2022 Volume 71 Issue 1 Pages 32-36
モルヒネの標的分子であるμオピオイド受容体(以下,OPRM1)に注目し,OPRM1遺伝子多型でその発現レベルや機能的活性に影響をもたらす118A/G(rs1799971)と人格特性との関連性があるかどうか検討を行った。若年者236人(男性55人,女性181人)を対象とし,対象者からインフォームドコンセントを得た後採血し,DNAの抽出・精製を行った。OPRM1遺伝子多型の解析には,polymorphism chain reaction-restriction fragment length polymorphism(PCR-RFLP)法を用いた。また,人格特性との関連性を調べるために,全ての対象者に自己記入式人格検査であるNEO Five Factor Inventory(NEO-FFI)とstate-trait anxiety inventory(STAI状態-特性不安検査)を実施した。その結果,Aアレル非保有者に比べ,Aアレル保有者ではNEO-FFIの誠実性スコアが有意差に高く(p = 0.024),Aアレル非保有者ではSTAI特性不安スコアが有意に高いことが分かった(p = 0.023)。今回の結果より,OPRM1遺伝子多型118A/Gが人格特性の「誠実性」および「特性不安」に影響を与えているのではないかと考えられた。
Objective: Mu-opioid receptor gene OPRM1 118A>G polymorphisms have been considered possible candidate factors for both opioid effects and psychophysical responses. In this study, we investigate the association between OPRM1 118A>G polymorphisms and personality traits. Method: After written informed consent was obtained from participants, OPRM1 118A>G gene polymorphisms were analyzed by polymerase chain reaction (PCR)—restriction fragment length polymorphism (RFLP), and personality was assessed using Neuroticism Extraversion Openness-Five Factor Inventory (NEO-FFI) and State-Trait Anxiety Inventory (STAI) in 236 Japanese university students. Statistical analyses were performed by the unpaired t-test and Welch’s t-test. Results: A significant relationship was found between OPRM1 118A>G polymorphisms and NEO-FFI and STAI scores: participants with the A allele exhibited a higher conscientiousness score (p = 0.024) and a lower neuroticism score (p = 0.065) in NEO-FFI, and a lower STAI score (p = 0.023) than those without the A allele. Conclusion: We conclude that OPRM1 may affect conscientiousness and neuroticism measured using NEO-FFI and trait anxiety measured using STAI.
オピオイド受容体はGタンパク質共役7回膜貫通に属し,モルヒネなどの麻薬性鎮痛剤に代表される受容体であり,μ,δ,κのサブタイプが存在し,中でもμオピオイド受容体はモルヒネ,フェンタニルなどの植物性アルカロイドとの親和性が高いことが報告されている1)。
