Japanese Journal of Medical Technology
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Technical Articles
Investigation of substitute mordants in Gomori’s one-step trichrome stain
Takahiro MATSUSHIGE
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2021 Volume 70 Issue 3 Pages 416-422

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Abstract

病理組織材料の固定法がホルマリン液の単独使用となった現在,膠原線維を選択的に染め出すために重クロム酸カリウムやブアン液による媒染処理を必要とする。しかし,これらの薬剤は毒性の観点から見直しが迫られている。そこで今回Gomori’s one-step trichrome染色における代替媒染剤の有用性について検討した。代替媒染剤として,ブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,脱灰液A(プランク・リュクロ処方),0.5%過マンガン酸カリウム水溶液を用い,25℃ 30分,60℃ 60分の処理条件で原法に従って染色を行い,顕微鏡下での視覚的評価とRGB/Br(Red-Green-Blue/Brightness)解析を行った。60℃ 60分の処理条件で飽和ピクリン酸水溶液を用いた染色では重クロム酸を含む市販媒染剤や脱灰液Aと比較してB/Br値が有意に低く細胞質の青色の共染を抑制し,選択的に赤く染め,膠原線維の青色とのコントラストがより良好となった。また,0.5%過マンガン酸カリウム水溶液では染色不良が見られた。このことからピクリン酸の代替媒染剤としての有用性が示された。ピクリン酸はクロム酸やホルムアルデヒドのような発がん性は確認されておらず,飽和ピクリン酸水溶液を代替媒染剤として使用してもGomori’s one-step trichrome染色原法に匹敵する効果が得られることが証明された。

Translated Abstract

Currently, the method of fixing tissue sections for histopathological analysis is to use a formalin solution alone; thus, pretreatment of sections with mordants containing potassium dichromate or Bouin’s solution is required when performing collagen staining. However, a review is urgently needed from the viewpoint of toxicity of these chemicals. In this study, we investigated the usefulness of substitute mordants in Gomori’s one-step trichrome staining. Firstly, the sections were pretreated with substitute mordants of Bouin’s solution, saturated picric acid solution, decalcifying solution A (Plank Rychlo method), and 0.5% potassium permanganate solution at 25°C for 30 min or at 60°C for 60 min. Secondly, the sections were stained in accordance with the original Gomori’s one-step trichrome staining method. Lastly, the stainability was investigated by microscopy and RGB/Br (Red-Green-Blue/Brightness) analysis. The B/Br value of the saturated picric acid solution at 60°C for 60 min was significantly lower than that of commercially available mordants containing dichromic acid and decalcifying solution A. In other words, this mordant suppressed blue costaining in the cytoplasm, dyed the cytoplasm more vividly red than other mordants, and improved the contrast with blue in collagen fibers. On the other hand, pretreatment of the sections with 0.5% potassium permanganate solution resulted in poor staining quality. Whereas chromic acid and formaldehyde are carcinogenic, picric acid is not. Therefore, in this study, it was demonstrated that pretreating the sections with a saturated picric acid solution can be as effective as the original Gomori’s one-step trichrome staining method.

I  はじめに

膠原線維とその他組織成分を染め分ける染色法としてAzan染色やMasson trichrome染色などがある中で,1950年にGomoriが考案したone-step trichrome染色は簡易かつ迅速に膠原線維および細網線維を染め出す染色法である1)。この染色法は,さまざまな疾患における線維化や,糸球体腎炎における免疫蛋白複合体沈着の観察に用いられるなど,病理診断領域の補助的診断として最も重要な染色法のひとつである。しかし,現在ではホルマリン単独固定法が日常的に行われているため,ホルマリン固定された生体蛋白質はホルマリンによるメチレン架橋により酸性色素の結合が妨げられ,膠原線維を選択的に染め分けることが困難となった2)。この問題を解決するためにクロム酸を含む媒染剤やホルムアルデヒドを含むブアン液による再固定などの方法が考案された。一方で,クロム酸やホルムアルデヒドは人に対する発がん性が確認されている第二類特定化学物質に指定されており,これらを取り扱う作業従事者へのケミカルハザードが懸念されていることから,人体への影響に配慮した代替媒染剤の考案が重要な課題である。なお,Azan染色においてピクリン酸による媒染効果が認められたという報告もある3)がone-step trichrome染色においては検討がなされていない。本研究ではone-step trichrome染色における代替媒染剤について比較検討を行った。

