2021 Volume 70 Issue 3 Pages 403-409
目的:現在,国内において数多くの新型コロナウイルス用検出試薬が使用されているが,その試薬の評価に関する報告は少ない。今回我々は,新型コロナウイルス用検出試薬であるミュータスワコーCOVID-19とSARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kitの2試薬において比較を行った。方法:対象検体はCOVID-19と診断された入院患者のうち,同時に2本の鼻咽頭ぬぐい液が採取されたものを対象とした。比較方法は①両法における結果の一致率 ②陽性一致群と結果不一致群における比較項目の検討 ③両法で得られたCt値の比較を行いミュータスワコーCOVID-19の評価を行った。結果:①結果の一致率において,陽性一致率は58%(15/26),陰性一致率は100%(13/13),全体一致率は72%(28/39)であった ②陽性一致群と結果不一致群の比較項目の検討では,検体採取時の患者病日に有意差(p = 0.002)が認められた ③Ct値の比較では,Ct値の差の中央値は6.5であり,ミュータスワコーCOVID-19のCt値が有意に高く測定されることが示唆された(p < 0.001)。結論:ミュータスワコーCOVID-19はSARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kitよりも感度が低いことが示唆された。そのため,スクリーニング検査における偽陰性に注意しなければいけない。また,ミュータスワコーCOVID-19で得られたCt値を参考にウイルスの感染力の推測を行う際は,他法よりも高く測定される可能性があることに留意する必要がある。
Purpose: To date, numerous test reagents for the detection of SARS-CoV-2 have been released in the market in Japan. However, few reports regarding the performance of these reagents have been published. In this paper, we aim to evaluate the performance of two reagents, “μTASWako COVID-19” (“μTAS”) and “SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit” (“SARS-CoV-2 kit”). Method: A nasopharyngeal swab was used as the sample, and “μTAS” and “SARS-CoV-2 kit” were compared by the following methods: ① comparison of match rate of results, ② comparison of various conditions between the positive-match group and the result-mismatch group, and ③ comparison of Ct values. Result: ① The positive match rate was 58% (15/26), whereas the negative match rate was 100% (13/13). The overall match rate was 72% (28/39). ② A significant difference was observed in the number of days of onset at the time of sample collection (p = 0.002). ③ The median difference in Ct values was 6.5, indicating that the measured Ct value for “μTAS” was significantly higher (p < 0.001). Conclusion: The results suggests that “μTAS” seems to be less sensitive than “SARS-CoV-2 kit”. Therefore, clinicians should carefully consider false negatives in the screening test when using “μTAS”. In addition, when infectiousness is estimated with reference to the Ct value, “μTAS” may provide a higher Ct value than other methods.
