2022 Volume 71 Issue 3 Pages 549-553
3歳,男児。20XX年12月,発熱および赤色尿のため当院を受診した。初診時検査成績はHb 9.0 g/dL,網状赤血球1.6%,LD 850 U/L,haptoglobin 2 mg/dL未満であった。直接抗グロブリン試験およびDonath-Landsteiner(D-L)試験が陽性であったため,発作性寒冷ヘモグロビン尿症(paroxysmal cold hemoglobinuria; PCH)と診断した。寒冷刺激を避けることのみにより症状は軽快したがD-L試験は陽性が続き,10カ月後にようやく陰性が確認された。D-L試験はPCHのほとんどの症例において発症から数カ月後に陰性化するとされているが,本症例では7カ月間以上陽性でありこの点稀な症例と考えられる。
A 3-year-old male visited our hospital owing to fever and passing red urine in December 20XX. Initial blood tests showed a hemoglobin level of 9.0 g/dL, a reticulocyte count of 1.6%, a lactate dehydrogenase level of 850 U/L, and a haptoglobin level of less than 2 mg/dL. Direct Coombs and Donath-Landsteiner (D-L) tests yielded positive results. He was diagnosed as having paroxysmal cold hemoglobinuria (PCH). The patient recovered by avoiding cold stimulation, but the D-L test result remained positive and was only confirmed to be negative 10 months after the disease onset. The D-L test usually shows a negative result in most cases of PCH 7 months after the onset of the disease, but in this case, the test result was positive for more than 7 months, making this a rare case.
自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia; AIHA)は,赤血球膜上の抗原と反応する自己抗体が後天性に産生されることにより発症する溶血性貧血である。検出される自己抗体の反応至適温度により温式(37℃)と冷式(4℃)に区分される1)。冷式AIHAには,高力価の寒冷凝集素が検出される寒冷凝集素症(cold agglutinin disease; CAD)とDonath-Landsteiner(D-L)抗体が検出される発作性寒冷ヘモグロビン尿症(paroxysmal cold hemoglobinuria; PCH)がある。AIHA全体では温式AIHAが大部分を占め,続いてCADが2番目の頻度であり,一方,PCHは主に小児に発症する稀な疾患とされる2)。今回,D-L試験が7カ月間以上にわたり陽性となったPCH症例を経験したので報告する。
本研究は奈良県総合医療センター,医の倫理委員会の承認を得た(受付番号676)。
患者:3歳,男児。
主訴:発熱 赤色尿。
既往歴:水痘。
家族歴:特記事項なし。
現病歴:20XX年12月某日,発熱,鼻汁,咳嗽および赤色尿が出現した。腹痛,排尿時痛や頻尿はなかった。4日後,精査加療目的で近医より当院を紹介された。
現症:意識清明。血圧112/80 mmHg,脈拍122/min,体温37.0℃,咽頭発赤あり。呼吸音・心音清。腹部平坦軟・圧痛なし。
検査成績:Hb 9.0 g/dLと貧血があり,血液塗抹標本で球状赤血球を認めた。尿検査で異常は認めず,間接ビリルビン,LDの増加,ハプトグロビンの低下を認めた。補体価は正常値を示していた。直接抗グロブリン試験(direct antiglobulin test; DAT)が抗C3b,抗C3dにおいて陽性,抗IgGにおいて陰性であったことから冷式自己抗体によるAIHAが疑われた。寒冷凝集素価は32倍でありCADの可能性は低いと考えられた(Table 1)。
Peripheral blood | Blood chemistry | ||||
RBC | 3.32 × 106/μL | UN | 8.7 mg/dL | C3 | 91 mg/dL |