II  材料および方法

1. 材料

診断後4ヶ月以上経過した10%中性緩衝ホルマリン固定を施した手術症例4症例(腎臓2例および肝臓2例)を用いた。組織は20 × 5 mmで切り出し,包埋カセットT801(村角工業)を用い,同一ブロック内にパラフィン包埋を行った。切片は厚さ3~4 μmに薄切して標本作製を行った。

2. 試薬

媒染剤には,市販媒染剤(5%重クロム酸カリウムと5%トリクロロ酢酸の等量混合液;武藤化学),過マンガン酸カリウム(一級;関東化学),シュウ酸(一級;富士フイルム和光純薬),脱灰液A(プランク・リュクロ処方:富士フイルム和光純薬),ピクリン酸(特級;富士フイルム和光純薬),ホルムアルデヒド液(富士フイルム和光純薬),酢酸(特級;富士フイルム和光純薬)を使用した。染色液には,ワイゲルト鉄ヘマトキシリン1(武藤化学),ワイゲルト鉄ヘマトキシリン2(武藤化学),クロモトロープ2R(C.I. 16570; WALDECK),アニリンブルー(C.I. 42755;ナカライテスク),12タングスト(Ⅵ)りん酸n水和物(以下,リンタングステン酸;富士フイルム和光純薬)を使用した。

1) 試薬調製

媒染剤について,ブアン液(pH 2.0)は飽和ピクリン酸水溶液,ホルムアルデヒド液,酢酸を15:5:1の割合で調製した。ピクリン酸水溶液(pH 2.2)は飽和ピクリン酸水溶液と蒸留水を5:2の割合で調製した。ピクリン酸酢酸水溶液(pH 2.2)は飽和ピクリン酸水溶液,蒸留水,酢酸を15:5:1の割合で調製した。飽和ピクリン酸酢酸水溶液(pH 2.0)は飽和ピクリン酸水溶液と酢酸を20:1の割合で調製した。0.5% KMnO4(pH 10.9)は蒸留水100 mLにKMnO4 0.5 gを加えて調製した。なお,市販媒染剤(pH 1.3),飽和ピクリン酸水溶液(pH 2.1),脱灰液A(pH 1.0以下)はそのまま使用した。染色液については,トリクローム液は原法に基づきクロモトロープ2R 0.6 g,アニリンブルー0.3 g,リンタングステン酸0.7 g,氷酢酸1.0 mL,蒸留水100 mLで調製したのちにろ過して使用した。

2) 染色手順

原法に基づき媒染処理による前処理を行ったのち,ワイゲルト鉄ヘマトキシリン10分,トリクローム液20分,0.5%酢酸水溶液2分で染色を行った。

3. 方法

1) 加温による媒染効果の検討

媒染処理を25℃ 30分,60℃ 60分の条件下で行い(Table 1),染色性について比較検討を行った。なお,媒染処理条件25℃ 30分は先行研究3)に従い,60℃ 60分はブアン液の処理条件4)に従った。

Table 1  媒染処理条件
25℃ 30分 60℃ 60分
市販媒染剤
ブアン液
飽和ピクリン酸
飽和ピクリン酸酢酸
ピクリン酸
ピクリン酸酢酸
脱灰液A
0.5% KMnO4※1,※2
蒸留水

※1:0.5% KMnO4;0.5%過マンガン酸カリウム水溶液

※2:0.5% KMnO4処理後には2%シュウ酸による還元処理を行っている。

2) ブアン液組成溶剤別の検討

ブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,飽和ピクリン酸酢酸水溶液,ピクリン酸水溶液,ピクリン酸酢酸水溶液を用いて,60℃ 60分の媒染処理条件下による染色性の比較検討を行った。

3) RGB/Br(Red-Green-Blue/Brightness)解析

RGB/Br解析とは,画像から色を数値化(R値,G値,B値)してBrightness値で除算し,画像間の色差を比較解析する方法である。また,Brightness値は画像間のBrightnessによる色差の影響を最小限にするために利用している。この解析方法を用いて,腎臓症例と肝臓症例を対物40倍,解像度1,920 × 1,420の条件で撮影(cellSens; OLYMPUS)したのち,画像解析ソフト(Adobe Photoshop)を用いて任意の腎尿細管上皮細胞と肝細胞の細胞質における5 × 5ピクセルのRGB値とBr値を100ヶ所抽出した。算出されたR/Br値,G/Br値,B/Br値を用いて媒染剤間での比較検討を行った。統計学的解析はR 3.3.2を用いてT検定を行い,p < 0.01を統計学的有意差ありとして判定した。

