2022 Volume 71 Issue 3 Pages 544-548
自己免疫性溶血性貧血はステロイドによる治療を第一選択とし,重度の貧血の場合は同種血を輸血することもある。今回ステロイドと輸血療法で治療効果が得られず,血漿交換により貧血が改善された症例を経験したため報告する。患者は当院紹介後,ステロイドと輸血療法で治療を行ったが,治療効果が認められなかったため,血漿中の自己抗体を取り除く目的で血漿交換が実施された。血漿交換実施後はHbの上昇など溶血所見の改善を認めた。引き続き行われたリツキシマブの投与により,CD20陽性B細胞によるIgG抗体の産生が抑制された結果,更なる病態の回復が確認された。血漿交換は自己免疫性溶血性貧血において確立された治療法ではないが,本症例においては有効な治療法であったと考える。
The standard therapy of autoimmune hemolytic anemia is by steroid administration, and blood transfusion is generally avoided but may be administered in cases of life-threatening anemia. We report here a case of severe autoimmune hemolytic anemia that was refractory to steroids and even blood transfusion but recovered by plasma exchange. In this case, we performed plasma exchange to eliminate autoimmune antibodies. After plasma exchange resulted in a rapid and good therapeutic response, we administered rituximab to suppress CD20-positive B cells and maintain the response. Although there is no established evidence yet for the effectiveness of plasma exchange, it seemed to be a good therapeutic option to obtain a rapid and successful effect against severe refractory hemolytic anemia as in our patient.
自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia;以下,AIHA)とは赤血球膜上の抗原に対して何らかの機序で自己抗体が産生され,抗原抗体反応の結果赤血球が障害を受け,赤血球の寿命が著しく短縮し貧血をきたす病態である1)。検査所見としてはヘモグロビン濃度,血清ハプトグロビンの低下,網状赤血球,LDH,間接ビリルビンの上昇を認めることが多い2)。自己抗体の出現につながる要因の詳細は未だ不明なことが多いとされており,治療法としては副腎皮質ステロイド薬を第一選択とし,改善が認められない場合は同種血による輸血療法を行う場合もある。今回われわれは,ステロイド薬と赤血球の輸血療法で治療を行っていたが効果がなく,血漿交換療法を行い貧血の改善が認められた一例を経験したので報告する。
患者:50代,男性。
主訴:著明な貧血。
既往歴:なし。
現病歴:嘔吐,下痢,めまいを自覚し,その数日後に前医を受診したところHb 3.6 g/dLと著明な貧血を認め,当院へ紹介となった。
入院時現症:体温は38.3℃と上昇し,意識障害を伴っていた。血圧は低く,収縮期が96 mmHg,拡張期が57 mmHgであった。脈拍は83回/分であった。CTにて胆石と脾腫を認めた。血算ではHb 3.0 g/dL,網状赤血球35.77%,生化学検査では総ビリルビン5.1 mg/dL,間接ビリルビン4.7 mg/dL,LD 1,111 U/L,と溶血が示唆される検査所見を認めた(Table 1)。
血算データ | 生化学データ | 免疫学データ | ||
---|---|---|---|---|
WBC | 18.70 × 103/μL | TP | 5.5 g/dL | 血液型 オモテ・ウラ不一致 Rhコントロールに凝集あり。→判定保留 オモテ 抗A:1+ 抗B:4+ ウラ A1血球:3+ B血球:1+ Rh 抗D:4+ Rhコントロール:3+ 直接クームス試験 抗IgG:3+ 抗C3d:4+ コントロールに凝集あり。→判定不能 間接クームス試験 スクリーニング血球と自己対照に全て3+の凝集を 認める。 →陽性 |
RBC | 0.49 × 106/μL | ALB | 3.8 g/dL | |
Hb | 3.0 g/dL | T-Bil | 5.1 mg/dL | |
Ht | 7.1% | D-Bil | 0.4 mg/dL | |
MCV | 144.9 fL | I-Bil | 4.7 mg/dL | |
MCH | 61.2 pg | AST | 74 U/L | |
MCHC | 42.3 g/dL | ALT | 17 U/L | |