μオピオイド受容体(以下,OPRM1)にはGタンパクを介してアデニル酸シクラーゼを抑制し,サイクリックAMPの産生を抑制する働きがある。この働きにより,神経伝達物質の遊離や神経細胞体の興奮性が低下するため神経細胞の活動が抑制される。主な発現部位は大脳皮質,視床,視床下部,橋-延髄,一次感覚神経などである2)。
脊髄後角に存在するOPRM1を刺激すると,一次侵害性神経を強化することで,鎮痛効果を引き起こすことが知られている3)。
また,モルヒネの副作用である便秘や呼吸抑制,依存性などもOPRM1によるものであるとの報告があり,オピオイドの鎮痛効果や依存症,耐性などの副作用出現の個人差が発生する原因の一つにOPRM1の遺伝子的因子との関係が挙げられる4)。
OPRM1遺伝子は6q24-25に位置し,4つのexonからなり,今回の研究で着目したOPRM1 118A/G多型は,第1exonの118番目のアデニン(A)がグアニン(G)に置換され,N末端側の細胞領域にある糖鎖修飾部位における40番目のアスパラギン(Asn)からアスパラギン酸(Asp)へのアミノ酸置換を生じるものであり,その結果,受容体に存在する5つの糖鎖結合部位のうち1つが消失する5)。この一塩基多型がOPRM1の機能に影響を及ぼしていることはin vitro解析により報告されており,Asn40に比較してAsp40ではβ-エンドルフィンの受容体への結合が3倍強くなり,Gタンパク質共役内向き整流K+チャンネルを3倍強く活性化することが明らかになっている。β-エンドルフィンとは,生体がストレスを受けた際副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)とともに下垂体から分泌される内因性オピオイドホルモンの一種であり,モルヒネ類似性の強い鎮痛作用及び向精神神経作用,精神神経活動調節作用などがあると言われている6)。
NEO-FFIは5因子人格検査として世界的に有名なNEO PI-R短縮版の日本語標準化版であり,神経症傾向(neuroticism),外向性(extraversion),開放性(openness to experience),協調性(agreeableness),誠実性(conscientiousness)の5次元から人格を診断するもので,遺伝子多型と人格特性との相関研究に用いられる7)。
また,STAIは,測定時点での不安の強さを示す状態不安尺度と,性格特性としての不安になりやすさを示す特性不安尺度の2尺度で構成されており,遺伝子多型と不安との相関研究に使われている8)。
オピオイド活性は人格特性に影響を及ぼすとされ,オピオイド神経伝達はストレス応答や不安・気分障害の認知過程といった様々な反応を調整していると考えられていることから9),我々はその受容体遺伝子であるOPRM1 118A/G多型と人格特性との関連について検討を行った。
麻布大学ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理審査委員会の承諾(麻大学術第2359号)を得てインフォームドコンセントが得られた健常の対象者(男性55人,女性181人;平均年齢19.65 ± 2.027)から採血を行い,DNAの抽出・精製を行った。また,OPRM1遺伝子多型118A/Gの解析は,Bergenら10)の方法に従い,polymorphism chain reaction-restriction fragment length polymorphism(PCR-PFLP)法により判定を行った。
使用したPCR Mixtureは,1検体当たり滅菌MilliQ 18.4 μL,10× Ex Taq buffer 2.5 μL,2.5 mM each dNTP Mixture 2.0 μL,10 μM F Primer 0.5 μL,10 μM R Primer 0.5 μL,Ex Taq(TaKaRa)0.1 μLで,計24 μLにサンプル1.0 μLを加え,25 μLとした。PCR条件を95℃で5 minを1サイクル,95℃で30 sec,66℃で30 sec,72℃で20 secを1セットとして38サイクル,72℃で3 minを1サイクルと設定し,PCRを行った。また,RFLP Mixtureは滅菌MilliQ 7.7 μL,NE buffer 4 2.0 μL,Drd I(New England Biolabs Japan)0.3 μL 計10 μLにPCR産物10 μLを加え,20 μLとした。
人格特性検査は,NEO-FFIとSTAI状態-特性不安検査を使用した7),8)。
