Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of respiratory arrest due to epidural abscess of the cervical cord caused by Mycobacteroides abscessus complex
Maho ANDOAyako SHIMIZUHonoka KISHIDAChihiro SAKAKIBARAYuki SOMEYAHitoshi KURAMAEKiyotada NAKAMURAKeisuke OKA
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2022 Volume 71 Issue 3 Pages 599-605

Details
Abstract

血液培養よりMycobacteroides abscessus complexを分離した頸髄硬膜外膿瘍の1症例を経験した。患者は67歳男性で,糖尿病性腎症,末期腎不全のため血液透析を実施していた。当院受診3週間以上前から右前腕皮下動静脈瘻部の感染徴候があり,近医で3回培養検査を実施していたがいずれも陰性だった。血液透析中に頸部痛が出現し,当院に救急搬送された。救急外来で頸部CT撮影後に心肺停止となり心肺蘇生実施した。頸部CTにて発見された硬膜外占拠性病変により頸髄が圧迫され,呼吸停止に至ったと診断された。本例では神経学的予後不良のため手術や抗菌薬治療に至らなかった。第1病日に原因精査目的に採取した血液培養が第6病日に陽性化し,Mycobacteroides abscessus complexと同定された。迅速発育抗酸菌は一般細菌と比較して発育までに時間を要し,鑑別にあげて検査を実施しなければ検出することが困難であり,また硬膜外膿瘍は急激に脊髄圧迫に伴う不可逆的な症状が出現することもあるため適切かつ迅速な対応が重要と考えられた。一般細菌を検出する目的で実施された創部培養で菌が検出されないが感染兆候が持続する場合は,同菌を鑑別にあげ,適切な同定,感受性検査の実施と臨床側への情報提供が重要であると認識した一例であった。

Translated Abstract

The patient was a 67-year-old man who was on hemodialysis because of diabetic nephropathy and end-stage renal disease. There was a sign of infection in the subcutaneous arteriovenous fistula of the right forearm more than three weeks before he visited our hospital, and a culture test was performed three times in a nearby clinic, but all the tests showed negative results. He was urgently taken to our hospital because of neck pain during hemodialysis. After cervical computed tomography (CT) imaging in the emergency outpatient department, he suddenly experienced cardiopulmonary arrest and was resuscitated. It was determined that the epidural occupying the lesion found by cervical CT compressed the cervical spinal cord, leading to respiratory arrest. For this patient, surgery and antibiotic treatment were not possible owing to poor neurological prognosis. Blood cultures collected on the day of admission to determine the cause became positive for a bacterium on the 6th day of admission, which was identified as Mycobacteroides abscessus complex. Even rapidly growing mycobacteria require more time to grow than general bacteria, and it is difficult to detect them unless they are tested with the bacteria in mind and epidural abscesses may cause a rapid onset of irreversible symptoms. From these findings, it was considered that appropriate and prompt responses are important for such cases. If bacteria are not detected in cultures performed for the purpose of detecting general bacteria but the signs of infection persist, it is important to assume mycobacterium, perform appropriate tests, and provide information to the doctor in charge.

I  序文

Mycobacteroides abscessus complex(以下,MABC)は迅速発育菌に分類される非結核性抗酸菌であり,日本で増加傾向であると報告されているが1),MABCの硬膜外膿瘍に関する本邦からの報告はない2)。今回,我々はMABCによる頸髄硬膜外膿瘍の一例を経験したので報告する。

II  症例

1. 患者情報

67歳男性。糖尿病性腎症のため10年以上前から血液透析を実施しており,右前腕に人工血管使用皮下動静脈瘻(シャント)が造設され血液透析を実施していた。血液透析を実施している近医で,当院受診22日前にシャント穿刺部の排膿,発赤を指摘され,切開排膿,培養を実施した。当院受診9日前に人工血管への感染の波及が疑われ,デブリードマンと人工血管グラフト抜去術実施し,翌日に左前腕に自己血管内シャント造設していた。当院受診22日前の創部培養,9日前の創部培養,8日前の人工血管グラフト培養はいずれも陰性と報告された。近医で血液透析中に頸部痛が出現し,両上下肢のしびれを自覚した。頸部痛が改善しないため当院救急外来に救急搬送された。

