2021 Volume 70 Issue 3 Pages 571-576
関節液は関節腔に貯留する粘稠度の高い液体で,血液滑膜関門を介して選択的に流入した血漿ろ過成分と,滑膜細胞から分泌されたヒアルロン酸や糖蛋白などにより構成された体液であり,関節が正常に機能するためきわめて重要な細胞外液である。関節液中にコレステロール結晶が検出されることはまれである。今回我々は変形性膝関節症により人工膝関節置換術が施行された患者の関節液中よりコレステロール結晶と人工関節片(チタン)がみられた1例を経験したので報告する。症例は80歳代,女性で,前医にて左膝関節の痛みを訴え,39度台の発熱を認め,抗菌薬の投与を行ったが症状が改善されず精査加療目的にて当院搬送となった。関節液の色調は黒色,細胞分類では98%が好中球であった。光学,偏光顕微鏡を用いた結晶検査にて,コレステロール結晶がみられた。人工関節の摩耗により,組織の破壊が進行しコレステロール結晶が出現したものと推定される。関節炎は診断が遅れると関節破壊が進み,予後不良となる症例もあり,早期診断は重要である。結晶誘発性関節炎や関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)などの炎症性疾患は,関節液の細胞検査・顕微鏡検査が臨床検査として非常に有効であるため,今後もさらなる症例データの蓄積が必要である。
Synovial fluid is a viscous extracellular fluid containing proteins produced by the synovium in addition to plasma-derived proteins. Although some pathologic crystals, such as monosodium urate in cases of gout or calcium pyrophosphate in pseudo-gout, are found in the synovial fluid, it is rare that cholesterol crystals are detected in the synovial fluid. We report the case of a patient with cholesterol crystals found in the synovial fluid who underwent left artificial knee joint replacement due to osteoarthritis xx years ago. In our patient, it was postulated that the accumulation of cholesterol crystals was caused by repeated tissue destruction due to abrasion by the artificial joint.
関節液は関節腔に貯留する粘稠度の高い液体で,血液滑膜関門を介して選択的に流入した血漿ろ過成分と,滑膜細胞から分泌されたヒアルロン酸や糖蛋白などにより構成された体液であり,関節が正常に機能するためきわめて重要な細胞外液である1)。関節液中には種々の炎症細胞の他,病的状態では痛風の際に尿酸ナトリウム結晶,偽痛風の場合にはピロリン酸カルシウム結晶が出現することはよく知られている2),3)。しかし,関節液中にコレステロール結晶がみられることはまれである。
今回我々は変形性膝関節症により人工膝関節置換術が施行された患者の関節液中よりコレステロール結晶と人工関節片(チタン)がみられた1例を経験したので報告する。
患者:80歳代 女性。
主訴:左膝関節痛。
家族歴:特記事項なし。
既往歴:来院のXX年前年に左変形性膝関節症と診断され,左膝関節置換術が施行された。
現病歴:来院のX日前から左膝関節の痛みと,39度台の発熱を認め,化膿性関節炎が疑われ抗菌薬を投与されたが症状が改善されず精査加療目的にて当院搬送となった。
身体的所見:当院搬送の10日前より,39度台の発熱を認め,左膝の熱感,腫脹による発作が認められた(Figure 1)。
左膝の著明な熱感と腫脹を認めた。
来院時の抹消血液検査所見をTable 1に示す。CRP 8.31 mg/dL,白血球数9.67 × 103/μLと高値を示し,うち85.3%が好中球であった。
生化学・免疫 | 血液 | 凝固 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
TP(6.6–8.1) | 5.9 g/dL | T-CHO(142–248) | 212 mg/dL | WBC(3.30–8.60) | 9.67 × 103/μL | PT(9.0–14.0) | 12.1 sec |
Alb(4.1–5.1) | 1.9 g/dL | HDL-C(38–90) | 33.9 mg/dL | RBC(3.86–4.92) | 3.52 × 106/μL | PT%(80–120) | 84% |
T-BIL(0.4–1.5) | 0.40 mg/dL | LDL-C(65–163) | 130 mg/dL | Hb(11.6–14.8) | 10.1 g/dL | PT-INR(0.90–1.10) | 1.09 |
BUN(8.0–20.0) | 18.5 mg/dL | TG(40–234) | 154 mg/dL | HCT(35.1–44.4) | 31.1% | APTT(26.0–38.0) | 29.2 sec |
CRE(0.65–1.07) | 0.65 mg/dL | Na(138–145) | 142 mmol/L | PLT(158–348) | 619 × 103/μL | ||
AST(13–30) | 32 U/L | K(3.6–4.8) | 5.2 mmol/L | Neut(40.0–70.0) | 85.3% | ||
ALT(10–42) | 14 U/L | Cl(101–108) | 105 mmol/L | Lymp(17.0–49.0) | 9.5% | ||
LD(124–222) | 368 U/L | Ca(8.8–10.1) | 8.1 mg/dL | Mono(3.0–10.0) | 4.2% | ||