統計学的解析は,OPRM1遺伝子多型118A/Gの遺伝型および対立遺伝子頻度の比較を検討するためにχ2検定を行った。また,Gアレル保有者と非保有者の二群間に分類し,人格特性検査の各スコアとの関連性を対応のないt検定を用いて解析(2つのグループ間の平均値の差の検定)を行った。なおNEO-FFIのN(誠実性)のスコアに関しては等分散が成立しなかったため,修正t検定(Welch検定)を用いた。Aアレルについても分類および対応のないt検定を用いて解析を行った。統計解析にはEZR(EZRはRおよびRコマンダーの機能を拡張した統計ソフトウェア)を用い,p < 0.05で統計学的有意差ありとした11)。
Drd Iによる制限酵素処理後のPCR産物の電気泳動パターンをFigure 1に示す。また,OPRM1遺伝子多型118A/Gと対立遺伝子頻度をTable 1に示した。OPRM1 118A/G遺伝子多型の遺伝子型頻度分布において,Hardy-Weinberg平衡からの有意な逸脱は認められなかった(χ2(1) = 0.330, p = 0.566)。
Lane 1:A/A,Lane 2:A/G,Lane 3:G/G
遺伝子型頻度(%) | 対立遺伝子頻度(%) | |||
---|---|---|---|---|
A/A | A/G | G/G | Aアレル | Gアレル |
29.66 | 47.88 | 22.46 | 53.6 | 46.4 |
Table 1より,遺伝子型はA/A型が70人(29.7%),A/G型が113人(47.9%),G/G型が53人(22.5%)であった。対立遺伝子においてはAアレルが253(53.6%),Gアレルが219(46.4%)であり,Gアレルをマイナーアレル,Aアレルをメジャーアレルとした。マイナーアレル保有者を166人,非保有者を70人として2群間におけるNEO-FFIスコアとの関連性を解析した結果をTable 2に示す。同様に,STAI特性不安スコアとの関連性の解析結果をTable 3に示す。NEO-FFIにおける5つの人格特性全ての項目において,マイナーアレル保有群と非保有群に有意な差は認められなかった。STAI特性不安スコアに関しても,有意な差が認められなかった。
遺伝子型 | 神経症傾向(N) | 外向性(E) | 開放性(O) | 協調性(A) | 誠実性(C) |
---|---|---|---|---|---|
A/G + G/G | 31.94 ± 7.888 | 24.64 ± 7.581 | 28.35 ± 5.641 | 29.36 ± 6.053 | 24.92 ± 5.986 |
A/A | 30.40 ± 8.110 | 25.33 ± 6.159 | 27.94 ± 6.635 | 28.46 ± 6.613 | 25.99 ± 7.832 |
p | 0.175 | 0.500 | 0.635 | 0.31 | 0.311 |
遺伝子型 | 特性不安 |
---|---|
A/G + G/G | 51.83 ± 10.30 |
A/A | 49.70 ± 10.46 |
p | 0.149 |
その一方で,メジャーアレル保有者を183人と非保有者を53人として,2群間におけるNEO-FFIスコアとの関連性の解析結果をTable 4,STAI特性不安スコアとの関連性の解析結果をTable 5に示す。NEO-FFIではAアレル非保有者に比べ,Aアレル保有者においてC(誠実性)スコアが高く,有意な差が認められた(p = 0.024)。また,N(神経症傾向)スコアでは,Aアレル保有者に比べAアレル非保有者のスコアが高い傾向がみられた(p = 0.065)。さらにTable 5より,STAI特性不安スコアでは,Aアレル保有者に比べAアレル非保有者のスコアが高く,有意な差が認められた(p = 0.023)。
遺伝子型 | 神経症傾向(N) | 外向性(E) | 開放性(O) | 協調性(A) | 誠実性(C) |
---|---|---|---|---|---|
A/A + A/G | 30.97 ± 8.175 | 24.53 ± 7.003 | 28.20 ± 5.962 | 29.17 ± 6.474 | 25.76 ± 6.765 |
G/G | 33.24 ± 7.009 | 25.90 ± 7.754 | 28.31 ± 5.914 | 28.83 ± 5.323 | 23.46 ± 5.626 |
p | 0.065 | 0.215 | 0.902 | 0.729 | 0.024* |
*p < 0.05.
遺伝子型 | 特性不安 |
---|---|
A/A + A/G | 50.38 ± 10.40 |
G/G | 54.06 ± 9.814 |
p | 0.023* |
*p < 0.05.