既往歴:2型糖尿病,末期腎不全(糖尿病性腎症),直腸癌術後,大腿骨転子部骨折術後,白内障,腰椎圧迫骨折。

処方歴:アスピリン,アトルバスタチン,エボカルセト,硝酸イソソルビドテープ,大建中湯,炭酸ランタン,デュラグルチド,フェキソフェナジン,ブロチゾラム,ラクトミン,ラベプラゾール,リドカインテープ,ワルファリン

2. 入院時現症

初診時の体温は37.1℃,血圧は176/70 mmHg,心拍数は94回/分,SpO2は91%(室内気),呼吸数は22回/分であった。苦悶様表情がみられ,意識消失はないが疼痛のため返答ができない状態であった。右前腕シャント部に1 cm程度の創あり,少量の排膿がみられた。

CT画像では,第2頸椎-第4頸椎レベルで背側硬膜外腔の拡大がみられた。右肩関節周囲の筋肉内及び両側腸骨筋内に低吸収域があった(両側腸骨筋については以前と比較し増大傾向であった)(Figure 1a)。MRI画像では,第2頸椎-第4頸椎レベルで硬膜外腔の拡大がみられ,内部信号はT2強調画像で低信号と高信号が混在していた(Figure 1b)。同領域の髄液腔が不明瞭化し,脊髄内に線状の高信号がみられた(Figure 1c)。

Figure 1 造影CT,単純MRI

a)造影CT:腸骨筋膿瘍

両側腸骨筋内に多房性の低吸収域を認めた(矢印)。

b)単純MRI(T2強調画像,冠状断):頸髄硬膜外膿瘍

C2からC4の高さで硬膜外腔の拡大がみられ,内部信号は低信号と高信号が混在していた(矢印)。

c)単純MRI(脂肪抑制T2強調画像,矢状断):頸椎症性脊髄症

頸髄がC2/3,C3/4椎間で圧迫され,頸髄内に線状の高信号域を認めた(矢印)。

入院時検査所見では,血液検査においてCRP 2.47 mg/dLと上昇を認めた。

3. 入院後経過

当院救急外来で頸部CT撮影後に心肺停止に至った。心電図の初期波形は無脈性電気活動だったため,心肺蘇生を3サイクル行い,自己心拍が再開され,挿管,人工呼吸器管理とした。シャント部の感染が以前から指摘されていたこともあり,血液培養を2セット採取した。当初は細菌感染症による敗血症を強く疑ってはいなかったため,抗菌薬は使用せず経過観察していた。CTおよびMRIでは頸椎部の硬膜外に占拠性病変を認め,硬膜外血腫に伴う頸部痛,呼吸停止と考えられた。第6病日に実施された脳波はほぼ平坦であったため,ご家族に病状説明を行ったが積極的治療は希望されず,血液透析も中止となった。多剤併用抗菌薬療法は実施しなかった。入院時に採取した血液培養が113時間で陽性化した。第11病日にシャント部の培養を追加し,同菌の発育を認めた。第23病日に永眠された。

