2022 Volume 71 Issue 1 Pages 176-181
当院では,2018年7月から12月までに入院患者の6例に急性肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)が発生した。そこで,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)のスクリーニングのために,全入院患者に対して「DVT診断のアルゴリズム」の運用を開始した。【対象と方法】アルゴリズムの運用前後それぞれ12か月間の入院患者6,341例を対象とした。下肢静脈エコー検査を施行した1,676例を①DVT陽性群と陰性群に分けて比較した。②血栓存在部位別に近位型と遠位型に分けて比較した。③DVTの検出率と陽性率を運用前後で比較し,さらに,既存例・新規発生例・時期不明例に分けて比較した。④運用前後で,PTE発生率を比較し,ショックあり・なしに分けて比較した。【結果】①DVT陽性群は,有意に女性が多く,高齢,BMI低値,Dダイマー高値であった。②近位型は,有意にDダイマー高値であった。③運用前後の比較では,既存例の割合が増加し,DVT検出率が増加した。④運用前後で,PTE発生率に有意差はないが,運用後はショックを伴う重症例は認めなかった。【結論】この運用でDVT既存例をスクリーニングできるようになったことで,重症のPTEの発生を抑制できたと考えられる。
[Background] Acute pulmonary thromboembolism (PTE) occurred in six patients in our hospital from July to December 2018. We have started using a system developed on the basis of an “algorithm for deep vein thrombosis (DVT) diagnosis” for all hospitalized patients. [Materials and Methods] This study included 6,341 patients hospitalized 12 months before and 12 months after application of the system. We performed lower extremity venous ultrasound in 1,676 patients. We compared the characteristics of patients ①with and without DVT and in terms of ②thrombus site classified into the proximal or distal type. Additionally, we compared ③the rate of DVT detection and the positivity rate of DVT before and after application. We also compared the three categories of DVT, namely, already existing, formed during hospitalization, and of unknown time of onset, and ④the incidence of PTE with and without shock. [Results] ①Patients with DVT were significantly more likely to be female, older, have a lower BMI, and have higher D-dimer levels. ②Patients with the proximal-type thrombus showed significantly higher D-dimer levels. ③The detection rate of the group with already existing DVT and the rate of DVT detection increased significantly. ④There was no significant difference in the incidence rate of PTE before and after the application of the system. However, there were no severe cases with shock after the application. [Conclusion] We were able to screen for cases of already existing DVT by using the system. This prevented the occurrence of severe PTE.