人格特性については研究者によっても多少異なるものの,現代の心理学では「性格の次元はおそらく5種類である」と考えられている。すなわち「その人となりを5つの人格特性で表現できる」というものである。この仮説をいわゆる性格の5因子モデル(Big5:ビッグファイブ)と呼ぶ。村上ら12)によると性格(主要5因子)には,外向性(勇敢で積極的か・臆病で不活発か),協調性(協調性があるか・利己的か),勤勉性(誠実性と同義;責任感が強いか・根気がないか),情緒安定性(神経症傾向と同義;気分が楽天的に安定しているか・神経質で怒りっぽいか),知性(新奇性追求・好奇心が旺盛で創造的か・物事の分析が苦手か)の5因子があり,これらによって個人の性格の特徴(人柄)が説明できると指摘している。今回の研究ではNEO-FFIの開放性 O(openness to experience)と主要5因子の「知性」がほぼ同じ内容ではないか(開放性が高い人ほど知性(新奇性追求)が高くなる)と考えた。
今回我々はOPRM1遺伝子多型の中でも,発現レベルあるいは機能的活性への影響をもたらす118A/Gに着目し,NEO-FFIによる性格特性およびSTAIによる特性不安との相関を調べ検討を行った。
これまでにも,OPRM1遺伝子多型が神経症傾向との関連性があることやオピオイドが依存症やアルツハイマー型認知症に関連があるといわれている1),9),13)。OPRM1の遺伝子のGアレルを多く持つほどパーソナリティ特性において神経症傾向および開放性のスコアは有意に低く,不安の情動がGアレル保有者では弱く,非保有者(A/A)では強いという報告もある9)。
その一方で本研究では,NEO-FFIにおいてAアレル非保有者(G/G)に比べAアレル保有者(A/A, A/G)のC(誠実性)スコアに関してスコアが高く有意差が認められ,Aアレル保有者に比べAアレル非保有者(G/G)のN(神経症傾向)スコアが高い傾向がみられた(p = 0.065)。さらに,STAI特性不安スコアに関してもAアレル保有者に比べAアレル非保有者のスコアが高く有意差が認められた。つまりG/G型は特性不安が強く,A/A型は誠実性が高いということが示唆された。今回の結果からはβ-エンドルフィンの受容体への結合が3倍強いG/G型の機能が人格特性のC(誠実性)やN(神経症傾向)および不安特性に影響を及ぼすのではないかという可能性が示唆された。
C(誠実性)は,自己統制力や達成への意志,真面目さ,責任感の強さを表す。C(誠実性)が高い個人は,責任感が非常に強く,注意深く物事に徹底的に取り組む勤勉な傾向を持つとされる12)。N(神経症傾向)は,環境刺激やストレッサーに対する敏感さ,不安や緊張の強さを表すとされ,N(神経症傾向)が高い個人は,神経質で情緒的に不安定な傾向を持つといわれている12)。
人格を形成する上で相互に作用する要素は,生まれ(遺伝的要素)と育ち(環境的要素)であり,人格成長過程の中で,環境要因と遺伝的要因が様々に絡み,多種多様の個性が生まれると考える。人格は内部から形成するものと,外部から形成するものとの両者の相互作用を理解し,多角的に検討していく必要があるため,その人格成長過程を見るうえでも,遺伝子検査と心理検査は共に重要な役割を果たしていると考える。臨床の現場において,今後は医療従事者である臨床検査技師も遺伝子検査に加え種々の心理検査の有用性や信頼性,役割を理解し,被験者への心理的フィードバックを含め適切な検査結果の解釈ができれば,医療の現場においても心理検査の幅が広がり,重要な診断方法の1つとなり得るだろう。
これまでOPRM1 118A/G遺伝子多型に着目し人格特性との相関解析を行っている文献が少ないため,今後は検体数や研究対象者を増やしつつ人種や性別による比較検討を行うことなどを考慮し,さらなる研究を進めることで本遺伝子多型と人格特性の明確な相関関係の結果が得られると考えられる。また,質問紙法による人格検査は,被検査者が回答を歪曲する可能性を有するため,これらの検査を同時に実施することがより適正な心理検査へつながると期待できる。さらに,本研究では健常者のみを対象として行ったが,今後は研究対象者をアルコール依存症などの精神疾患の患者に広げ,それらの精神疾患の病因とOPRM1の関連を調べる研究の必要性があるとも考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。