L PLD添加試料(50 U/L PLD試料)における回収率は84.0%であった。
4. 採取採血管の種類がPLD酵素活性値に与える影響患者検体を測定することを想定し,EDTA採血管を用いた時の測定値とヘパリン採血管を用いた時の結果を比較した。EDTA採血管を用いた溶血試料の作成方法はII 材料と方法の4. 溶血試料に記載した方法と同様に行った。ヘパリン採血管から採取した試料における測定値とEDTA採血管から採取した試料における測定値の間に有意な差は見られなかった。
5. 保存安定性溶血試料をそれぞれ25℃,4℃,−60℃で保存し,PLD酵素活性の測定を5日間にわたり行った。検体採取後0時間における活性値を基準(100%)とした時の各経過時間における相対活性を求めた。Figure 3に結果を示す。25℃保存では1日後から上昇傾向が見られた。4℃保存では25℃保存よりは反応率は低いが,1日後から日が経つにつれて上昇傾向が見られた。−60℃保存では1日後,2日後に反応率の上昇が見られるが,3日後からは安定し,5日後の反応率も112%程度に止まった。
溶血試料をそれぞれ25℃,4℃,−60℃で保存し,PLD活性の測定を5日間にわたり行った。グラフ縦軸には相対活性(%)を,横軸には経過時間を示した。
健常者群と各疾患群のPLD酵素活性を比較した。それぞれの件数は健常者(n = 10),貧血(ヘモグロビン正常値以下:n = 21),糖尿病(グリコヘモグロビンA1c 6.5%以上:n = 10),炎症(CRP正常値以上:n = 10),高脂血症(総コレステロール220 mg/dL以上:n = 10),肝硬変(アルブミン3.5 g/dL以下:n = 10),腎不全(クレアチニン正常値以上:n = 10),膵炎(アミラーゼ正常値以上:n = 5),閉塞性黄疸(直接ビリルビン正常値以上:n = 7)である。Figure 4Aに結果を示す。健常者群とそれぞれの疾患群で2標本t検定を行ったところ,健常者群と貧血群,健常者群と閉塞性黄疸群において有意差が認められた(p < 0.05)。また本測定法では赤血球に含まれるPLD酵素活性を測定していることからHb値がPLD酵素活性に影響を与えることが予測された。そこでPLD酵素活性値をHb値で割った値を各疾患群について求めた。結果をFigure 4Bに示す。Figure 4Aでは貧血群のPLD酵素活性平均値が最も低値を示していたがFigure 4Bにおいては低値を示さなかった。
A: Comparison of PLD activity between healthy control group and case group
健常者群と疾患群におけるPLD活性値の比較を行った。グラフ縦軸にはPLD活性値,横軸には各疾患名を示した。各群におけるPLD活性の平均値をバーで示している。各疾患について健常者群との2標本t検定を行った。
B: PLD activity value divided by hemoglobin concentration in case groups
PLD活性をヘモグロビン値で割った値を各疾患で比較した。グラフ縦軸はPLD(U/L)/Hb(g/dL)を,横軸は各疾患名を示している。各群におけるPLD/Hbの平均値をバーで示した。
習慣飲酒により血球内に増加するPEthを測定することで過去1~2週間の飲酒量をモニターすることができるとされている4),5)。PEthは赤血球内PLDの作用により生成することからPEthの飲酒マーカーとしての有用性を検討する目的で,今回我々は赤血球内PLD酵素活性の測定を行った。
同時再現性の結果はCV = 11.2–12.1%と高い値を示し,良い結果であるとは言えなかった。これは検体の前処理や測定値の算出の仕方による影響であると考える。すなわち本測定法では2種類の試薬における測定値の差を用いて計算することから測定値に関わる因子が多く,1種類の試薬を用いて測定するよりも算出される値のばらつきが大きくなると考えられた。これを改善するためには前処理を行うことなく1種類の試薬で測定可能な技術を確立する必要があると考える。
