Japanese Journal of Medical Technology
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Clinical efficacy of cryoprecipitate for acute aortic dissection: Positive effect of cryoprecipitate on blood component transfusion in surgery
Masaya YOSHIDAKiho TANAKAArisa UCHIDATaki KUROKAWAMasaki RYUHiroshi KITAZATO
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2021 Volume 70 Issue 3 Pages 529-534

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Abstract

【はじめに】低体温下胸部大動脈手術では人工心肺離脱後の止血が凝固障害などで困難となることがある。クリオプレシピテート(以下,クリオ)は少ない容量中にフィブリノゲン(以下,Fbg)などの凝固因子が濃縮され,効率的な補充が可能とされている。当院は2017年11月からクリオの院内調製および運用を開始した。今回,急性大動脈解離症例におけるクリオ投与の効果について解析した。【対象と方法】クリオ非投与群(以下,非投与群)28例とクリオ投与群(以下,投与群)22例を手術中および手術後の製剤(RBC, FFP, PC)使用量の変化,クリオの使用状況,クリオ投与前後のFbg濃度について解析した。【結果】手術中のRBCの平均使用量は非投与群10.6単位,投与群6.9単位,FFPの平均使用量は非投与群17.0単位,投与群13.4単位と減少した。手術後についてもRBCの平均使用量は非投与群10.1単位,投与群5.7単位,FFPの平均使用量は非投与群15.1単位,投与群5.7単位と減少した。投与群のFbg濃度の平均値は投与前113 mg/dL,投与後185 mg/dLで,クリオ投与により有意に上昇した。【考察】クリオは製剤使用量・業務量の削減,Fbgの効率的な補充を可能とした。更なる適正使用のため,投与前のFbg濃度の確認や院内の適正在庫数の設定が今後の課題である。【結語】クリオは製剤使用量削減,フィブリノゲン補充療法に有用であった。

Translated Abstract

[Introduction] In cases of lower thoracic aortic surgery at low temperatures, hemostasis after cardiopulmonary bypass detachment is sometimes difficult to achieve owing to coagulopathy. Cryoprecipitate (Cryo) is a concentrated form of a coagulation factor containing fibrinogen (Fbg), which can be efficiently supplemented in small volumes. We started the preparation of Cryo from November 2017 and analyzed its effects on acute aortic dissection. [Materials and Methods] For 28 cases without Cryo transfusion (Non-Cryo group) and 22 cases with Cryo transfusion (Cryo group), changes in the blood products (RBC, FFP, and PC) used during and after surgery, the use of Cryo, and the Fbg concentration before and after Cryo transfusion were analyzed. [Results] During surgery, the mean RBC units transfused decreased (Non-Cryo group, 10.6 units; Cryo group, 6.9 units), and the mean FFP units transfused decreased (Non-Cryo group, 17.0 units; Cryo group, 13.4 units). After surgery, the mean RBC units transfused decreased (Non-Cryo group, 10.1 units; Cryo group, 5.7 units), and the mean FFP units transfused decreased (Non-Cryo group, 15.1 units; Cryo group, 5.7 units). After Cryo administration, the mean Fbg concentration increased significantly (before Cryo transfusion, 113 mg/dL; after Cryo transfusion, 185 mg/dL). [Discussion] Cryo can not only reduce the amount of blood components used and our workload, but also enabled the efficient replacement of Fbg. To use Cryo properly, it is important to check the Fbg concentration before transfusion and control the inventory of blood products. [Conclusion] Our current study showed that Cryo is useful for reducing the amounts of blood products used and Fbg replacement therapy.

I  はじめに

低体温下胸部大動脈手術では人工心肺(cardio pulmonary bypass; CPB)離脱後の止血が困難となることがあり,CPB回路による血小板や血液凝固機序の活性化による消耗性減少に加え,希釈による減少や低体温による機能低下など多くの因子が影響して凝固因子活性の低下をきたしている1)。そのため,長時間のCPBを必要とする手術は新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma; FFP)を十分に投与しながらフィブリノゲン製剤を適宜組み合わせることが良いとする報告がある2)。しかしながら,本邦では肝炎訴訟という歴史的背景から,フィブリノゲン製剤の後天性出血への投与は消極的であり,当院もCPB離脱後の凝固因子補充はFFPの単独投与で対応してきた。そのため,凝固因子を効率的に上昇させることが難しく,手術後も長期間にわたり輸血を要することがあり,業務量増加の一因となっていた。