2019年12月に中国武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2021年3月時点で,感染者数は全世界で1億2000万人を超え,死者260万人に達している1)。我が国においても今冬のCOVID-19の大流行による医療提供体制のひっ迫などを受けて,2021年1月7日に2度目の緊急事態宣言が発出された2)。2021年3月時点の国内における感染者数は45万人を超えており,未だ増加の一途を辿っている3)。SARS-CoV-2の病態の特徴は,多くの感染者は無症状または軽症であるが,高齢者や基礎疾患を持つ患者においては重症化するリスクとなる点である4)。そのため,医療機関において院内感染対策は急務であり,スクリーニング検査体制の構築が求められている。本邦においては,無症状者のスクリーニング検査や退院基準の陰性確認には遺伝子検査以外に,抗原定量検査を用いてよいとされ,迅速かつ正確な検査が求められている状況である。しかし抗原定量検査において,低い抗原量を呈した場合,遺伝子検査を含め総合的に診断を行う必要性があるため,病原体診断のゴールドスタンダードは遺伝子検査であることが窺える5)。遺伝子検査においては,国立感染症研究所の病原体検出マニュアルに基づく方法により,一定の一致率を示した試薬が保険適用となり,2020年10月の段階で36種類の検査試薬が認可されている6)。しかし,その多くの試薬については比較検討などのデータが乏しい状況である。2020年5月より研究用試薬として「ミュータスワコーCOVID-19」(富士フイルム和光純薬)が保険適用の対象となった。本試薬は全自動遺伝子解析装置ミュータスワコーg1を用いることにより,核酸の抽出,精製,増幅,検出まですべて自動で行うことが可能である。遺伝子検査は熟練した人材が必要とされているが,本試薬は特殊な手技を必要としないため,当院のような一般的な市中病院の検査部においても導入が可能であり,その有用性にかける期待は大きい。今回,本試薬を導入するにあたり「SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit」(タカラバイオ)と比較を行い,若干の知見を得ることができたので報告する。
COVID-19と診断された入院患者を対象患者とした。2020年9月17日~2020年10月23日の期間に提出された対象患者の鼻咽頭ぬぐい液検体のうち,同時に院内検査と外注検査(SRL)のオーダーがあった検体(22名 延べ39件)を対象とした。検体の採取に使用した綿棒は綿球の綿棒(ニプロスポンジスワブ)を使用し,検体の採取は全て呼吸器内科医が行った。なお,同時に採取した検体の採取の順番とオーダーの割り当てに規則性はなく,すべてランダムに割り当てたものとした。本検討は大森赤十字病院倫理委員会の承認を得た上で行った(承認番号20-34番)。
2. 検査方法 1) ミュータスワコーCOVID-19(以下 ミュータスワコー)測定システムはミュータスワコーg1を用い,院内で検査を行った。ミュータスワコーg1はPCR-CE法を原理としており,核酸抽出・精製・増幅・検出の工程を全て自動化した全自動遺伝子解析装置である。PCR-CE法とはPCR増幅とキャピラリ電気泳動を1枚のプラスチックチップ上で連続的に行う測定方法で,核酸増幅と増幅産物の検出を同時に行うことで測定の迅速化を実現させており,real-time PCRに類似した方法のためthreshold cycle値(以下,Ct値)の測定も可能である7)。本試薬はSARS-CoV-2の遺伝子領域2か所,open reading flame 1a(ORF1a)とSpike(S)をターゲットとした2-step RT-PCR法である。前処理においてRNAの抽出作業が不要なため,約75分で結果判定が可能である。測定結果の判定は20~54サイクルの内に,ORF1aまたはSの設定閾値を連続して3サイクル以上超えた場合に陽性と判定される。
2) SARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kit(以下,タカラバイオ)測定システムはApplied Biosystems 7500 Real-Time PCR Systemを用い,外部委託(SRL)にておいて検査を行った。本試薬はアメリカ疾病予防管理センター(CDC)発行「2019-Novel Coronavirus(2019-nCoV)Real-time rRT-PCR Panel Primers and Probes」(Effective: 24 Jan 2020)に記載されたプライマー・プローブ配列を採用しており,SARS-CoV-2のN遺伝子2か所(N1, N2)をターゲットとしている。本試薬は前処理におけるRNA精製作業が不要なため,1時間ほどで結果判定が可能とされている。測定結果の判定はCt値40以下を陽性(+),40より大きい場合または不検出(Ct値が算出されない)の場合は検出限界以下(−)と判定される8)。
3. 検討方法 1) 両法の結果の一致率一致率においては両法の結果についてクロス集計表を用い,陽性一致率,陰性一致率,全体一致率,さらに統計学的に偶然によらない一致率の指標であるκ係数9)を算出した。κ係数については統計解析ソフトEZR(Ver. 1.53)を用いて算出した(以下,EZR)。EZRはRおよびRコマンダーの機能を拡張した統計ソフトウェアである10)。
2) 比較項目と有意差判定検体採取時の年齢,性別,検体採取日の平均体温,検体採取時の患者病日,胸部CTによる肺炎像の有無を比較項目とした。胸部CTによる肺炎像は放射線科医が読影し,すりガラス影または浸潤影が認められたものを肺炎像ありと定義した。結果群はミュータスワコーとタカラバイオの陽性一致群・結果不一致群・陰性一致群に分け,統計学的解析は陽性一致群と結果不一致群で比較をした。解析には統計解析ソフトEZRを用いて解析し,名義変数(性別,胸部CTによる肺炎像)に関する解析はFisherの正確確率検定,連続変数(年齢,検体採取日の平均体温,検体採取時の患者病日)に関する解析はMann-Whitney U検定を用い,有意水準はp < 0.01とした。
