2022 Volume 71 Issue 1 Pages 153-158
我々は腸管子宮内膜症から発生した類内膜癌を経験したので報告する。症例は30歳代女性,10年前から腹痛主訴に頻回受診され,母の子宮体癌や姉の卵巣癌を契機に婦人科で定期的に血中CA125値及び経直腸超音波検査の経過観察がなされていたが,各種検査では明らかな器質的変化は認められなかった。数日前から持続する腹痛を主訴に来院し,腹部超音波検査及び腹部CT検査にて上行結腸に腸重積を指摘された。同日腹腔鏡にて整復中に腫瘤を認め,回盲部腫瘤とS状結腸の憩室が切除された。病理組織診断は盲腸の子宮内膜症から発生した腫瘍で組織型は類内膜癌(Grade 2)であった。家族歴から家族性乳癌卵巣癌の可能性もあり遺伝子検査を勧め,BRCA1/BRCA2遺伝子検査は遺伝子多型で変異陰性,BRAF V600E遺伝子検査の変異陰性より,Lynch症候群を疑い,MMR(mismatch repair)タンパクの免疫組織化学染色を施行し,MSH6(−),PMS2(+)より高頻度マイクロサテライト不安定性であった。Lynch症候群が疑われたがMMR遺伝子検査は家族が希望されず実施していない。腸管子宮内膜症を発見することは難しいが,疑って注意深く観察すれば内視鏡検査やMRIなどで指摘できる病変である。腹部超音波検査においても月経に一致した腹痛などを認める場合は子宮内膜症も念頭に検査に対峙することが重要と考えられた。
We report a case of endometrioid cancer arising from cecal endometriosis. A 30-year-old woman frequently visited our hospital for abdominal pain for 10 years. Her blood carbohydrate antigen 125 (CA125) level and medical histories were regularly examined because her mother had uterine cancer and her sister had ovarian cancer. Although a rectal echo observation was made, no obvious organic changes were observed. She was admitted to our hospital complaining of abdominal pain that had persisted for a few days. A target sign in the ascending colon was confirmed by abdominal ultrasonography and abdominal CT examination, and intussusception was noted. Moreover, a laparoscopic tumor was found during the reduction operation, and the ileocecal mass and the diverticulum of the sigmoid colon were excised. The histopathological diagnosis was endometriosis-associated intestinal tumor (EAIT) arising from the endometriosis of the cecum, and the histologic type was endometrioid cancer (Grade 2). Given her family history, breast and ovarian cancers were suspected, and genetic tests were recommended. The BRCA1/BRCA2 genetic test showed negative results. The BRAF V600E genetic test also showed negative results; thus, we suspected Lynch syndrome due to mismatch repair (MMR). Unfortunately, her family members chose not to have an MMR genetic test for a definitive diagnosis. It is difficult to detect intestinal endometriosis, but its lesion can be discovered by endoscopy or MRI if it is suspected and carefully observed. If abdominal pain coincides with menstruation, it is important to consider further examination with endometriosis in mind.
患者:30歳代,未婚女性。
主訴:数日前から持続する腹痛。
家族歴:姉;卵巣癌,母;子宮体癌。
既往歴:発達障害,喘息,子宮筋腫経過観察,虫垂炎摘出,頸椎ヘルニア術後。
現病歴:10年前から腹痛主訴に当院内科を頻回受診され,母の子宮体癌や姉の卵巣癌を契機に当院婦人科で定期的に血中CA125値及び経直腸超音波検査の経過観察がなされていたが,各種画像検査では明らかな器質的変化は認められなかった。数日前から持続する腹痛を主訴に当院内科を受診し,腹部超音波検査および腹部CT検査にて上行結腸にTarget signを認め,腸重積を指摘された(Figure 1)。
a:超音波画像,b:CT画像。腹部超音波検査および腹部CT検査にて上行結腸に
Target signを認める。
腹部超音波検査では回盲部にリンパ節や周囲組織が先進部となった重積像を捉まえたが腫瘍性病変を指摘することはできなかった。また,イレウスや腸管虚血を示唆する所見は認めなかったが,発症から数日経過していることなどを理由に非観血的整復をせず緊急手術目的で外科転科となった。腹腔鏡にて整復術施行中,重積部に腫瘤を認めたため開腹術に変更となり,回盲部腫瘤切除とS状結腸に比較的大きな憩室を認めたためその部位が切除された。