当院では,2018年7月から12月までの6か月間で,入院患者の6例に急性肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)が発生した。そこで,2019年2月1日より急性PTEの原因となる深部静脈血栓症(deep vein thrombosis; DVT)をスクリーニングするために,全入院患者に対して「静脈血栓塞栓症リスク評価表」と「DVT診断のフローチャート」を用いたDVT診断のアルゴリズムの運用が開始された。我々は今回,この運用で得られたデータを統計学的に解析し,アルゴリズムの有用性を後ろ向きに検討したので報告する。
2018年2月から2020年1月までに入院した6,344例のうち,DVTで入院した3例を除く6,341例を対象とした。6,341例の内訳は,男女比53% vs. 47%で,疾患群は感染症17.6%,骨折16.3%,脳卒中7.5%,外傷6.3%,悪性腫瘍6.0%,その他46.3%と様々であり,予定入院および緊急入院を含んでいる。本検討は当院の倫理委員会の承認を得て行った(受付番号第4号)。
①6,341例のうち,スクリーニングのため下肢静脈エコー検査を施行した1,676例をDVT陽性群と陰性群に分け,患者背景(性別,年齢,BMI,Dダイマー値)について比較した。
②DVT陽性群を血栓存在部位別に近位型(膝窩から中枢側)と遠位型(下腿限局)に分け,患者背景(性別,年齢,BMI,Dダイマー値)について比較した。
③アルゴリズムの運用前後(運用前:2018年2月1日~2019年1月31日,運用後:2019年2月1日~2020年1月31日)で,全入院患者6,341例を対象としたDVT検出率と,下肢静脈エコー検査を施行した1,676例を対象としたDVT陽性率を,それぞれ比較した。さらに,DVT陽性群を,既存例(入院2日目までに初めて検出された例)・新規発生例(入院2日目までに検出されなかったが,それ以降に検出された例)・時期不明例(入院2日目までに下肢静脈エコー検査が施行されず,それ以降に検出された例)の3つに分けて比較した。
④アルゴリズムの運用前後で,PTE発生率を比較した。さらに,PTEの重症度を急性PTEの臨床重症度分類1)を用い,ショックあり(cardiac arrest/collapse, massive),ショックなし(submassive, non-massive)の2つに分けて比較した。
PTEの確定診断には,CT検査における放射線科医による読影にて判断した。DVTの検索には,超音波診断装置Aprio400(キヤノンメディカルシステムズ株式会社)のリニアプローブ(PLT-704SBT)およびLOGIQ S7(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)のリニアプローブ(9L-D)を使用し,静脈圧迫法を中心にカラードプラ法,パワードプラ法,パルスドプラ法を用いて,全例検査技師が血栓の有無を評価した。腸骨領域および肥満患者で描出が困難な場合には,コンベックスプローブ(PVT-375BT, C1-6-D)による検査を併用した。Dダイマー測定には,全自動血液凝固測定装置CS-1600とCA550(シスメックス株式会社)を使用し,リアスオート・Dダイマーネオ(シスメックス株式会社)を用いてLIA法で測定した。
統計学的検討には,統計解析ソフトEZRを使用し,Mann-Whitney U検定,Fisherの正確検定を用い,p < 0.05を有意差ありとした。
①DVT陽性群は,陰性群と比較して有意に女性が多く(74.3% vs. 55.4%),年齢が高く(84歳vs. 81歳),BMIが低く(20.9 vs. 21.6),Dダイマー値が高値(9.5 μg/mL vs. 4.1 μg/mL)であった(Table 1)。
DVT (+) | DVT (−) | p-value | |
---|---|---|---|
n | 284 | 1,392 | |
Sex | < 0.0001* | ||
Male (%) | 73 (25.7) | 621 (44.6) | |
Female (%) | 211 (74.3) | 771 (55.4) | |
Age | 84 (35–104) | 81 (12–105) | < 0.0001* |
BMI | 20.9 (12.9–39.4) | 21.6 (11.1–51.9) | 0.0461* |
D-dimer (μg/mL) | 9.5 (0.5–171.6) | 4.1 (0.5–308.9) | < 0.0001* |
BMI; Body Mass Index.
*p < 0.05.
②近位型は,遠位型と比較して有意にDダイマー値が高値(20.5 μg/mL vs. 8.0 μg/mL)であった。性別,年齢,BMIに有意差はなかった(Table 2)。
central type | peripheral type | p-value | |
---|---|---|---|
n | 47 | 237 | |
Sex | 0.719 | ||
Male (%) | 13 (27.7) | 60 (25.3) | |
Female (%) | 34 (72.3) | 177 (74.7) | |
Age | 84 (50–104) | 84 (35–101) | 0.914 |
BMI | 20.7 (14.0–30.3) | 20.9 (12.9–39.4) | 0.428 |
D-dimer (μg/mL) | 20.5 (0.7–128.0) | 8.0 (0.5–171.6) | < 0.0001* |
BMI; Body Mass Index.
*p < 0.05.