3) Ct値の比較ミュータスワコーで得られるCt値はORF1aとSで値が異なる。本検討において,ORF1aは一部の検体でCt値が得られなかったため,今回の比較対象から除外した。そのため,SのCt値をミュータスワコーCOVID-19のCt値とし,タカラバイオのCt値と比較した。陽性一致群における両法のCt値の比較は,Wilcoxonの符号順位検定を行い,有意水準はp < 0.01とした。有意差検定は統計解析ソフトEZRを使用した。また,結果不一致群においては外注Ct値の中央値を算出した。
結果をTable 1に示す。タカラバイオに対するミュータスワコーの陽性一致率は58%(15/26),陰性一致率は100%(13/13),全体一致率は72%(28/39)であった。κ係数による一致度の評価ではκ = 0.476で,中程度の一致度(moderate agreement)となった。
タカラバイオ | ||||
---|---|---|---|---|
(+) | (−) | 合計 | ||
ミュータスワコー | (+) | 15 | 0 | 15 |
(−) | 11 | 13 | 24 | |
合計 | 26 | 13 | 39 |
陽性一致率 58%(15/26)
陰性一致率 100%(13/13)
全体一致率 72%(28/39)
結果をTable 2とFigure 1に示す。各項目を陽性一致群と結果不一致群で比較したところ,年齢,性別,検体採取日の平均体温,CTにおける肺炎像の有無に有意な差は認められなかった。検体採取時の患者病日に関しては,陽性一致群(中央値5日,四分位範囲4.5日,範囲1日-12日)と結果不一致群(中央値10日,四分位範囲4.5日,範囲6日-16日)で有意差(p = 0.002)が認められた。
陽性一致群と結果不一致群 の有意差(p値) |
陽性一致群 (15例) |
結果不一致群 (11例) |
陰性一致群 (13例) |
|
---|---|---|---|---|
年齢* | 0.465 | 70(21.5)[21–93] | 76(17.5)[41–93] | 55(31.0)[33–88] |
性別(男性/女性) | 0.045 | 4/11 | 8/3 | 4/9 |
検体採取日の平均体温* | 0.754 | 36.6(0.8)[35.8–37.5] | 36.6(0.3)[36.2–37.4] | 36.8(0.3)[35.9–37.6] |
検体採取時の患者病日* | 0.002 | 5(4.5)[1–12] | 10(4.5)[6–16] | 11(4.0)[6–29] |
肺炎像(有り/無し) | 0.178 | 9/6 | 10/1 | 8/5 |
*中央値(四分位範囲)[範囲]
陽性一致群と結果不一致群において,検体採取時の患者病日に有意差が認められた(p = 0.002)
陽性一致群の比較データはTable 3とFigure 2,結果不一致群のデータはTable 4に示す。陽性一致群における比較では,両法のCt値に有意差(p < 0.001)が認められた。また,両法のCt値の差は中央値6.5となり,ミュータスワコーのCt値はタカラバイオのCt値よりも高く測定される傾向であった。結果不一致群で得られたタカラバイオのCt値は中央値34.9であった。
検体No. | Ct値の有意差(p値) | ミュータスワコーCt値 | タカラバイオCt値 | 両法のCt値の差 | 検体採取時の患者病日 |
---|---|---|---|---|---|
1 | < 0.001 | 32.1 | 25.8 | 6.3 | 4 |
2 | 39.5 | 34.9 | 4.6 | 7 | |
3 | 40.4 | 34.4 | 6.0 | 2 | |
4 | 38.8 | 28.8 | 10.0 | 7 | |
5 | 29.6 | 30.2 | −0.6 | 2 | |
6 | 44.5 | 34.9 | 9.6 | 6 | |
7 | 43.0 | 32.6 | 10.4 | 8 | |
8 | 32.0 | 35.0 | −3.0 | 6 | |
9 | 35.7 | 31.3 | 4.4 | 3 | |
10 | 43.6 | 32.0 | 11.6 | 8 | |
11 | 37.0 | 29.2 | 7.8 | 4 | |
12 | 36.3 | 29.8 | 6.5 | 12 | |
13 | 35.3 | 36.1 | −0.8 | 2 | |
14 | 40.2 | 25.5 | 14.7 | 5 | |
15 | 36.0 | 21.5 | 14.5 | 1 | |
中央値 | 37.0 | 31.3 | 6.5 | 5 |
ミュータスワコーの Ct値はタカラバイオのCt値よりも有意に高い傾向であった(p < 0.001)
検体No. | ミュータスワコーCt値 | タカラバイオCt値 | 検体採取時の患者病日 |
---|---|---|---|
1 | ND | 34.0 | 13 |
2 | ND | 39.3 | 16 |
3 | ND | 25.7 | 10 |
4 | ND | 39.2 | 12 |
5 | ND | 35.5 | 6 |
6 | ND | 36.3 | 8 |
7 | ND | 38.5 | 8 |