FFPを濃縮,調製した血液製剤であるクリオプレシピテート(以下,クリオ)は少ない容量の中にフィブリノゲン(以下,Fbg),von Willebrand因子,凝固第VIII因子,第XIII因子などが濃縮され,希釈性凝固障害に対応可能である3),4)。当院は診療科からの要望および血液製剤使用量削減を目的に2017年11月からクリオの院内調製および運用を開始した。今回,急性大動脈解離(acute aortic dissection; AAD)症例におけるクリオ投与の効果(血液製剤使用量の削減効果)およびクリオの投与状況について後方視的に解析したので報告する。

II  対象と方法

1. 対象

2016年11月~2018年10月に手術が施行されたAAD(Stanford A)50症例。2016年11月~2017年10月の28症例をクリオ非投与群(以下,非投与群),2017年11月~2018年10月の22症例をクリオ投与群(以下,投与群)として解析した。両群の患者背景をTable 1に示す。本研究は,熊本赤十字病院倫理審査委員会の承認(承認番号:289-2)を得て実施した。

Table 1  患者背景
非投与群(n = 28) 投与群(n = 22)
緊急手術(件)* 28 20
時間外手術(件)** 22 17
男女比 14:14 9:13
年齢(歳)*** 78.5 78.0

*手術申し込み後,24時間以内に手術した症例を緊急手術と定義。

**時間外は勤務者1名(平日:17:05~8:30,土日,祝日)の時間帯。

***年齢は中央値を示す。

2. 方法

1) クリオの作成と投与法

クリオは日本輸血・細胞治療学会「クリオプレシピテート作成プロトコール」5)に準じ,FFP-LR 480を4℃以下で24時間かけて融解し,融解回数1回,遠心条件4℃,3,000 G,15分で院内調製した。また,投与は1回につき3バッグとした。クリオは血液型別に3バッグ準備し,緊急輸血に備えてAB型のみ9バッグ在庫とした。クリオ投与前のFbg濃度測定は実施するが,結果が出るまでに時間を要し,投与のタイミングが遅れてしまうため,結果を待たずに全例でCPB離脱前にクリオを投与することとした。

2) 評価方法

FFP-LR 240を2単位,FFP-LR 480から調整したクリオを4単位とし,AADの治療における手術中および手術後の赤血球液(red blood cells; RBC),FFP,濃厚血小板(platelet concentrate; PC)の使用量の変化をノンパラメトリック検定(Mann-WhitneyのU検定)で評価した。すべての統計解析において,有意水準をp < 0.05とした。なお,再手術(心嚢ドレナージ術など)で使用した製剤は手術後としてカウントした。また,クリオの使用状況およびクリオ投与前後のFbg濃度についても解析した。クリオ投与前後のFbg濃度についてはノンパラメトリック検定(Wilcoxon符号付順位検定)で比較した。

III  結果

手術中のRBC,FFP,PCの使用量をFigure 1に示す。RBCの平均値は非投与群が10.6単位であったのに対し,投与群が6.9単位で35%減少した(p < 0.05)。FFPの平均値も非投与群が17.0単位であったのに対し,投与群が13.4単位で21%減少した(p < 0.001)。投与群はすべての症例でCPB離脱時にクリオ12単位を投与していた。クリオと併用してFFPを使用した症例は6例で16例は手術中にFFPを使用することはなかった。PCの平均値は非投与群が19.6単位,投与群が20単位で有意差はなかった(p = 0.397)。

Figure 1 非投与群(n = 28)と投与群(n = 22)のRBC,FFP,PC使用量(手術中)

RBC,FFPの投与群の使用量が有意に減少した(Mann-WhitneyのU検定)。

RBC:非投与群で30単位使用した1例に既往歴はなく,手術前の検査データも異常は認められなかった。

FFP:非投与群で30単位以上使用した1例は既往歴はなく,検査データ(手術前)も異常は認められなかったが,もう1例はFbg濃度(手術前)が50 mg/dLと低値であった。

PC:手術中に使用する単位数は原則20単位で有意差は認められなかったが,非投与群の1例は20単位確保できず,10単位のみの投与であった。

手術後のRBC,FFP,PCの使用量をFigure 2に示す。RBCの平均値は非投与群が10.1単位であったのに対し,投与群が5.7単位で44%減少しているが,統計的に有意差はなかった(p = 0.108)。FFPの平均値は非投与群が15.1単位であったのに対し,投与群が5.7単位で62%減少した(p < 0.004)。Figure 2で外れ値となった非投与群の4例および投与群の2例について確認したところ,非投与群の4例は手術後にFFPを40単位以上使用しており,そのうちの3例は再手術(心嚢内ドレナージ術)が施行され,止血に苦慮し,手術中も輸血量が多い傾向にあった。投与群の2例も止血が不十分のため,手術後にFFPを20単位以上(共にクリオ12単位追加投与を含む)使用していた。PCの平均値は非投与群が3.9単位,投与群が2.3単位で有意差はなかった(p = 0.348)。