③アルゴリズムの運用前後で,DVT陽性率に変化はなかった(18.2% vs. 16.7%)が,検出率は有意に上昇(1.7% vs. 7.1%)した。有意に時期不明例の割合が減少し(10.7% vs. 2.7%),既存例の割合が増加(6.1% vs. 11.5%)した(Table 3)。
before | after | p-value | |
---|---|---|---|
number of patients hospitalized | 3,055 | 3,286 | |
detection rate of DVT | 1.7 | 7.1 | < 0.0001* |
lower extremity venous ultrasound (%) | 280 (9.2) | 1,396 (42.5) | < 0.0001* |
positive rate of DVT | 51 (18.2) | 233 (16.7) | 0.542 |
already existing | 17 (6.1) | 160 (11.5) | 0.0074* |
formed during hospitalization | 4 (1.4) | 36 (2.6) | 0.388 |
unknown time of onset | 30 (10.7) | 37 (2.7) | < 0.0001* |
*p < 0.05.
④アルゴリズムの運用前後で,PTE発生率は減少した(0.2% vs. 0.1%)が,有意差はなかった。しかし,ショックを伴うPTEの発生はなくなった(3例vs. 0例)(Table 4)。
before | after | p-value | |
---|---|---|---|
n | 3,055 | 3,286 | |
PTE (%) | 6 (0.2) | 3 (0.1) | 0.328 |
with shock | 3 | 0 | < 0.0001* |
without shock | 3 | 3 | 0.577 |
*p < 0.05.
PTEとDVTは一連の病態であることから,静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism; VTE)と総称される。肺動脈が血栓塞栓子により閉塞する疾患がPTEであり,その塞栓源の約90%は下肢あるいは骨盤内の静脈で形成された血栓である1)。
当院では,6か月間で6例の急性PTEが発生した。手術中に心肺停止となり,一旦は自己心拍再開するも死亡した事例や,リハビリ後に意識レベルが低下し,転医搬送された事例などがあった。これらを契機に,医療安全管理部門を中心に改善策が検討された。それまで,急性PTEの原因となるDVTのリスク評価は,手術患者のみに行われていたが,評価後の検査や治療は,診療科や主治医によって異なる方法がとられていた。このように,手術患者以外は評価を行っていないことや,院内でルール化されていないことが問題であると判った。
「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン」や「医療事故の再発防止に向けた提言」においても院内体制整備の必要性が述べられている1),2)。VTEは,周術期発症が約2割,非周術期発症が約8割となっており,手術例・外傷例はもとより,内科的疾患の入院患者に対しても入院時にリスク評価を行い,適切な予防対策を講じることによって,病院内で発症する多くのVTEを予防することが大切であると提唱されている3)。当院では,県西部浜松医療センターの「静脈血栓塞栓症リスク評価表」3)を参考に,当院にはない診療科を除いた「静脈血栓塞栓症リスク評価表」と,独自の「DVT診断のフローチャート」を作成した。「静脈血栓塞栓症リスク評価表」は手術例と非手術例の2つがあり,評価対象は全入院患者で,評価時期は①入院時,②初期評価時と状態が変化した時,③48時間以上の安静臥床が持続した時とした。評価後,「DVT診断のフローチャート」に従い,DVTのスクリーニングのための下肢静脈エコー検査を行う患者の基準を設けた(Figure 1)。ガイドラインでは,Dダイマー検査は検査前確率が低い,あるいは中等度の場合にのみ利用価値が高いが,検査前確率が高い場合には利用価値が下がるとされている1)。「超音波による深部静脈血栓症・下肢静脈瘤の標準的評価法」でも,各リスク群に合わせた検査方法を選択することが推奨されている4)。これらを参考に,検査前確率の高い下肢外傷・下肢手術患者はDダイマーを測定せず,全例に下肢静脈エコー検査を施行し,それ以外の患者では,中リスク以上でDダイマー値が2.0 μg/mL以上の場合に,下肢静脈エコー検査を施行することとした。このように,リスク評価とDダイマー検査,下肢静脈エコー検査を組み合わせることで,効率よくDVTを検出するアルゴリズムの運用を開始した。
DVT; deep vein thrombosis.
PTE; pulmonary thromboembolism.