III  結果

1. 媒染剤間の比較検討

25℃ 30分の媒染処理条件下では市販媒染剤においてコントラストが良好であり,青色と赤色ともに十分に染色されていた。それ以外の媒染剤では染色されるがコントラストが不良であり,診断に適さない標本であった。一方で,60℃ 60分の媒染処理条件下では,ブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,脱灰液Aにおいてコントラストの良好な標本が得られた。また,この3種類の媒染剤の中でもブアン液においては細胞質の赤色が鮮明であり,青色とのコントラストが最も良好であった(Figure 1)。

Figure 1 媒染剤比較(対物レンズ40×)

加温して媒染処理を行うことで染色性の向上が見られた。

1:媒染処理条件25℃ 30分の腎臓症例,2:媒染処理条件25℃ 30分の肝臓症例,3:媒染処理条件60℃ 60分の腎臓症例,4:媒染処理条件60℃ 60分の肝臓症例,a:市販媒染剤,b:ブアン液,c:飽和ピクリン酸水溶液,d:脱灰液A,e:0.5% KMnO4,f:蒸留水。

2. ピクリン酸の条件検討

ピクリン酸水溶液と飽和ピクリン酸水溶液について60℃ 60分の媒染処理条件下で染色態度を比較したところ,ピクリン酸水溶液に比べて飽和ピクリン酸水溶液の方が腎尿細管細胞質をより赤色に染め分けていた。また,両媒染剤について酢酸を添加しても染色態度に顕著な変化は見られなかった(Figure 2)。

Figure 2 媒染処理条件60℃ 60分にてブアン液と比較したピクリン酸の条件検討(腎臓症例,対物レンズ40×)

ブアン液と飽和ピクリン酸水溶液がその他の媒染剤と比較して腎尿細管細胞質をより赤色に染め分けていた。

a~f:媒染処理条件60℃ 60分,g:媒染処理条件25℃ 30分,a:ブアン液,b:飽和ピクリン酸水溶液,c:飽和ピクリン酸酢酸水溶液,d:ピクリン酸水溶液,e:ピクリン酸酢酸水溶液,f:脱灰液A,g:市販媒染剤。

3. RGB/Br解析による比較検討

媒染処理条件がブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,ピクリン酸水溶液,脱灰液Aは60℃ 60分,市販媒染剤は25℃ 30分で行った腎尿細管細胞と肝細胞の細胞質の染色態度についてRGB/Br解析による比較検討を行ったところ,R/Br値とG/Br値については媒染剤間で有意差を認めなかった。一方で,B/Br値についてはブアン液(腎臓:166.0,肝臓:213.5)と飽和ピクリン酸水溶液(腎臓:161.4,肝臓:205.4)の2種類は,ピクリン酸水溶液(腎臓:200.1,肝臓:229.7),脱灰液A(腎臓:211.9,肝臓:244.8),市販媒染剤(腎臓:195.5,肝臓:236.4)の3種類と比較して有意に低かった(p < 0.01)。また,ブアン液と飽和ピクリン酸水溶液との比較では有意差は認めなかった(Figure 3)。

Figure 3 RGB/Br解析(**p < 0.01)

媒染処理条件はブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,ピクリン酸水溶液,脱灰液Aは60℃ 60分,市販媒染剤は25℃ 30分で比較検討した。