4. 微生物学的検査所見

来院時,救急外来にて血液培養が2セット採取された。血液培養検査は血液培養自動検出装置BD BACTEC FX(日本BD)で好気用レズンボトルおよび嫌気用レズンボトルを用いて実施し,培養後113時間で好気ボトル1本のみが陽転化した。時間外に陽性化したため,夜勤担当者がCA羊血液寒天培地/VCMチョコレート寒天培地EXII(日水製薬)に接種したが,翌朝時点では発育を認めなかった。グラム染色(Gram染色)では難染性のグラム陽性桿菌を認め(Figure 2a),その染色性から抗酸菌が疑われたためチールネルゼン染色(Ziehl-Neelsen染色)を実施したところ陽性菌を認めた(Figure 2b)。陽性化した血液培養好気ボトルの検体と第6病日に採取した気管内吸引痰の検体を用いて,結核菌を否定するためにLoopampEXIA(栄研化学)によるLAMP法の核酸増幅検査を実施し,ともに陰性であったため,非結核性抗酸菌であることを主治医および抗菌薬適正使用支援チーム(AST)に報告した。なお,質量分析装置MALDI Biotyper(ブルカー・ダルトニクス)とRapid BAC pro II(ニットーボーメディカル)を用いて血液培養陽性ボトル検体より直接同定法も実施したが,菌種同定には至らなかった。培養検査はTSAII 5%ヒツジ血液寒天培地/BTB乳糖加寒天培地(日本BD)とCA羊血液寒天培地/VCMチョコレート寒天培地EXIIにて35℃好気環境下で実施した。36時間後にCA羊血液寒天培地/VCMチョコレート寒天培地EXIIに白色の乾燥したコロニーの形成がみられたため,MALDI Biotyperを用いギ酸添加セルスメア法で測定を行ったところ,MABC(Score value: 2.01)と同定された(Figure 3)。薬剤感受性試験はドライプレート‘栄研’(栄研化学)を用いた微量液体希釈法をCLSI M24-A2に準拠し実施し,28℃にて好気環境下で72時間培養後および14日後の判定を行った(Table 1)。第11病日に感染源の検索目的で右手のシャント創部のスワブ検体が提出された(Figure 4)。集菌目的に,滅菌蒸留水にスワブを懸濁したものを3,000 rpm,10分の条件で遠心し,その沈渣のZiehl-Neelsen染色で,少量の抗酸菌を認めた。72時間培養後にコロニーの形成がみられ,MALDI BiotyperでMABC(Score value: 2.04)と同定した。薬剤感受性検査は血液培養と同様に実施した(Table 1)。

Figure 2 血液培養液からのGram染色及びZiehl-Neelsen染色像

a)Gram染色像(×1,000 B&M変法)

b)Ziehl-Neelsen染色像(×1,000)

グラム染色液neo-B&Mワコー(和光純薬)

チールネルゼン染色液 チール・カルボールフクシン液,レフレルカリメチレンブルー液(武藤化学)

Figure 3 培地所見

CA羊血液寒天培地/VCMチョコレート寒天培地EXIIにおける72時間培養後のコロニー所見

Figure 4 創部所見

右前腕創部所見

Table 1  抗菌薬感受性検査成績
薬剤名 MIC(μg/mL) 判定
imipenem > 16 R
amikacin > 32 R
clarithromycin > 16 R
doxycycline > 1 R
trimethoprim-sulfamethoxazole > 40 R
moxifloxacin > 4 R
ciprofloxacin > 2 R
linezolid 16 I

III  考察

脊髄硬膜外膿瘍は入院患者の0.2–2/10,000に発症するとされ,注射薬の使用例の増加と脊椎の手術増加により,発生率が増加傾向である3)。発症機序は一般に他の病巣から血行性に播種し続発するとされ4),糖尿病の既往がある症例が多い5),6)。起因微生物はS. aureusが最も多く7),8)抗酸菌では結核菌の報告が比較的多く9)~11),非結核性抗酸菌を起因とした本症例は非常に貴重な症例と考えられる12),13)。脊髄硬膜外膿瘍の古典的な三徴は,痛み,発熱,および神経学的症状とされるが,本例ではすべて満たしていた14)。硬膜外膿瘍の診断にはガドリニウムによる造影MRIが感染の初期段階で陽性となることが多く,炎症性変化の場所と程度を最もよく反映するとされ2),拡散強調画像(DWI)も有用とされる15)。本例のCTおよびMRIの結果からは,膿瘍,血腫,その併発の可能性を考えたが,患者への負担軽減の観点から造影MRIおよびDWIは実施できなかった。硬膜外占拠性病変からの検体採取や病理解剖は実施できなかったが,頸部外傷のエピソードがなかったことと菌血症であったことから,総合的に頸髄硬膜外膿瘍と考えられた。本例では3ヶ月前に撮影したCTで肩関節および腸骨周囲の筋肉内に低吸収域があり,経時的に増加してきたこともあり,3ヶ月前の時点で播種巣を形成していた可能性が高い。

MABCは迅速発育菌に分類される非結核性抗酸菌で,土壌や水道水などに常在し,皮膚軟部組織や骨感染の起因菌として知られている。日本では近年増加傾向であり,癌の既往のある症例や免疫抑制のある症例では播種性感染症を起こすことがある16)。MABCは血液寒天培地に1週間以内に発育を認めるとされるため,本例において前医で実施された培養が陰性であった理由は,非結核性抗酸菌を想定された検査がされず培養時間が短かった可能性が示唆されるが,詳細は不明である。