Figure 2 非投与群(n = 28)と投与群(n = 22)のRBC,FFP,PC使用量(手術後)

投与群のFFP使用量が有意に減少した(Mann-WhitneyのU検定)。

RBC:非投与群で40単位以上使用した1例は再手術(心嚢内ドレナージ術)が施行されていた。

FFP:非投与群で40単位以上使用した4例のうち3例は再手術(心嚢内ドレナージ術)が施行され,残りの1例は手術後のFbg濃度が109 mg/dLと低値であった。投与群で20単位以上投与した2例は手術後の止血が不十分でクリオが追加投与されていた。

PC:非投与群は再手術や出血による消費性血小板減少で10~20単位投与する症例が7例認められたが,投与群は3例のみであった。

クリオ投与群(n = 22)について適正であったか評価するためにクリオ投与前のFbg濃度を解析した(Table 2)。そのうち,Fbg濃度が未測定であった2件,クリオ投与前(CPB 離脱前)のFbg濃度が基準範囲(200~400 mg/dL)であった3件(定期手術症例2件を含む)を除く,投与前のFbg濃度が低値(200 mg/dL未満)でクリオ投与の必要性があったと思われる17件について,クリオ投与前後のFbg濃度をFigure 3に示す。投与前の平均値113 mg/dLに対し,投与後は中央値185 mg/dLと有意に上昇した(p < 0.0004)。投与前のFbg濃度が50 mg/dL未満であった2件は手術後のFbg濃度が93 mg/dLおよび104 mg/dLであったことから,手術後にAB型RhD陽性のクリオ(ABO異型適合)12単位が追加投与されていた。さらにAAD手術後の腎血流障害による再手術で1件がクリオ12単位を追加投与していた。

Table 2  クリオ投与前のFbg濃度(mg/dL)
Fbg濃度(mg/dL) < 50 50~149 150~199 200 ≤ 未測定
投与前(件)* 2 11 4 3 2
追加投与前(件) 0 3 0 0 0

*投与前のFbg濃度はCPB離脱前の結果を示す。

投与前のFbg濃度が50 mg/dL未満であった2例とAAD手術後の腎血流障害による再手術の1例がクリオ追加投与となった。

Figure 3 クリオ投与前後のFbg濃度比較(n = 17)

Fbg濃度は有意に増加した(Wilcoxon符号付順位検定)。

IV  考察

山本ら6)は胸部大動脈瘤手術におけるクリオまたはFbg濃縮製剤を投与した症例の輸血使用量が平均23%減少したことを報告している。当院のAADにおける手術中の平均輸血使用量は非投与群と比較して,投与群はRBCが35%,FFPが21%減少し,さらに手術後の平均輸血使用量はRBCが44%,FFPが62%と著明に減少していることから,クリオ投与はRBCとFFPの使用量削減に効果があることが示唆された。クリオ投与による効率的な凝固因子補充でFFP使用量を抑え,速やかに止血を完了させたことでRBC使用量削減を可能にしたと考えられた。また,手術中の平均輸血使用量でPCが有意差を認めなかったのは20単位投与を基本としており,止血に十分な血小板の補充ができていたことが要因と考える。手術後の平均輸血使用量でPCが有意差を認めなかったのは非投与群でPCを輸血する症例数が多かったものの投与する単位数は最大20単位とRBCやFFPなどのように多くなかったことが要因と考える。