Hb | 9.0 g/dL | CRE | 0.24 mg/dL | C4 | 16 mg/dL |
Ht | 26.4% | UA | 2.61 mg/dL | CH50 | 35.1 CH50/mL |
MCV | 79.5 fL | Glucose | 88 mg/dL | ||
MCH | 27.1 pg | TP | 6.4 g/dL | Serological test | |
MCHC | 34.0 g/dL | LD | 850 U/L | Direct antigloburin test | |
PLT | 273 × 103/μL | AST | 44 U/L | broad spectrum | (+) |
WBC | 9.8 × 103/μL | ALT | 18 U/L | anti IgG | (−) |
N. Band | 1.0% | T-Bilirubin | 1.46 mg/dL | anti C3b, C3d | (+) |
N. Segmented | 39.0% | D-Bilirubin | 0.08 mg/dL | Indirect antigloburin test | (−) |
Eosinophil | 2.0% | I-Bilirubin | 1.38 mg/dL | CA titer | 32× |
Basophil | 0.0% | CK | 170 U/L | D-L test | (+) |
Monocytes | 4.0% | CRP | 0.51 mg/dL | ||
Lymphocytes | 52.0% | Na | 143 mmol/L | Urine | |
Atyp. Lymph. | 1.0% | K | 4.2 mmol/L | Specific gravidy | 1.013 |
Ret | 1.6% | Cl | 107 mmol/L | pH | 8.5 |
IgG | 1,128 mg/dL | Protein | (−) | ||
Coagulation test | IgA | 94 mg/dL | Glucose | (−) | |
PT | 11.2 sec | IgM | 121 mg/dL | Occult blood | (−) |
APTT | 29.5 sec | Haptoglobin | < 2.0 mg/dL | Urobilinogen | (+/−) |
Billirubin | (−) |
CA: Cold agglutinin, D-L: Donath-Landsteiner.
臨床経過:当院受診時には発熱・赤色尿は改善していたため,寒冷刺激を避け保温に努めるよう指導し外来での経過観察とした。12日後再診時には鼻汁,咳嗽も軽快し,Hb値も11.9 g/dLにまで改善し球状赤血球は消失していた。D-L試験を実施したところ陽性の結果を得た。また発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria; PNH)の除外目的で実施した,赤血球および顆粒球表面のCD55/59発現の確認検査では,CD55/59欠損細胞は認められなかった。以上よりPCHと診断しさらに経過観察を続行した。症状から感染を契機としてPCHを発症したものと考えられたが,各種微生物(アデノウイルス,A群溶連菌,マイコプラズマ,ヒトパルボウイルスB19,EBウイルス)の抗体価検査では病原体を同定することはできなかった。DATは初診から約3カ月後に陰性化し,D-L試験は約10カ月後には陰性となっていたため経過観察終了とした(Figure 1)。
After the Hb level improved and stabilized, the D-L test continued to be positive, and finally became negative after about 10 months.
DAT: direct antiglobulin test, D-L: Donath-Landsteiner
D-L抗体を調べる検査としてD-L試験がある。抗凝固剤未添加の患者血液5 mLを2本採血し,それぞれ0℃,37℃に30分静置後,2本とも37℃で30分静置する。遠心後,冷却分のみ上清に溶血を認めた場合D-L抗体陽性とする。