本例では受診時に菌血症の徴候はみられなかったが,直近で創部感染の既往があったこともあり血液培養検査を実施した。それにより感染源が不明である場合でも検出菌から感染臓器の特定につながることもあり,本例では血液培養の陽転化が確定診断の契機となったため,感染症のスクリーニングとして血液培養を採取することは重要と考えられた。当院の血液培養検査は,遅発育菌への対応と分析機のキャパシティーを鑑みて,7日間の培養を実施していたため,本例では検出できた。5日間で培養終了としている施設では,遅発育菌が検出歴できない可能性がある。遅発育菌の関与を疑う場合や本例のような重症感染症を疑う場合は,7日間の培養が望ましいと考えられた。

抗酸菌は,Gram染色による染色性が悪いため,Gram染色で見落とされることが多い。本症例の染色像は菌体が不均一に染まっており通常のCoryneformのグラム陽性桿菌と異なっていたため,抗酸菌を疑いZiehl-Neelsen染色を実施したところ陽性となった。本例のように染色性が不均一なグラム陽性桿菌がみられた場合は抗酸菌の可能性を念頭に置き検査を行う必要があると考えられた。

MABCの同定は血液寒天培地に発育後に質量分析装置で実施した。以前はDNA-DNAハイブリダイゼーション(DDH)法で同定を実施していたが,ライブラリが蓄積されてきたため,精度とランニングコストと迅速性の関係から,質量分析装置での同定が一般的になってきており17),質量分析装置を導入している施設では比較的容易に菌種同定ができるようになってきた。

MABCを含む迅速発育菌の感受性検査は,CLSI M24およびCLSI M62に基づいて実施,判定が推奨されており18),本例でも準拠し実施した。日本ではブロスミックRGM(極東製薬工業)が発売されており,MABCの増加に伴い,今後普及していくことが想定される。本例では亜種同定検査は実施していないが,clarithromycin(CAM)の感受性パターンと頻度からM. abscessus subsp. abscessusと推定された。

MABCは治療に難渋する例が多く,感染巣があれば可能な限りドレナージを実施することが重要となる19)。肺非結核性抗酸菌症のガイドラインでは,MABCに対して抗菌薬治療は多剤併用療法が推奨されている20)。迅速発育菌以外の多くの非結核性抗酸菌症はrifampicin(RFP),ethambutol(EB),CAMの併用が推奨されるが,MABCの治療はimipenem/cilastatin(IPM/CS),amikacin(AMK),CAMの併用が推奨され,中でもCAMがキードラッグとされる。多剤併用療法による長期治療が必要な症例が多く,副作用の観点からも,可能な限り適切な薬剤感受性検査を実施し,その結果に応じて薬剤選択をする必要があると考えられた。

血液培養が陽性となった場合,感染巣と侵入門戸の探索が重要であるが,本症例では気管内吸引痰のZiehl-Neelsen染色および培養は陰性であり,右前腕の創部検体のZiehl-Neelsen染色と創部培養から同菌が検出されたため,皮膚が侵入門戸と考えられた。

IV  結語

MABCによる菌血症,頸髄硬膜外膿瘍の一症例を経験した。非結核性抗酸菌が頸髄硬膜外膿瘍を起こすのは稀であると考えられるが,同菌は治療に難渋する例が多く,早期発見と早期治療開始が望ましい。本例では血液培養が採取され同菌を検出できたため,血液培養の重要性を認識した。また,Gram染色所見から抗酸菌を推定し,Ziehl-Neelsen染色,培地の選択,延長培養など,適切な対応を行うことより迅速・正確に菌種同定,薬剤感受性を実施できた。日頃から本例のようなケースを念頭に置き,Gram染色のトレーニングやスタッフ間の目合せ,精度管理を実施することが重要と考えられた。

適切な検査法の選択により迅速・正確な菌名同定・抗菌薬感受性成績の報告に繋がる。さらにはICT・ASTとの連携により質の高い感染症診療へと繋がることを再確認できる症例であった。今後も,本例のような非典型的な事例に対応できるよう知識・技術の研鑽につとめたい。

本論文の要旨は第33回日本臨床微生物学会総会・学術集会にて発表した。

本論文は,当施設の倫理委員会で承認されたものである(承認番号 第712号)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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