Plt | 199 × 103/μL | LD | 1,111 U/L | |
Reti | 35.77% | CK | 398 U/L | |
CRE | 1.03 mg/dL | |||
Seg | 58% | Fe | 169 μg/dL | |
Lym | 38% | FER | 1,903 ng/mL | |
Mono | 3% | CRP | 0.73 mg/dL | |
My | 1% | PCT | 0.317 ng/mL |
免疫学的検査所見:カラム凝集法による血液型検査にてオモテ検査は抗A:1+,抗B:4+,ウラ検査はA1赤血球:3+,B赤血球:1+,Rh検査は抗D:4+,コントロール:3+となり,オモテ検査とウラ検査に不一致が生じたとともにコントロールに凝集を認めたため一旦判定保留とした。直接クームス試験ではオーソ バイオビューカセットのコントロールを含むすべてのカラムに凝集反応が認められ(抗IgG:3+,抗C3d:4+,コントロール:4+),間接クームス試験も陽性であった。
血液型の精査として,オモテ検査はクロロキン処理にて赤血球に感作しているIgG抗体を解離した後の赤血球で実施した。クロロキン処理は,生理食塩水を用いて3回洗浄した赤血球に対し,クロロキン2リン酸塩溶液を1:4の割合で混和後,2時間程度反応させ解離を行った。ウラ検査は通常であれば検査結果に影響を及ぼすのはIgM抗体であるため,IgM型自己抗体や寒冷凝集による影響を否定した上で検査を進めるべきである。しかし本症例は入院当日にRBC輸血の指示のある緊急性が高いものであり,輸血可能な製剤を探すことを優先したため,IgM型自己抗体の力価測定などのIgG自己抗体以外の影響について否定ができていないが,オモテ検査のクロロキン処理にて,赤血球に感作しているIgG抗体が解離されたことから,ウラ検査の予期せぬ凝集もIgG型自己抗体による影響の可能性を考え検査を進めた。ウラ検査でB赤血球と反応する抗B抗体の有無を確認するため,ポリエチレングリコール(polyethylene glycol;以下,PEG)を用いた自己抗体吸収後の上清を用い,クロロキン処理にて自己抗体を除去した患者赤血球と患者血漿とPEGがそれぞれ等量になるよう混和後,37℃ 15分間インキュベーションを行った。その後遠心して得られた上清を用いて,吸着後の血漿4滴とA1赤血球とB赤血球で間接抗グロブリン試験による判定により実施した。その結果,オモテ検査は抗A:0,抗B:4+,Rh検査は抗D:4+,コントロール:0となった。ウラ検査はPEGを用いており,一般的な直後判定ができないため,間接抗グロブリン試験により確認した結果,抗B抗体の存在が確認できなかったので,総合的に輸血に用いる製剤はB型RhD陽性と判断した。また自己抗体吸着解離の処理を行っていない血清で実施した間接クームス試験は,自己対照を含むスクリーニング赤血球全てに3+の凝集が見られた。患者は男性で,輸血歴,移植歴も無いため,同種抗体がマスキングされている可能性は低いと判断し,自己抗体陽性と報告した。直接クームス試験はコントロールに凝集を認めたため,結果は無効3)であるが,抗IgG:3+,抗C3d:4+を参考値として報告した。
免疫学的検査所見から温式AIHAの診断の元,入院当日よりプレドニン(1 mg/kg = 60 mg/day)が投与された。患者は意識障害があることに加えて著明な貧血自体が致死的となりうるため,入院当日より7日間で照射赤血球液LRが合計12単位輸血された。
入院7日後の溶血が示唆される検査所見はHb 2.7 g/dL,総ビリルビン11.1 mg/dL,LD 2,624 U/Lと改善は見られず貧血が悪化しているため,血漿交換(plasma exchange;以下,PE)が3日間実施された。PE 1日目は新鮮凍結血漿LR 24単位,PE 2日目とPE 3日目は新鮮凍結血漿LR 32単位がそれぞれ使用され,PE実施と並行して照射赤血球液LRが2単位ずつ連日輸血された。PE終了時の血算検査ではHb 6.4 g/dL,総ビリルビン2.9 mg/dL,LD 557 U/LとPE前より改善が確認できた。PE終了後翌日よりリツキシマブ(抗CD20モノクローナル抗体)600 mgが1週間毎に3回投与され,14日後にリツキシマブ投与が終了した。投与終了3日後の血算検査ではHb 12.5 g/dL,網状赤血球4.38%,生化学・免疫血清検査では総ビリルビン0.7 mg/dL,間接ビリルビン0.5 mg/dL,LD 251 U/L,直接クームス試験自体は陽性(抗IgG:3+,抗C3d:3+)ではあるが,初診時に凝集のあったコントロールに同様の所見を認めなかったため,これらの検査結果を併せて見ても状態は改善していると考えられた。その後患者は退院し,月に1回程度の外来受診とプレドニンによる治療を継続し,血算検査ではHb 16.5 g/dL,網状赤血球2.29%,生化学・免疫血清検査では総ビリルビン0.5 mg/dL,間接ビリルビン0.4 mg/dL,LD 216 U/L,直接クームス試験弱陽性(抗IgG:w+,抗C3d:w+,コントロール:0)と経過は良好である(Figure 1)。
初診時データから退院4か月後までの溶血所見の推移を表したものである。