手術標本所見:切除された回盲部腫瘍はバウヒン弁から少し肛門側に認め腫瘍径は50 × 35 mm(Figure 2)で,病理組織学的診断は盲腸の子宮内膜症を伴った類内膜癌(Grade 2)であった。
摘出臓器
また,腫瘍周囲に異型の乏しい腺組織と間質組織が島状に散在する子宮内膜症を認めた(Figure 3, 4)。病変部の異型細胞は腺腔形成性で篩状に増殖し,充実性部分も認め,免疫組織化学染色ではCK7(+),CK20(−)(Figure 5),CDX-2(−),ER(+)を呈した。
黄:内膜症,赤:癌,緑:腸粘膜
a:HE ×4,b:内膜症と癌が存在。HE ×20。
a:CK7,Immunohistochemical staining ×10,b:CK20,Immunohistochemical staining ×10。
腫瘍細胞はCK7陽性,CK20陰性。
腺組織はER(+),間質細胞はCD10(+)(Figure 6)であった。リンパ節は22個中3個に転移を認め進行期分類はStage IIIbであった。同時に切除されたS状結腸の憩室には子宮内膜症を認めたが癌化はみられなかった。術後,化学療法(TC療法)を施行し,現在は外来にて経過観察中である。
a:CD10,Immunohistochemical staining ×10,b:ER,Immunohistochemical staining ×10。
腫瘍周囲間質細胞はCD10陽性,ER陽性。
子宮内膜症は子宮内膜組織が異所性に増殖する非腫瘍性疾患であり,約80%は卵巣に発生するが12.3%は腸管に発生し,なかでは直腸・S状結腸が最も多い1)。腸管子宮内膜症は必ずしも月経と症状が一致しないことが多く診断が遅れることもあるが,腹痛やイレウス症状を繰り返す時は腸管子宮内膜症が鑑別に挙げられる。
一方,子宮内膜症の癌化の発生部位は,卵巣78.7%,骨盤腹膜が5.7%,直腸膣中隔が4.3%,結腸・直腸は4.3%と報告されており,腸管子宮内膜症から発生した悪性腫瘍の頻度は少ない1)。
腸管子宮内膜症から発生した悪性腫瘍はendmetriosis-associatedintestinaltumor(以下EAIT)と総称されている。EAITの診断判定基準は①同一組織内に癌と良性子宮内膜症組織が共存すること,②良悪性の組織像が子宮体部の組織像に近似していること,③癌は良性子宮内膜組織内に生じ,しかも他の起源の腫瘍が存在しないこととするSampsonの判定基準9)が用いられている。また,Scottの追加基準10)として,組織学的に良性子宮内膜症から子宮内膜癌への直接的な移行が見られることが挙げられている。本症例はScottの追加基準は満たしていなかったがSampsonの①②③の判定基準を満たしておりEAITと判定した。
更に,EAITの好発年齢は大腸癌より10~20歳若く30~50歳であるが,発生部位はS状結腸(77%)が多いとされており回盲部は比較的稀である11)。
また,Heapsら3)は原発巣に限局した卵巣外EAIT症例の5年生存率は100%,腹膜播種を認めた症例は10%であったと報告している。また,池田ら12)はEAIT症例の16症例中5例が癌死し,そのうちリンパ節転移を認めた4例では術後1年以内に癌死,1例が1年以内に再発したと報告しておりリンパ節転移は特に予後不良を示唆する因子と考えられ,本症例は慎重に経過観察する必要があると考えられた。術後24ヶ月現在再発は認めていない。
経過観察開始時の血中腫瘍マーカーCA125値(Figure 7)は55.3 U/mL,腫瘍摘出前では178.3 U/mLと明らかに高値を呈していたが,腫瘍摘出後正常化した。切除された病理標本の腫瘍部は免疫組織化学染色にてCA125陽性を確認している。
姉の卵巣腫瘍は当院婦人科で指摘され,他院にて手術されたが診療提供情報によれば,チョコレート嚢胞を疑って卵巣を摘出され卵巣癌1c期,組織型は類内膜癌(Grade 1)であった。母は子宮体癌IIIa期,組織型は漿液性癌であった。
家族歴から家族性乳癌卵巣癌の可能性があり遺伝子検査を勧めたが,BRCA1/BRCA2遺伝子検査は遺伝子多型で変異陰性,BRAF V600E遺伝子検査の変異も陰性より否定された。
家族性乳癌卵巣癌が否定されたことよりLynch症候群を疑い,MMR(mismatch repair)タンパクの免疫組織化学染色を施行した。MSH6(−),PMS2(+)(Figure 8),MMR deficientであり,Lynch症候群が強く疑われたが,確定診断のためのMMR遺伝子検査は家族が希望されず,実施していない。
a:MSH6,Immunohistochemical staining ×4,b:PMS2,Immunohistochemical staining ×4。
腫瘍細胞はMSH6陰性,PMS2陽性。
Lynch症候群では大腸癌を発症することはよく知られているが,大腸癌以外の癌,特に女性では子宮内膜癌や卵巣癌のリスクが一般集団と比較し高いといわれている。また,子宮体癌はLynch症候群における「センチネル癌」としても注目されており,子宮体癌患者を発端に見つかる家系も多いとされている13)。外科・婦人科など多科にわたる情報共有と適切な医学管理が重要である。
本症例では患者の発達障害もあり充分な主訴や家族歴が得られていなかったことも発見が遅れた一因である。
検査室は,診療科の枠を超えあらゆる検査の結果や情報が集約されるため,術後に受診歴を注意深く検索した結果Lynch症候群の可能性について臨床に提案することができ,家族歴の見直しを含め治療方針の一助となり得た症例であった。
腸管子宮内膜症を発見することは難しいが,それを疑って注意深く観察すれば内視鏡検査やMRIなどの画像検査で指摘できる病変である。腹部超音波検査においても月経周期に一致した腹痛を認める場合などは子宮内膜症も念頭に検査に対峙することが重要と考えられた。加えて腫瘍マーカー高値を呈している場合はEAITの可能性について考慮する必要があると考えられた。
今回,盲腸の子宮内膜症癌化症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告した。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。