Japanese Journal of Medical Technology
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Comparison of embryo quality between standard controlled ovarian stimulation and random-start controlled ovarian stimulation for fertility preservation
Sumika WATANABENaomi FURUSAWAHarumi KOBAYASHIKatsuyuki KATOYoshitaka ANDO
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2022 Volume 71 Issue 2 Pages 245-249

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Abstract

近年,がん治療の進歩は目覚しく,患者の予後は著しく向上した。しかし,その一方,生殖可能年齢層の悪性腫瘍の罹患率が増加し,がん治療によって生殖機能の低下もしくは喪失する医原性不妊患者のための妊孕性温存療法が増加している。妊孕性温存療法の胚凍結を行う際には,調節卵巣刺激を行う。ホルモン製剤を約2週間投与することで,通常1ヶ月に1個発育する卵胞を一度に複数個発育させる。この卵巣刺激法には通常法(GnRHアンタゴニスト法)とランダムスタート法がある。通常法では,月経開始3日目から卵巣刺激を開始しなければならない日程的制約があるのに対し,ランダムスタート法は,月経周期に関係なく卵巣刺激を開始することが可能である。今回は,この2種類の卵巣刺激法にてそれぞれ採取された胚の質に差が生じるのかを検証した。対象期間に妊孕性温存を目的に胚凍結(分割期胚)を行った17症例にて得られた胚を当院独自の胚グレード分類表を用いて4段階にグレード分類し,3と4を良好胚とした。卵巣刺激法ごとに,得られた全胚のうち良好胚の割合(良好胚率)を算出し,比較検討した。その結果,通常法で54.2%,ランダムスタート法で69.0%となり,Fisherの正確確率検定から有意差はみられなかった(p = 0.10)。以上より,卵巣刺激法の違いによる胚の質に差はないことが示され,ランダムスタート法は,迅速な治療開始が求められるがん患者において妊孕性温存療法を行う際に有用な卵巣刺激法であると示唆された。

Translated Abstract

Recently, cancer treatment has made dramatic progress, and patients’ prognoses have improved significantly. On the other hand, the cancer incidence in the reproductive age has been increasing, and more professional attention is being paid to preserving female fertility that could be threatened by cancer treatment. Women generally grow a single follicle per menstrual cycle. To cryopreserve multiple embryos per cycle, women are administered hormones for ovarian stimulation for approximately two weeks. There are mainly two types of controlled ovarian stimulation (COS) protocol for fertility preservation: standard COS (GnRH antagonist protocol) and random-start COS, in which a patient is stimulated on presentation regardless of her menstrual-cycle phase. Here, we aimed to clarify the difference in embryo quality between random-start COS and standard COS. Embryos (cleavage stage) obtained from 17 women each in the two COS protocols were classified into four grades in accordance with the Nagoya University Hospital classification. Grades 3 and 4 embryos were considered high-quality embryos. The percentages of high-quality embryos in the two COS protocols were compared. The percentages of high-quality embryos were 54.2% and 69.0% in the standard COS and random-start COS, respectively, which were not significantly different as determined by Fisher’s exact test (p < 0.05). This result indicates that there were no significant differences in embryo quality between standard COS and random-start COS. We consider random-start COS to be useful for fertility preservation in cancer patients who require early cancer therapy.

I  序

近年,がん治療の進歩は目覚しく,患者の予後は著しく向上した。しかし,その一方,生殖可能年齢層の悪性腫瘍の罹患率が増加し,がん治療によって生殖機能の低下もしくは喪失する医原性不妊患者のための妊孕性温存療法が増加している1)。がん治療と妊孕性温存療法を両立するために地域医療機関の連携をはかることを目的としたがん・生殖医療ネットワークの整備も全国に広がりつつある2)

妊孕性とは,妊娠するために必要な能力,つまり妊娠するために必要な臓器と機能のことである。将来子供を持つことが出来るように,がん治療の前に妊孕性を温存する目的として行われるものを妊孕性温存療法という。具体的に,女性では未受精卵(卵子)凍結,胚凍結,卵巣組織凍結,男性では精子凍結などがある。