ALP(106–322) | 647 U/L | CRP(0.14以下) | 8.31 mg/dL | Eos(0.0–10.0) | 0.9% | ||
g-GTP(13–64) | 17 U/L | RF(0.0–15.0) | 22.5 IU/mL | Baso(0.0–2.0) | 0.1% | ||
GLU(73–109) | 132 mg/dL |
( )内は基準範囲
主治医より,金属粉が含まれているので,黒色の関節液であると事前に連絡があった。関節液の色調は黒色,細胞数は31 × 103/μL(Table 2),無染色での細胞観察において人工関節片(チタン)と思われる金属片を貪食した白血球を認め,メイ・グリュンワルド・ギムザ染色(May-Grünwald Giemsa;MG染色)での細胞分類では98%が好中球であった(Figure 2)4)。光学,偏光顕微鏡を用いた結晶検査にて,長方形~菱形で,偏光顕微鏡にて強い複屈折を呈したコレステロール結晶がみられた5)。その他尿酸ナトリウム結晶やピロリン酸カルシウム結晶はみられなかった(Figure 3)。糖定量17 mg/dLと低値だったが,細菌塗抹・培養検査,血液培養検査共に陰性であった。また入院第9日目に人工関節抜去術が施行され(Figure 4),第89日に化膿性関節炎掻爬術が施行された際に提出された滑膜や肉芽からも関節液と同様コレステロール結晶がみられ,細菌塗抹・培養検査は陰性,病理組織検査は無数の黒色の粒子が沈着した線維性結合組織で,悪性所見はみられなかった(Figure 5)。
色調(外観) | 黒色 |
---|---|
細胞数 | 31 × 103/μL |
好中球 | 98% |
リンパ球 | 1% |
組織球 | 1% |
尿酸ナトリウム結晶 | (−) |
ピロリン酸カルシウム結晶 | (−) |
その他(コレステロール結晶) | (+) |
人工関節片(チタン) | (+) |
蛋白定量 | 3.2 g/dL |
糖定量 | 17 mg/dL |
A:黒色,B:無染色にて人工関節片(チタン)を認めた(赤矢印)(×400),C:MG染色にて,好中球は98%を占め,細胞内に黒色の人工関節片(チタン)の貪食を認めた(×400)。
A:光学顕微鏡像(赤矢印)(×400),B:偏光顕微鏡像(×400)。
A:滑膜(表),B:滑膜(裏),C:光学顕微鏡像(×400),D:偏光顕微鏡像(×400)。
A:肉芽組織(表),B:肉芽組織(裏),C:偏光顕微鏡像(×400)。
手術,抗菌薬投与後の臨床検査値の推移および経過をFigure 6に示す。当院搬送初期は,CRP 8.31 mg/dLと高値で炎症所見を呈していた。抗菌薬投与を行い,抜去術を施行した。CRPは1.35 mg/dLと低下傾向となり,経過観察であったが,膝に残っている炎症組織を取り除くために第89日に化膿性関節炎掻爬術を施行,第114日目に人工関節再置換術が施行された。3回の手術により最終的にCRPは0.14 mg/dLまで低下となり,炎症は改善,抗菌薬治療とリハビリテーションから経過良好になった。
Teicoplanin(TEIC),Clindamycin(CLDM),Vancomycin(VCM),Cefazolin(CEZ)
コレステロールは,アセチル-CoAからのケトン体合成の中間体を出発物質として,多くの反応段階を経て合成される6)。コレステロールの生合成のある器官としては,主に肝細胞の小胞体や細胞質でつくられるが,小腸などその他の臓器においても合成される6)。また,コレステロールは生体膜の重要な構成成分であり,大量の組織壊死や出血は局所でのコレステロール産生の原因となりうると考えられる7)。
関節液中にコレステロール結晶を認める頻度は1%以下である8),9)。コレステロール結晶を認めた例の大部分は関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)だが,その他慢性に貯留する関節液や色素性絨毛結節性滑膜炎(pigmented villonodular synovitis; PVS)や滑膜包で認められるとの報告もあるが,病理所見において腫瘍性の増殖を認めていない5),10)~12)。本症例のように関節液中に認められるのは非常にまれである。自身が医中誌で検索し得た限り本邦では1編であった。今回リウマチ因子(rheumatoid factor; RF)は22.5 IU/mLと高値であったが,RAの診断には至っていない。また,外傷性関節炎においても脂質類結晶を認めるとの報告もあるが,本症例においては外傷の既往はなかった13)。30年以上の長期間,人工関節の使用により人工関節のすり減りや破壊が起こり,その結果摩耗粉が生じ,その破片が炎症や出血を引き起こし,長時間の細胞壊死の結果,関節腔内でコレステロール結晶が析出していたと考えられる。しかしながら,前医にて抗菌薬の投与を行っていたため細菌が検出されなかった可能性を否定できない。そのため細菌感染による炎症を否定できず,今回の疾患との直接的な関連性はみられなかった。
関節炎は診断が遅れると関節破壊が進み,予後不良となることもあり,早期診断が重要である3)。また,関節液の貯留は,関節可動域の制限や疼痛,歩行困難の原因になるため14),結晶誘発性関節炎やRAなどの炎症性関節炎と化膿性関節炎を鑑別することが必要である。結晶誘発性関節炎の原因である尿酸ナトリウム結晶やピロリン酸カルシウムは,他の結晶と比較し出現頻度が高い2),3)。顕微鏡検査にて,結晶の鑑別を行い,迅速に報告することにより診断補助となり,適切な治療から,患者の苦痛軽減に寄与できる2),3)。また,細菌塗抹グラム染色も行うことにより,化膿性関節炎をより早期に診断・治療開始に繋げることができる。関節液検査は診断的価値をもつ,有用な検査であり,新たな疾患概念ができる可能性があるため,今後も更なる類似症例データの蓄積が必要であると考えられた。
今回我々は,人工関節片(チタン)で関節炎を起こした症例を経験した。関節炎の原因を探索するには,多くの情報が得られる顕微鏡的検査法が最も重要と考えられる。
本論文は,本院倫理委員会で倫理審査に該当しない1症例報告として研究許可を得ている。
なお,本論文の要旨は第54回日本臨床検査技師会九州支部医学検査学会にて(2019年11月,熊本市)において発表した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。