AADは緊急性が高いため,診断されてから24時間以内に手術となることがほとんどである。そのため,祝休日や夜間に手術となることも多く,検査業務の他に製剤管理まで時間外勤務者1人で対応することになるため,負担が大きい。さらに止血が不十分であれば,長期間にわたり輸血が必要となるため,業務量は増加する。クリオの導入は製剤使用量の削減だけでなく,製剤管理を行う臨床検査技師の業務量削減にも繋がった。手術後にFFPを投与した症例は非投与群と比較して投与群が減少しており,CPB離脱時に投与するクリオによって,止血効果を得られ,病棟で凝固因子を補充する必要がない症例が多かったと推察できる。非投与群においては手術後に長期間にわたるFFP投与が必要となったり,再手術(心嚢内ドレナージ術など)が必要となったりしたことから,外科的処置による止血が困難な状態となった症例が多かったと予測する。クリオは容量が少なく,Fbgを含む凝固因子の短時間投与が可能である6),7)。クリオ投与前(CPB離脱前)のFbg濃度が200 mg/dL未満であった17件について,Fbg濃度の上昇は平均72 mg/dLであり,山本ら6)が報告しているクリオ3バッグもしくはFbg濃縮製剤3 gを投与した後のFbg濃度が60~100 mg/dLほど上昇した結果と同等であった。投与群において,手術後に止血不十分でクリオ12単位を追加投与した症例が2件あり,初回クリオ投与前(CPB離脱前)のFbg濃度が50 mg/dL未満と異常低値であったため,初回クリオ投与だけでは止血に十分な凝固因子補充ができなかったと考えられる。Fbg濃度が異常低値である場合は,クリオの追加投与やFFPの併用が必要である。当院は血液型別にクリオを在庫として準備しているが,河村ら8)の報告によると,クリオ使用施設で血液型別に準備している施設は2~3割に留まり,7割以上の施設がAB型のみ,もしくはA型およびAB型を調製している結果であった。当院も初回のクリオは患者血液型を投与していたが,手術後のFbg濃度が低く,追加投与したクリオについては在庫の関係でAB型を投与していた。全国的にAB型のクリオを中心に使用され続けるとAB型のFFP-LR 480が不足し,本来AB型を投与すべき患者が使用できないなどの可能性が出てくる。当院でクリオの期限切れはこれまで発生していないことから,今後は追加投与についても,可能な限り患者血液型のクリオを投与できるよう適正在庫数を検討し,各血液型の在庫を1回(3バッグ)ずつ増やす必要あると思われた。

Fbg濃度が150 mg/dL未満になるとoozingを主とする出血傾向が出現し,適切な止血術を施しても止血が困難になることがある9),10)。そのため,止血のためのFbg補充療法は150 mg/dLを目安に行うのが適切であるという意見もある6)。当院の場合,150 mg/dL未満でクリオを投与した症例は70%程度で,残りの30%は150 mg/dL以上で投与していた。特に投与直前のFbg濃度が200 mg/dL以上あった3症例は投与の必要がなかった可能性も否定できない。しかしながら,より強固なFbg血栓を形成するには250 mg/dLを目標にすべきとの報告もある7)。投与前のFbg濃度が未測定の2件は運用を開始して間もない時期であったため,医師による採血指示漏れが原因であった。小川11)も報告しているように輸血使用量や輸血合併症を減らすなど,更なる適正使用のためにはFbg濃度を正しく評価することが重要である。

今回の検討において,クリオ投与前(CPB離脱前)に採血された検体は検査室に搬送され,Fbg濃度の結果が出るまでに時間がかかるため,クリオ投与が遅れてしまうことを懸念して結果が出る前に投与していた。検査室への検体搬送時間や血漿分離の所要時間を考えると,凝固テスト検体を提出するタイミングを計ることは必ずしも容易ではない11)。周術期の出血では,その動的な診断プロセスから結果を得られるまでに時間を要する血液検査は不向きであり,“時間軸”を意識したアプローチが求められる12)。患者の止血機能は一定にとどまることなく変化し,止血機能障害の病因診断も時間とともに変化することに注意が必要である11)。これらの問題を解消するために手術室に凝固検査を実施できるPOCT(point of care testing)機器の導入が有用と考えられる。POCTで速やかにFbg濃度を測定し,投与の判断が可能となれば,クリオの過剰投与を防止でき,更なる製剤使用量削減が可能となる。しかしながら,POCTも検査機器であることから精度管理が重要である。POCTの精度管理は,管理試料の測定にとどまらず,保守・管理,トレーニングを含めて実施する必要があり,これらの作業は臨床検査技師だけでなく,設置場所の担当者と協力して実施する必要がある13)。そのため,POCTを導入する際は関係部署と運用を調整することが極めて重要である。

V  結語

AAD症例におけるクリオ投与の有用性について解析した。クリオ投与により,手術中のRBCおよびFFPの使用量は減少した。さらに手術後の使用量も減少し,臨床検査技師の業務量削減に繋がった。更なるクリオの適正使用のために,投与直前のFbg濃度を迅速に検査できる体制だけでなく,患者血液型のクリオを安定供給できる適正在庫数の設定が今後の課題である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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