PLD溶液の希釈系列を用いたPLD酵素活性の直線性の検討では,溶血液にPLD溶液を添加した希釈系列を用いた直線性の検討においていずれも120 U/L程度までの良好な直線性を示した。この結果より実際の溶血試料においても定量的にPLD酵素活性を測定できることが示された。
添加回収試験は100 U/L PLD試料では94.4%と比較的良好な結果を示したが50 U/L PLD試料では84.0%と低い結果を示した。このことからPLD酵素活性が低い試料では溶血成分による影響を受けやすく,得られる値は真の値よりも低くなることが予測される。Reag.pcでは試料に含まれるPLDがPCと反応してH2O2が生じるが,これを赤血球に含まれる還元型グルタチオンが還元してしまう。PLD活性の高さにより発生するH2O2濃度は異なるが,発生するH2O2濃度が低いほど還元されるH2O2の割合が大きくなるためPLD活性の低い検体において特に回収率が低くなったと考えられる。本測定法では2種類の試薬を用いることにより赤血球由来の成分と試薬成分との非特異的反応を回避しているが,反応で生じるH2O2と赤血球由来成分との反応の影響までは回避できていない。以上より本測定法ではPLD活性が低い検体ではその値が過小評価されている可能性があり,高活性の検体と単純に値を比較することはできない。この改善のためには試薬に酸化剤を添加し還元型グルタチオンによる影響をあらかじめ回避する機構を構築する必要があると考える。
ヘパリン血とEDTA血による結果を比較したところ,両者に有意な差は見られなかった。よって本測定法はEDTA血を利用することが可能である。臨床ではヘパリン採血よりもEDTA採血の方がよく行われるため,試料としてEDTA血を利用出来るのは大きな利点である。
保存安定性の検討では25℃,4℃のいずれの条件においても1日後には値が上昇し,その後も上昇傾向を示した。一方,−60℃の条件では1,2日後に値が上昇したものの3日後からは安定し,5日後の反応率も112%程度に止まった。この結果より,PLD酵素活性の測定に用いる試料は25℃条件であれば採取から4時間後まで,4℃条件であれば採取から2日後まで,−60℃条件であれば採取から5日後まで使用できる。
健常者群と疾患群におけるPLD酵素活性値の比較をしたところ,貧血群では健常者群に比較し統計学的に有意に低値を,閉塞性黄疸群では有意に高値を示した。またPLD酵素活性値をヘモグロビン値で除した値については健常者群のデータが存在しないが,参考として健常者群PLD酵素活性値の平均(16.8 U/L)を男女ヘモグロビン基準値の平均値(13.9 g/dL)で除した値である1.2 × 10−1 U/gと比較したところ,貧血群の平均値はこの値よりも高値を示したことから血球中PLD活性の値はヘモグロビン濃度による影響を受けると考える。
飲酒マーカーであるPEthは一級アルコール存在下でのみ赤血球中のPLDにより赤血球膜に生成される成分である。よってPLDはPEth濃度に影響することが予想される。我々は飲酒マーカーとしてPEthを利用するための前段階の検討として,PEth生成に関わる血球中PLDの酵素活性測定法構築の検討を行った。溶血液試料に含まれるPLDの酵素活性値を測定する条件を設定することに成功したが,再現性や回収率には課題が残った。健常者群と患者群におけるPLD酵素活性値の比較では閉塞性黄疸群で有意に高値を示した。またPLD酵素活性値をヘモグロビン値で割った値は貧血群で健常者参考平均値を上回り,血球内PLD酵素活性値はヘモグロビンの値による影響を受けることを示した。以上の結果より何らかの基礎疾患を持つ患者のPLD酵素活性値は健常者と異なる場合があることが示唆された。また,PLD活性を評価する際にはHb濃度を同時に測定し評価する必要があることも判明した。今回はPLD活性の“量”を評価したがこの増減が実際のPEth生成能に与える影響の評価には至っていない。今後は本測定法の性能向上とともにPLD酵素活性とPEth生成能の関係についても明らかにし,PEthのアルコールマーカーとしての信頼性を裏付けたいと考える。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本研究の遂行にあたり,COD,PLDの酵素を提供してくださった旭化成ファーマ株式会社,臨床検体を提供してくださった九州大学病院検査部に深く感謝いたします。