IV  考察

今回の媒染剤の比較検討においては,ブアン液,飽和ピクリン酸水溶液,脱灰液Aについて60℃ 60分の条件下で媒染処理を行うことでクロム酸含有の市販媒染剤と同等の染色結果が得られた。これらの媒染剤については赤色の色調に差が見られるものの青色とのコントラストは良好であった。対照として蒸留水による媒染処理を行った場合でも,アニリン青については市販媒染剤やブアン液などの良好な染色結果が得られた媒染剤と同等の染色性であったが,赤色に染色不良が見られた。このことから赤色の染色性を向上させるためには媒染剤を必要とすると考えられる。クロム酸含有の市販媒染剤の効果としてメチレンブリッジ開裂とクロム架橋の2つがあるとされている2)。しかしながら,ブアン液などでも良好な染色結果が得られているためこの効果が影響している可能性は低い。一方で,Roque5)やWagner6)の研究によれば,クロモトロープ2Rなどのアゾ染料はpH 2.0~2.2という強酸の比較的狭い範囲で最も組織に取り込まれると示している。さらに,0.5% KMnO4による媒染処理では染色不良が見られた。これは0.5% KMnO4のようなpHの高い媒染剤では組織への色素の取り込みが抑制されると同時にKMnO4のもつ強力な酸化作用により組織構成タンパクが損傷を受けて極端な染色不良を引き起こしたと考えられる。これらの染色結果や過去の報告から,クロモトロープ2Rの染色結果はpHの低い酸性条件下の媒染剤に依存していると考えられる。また,ブアン液や飽和ピクリン酸水溶液などは25℃ 30分での媒染処理条件下よりも60℃ 60分の加温処理をすることで細胞質と膠原線維とのコントラストが良好となった。これは加温処理によりピクリン酸の媒染効果を促進させることで細胞質におけるアニリン青色の共染を抑制し,細胞質をより選択的に赤色に染め分け,膠原線維の青色とのコントラストを向上させると考えられた。

次に,媒染処理条件60℃ 60分で飽和ピクリン酸水溶液とピクリン酸水溶液について酢酸を加えた場合の染色態度について比較検討を行ったが,どちらも酢酸の添加によって染色態度が変化することはなかった。このことから,クロモトロープ2Rなどのアゾ染料の組織への取り込みはピクリン酸のような強酸性の媒染処理条件が重要な役割を担っていると考えられる。

さらに,今回は腎尿細管上皮細胞と肝細胞の細胞質の染色態度についてRGB/Br解析を用いて比較検討を行った。本手法は染色態度をRed,Green,Blueに分解して色差を数値解析しており,RGB/Br解析によって数値化されたデータは染色性を評価するための客観的な指標となる。なおかつ,組織へ取り込まれた色素配分を理解するための有用な手法である。本手法で細胞質の染色態度を比較検討したところ,媒染処理条件60℃ 60分でブアン液と飽和ピクリン酸水溶液による媒染処理を行った場合は,市販媒染剤などと比較してB/Br値が有意に低い(p < 0.01)という結果が得られた。色差を数値化することで,この2種類の媒染剤は細胞質でのアニリン青の共染を抑制し,選択的に赤色に染め分けしていることがわかった。このことは市販媒染剤などでは腎尿細管上皮細胞や肝細胞の細胞質にもアニリン青が取り込まれていることを示しており,トリクローム液の色素は単純に色素分子サイズによる染め分けによってなされるものではなく,荷電を利用した組織化学的結合も関与していると考えられる。それと同時に,ピクリン酸は筋線維や細胞質,赤血球と親和性があり,これらの組織構成タンパクへの架橋・凝固作用により細胞質におけるアゾ染料結合の選択性向上に寄与している可能性が考えられる。

本研究によって,ピクリン酸を多く含有するブアン液や飽和ピクリン酸水溶液そのものを媒染剤として使用することでone-step trichrome染色の染色性が向上することがわかった。しかし,これらの媒染剤の処理条件としては60℃での加温を必要とする。ブアン液にはホルムアルデヒドが含まれているが,ホルムアルデヒドは温度や湿度の上昇とともに揮発性が高まる発がん性物質として知られている。60℃に保たれた庫内では密閉容器に試薬を入れない限り,ホルムアルデヒドが揮発・充満するため,反応終了後に庫内から媒染剤を取り出す際や染色瓶のフタをあけた際に高濃度のホルムアルデヒドに曝露する危険性がある。一方,ピクリン酸は急熱や衝撃により爆発する爆発性化合物として知られており,取り扱いには注意が必要であるが,発がん性はこれまでのところ確認されていない。ゆえに,ピクリン酸を媒染剤として使用した本染色法は発がん性や環境汚染が懸念されるクロム酸やホルムアルデヒドを必要としないため,人体や環境面に配慮した最適な染色法である。

V  結語

Azan染色やMasson trichrome染色は常に一定条件で染めることが困難な比較的難易度の高い染色法であるが,Gomori’s one-step trichrome染色法は簡便な方法として知られている。しかし,これらの膠原線維染色には媒染剤を必要とし,これまでクロム酸やホルムアルデヒドを含む媒染剤が使用されてきた。ケミカルハザードレベルの低減が求められる中,60℃ 60分での条件下で飽和ピクリン酸水溶液を媒染剤として使用することにより,従来法と同等の染色結果が得られるone-step trichrome染色法が考案された。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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