がん治療開始まで猶予があり,特定のパートナーがいる女性の場合には,胚凍結が選択される。胚凍結までの流れは,ホルモン製剤投与による調節卵巣刺激,経腟エコーガイド下で卵子を採取する採卵,採取した卵子と精子を媒精させる体外受精または顕微鏡下において顕微授精を行う。受精確認を行った後は,専用のインキュベーターで胚を培養し,その後胚の凍結を行う。調節卵巣刺激はホルモン製剤を約2週間投与することで,通常1ヶ月に1個発育する卵胞を一度に複数個発育させる。妊孕性温存療法の卵巣刺激法には通常法(GnRHアンタゴニスト法)とランダムスタート法がある3)。通常法は月経開始から3日目よりホルモン製剤の投与を開始するのに対し,ランダムスタート法では月経に関係なく卵巣刺激を行う方法である。

今回は,この2つの卵巣刺激方法にてそれぞれ採卵数,成熟卵数や採取された胚の質に差が生じるのかを検証した。

II  対象,症例及び方法

1. 対象

2012年1月1日から2019年12月31日に妊孕性温存を目的に胚凍結(分割期胚)を行った17症例を後方視的に検討した。17症例のうち,通常法は8症例,ランダムスタート法は9症例であった(Table 1)。

Table 1  各症例における年齢,採卵数,成熟卵数,正常受精率
通常法(8症例)
原疾患年齢
(歳)
採卵数
(個)
成熟卵数
(個)
正常受精
率(%)
乳癌34221729.4
乳癌33151333.3
乳癌397671.4
再生不良性貧血2533100.0
乳癌35201880.0
乳癌39161162.5
大腸癌3612758.3
乳癌30171752.9
ランダムスタート法(9症例)
原疾患年齢
(歳)
採卵数
(個)
成熟卵数
(個)
正常受精
率(%)
乳癌296350.0
乳癌37121275.0
卵巣癌279877.8
乳癌33181355.6
乳癌343333.3
乳癌30343055.9
乳癌28211852.4
乳癌3911427.3
乳癌37111181.8

原疾患は,乳癌14人,卵巣癌,血液疾患,大腸癌がそれぞれ1人であった。また,婦人科系疾患を伴う患者は両群で2人ずつであった。

年齢,採卵数,成熟卵数(採卵後3時間培養後のM2卵数),正常受精率(2PN胚)についても比較対象とした。

受精方法は採卵数が10個以上で精液所見が正常な場合は顕微授精と体外受精を組み合わせた方法(Split法)で行い,それ以外はすべて顕微授精を行った。正常受精率は受精方法に関係なく算出した。

男性因子の有無については,今回の検討では考慮しなかった。

なお,本研究は名古屋大学医学部生命倫理委員会の承認を得て施行した(承認番号:2012-01433)。

2. 方法

①それぞれの刺激法について平均年齢,平均採卵数,平均成熟卵獲得数,正常受精率を算出した。これら両群に対してt検定を用いて統計学的な解析を行い,有意水準は0.05とした。

②対象の症例にて得られた胚を割球の均一・不均一及びフラグメンテーションの量からグレード判定した。分割期胚のグレード判定は一般的にVeeck分類(5段階)が用いられ,また胚の分割速度4)を評価する施設もあるが,今回は当院独自の胚グレード分類表を用いて4段階に分類した(Table 2)。グレード判定は胚凍結直前に行うため,休診日の都合上,受精後2日または3日に判定した。分類表の絵図のように黄色が割球,青色がフラグメンテーションを示している。割球が均等で,フラグメンテーションが少ないほど良好な胚とされる。数字が大きいほどグレードが良い。これらのうち,3と4を良好胚とし,得られた全胚のうち良好胚の割合(良好胚率)を算定した。両群の良好胚率についてFisherの正確確率検定を用いて統計学的な解析を行い,有意水準は0.05とした。

Table 2 当院における分割期胚のグレード分類

III  結果

通常法とランダムスタート法での,平均年齢,平均採卵数,平均成熟卵獲得数,正常受精率を算出した。平均年齢は通常法で33.9歳,ランダムスタート法で32.7歳,平均採卵数はそれぞれ14.0個,13.9個,平均成熟卵獲得数はそれぞれ11.5個,11.3個,正常受精率はそれぞれ61.0%,56.6%であり,全てにおいて有意差は認められなかった(Table 3)。

Table 3 卵巣刺激方法の比較
刺激法通常法ランダムスタート法p
周期数89
平均年齢(歳)33.932.70.59
平均採卵数(個)14.013.90.98
平均成熟卵獲得数(個)11.511.30.96
正常受精率(%)61.056.60.68