AIHAは後天性に産生される自己抗体により赤血球が障害され,赤血球寿命が短縮し発症する疾患である。自己抗体の反応至適温度により温式と冷式に区分されるが,温式がAIHAの大部分を占める。一方,頻度の低い冷式はCADとPCHに区分され,さらに本邦ではPCHのAIHAに占める割合は2%に過ぎない3)。PCHはD-L抗体が検出され,何らかの先行感染に続発して発症することが特徴とされている4)。2019年に「自己免疫性溶血性貧血診療の参照ガイド令和1年改訂版」が特発性造血障害に関する調査研究班より発表されており,診断のための基準やフローが詳細に記載されている5)。PCHの診断のためのフローはDAT陽性で赤血球膜上に補体のみが検出される場合は冷式AIHAを疑い,さらに寒冷凝集素価が64倍未満でかつ臨床的にPCHが疑われる場合はD-L試験を実施する。寒冷凝集素価測定に替わり直接凝集試験(direct agglutination test; DAggT)を実施することも推奨しており,DAggTが陰性であれば寒冷凝集素価の測定を実施せずにD-L試験を実施する。D-L試験陽性をもってPCHと診断する。本症例においては寒冷凝集素価を測定するフローに一致した手順により診断した。PCHは,一過性の病態をたどる疾患であり,免疫血清学的な精査の機会を失いやすい。PCHを疑った場合は早期に複数回のD-L試験を行うことが望ましい5)。
現在,PCHはウイルス感染後にみられる幼少児の病型を稀にみるのみとなっている5)。Sokolら4)は,急性ウイルス感染後の小児PCHは5歳以下に多く,男児に優位で,季節性,集簇性を認めることがあると報告している。さらに彼らは急激に発症し,激しい溶血のためショック状態,心不全,急性腎不全をきたす症例も存在することを報告している。発症から数日ないし数週で消退し,強い溶血による障害や腎不全を克服すれば一般に予後は良好であり,慢性化や再燃をみることはない。保温が最も基本的な治療管理となるが,溶血の抑制に副腎皮質ステロイド薬が用いられることや,貧血の進行が急速な場合は赤血球輸血が必要となることもある。PCHの原因となるD-L抗体は,寒冷条件で補体を介して赤血球と結合する。再加温により補体が活性化され血管内溶血を引き起こす二相性溶血素の特徴をもつlgG型の自己抗体である6)。本症例においてDATは初診時から陰性になるまでの期間,抗C3b,抗C3dのみに陽性を示した。D-L抗体は再加温により抗体は解離するが,補体は赤血球に結合したままであるため抗補体のみ陽性を示すとされる。本症例におけるDATの陽性期間は約3カ月であり,Hbの上昇,網状赤血球の減少,間接ビリルビンの低下とともに陰性となった(Figure 1)。本症例のD-L試験は7カ月以上にわたり陽性であった。
1991年~2019年に本邦で報告された小児PCHの9症例に,本症例を含めた10症例の臨床像について考察を行った7)~14)(Table 2)。患児の年齢は9症例で5歳以下であり,性別は男児7症例,女児3症例で男児が多かった。発症時期は8症例で12月~4月であり,寒冷刺激を受けやすい冬期に多く発症していた。小児のPCHは感染後性の病型を認めるとされており5),5症例で何らかのウイルスまたは細菌感染を認めている。また,その他の5症例では気道感染や感冒等の感染症状を認めていたが明確な病原微生物は同定されなかった。DATはすべての症例で陽性であり,DATの詳細が不明な有馬ら14)の報告を除いて抗lgG(−),抗補体w+~4+であった。D-L試験はすべての症例で陽性でありD-L抗体が証明されている。陽性期間は本症例では7カ月以上であり,他の報告3症例すべて約2カ月と比較して長期間であった。また,木村ら8)の報告では,本邦で報告された小児PCHの32症例を検討しており,5カ月以上D-L抗体の持続を認めた症例は,記載がある21症例中3例のみとしている。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | ||
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報告者,報告年 | 草加7),1991年 | 木村8),1996年 | 森田9),2005年 | 伊藤10),2011年 | 加賀11),2014年 | 天野12),2017年 | 山口13),2018年 | 有馬14),2019年 | 本症例 | ||
年齢 | 8歳7カ月 | 3歳11カ月 | 3歳11カ月 | 3歳2カ月 | 3歳7カ月 | 2歳 | 3歳 | 3歳 | 5歳 | 3歳 | |
性別 | 女 | 男 | 男 | 女 | 男 | 女 | 男 | 男 | 男 | 男 | |
発症時期 | 3月 | 1月 | 5月 | 4月 | 4月 | 2月 | 3月 | 6月 | 2月 | 12月 | |
主訴 | 暗赤褐色尿,咳嗽 | 褐色尿 | 暗赤色尿 | 下痢,発熱, 黒色尿 |
発熱,血尿, 四肢痛 |
発熱,腹痛, 暗赤色尿 |
褐色尿,発熱,下痢,嘔吐,貧血 | 発熱,咳嗽,腹痛 | 発熱,嘔吐, 暗赤色尿,黄疸 |
赤色尿 | |
先行感染 | 急性気管支炎 | マイコプラズマ感染 | 上気道炎 | 突発性発疹(HHV6) | 流行性耳下腺炎(ムンプス) | インフルエンザA | マイコプラズマ感染 | 気道感染,腸炎 | 感冒 | 感染症状あり | |
尿検査 | 外観 | 暗赤色 | コーラ色 | 暗赤色 | 赤色 | 赤色 | 暗赤色尿 | 褐色 | 淡褐色 | 黄色 | 濃黄色 |