VTEの診断におけるDダイマー値の最適カットオフ値については,様々な疾患領域で検討がなされているが,統一した見解がないのが現状である。阿部ら5)は,精神科患者を対象に,Dダイマー値の最適カットオフ値を検討しており,3.0 μg/mLで感度91.7%,特異度78.2%であり,DVTを発症した患者の最小値は2.96 μg/mLであったと報告している。刈谷ら6)は,婦人科手術患者においてDダイマー値が正常(1.0 μg/mL以下)であれば,VTEの発症はないと報告している。また,整形外科領域において,10.0 μg/mLで感度72.0%,特異度80.0%7),婦人科領域において,1.5 μg/mLで感度100%,特異度61.6%8)と報告されている。ガイドラインでは,Dダイマーは炎症性疾患など様々な要因で上昇するため,偽陽性が多く,感度は高いが特異度が低いので,除外診断に有用であるとされている1)。複数の診療科で統一したアルゴリズムを使用する場合,カットオフ値が高いと,DVTを見落とす可能性が高くなる。しかし,基準値(1.0 μg/mL以下)をカットオフ値にすると,当院では下肢静脈エコー検査数が増加し,検査体制に影響を及ぼすと予想されたため,2.0 μg/mLと設定した。実際には,基準値をカットオフ値とした場合の下肢静脈エコー検査数の増加は,平均0.88件/日であり,検査体制への影響は少ないことが判明した。適切なカットオフ値については,今後の検討課題である。
PTEの重症度は,塞栓子の大きさと頻度が関係し,重症例の塞栓源は,膝窩静脈から中枢側,とくに大腿静脈に多いとされている1)。このことから,PTE発症を予防するためには,近位型DVTを検出することが重要である。近位型は遠位型と比較してDダイマー値が高値(20.5 μg/mL vs. 8.0 μg/mL)であり,特に高い場合は,近位型を想定して対応する必要がある。
ガイドラインにおいて,肥満はVTEの危険因子として挙げられている1)が,本研究でDVT陽性群は陰性群と比較して有意にBMIが低値であった。常樂ら9)と浜崎ら10)の研究でも,有意差はないものの,陽性群でBMIはより低い傾向にあった。VTEの危険因子には肥満以外にも,BMIが高値になりにくい悪性腫瘍や長期臥床,加齢などがある1)ため,このような結果になったと考えられる。
アルゴリズムの運用後は運用前と比較して,DVT陽性率とPTE発生率に有意差はなかったが,DVT検出率は増加した。DVT陽性率に関しては,他のDダイマー値を用いたDVTスクリーニングの報告においても,20%前後であることが多く9)~12),本研究でも同程度であった。しかし,アルゴリズムの運用前と比較して下肢静脈エコー検査数が増加するとともに,DVT検出率は上昇した。また,アルゴリズムの運用後は,時期不明例の割合が減少し,既存例の割合が増加した。今まで検出できていなかった既存例がスクリーニングできるようになった。PTE発生率に有意差はなかったが,アルゴリズムの運用後に減少傾向であり,ショックを伴うPTEの発生はなくなった。予期しないPTEの発生は診断や治療の遅れにより,重症化する可能性がある。既存例のDVT検出により,早期に介入できることで,重症度の高いPTEの発生を抑制できたと考えられる。前述のように,Dダイマー検査や下肢静脈エコー検査を用いたVTEの診断に関する報告は,特定の疾患や診療科,周術期などで多く検討されている。しかし,院内で統一したルールに基づき,予防に取り組んだことに対する検討は多くない。星ら13)は,21施設へアンケートを実施した結果,DVTのスクリーニング基準に関して病院全体としてルール化されていると回答したのは2施設,一部の診療科に基準があると回答したのは6施設に留まり,他施設においても基準作成が進んでいないのが現状であると報告している。院内で統一したアルゴリズムを運用することが,DVTの検出率を向上させ,PTEの重症化予防に重要であると考えられる。
このDVT診断のアルゴリズムの運用は,重症度の高いPTEの発生を抑制できたため,導入は有意義であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。