それぞれの刺激法にて得られた胚の合計は,通常法で59個,ランダムスタート法で71個であった。このうち良好胚はそれぞれ32個,49個であった(Figure 1, 2)。この結果から良好胚率は通常法で54.2%,ランダムスタート法で69.0%となった(Table 4)。両群について良好胚率に有意差はなかった。

Figure 1 当院のグレード分類にて分類した胚の一例(Day 2)

割球が均一でフラグメンテーションが殆ど無いGrade 4の胚に対し,Grade 1の胚はフラグメンテーションが多く割球は殆ど見えない。

Figure 2 各卵巣刺激法におけるグレードごとの胚の個数

良好胚の個数は通常法で59個中32個(Grade 3が23個,Grade 4が9個),ランダムスタート法では71個中49個(Grade 3が30個,Grade 4が19個)であった。

Table 4 各グレードの胚の個数及び良好胚率
グレード通常法(個)ランダムスタート法(個)p
1136
21416
32330
4919
1 + 22722
3 + 43249
良好胚率54.2%69.0%0.10

IV  考察

当院における女性の妊孕性温存療法は,2012年より未受精卵(卵子)凍結,胚凍結を開始して以降,件数は増加傾向をたどっており,2020年12月31日時点で卵子凍結,胚凍結合わせて採卵件数は70件を超えている。また,2021年1月より名古屋市でがん患者妊よう性温存治療費助成事業が開始されたことに伴い,当院にがん・生殖医療相談外来が開設され,さらに件数は増加している。2021年は1月から4月までの4ヶ月ですでに8件の妊孕性温存のための未受精卵(卵子)及び胚凍結が実施されている。このように治療費の支援が充実し,合わせてがん治療施設と生殖医療施設の地域連携ネットワークが全国的に確立されつつあることから,今後も妊孕性温存療法は積極的に行われていくと考えられる。しかしながら,卵巣刺激法が通常法とランダムスタート法で胚質に差が認められるかどうかについては不明であった。今回の検討では妊孕性温存目的の胚凍結の際の卵巣刺激法に着目し,卵巣刺激法が通常法とランダムスタート法で胚質に差が生じないのか比較した。

検討結果から通常法とランダムスタート法で良好胚率に有意差は認められなかったことから,卵巣刺激法の違いによる胚の質に差はないと考えられた。

よって,ランダムスタート法は,月経に関係なく卵巣刺激を開始することが出来るという点で,迅速な治療開始が求められるがん患者において妊孕性温存療法を行う際に有用な卵巣刺激法と考える5)

また,今回対象とした通常法,ランダムスタート法の全17症例について現時点での治療経過を調査した。17症例中9症例において原疾患の治療は終了し,不妊治療を開始している。そのうち7症例が妊孕性温存療法にて凍結した胚を融解し,カテーテルを用いて子宮内に移植する胚移植を行っている。さらに,そのうちの1症例は妊娠,1症例は出産まで至っている。妊孕性を失う可能性のある抗がん剤治療や放射線治療の前に胚を凍結したことで,がん治療が終了した後に実際に妊娠し挙児を得ることが出来た。この症例から,妊孕性温存療法の重要性を改めて実感するとともに,治療後の将来への希望にもなると考えた。また,妊娠した1症例の卵巣刺激法はランダムスタート法であり,ランダムスタート法は原疾患の治療に影響を与えることなく迅速に妊娠可能な胚を残すことが出来る卵巣刺激法といえる。

また,ランダムスタート法は妊孕性温存療法目的でのみ選択される刺激法であるが,不妊治療目的の患者にも適応することで治療方法の幅が広がり,より患者の背景に沿った治療が可能となると考えられる。

先日,当院に胚の自動解析システムEEVATM(メルクバイオファーマ株式会社)が導入された。本システムでは,胚の卵割のタイミングや割球数等から自動的に5段階にグレード分類される6)。一方で,当院では従来から胚培養士がグレード分類表に従いグレードを判定しており,胚培養士の主観が入っている可能性は否定できない。この新しいシステムによる判定は客観性に優れているため7),8),今後は両手法を使用して胚質を検討していきたい。

V  結語

今回の検討で,卵巣刺激法の違いによる胚の質に差はないことが示され,ランダムスタート法は,迅速な治療開始が求められるがん患者において妊孕性温存療法を行う際に有用な卵巣刺激法と考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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