潜血 | (3+) | (3+) | (3+) | (3+) | (3+) | (3+) | (2+) | (3+) | (−) | (−) | |
沈査 赤血球 |
3/HPF | (−) | 10~19/HPF | 1~4/毎視野 | 5~9/毎視野 | (−) | 1/HPF | 一視野数個 | < 1/HPF | ||
WBC(×102/μL) | 52 | 117 | 113 | 103 | 100 | 108.6 | 342 | 112 | 98 | ||
Hb(g/dL) | 11.6 | 11.6 | 8.6 | 11.0 | 10.0 | 6.8 | 3.7 | 10.0 | 4.4 | 9.0 | |
T-Bil(mg/dL) | 1.3 | 0.6 | 5.0 | 3.3 | 3.0 | 1.53 | 3.2 | 2.6 | 2.7 | 1.46 | |
LD(IU/L) | 619 | 2,440 | 2,251 | 1,716 | 1,072 | 2,138 | 1,398 | 1,123 | 526 | 850 | |
CRP(mg/dL) | 0.57 | 3.40 | 2.33 | 11.18 | 4.04 | 1.19 | 8.06 | 0.16 | 0.51 | ||
ハプトグロビン(mg/dL) | < 10 | 25 | ≤ 10 | ≤ 10 | ≤ 10 | < 10 | < 10 | 5 | 2 | < 2 | |
直接抗グロブリン試験 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | |
抗IgG | (−) | (−) | (−) | (−) | (−) | (−) | (−) | (−) | 不明 | (−) | |
抗補体 | (1+) | (w+) | (1+) | (1+) | (1+) | (4+) | (1+) | (+) | 不明 | (w+) | |
D-L試験 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | 陽性 | |
D-L試験の 陽性期間 |
2カ月 | 2カ月 | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 記載なし | 2カ月 | 記載なし | 7~10カ月 | |
治療 | 保温 | 保温 | 保温 | 輸血, ステロイド |
保温 | ステロイド,保温 | 輸血, ステロイド |
保温 | ステロイド,保温 | 保温 |
Pediatric PCH 9 cases reported in Japan from 1991 to 2019 + this case
Age was 5 years or younger in 9 cases, and gender was 7 boys and 3 girls. The onset time was mostly in the winter months of December to April in 8 cases, and 5 cases had some kind of viral or bacterial infection.
DAT and D-L tests were positive in all cases. Most of the patients were treated by keeping warm, but blood transfusion was performed in two cases.
溶血性貧血には赤血球の破壊に補体が重要な役割を果たす疾患が存在する。PNHはその代表であり,PNHの溶血はすべて補体によるものである15)。CADやPCHの溶血においても補体が主な役割を果たすが,温式AIHAの溶血は部分的にしか補体に依存していない。近年,抗体医薬による補体抑制療法が補体を介する溶血性貧血の治療として登場し,PNHに対するeculizumabやravulizumabによる治療が,患者の症状の改善や生存期間の延長をもたらしている16),17)。PCHについてもeculizumab投与により血管内溶血の改善がみられた症例が報告されている18)。今後稀に認められる輸血や血液透析を要するような重症PCH症例に対する治療として,抗体医薬による補体抑制療法が期待される。
溶血性貧血の症状・検査所見を認め,D-L試験が陽性となりPCHと診断された症例を経験した。PCH診断後は外来にて寒冷刺激を避ける指導により溶血性貧血は再燃なく軽快した。診断から7カ月時点ではD-L試験は陽性であったが,約10カ月後にD-L試験の陰性が確認され経過観察を終了した。D-L試験は一般的に数カ月以内に陰性化するといわれているが,本症例では7カ月以上の長期にわたり陽性となっていた点が特徴的であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。