温式AIHAは赤血球膜上の抗原と反応するB細胞由来のIgG抗体からなる自己抗体が産生され,これに続いて起こる抗原抗体反応により赤血球が障害され溶血が進行し,貧血を生じる。現在自己抗体の出現につながる明確な原因は解明されていないが,自己抗体が産生される機序は,免疫応答系や遺伝的素因などさまざまな因子が影響を及ぼしているとされており,感染,免疫不全,ホルモン環境,薬剤などが本疾患の成立と持続に関連があると考えられている4)。また,産生されたIgG自己抗体は輸血検査関連において検査結果に影響を及ぼす可能性があり5),本症例においても何らかの機序で産生されたIgG自己抗体が影響し,従来の検査方法では判定できなかった可能性が高い。AIHAの治療として,副腎皮質ステロイド薬が第一選択とされており,本薬剤の投与により,過剰となっている免疫反応を抑制することで,病態の回復が期待できる。しかし,本症例は入院当日よりステロイドが投与されたが,症状は改善することなく過剰となっている免疫反応を抑制することができなかった。さらに,著名な貧血に対して,入院当日よりステロイドと並行して照射赤血球液LRが合計12単位輸血されたが,本来の輸血効果はなく,むしろ赤血球を輸血することでIgG抗体が吸着する赤血球が相対的に増加したため,溶血が進行し症状が更に重症化したと考えられた。同様の経過をたどった症例について高橋ら6)は,ステロイドと赤血球輸血にて治療を行っていたが,効果がみられない劇症型AIHAに対して,PEを実施し速やかに病態が回復した点について報告している。本来,PEはAIHAの正式な治療法として確立されていないが,本症例においても治療効果が表れない現状を考慮し,血漿中のIgG抗体を取り除く目的で連続3日間にわたりPEが実施された。この間には,照射濃厚赤血球液LRが連日2単位ずつ輸血されているため,純粋なPEによる治療効果については不明であるが,少なくとも,PE開始前のHb 2.7 g/dLからPE終了後当日のHb 6.4 g/dLに値が上昇していることから,赤血球に吸着するIgG抗体が血漿中から除去されたことで,輸血効果が得られたと考えられた。AIHA患者に対してPEの治療法に関する明確なエビデンスは存在しないが,高橋らの報告と同様に本症例も血漿中のIgG抗体を取り除く目的でのPEは即効性があり,かつ治療効果はPE中に行われた赤血球輸血での予測上昇Hb値をみても,臨床的な意義は大きい。
厚生労働省4)はAIHA治療の第一選択は副腎皮質ステロイドであるが,温式・冷式ともに抗体療法(リツキシマブ)の有用性が報告されているとも発表している。過去の報告を見ると,小野ら7)は副腎皮質ステロイドおよび脾摘術が無効であった温式・冷式の混合式AIHA患者に対し,リツキシマブを投与したところ,症状が奏効したと述べている。リツキシマブの薬剤作用として,pre-B細胞と成熟B細胞の細胞表面に存在するCD20抗原に結合し,その結果,補体依存性細胞傷害作用及び抗体依存性細胞障害作用を介して,またはアポトーシスを誘導してB細胞を除去するといわれている8)。IgG抗体を産生する原因となるのが,主にCD20陽性B細胞であるため,この細胞が障害または除去されることで血漿中へ放出されるIgG抗体の産生を抑えることが可能となる。本症例においてもこのような機序が反映してリツキシマブの投与後,速やかにAIHAの原因となるIgG抗体を産生するB細胞が著減し,病態が回復したと考えられた。
本症例は,ステロイドによる治療を施行したが,病態の改善を認めなかったため,PEにより血漿中のIgG抗体を除去した後,リツキシマブで地固め療法を行い,最終的に病態が回復したが,治療順序が異なる報告も存在する。Damalajら9)によると,DiGeorge症候群における難治性AIHAの治療として,ステロイドと輸血療法,さらにリツキシマブで治療を行ったが,症状は改善しないためPEを行ったところ,症状が奏効したと結論づけている。この報告より,B細胞を障害するのはリツキシマブで,その結果産生されるIgG抗体の抑制が期待できるが,リツキシマブを投与した時点ではまだ血漿中にIgG抗体が多量に存在するため,リツキシマブ本来の効果が確認できなかったことが示唆された。従って,本症例の結果とDamalajの報告を合わせて考察すると,先ずはAIHAの原因となるIgG抗体を血漿中より取り除くことが重要であり,赤血球に結合するIgG抗体が減少した後に,リツキシマブでB細胞の障害を行う治療が効果的であると考えられた。
一方で,AIHA患者において,PE,mPSLステロイドパルス療法,脾摘を試みたが,AIHAは改善せず,最終的にはリツキシマブ投与により無治療で寛解を維持しているとする報告もある10)。AIHA患者におけるPEはあくまで血漿中のIgG抗体を除去するために行われるものであり,厚生労働省が有用性を発表しているリツキシマブでB細胞を障害させなければ,治療効果が期待できない場合もあるため,AIHAの治療法に関しては更なる症例の蓄積が必要である。
AIHAの治療に,PEが有効であった症例を経験した。本症例においてPEはAIHA改善に即効性があり,リツキシマブによるB細胞から産生されるIgG抗体の産生抑制作用を組み合わせることで,病態が改善することも確認できた。しかしPEはAIHAにおける明確なエビデンスに基づいた治療ではないため,不明な部分が多い。そのため,今後更なる症例の蓄積とデータの解析が必要であると思われた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。