8 | ND | 34.9 | 7 |
9 | ND | 31.7 | 10 |
10 | ND | 31.5 | 12 |
11 | ND | 34.7 | 7 |
中央値 | 34.9 | 10 |
ND:Not Detected(不検出)
タカラバイオに対するミュータスワコーの陽性一致率(感度)は58%であったため,ミュータスワコーの感度が低いことが示唆された。また,比較項目における有意差では,陽性一致群と結果不一致群のうち,検体採取時の患者病日において有意差(p = 0.002)が認められた。SARS-CoV-2は発症時に最も高いウイルス量を示し,その後は徐々に減少していくことが分かっている11)。今回結果が不一致となった検体の検体採取時の患者病日は中央値で10日のため日数が経過している検体であり,ウイルス量が少ない検体において乖離がみられたと考えられる。
SARS-CoV-2は,発症前から感染力があり,発症から間もない時期の感染力が高いことが明らかになっている5)。また,感染者の多くが無症状・軽症であるが,高齢者や基礎疾患の有無は重症化のリスクとされているため,医療機関における入院時のスクリーニング検査は院内感染を防止するうえで重要である。しかし,遺伝子検査の発症日前の偽陰性率については,発症日でも偽陰性率の中央値は38%(95%Cl 18%~65%)であったという報告もあり12),院内感染対策の観点から,入院時のスクリーニング検査はより高感度な検査が求められていると考える。本検討の対象はCOVID-19と診断された患者検体であったことから,ミュータスワコーがスクリーニング検査として有用か否かについて直接的な評価はできてはいない。しかし,本検討の比較において感度の低さが示唆されたことから,ミュータスワコーはウイルス量が少ない患者のスクリーニング検査においては,タカラバイオと比べて偽陰性となってしまう可能性が示唆された。
陽性一致群におけるCt値の比較では有意差(p < 0.001)が認められ,両法のCt値の差は中央値で6.5であることから,ミュータスワコーはタカラバイオと比較してCt値は高く測定される傾向が確認された。SARS-CoV-2の感染力については,Ct値や発症からの日数に関係していることが徐々に明らかになってきている。Singanayagamら13)によると,培養可能なウイルスはCt値では35を超えると全体の約8%,患者病日では10日以降で全体の6%でしか培養できなかったと報告している。本邦においても,蜂巣らはCt値と患者病日に高い相関性があったと報告しており,この報告では患者病日が10日の平均Ct値は30.2であった14)。また台湾においてはCt値35未満を陽性と判定している。今後は本邦においてもウイルスの感染力をCt値で判断していく可能性もあるため,使用する試薬・機器によってCt値は異なることにも留意する必要がある15)。Ct値の比較により,ミュータスワコーのCt値は高く測定される傾向であることが確認されたため,Ct値を参考に感染力を推測する際にはこの点に留意する必要がある。一方,結果不一致群で得られたタカラバイオのCt値は約35と高く,Ct値が35以下であっても検体採取時の患者病日は10日を超えていた。そのため,ミュータスワコーはウイルスの感染力が低くなっている患者検体において,偽陰性となったことが推測される。これらの結果から,ミュータスワコーはCOVID-19患者の陰性確認の検査として使用することは,可能であると考えられる。
本邦においてもCOVID-19患者においてPCRが陰転化しない事例が問題となっている。当院においても,症状が軽快しているが,継続して遺伝子検査が陽性を示す患者について,いつまで隔離を行う必要があるかの判断に苦慮している。このようなベッドコントロールの問題は退院だけなく,長期間の入院でリハビリが必要となった患者については,一般病棟に転棟するケースも挙げられる。現在のCOVID-19患者の退院基準には,病原体検査である遺伝子検査の陰性結果の確認(test-based strategy)に加え,発症後の経過時間と症状軽快後の経過時間を参考とした基準(symptom-based strategy)が追加され,遺伝子検査による陰性確認は必須ではなくなっている15)。本検討ではミュータスワコーにおいて,どの程度のCt値が感染リスクを低下させるかについて明らかにはできなかったが,Ct値は他法よりも高めに出る傾向が確認された。なお,今回使用した検体は,採取の順番とオーダーの割り当てに規則性はなく,すべてランダムに割り当てたものであり,1本目と2本目で採取されたウイルス量に差がでてしまう可能性は考えられる。そのため本検討の限界として,これらの因子による影響を排除できなかった点が挙げられる。今後は本邦においてもCt値から感染力を推測していく可能性が考えられるが,使用する試薬や機器で大きな差が出ないよう,標準化を行う必要性を感じる。今後もミュータスワコーについてはさらにデータを収集し評価していく。
ミュータスワコーCOVID-19はSARS-CoV-2 Direct Detection RT-qPCR Kitよりも感度が低いことが示唆されたことから,スクリーニング検査における偽陰性に注意しなければいけない。また,ミュータスワコーCOVID-19でCt値を参考に感染力の推測を行う際は,他法よりも高く測定される傾向があることに留意する必要がある。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。